凡人とツンデレ(黄金比3:7)
さて、董卓一家の接待を堪能した俺である。堪能しましたが、そこに蜂蜜味の罠的なものはなかった(断言)。
しかし、董卓が儚げな美少女で張遼が関西弁な美女、陳宮が美少女とかどうなってんだろね。特に董卓だ。正直今でも手が震えるくらいのインパクトというか、あの笑顔の奥にどれだけの闇があるかとガクガクブルブルでございました。だって魔王だぜ魔王。
……ま、今更か。
むしろこの時点で張遼や陳宮、更には呂布が配下にいるという方が肝要だわな。
などと気合を入れていると、やや緊張した面持ちで賈駆が声をかけてくる。
そう、本日の水先案内人は賈駆さんです。油断したら寝首をどっかにもってきそうな彼女だー。やったぜ。美人さんだぜ。こんちくしょう。
と、いささか投げやりな俺である。謀殺か、暗殺か?などと思うのだが。
「紀霊殿、それでは書庫でよろしいですか?」
は?
「へ?なんで?」
「な、なんでって……。貴方は督郵として参られたのでしょう?当然帳簿の監査をされるのではないのですか……?」
戸惑った風な賈駆さんに俺が戸惑うよ。
「しないよ?そんなめんどくさい」
「め、めんどくさいって……それがお役目なのでは」
愕然とした顔に思い出す。そういやそういう感じでやりとりしたんだっけか。
でもなあ、賈駆が自ら言うからにはどうせ俺がその不正を見破ることなんてできないのは確定的に明らかなわけで。
裏工作は完璧だろうよ。むしろそれを確信するね。俺なら必ず見逃しちゃうね。
「いや、遊びに来いって言われたから来ただけだけど?」
唖然、茫然、愕然。
そして決壊する激情が迸る。
「な、なによそれ!
こっちは色々覚悟だってしてたってのに、物見遊山で来たっていうの!」
「そだよー」
被っていた猫がフシャーと威嚇した感じである。先ほどまでのしおらしい態度はどこへやら。
素ではそんな感じなんだな。そっちの方が生き生きして、いいなあと思います。
次々と投げつけられる言の葉は、花火のように煌く。一言ごとに華があり、余韻を含めてじっくり味わいたいものだなあと思うのだ。
まあ、ぶっちゃけ師匠とかねーちゃんの怒号とかと比べたらねえ。とだけ。
「何なのよ……ボクの苦労はなんだったのよ……」
ぐったりとした様子。これは気遣いの一言を投げなければいけません。
「うむ、まさに骨折り損のくたびれもうけ、って奴じゃね?」
「なんでそんなに得意げなのよ……」
ごし、とこすった眼尻には深い隈が。色々と察する俺なのである。
……これはご苦労様としか。
「まあ、昨夜はいい思いもさせてもらったしさ。
まさか董卓殿自らお酌してくれるとは思わなかったけど」
「心底楽しんでたわよね」
「おうよ。それが一番大事なとこだからな」
ジト目の賈駆さんであるが。これは認識に齟齬がありますねえ。いやさ、知らぬことは仕方ないのだが。
だから言ってやる。大サービスである。マジで。俺の秘匿するノウハウ(そんな特別なものでもない)を開帳だぜ。
「実際、俺が楽しんだってことが重要なんだぜ?
そして、俺は楽しんだ。それは既に周知されているのさ」
接待というものは、饗応を受けてそれを楽しんだということの確定。相手との融和が増すという儀式的なものでもあるのだ。
俺が仮に不満げにすればそれは喧嘩を売っていることにも等しく、董卓の器にすら疑問符がつくであろうよ。
接待を受けるだけの関係にあること。それを無難にこなすこと。言外のメッセージというのは案外大きいのだ。
袁家が宴会好きというのもそういう意味合いがあったりするのだ。知ってる人は知ってるし、知らない人は知らない。そういうものだし、これは実際有用なのだ。
皆も飲み会とかはきちんと顔を出すように。会話が苦痛なら適当に水割りとかひたすら作ってればいいから。
「何、泣いて感謝でもしろっての?」
「いやいや、それには及ばんよ。だからさ、街を案内してほしいなって」
逡巡は刹那。
賈駆は頷く。不承不承という態で。
「はあ、分かったわよ」
うん、物見遊山するならやっぱ一人より美少女と一緒がいいよね!
役得、役得。
いや、彼女へのフォローでもあるというのは、あちら様にも伝わっていると思うけどね。多分。
◆◆◆
「流石に精兵だな……」
感嘆の声が我知らず漏れてしまう。
兵が鍛えられているのと、それを率いるのが文字通り暁将であるのと。まざまざと見せつけらた気分である。いや。あちらに他意はないのだろうけど。
「ま、あれくらいはね」
そう言う賈駆もどことなく自慢げに練兵場での兵の動きにご満悦だ。
実際、涼州は匈奴防衛の要。精鋭でなくば対抗できん。涼州は断続的に匈奴の侵攻があったはずだからして。
実戦経験では白蓮とこと涼州が頭抜けてるかな。
袁家はそこに続く感じか。古参兵が幹部になっているのがまだしも救いさ。
孫家は兵の動き見てないからノーコメントだが、練度は屈指だろうと勝手に思っとく。
「何よ、黙っちゃって」
「や。将兵ともに精強だなあと」
「ふうん?」
いや、普通に本音よ?俺ってば腹の探り合いとか得意じゃないし。
賈駆さんと張り合おうとかこれっぽっちも思ってないし。……張り合ってもどうせ負けるしね。
「まー、でも騎兵とか金食い虫だろ」
「う、まあそうなのよね。でもそこをないがしろにはできないしね」
お馬さんってよく食べるし、ある程度太らせないと戦闘で役に立たないしね。
スタミナ切れの騎兵とかやばいっての。
……閑話休題。
その後、市中を二人で視察する。
どんな意図で整備しているか、優先順位はどうとか色々聞いたりもする。まあ、厳しい財政でよくやってると思うよ。及第点ってとこかな。
「色々切り詰めてはいるのよ。でも中々、ね」
はあ、とため息一つ。実感こもってるなあ。
「大変そうだね」
「……嫌味のつもり?
でもね、州牧様の留守居役さえきちんとしてたらもうちょっと色々できたのよ?」
「いやいや、金がないのは首がないのと一緒だからな。そこいらへんの苦労は誰より分かると思うぜ」
「同情なんていらないわよ……」
また、ため息。
「んー、そんなにアレなら、貸そうか?」
「は?何言ってんの?」
「いや、俺ってば母流龍九商会の黒幕だからして」
「え、アンタの一存でそんなことできるの?」
「うん」
実際金の使い道に困ってたりするしね。公定金利なんてないこの時代、なおさらさ。
「こんくらいの利子と返済計画でどう?叩き台だけど」
さらさら、と。てきとーな数字をでっちあげる。破格のはずだぜ。だぜ。
どうせ詳細は商会の面子が詰めるし。具体的には張紘が。
「え、こんなに?
……お金ってあるとこにはあるのね」
「お金は寂しがりだからな。仲間のとこに集まるんだよ」
うひゃひゃと笑う俺をジト目で見る賈駆。まあ、相当いい話だと思うんだけどね。
「正直、薄気味悪いんだけど。でも、こんなに低率ならありがたいわ」
「ん、じゃ細部は商会と話し合ってね」
掌をひらひらとさせて了解の意思を伝える。
「うん、正直助かるわ。
でも、どうしてここまでしてくれるの?」
何でってそりゃあ……。
「そりゃ、俺は美女に弱いからな。
単なる助平心さ。きっと接待受けて籠絡されたんだろうさ」
げへへと笑ってやる。思い切り下品に。不名誉な風聞にも使い様はあるんだよね、これが。
◆◆◆
「そりゃ、俺は美女に弱いからな。
単なる助平心さ。きっと接待受けて籠絡されたんだろうさ」
不敵に笑う紀霊に賈駆は確信する。
流れていた人物評。
江南を援助したのは徳か、色か。どちらも真実であり、真実ではないのだろう。
考えてみれば彼は商会を自ら立ち上げるほどなのだ。利に聡いことは大前提だ。そして盛んに喧伝する 自らの虚像。それをそのまま受け入れる者たちばかりではなかろう。事情通を気取り、「実は美女の色香に……」というのは実に民草の好きそうな筋書きだ。
ある者は親近感を感じ、ある者は若き英雄をこきおろすことに喜びを見出すだろう。恐らくその双方が彼の誘導によるものだ。そしてその真意は。
民の声望、美女の誘惑。それらを切り離したところにこそ彼の真意はあるはずだ。
(流民対策……!)
賈駆はその頭脳を駆使し、その結論にたどり着く。
涼州においても流民はその数を増やしつつあり、徐々に問題視されつつあるのだ。
だから江南への援助、投資はそれを防ぐものであったのだろうと類推される。
で、あれば。
(ボク達への援助にも裏があるはず……)
怪訝そうな紀霊の顔に気づき、適当に話を合わせながらも思索を深める。
(ここ安定への投資で得をするのは誰?
ううん、違う、こいつに何の得があるの?
ボク達の領内が豊かになって、こいつが得をすることなんて……)
そして、至る。
至った、と確信する。漏れる笑顔に紀霊は不思議そうな顔をする。
「どしたの?」
「まあ、任せておきなさいな。きっちり韓遂は抑えてやるわよ」
「へ?」
馬家と結んだ袁家。涼州内で半ば公然と反旗を翻した韓遂。
そして韓遂と董卓は(賈駆の独断ではあるが)袂を分かった。
なれば、期待されているのは涼州でのバランサーであろう。
馬騰は再び洛陽に舞い戻り、残された馬超に期待するのは馬鹿のすることである。
「きちんと受けた恩は返すって言ってるのよ。
涼州はきっちりと纏めてやるわ、ボクがね」
「お、おう……」
きょとんとした顔の紀霊に畳み掛ける。
まずは武威。兵力の多寡は戦の趨勢の絶対的なものではない。こちらには呂布、張遼がいるのだ。
それに智謀とて遅れを取るわけがない。そう、陰謀家きどりの李儒だって凌駕して見せよう。
「ふふ、見てなさい?貴方の選択は正しかったって思い知らせてやるんだから」
「そ、そうなの?」
やるからには徹底的にやる。やるのだ。
まずは頼りない馬超を補佐するところからしないといけないだろう。安定の政務については、董卓と陳宮に任せても大丈夫だろう。
目の前の霧が晴れたように生き生きとした表情で紀霊に微笑む。
「ね、お腹空かない?」
「ん、そういやもう昼か。奢るし美味しいとこいこうぜ」
「洛陽とかみたいに洗練されてないけど、いいかな?」
「おう、涼州の味付けだって気に入ってるのぜ」
「よし、ボクのとっておきのお店に行こう!」
そうと決まれば、だ。
紀霊の手を取って走り出す。
「ちょ、急に走り出すなって」
「いいから!それと、ボクのことは詠って呼んで?」
「へ、いいの?……じゃあ俺は二郎でよろしく」
「うん、行くわよ、二郎!」
二人を見ていた影に気づくことはなく。
「だから言ったのですぞー。心配するだけ時間の無駄ですと」
「でもな、やっぱ気になるやん。賈駆っちって。結構思いつめるし」
「へぅ……。でも詠ちゃん、あんなに楽しそうなの久しぶり……」
こんなにも彼女は愛されているのだ。




