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涼州にて:発動編

「紀霊。畏れ多くも漢朝より督郵を仰せつかっているぜ?」


 フフン、と上から目線の俺である。やったぜ。言ってやったぜ。

 ものっそい偉そうだけど、こういう時は傲岸不遜にたたみかけんといかん。

 相手が怯んだら一歩踏み込む。

 相手が一歩退いたら三歩踏み込む。とりあえず主導権を握るのが最優先。そして握った主導権は手放さずに畳み掛け、潰す。

 幾度もねーちゃんに仕込まれた交渉術だ。人、それを恫喝と言う。


 さて、俺が言った督郵という地位。それほど高い官位でもなんでもない。だが、ここで問題なのは職務内容だ。

 督郵の職務とは官の監察。不正の監視という実務である。これを敵に回すということは例えれば警察庁と国税庁に喧嘩を売ることに等しい。のだが。


「ほう?督郵の役職を。それがどうかされたか?」


 動じることなく韓遂は俺を嘲笑する。本来督郵の職域は郡単位だからな。担当じゃないとこで「督郵でござい」と言ってもどうしようもない。

 だが。


「ちなみに俺に関しては何進大将軍から漢土全域での権限を認めてもらっている」


 この地位の恐るべきところは、根拠なんてなくても中央との繋がり一つでこれと思った相手を告発することができるという所だ。

 軍監の内政バージョンと言ったら分かる人は分かると思う。実務担当者の権限というのは意外と大きいのよね。これを理解しない奴が多いこと多いこと。


 そしてその意味を正しく理解したのだろう。韓遂とその連れの美女、それに董卓の名代の美少女が顔を引きつらせる。

 ふむ、この中で目端が利くのはこいつらくらいか。


 いや、馬騰さんに同席させてもらってよかった。


 時は暫し遡る。


◆◆◆


 涼州にたどり着いた俺を馬家の皆は歓迎してはくれたんだが、どうにも慌ただしい。聞けば、税をまともに上納しない太守たちをまとめて糾弾すると言う。

 とは言え、これまで馬騰さんの下、ある程度団結して匈奴に対していた涼州の太守たちがねぇ……。

 首をかしげる俺に馬騰さんは苦笑する。


「なに、埒が明かなければな。そっ首刎ねてやるだけさ。どうということはない」


 いや、それものっそいおおごとですよね。いかんでしょ。


「はは、心配性だな。

 だが、一度つけあがらせると碌なことにならん。

 私も少々涼州を空けすぎていたしな。ここは厳罰をもって処するしかなかろうよ。

 なに、税を誤魔化すような奴らなんぞ、鎧袖一触にしてくれる」


 呵呵大笑する馬騰さん、いや、頼もしいけど太守皆殺しにしたらあきまへんって。涼州、乱れに乱れますよね。

 まあ、硬骨のあまり漢朝に弓引くほどのお方だ。そうなるわなあ。一罰百戒、一理あり。だが。

 ……ん。

 もしや、それが狙い、か?

 馬騰さんが暴発してもせんでも。勝っても負けても涼州が乱れる。

 ……そうなると、打ち手は十常侍あたりか。なんとも陰険な手を。有効だけど。有効だけどな!


 だから無理言って同席さしてもらう。と、まあ、あからさまだった。韓遂以外は名代が出席。そして韓遂が皆をリードして煽る。煽る。傍観してる俺ですらイラっとする煽りスキルは見事なものだぜ。

 ……つまり韓遂が表立ってはこの謀略の実行犯か。

 中々雄弁に、あるいはのらりくらりと言を連ねていく。はいはい、お見事。って、馬騰さんの機嫌が急速に低気圧。これはもうすぐ荒れ狂って稲妻まったなしですねぇ……。

 しゃあない。もちっと相手の出方を見たかったけど。


「あー、ちょっといいかな」


 こっからはずっと俺のターン!


◆◆◆


 殺気すら込めた視線を俺に送ってくる韓遂。

 いかんな、いかんよ。そんなこっちゃ横のこわーいおじさまが黙ってはいないぜ?

 ということで馬騰さんが横にいるから全然怖くねーし!怖くねーし!

 威を借れるってサイコー。


 まあ、韓遂や他の名代が抱える危機感たるやいかほどのものか。知らんがね。ぶっちゃけ、こいつらまとめて罷免して、公職から追放、ひょっとしたら全員死罪だってありえるのだ。

 まさに 俺、参上!である。

 じり、と焦った表情の韓遂たちを見下しながら、俺は言葉を続ける。


「……俺が漢朝から全域においての権限を得たのはどうしてか分かるかな?」


 応えは、ない。俺の言葉を待っているのだろう。


「それは袁家が売官制度の廃止について功績が大きかったからだ」


 売官制度。

 漢朝腐敗の根源。その問題点とはつまり、買った地位以上の収益を上げようとする人の欲望だ。

 高い金を出して地位を買ったならば、それ以上の利益を得ようとするのはある意味当然の心理。

 赴任した奴は民に苛政を課す。耐えかねた民は流民となり、残された民はより一層収奪される。負のスパイラル。これこそが漢朝を危うくする毒である。いや、実際危うくなるだろうしなあ……。

 まあ、ここらへんまでは韓遂とか以外でも理解が追い付いているかな。理解してくれてないと困る。


「売官により、腐敗した官吏が新たに赴任することはなくなった。だが」


 俺は悲しげに頭を振る。


「ただ、それまでに官位を買った奴らについてはどうしようもない。

 それはまあ、仕方ない。

 多くの官は、立場をわきまえ、本来の職責に努めたのだ。

 だがな、一部の官は。

 そう、変わらず汚濁にまみれたままなのだよ」


 つ、と見渡す。


「なるほど、紀霊殿はそれを正すために督郵の地位を任じられ、こうして諸国を巡っているというわけね?」


 董卓の名代の美少女がにこやかに……うわ、しみじみと、すごい美少女ですやん。


「そうだ」

「ここにいるということは、どういうことか聞いても?」


 なるほど、ここで韓遂の一群からは逃れるか。機を見るに敏、とはことのことである。


「おうよ。つまりな。

 韓遂殿含め、皆、配下の官僚をきっちり把握できてるかな、ということだ」

「どういうことなのかしら?」


 ほう、こちらの言いたいことを誘導する。

 笑みが引き攣っているのが、中々に迫真の演技だ。もしくは、本当に問い詰めているつもりなのか。

 まあ、それはいい。


「悲しいかな、俺が立ち寄った町、村。

 税をちょろまかす官が多くてな」


 これは本当である。涼州に寄るまでに立ち寄った村落とかで、アレなとこで帳簿を確認したらもう。

俺は激怒した。って感じ。

 邪知暴虐ってレベルじゃねーぞ!


「きっと韓遂殿やほかの方々も配下の官僚についてそこまで精査できてないのではないかなと思うのです。

 もしくは、計算の単純な間違いが重なったか。

 天候にも恵まれ、乱も減少している現状。それで規定通りの税収がないなどとはね。

はは。

 これはちょっと、足元を見直すいいきっかけかもしれませんな?」

「ふむ!匈奴の脅威に備えるばかりでそういえば民政については疎かであったかもしれませぬな!

 これは、これまで通りということで官吏にまかせっきりであった弊害があったかもしれませぬ」


 ここぞとばかりに韓遂が食いついてくる。遅いよ。

 ま、どうせ私腹を肥やして軍閥化を狙っていたんだろうがね。矛先が出来て嬉しそうだね。どうせここでこいつらを処分しても涼州が乱れるだけだかんね。


「おー、左様ですか。帳簿の精査には手間がかかるでしょう。どうです?何ならお助けしますが?

 幸い、袁家には優秀な官僚に恵まれていましてねぇ」

「いや、それには及びません。きっちりと精査いたしますとも。ただ、示唆を頂いた紀霊殿には感謝を」

「や、これで涼州にはびこる害虫が少しでも減れば幸いです」


 お前らのことだよ!というのは伝わってるわな。


「いや、かたじけない。獅子身中の虫をこの際に炙り出しましょう」

「では?」

「改めて税収の額については申告いたしますとも。義兄あに上。ご寛恕を」


 ここで頭を下げる韓遂は流石である。

 ま、ここらへんが落としどころだろう。涼州なんて最前線から実力者を追いやっても乱れるだけだ。特に今は。

 ふう、と軽く溜息をついていると、董卓の名代が言葉を発した。


「言っておくけど、月……董卓殿の納める税額については、訂正するつもりはないわよ」


 ぎらり、と殺気すら込めて美少女が俺に宣言する。ええと、董卓という名前でもう頭がマヒしてたけど、名代は賈駆ね。

 賈駆ね。賈駆ぅ?


◆◆◆


「詠ちゃん、こんなことよくないよぉ」


 脳裏に親友の言葉が甦る。

 賈駆は今更ながらに韓遂の謀略に乗ったことを悔いていた。


 同席していた見知らぬ男。彼が紀霊、と名乗った瞬間に嫌な予感はしていたのだ。

 ……紀霊と言えば北方三州を治める名家中の名家、袁家を支える武家の一門。その当主だ。


 何、馬、袁。三家の同盟には賈駆も驚いたものだ。まさか名門たる袁家が庶人たる何進と組むとは。

だが、それよりも怒りも大きかった。

 馬騰の本来の職責はなんだ。州牧である。

 それを置いて、宮中にて権力闘争に明け暮れる。それはいったいどういうことなのか。


(月の方がよっぽど州牧にふさわしいわよ)


 賈駆は親友たる董卓の器を高く評価している。

 対するに、馬騰。更には後継たる馬超に至っては!


 不足する物資、滞る政務。下りない認可。彼女が州牧になるなど、ぞっとする。


 だから、李儒が持ちかけた謀略に乗ったのだ。そう、乗ったのだ。

 董卓は、反対した。


「駄目だよ詠ちゃん。きちんと徴収した税は納めないと」

「月、これは絶好の機会よ。ボク達だけじゃない。涼州の太守が全部参加するのよ。

 月だってまともに機能していない馬家には思うとこがあるでしょ?」

「それとこれとは話が違うよぉ。

 馬騰さんには恩義もあるんだし……」

「月はお人よしなんだから……。

 いい?ボク達が納めた税を色んな形で再分配するのが州牧たる馬家の務め。

 それが滞るということは、結果的には民が困るのよ?

 だから、ボク達が一手間、ううん、二手間省くだけよ。

 別に私腹を肥やそうってわけじゃないの、分かって?」

「へぅ……。でも……」

「大丈夫、ボクを信じて!悪いようにはならないから!」


 実際、彼女らは私腹など肥やしていない。暮らしも驚くほどに質素なものだし、民からの信望も篤い。

 だから、馬超がわざわざ単騎で召集に来ても体調を理由に賈駆が出張ったのだ。自分がいれば韓遂が下手をうっても挽回できる。

 なんとなれば、自分たちだけは逃げ切る。逃げ切れる。それだけの自信を持っていたのだ。

 だが、それは馬騰が相手であった場合である。その前提が崩れる。崩れた。だから。


 紀霊の言った職責には目の前が暗くなる思いだった。


 だが、と歯を食いしばる。

 いざとなれば自分の身命をもってしても、大好きな親友には及ぼさせない。守ってみせる。仕込みはある。口は動く。身体も、命もある。

 まだ彼女には残された札があるのだ。この切り替えの早さこそ賈駆の本領。


 少ない手札を最大限に活かそうと、紀霊の一挙手一投足に神経を張り巡らす。

 悔しいことにこの場は完全に紀霊が主導権を握っている。


 悲壮なる覚悟をもって窮地に挑む。ちら、とこちらを見る紀霊を極上の笑みで迎撃する。さて、どう出るべきか、と。

 今は機を窺うしかない。


 と、思っていたのだが。


◆◆◆


「言っておくけど、月……董卓殿の納める税額については、訂正するつもりはないわよ」


 賈駆はここぞ勝機とばかりに、脳内で幾度も演算した言葉を吐く。

 これは賭け。それも分の悪い賭け。だが、成算はある。あるのだ。


「と、言うと?」


 ゆっくりとこちらを見る紀霊に対し、気弱げな表情を向ける。


「だって、月の……董卓さまの領地においては本当に規定通りの納税は無理だもの」


 不自然にならぬよう、自然体で紀霊に目を合わせる。

 なんともお気楽そうな顔つきに気を引き締める。これは欺瞞であろう。この暢気そうな表情に騙されてはいけない。

 そして、ここで抗弁したというのは大きな意味を持つ。

 それが分からない紀霊でもないだろう。


「ふん、何ぞ災難があったのかな?」


 乗ってきた。流れが来た!

 賈駆はここが勝負どころと気を引き締める。


「ええ、そうよ。まったく、災難だし、もう、やってらんないわよ!

 帳簿を確かめたいなら人を寄越してくれていいわよ。

 でも、そのかわり、こっちの仕事も手伝ってもらうんだからね!」


 ツン、と紀霊をとびっきりの表情で見やる。

 いつか、親友が誉めてくれた、とっておきの表情だ。

 ……不本意ではあるのだが。

 ささやかだが、胸の谷間も強調する。衣装の首元はあらかじめ緩めている。これが彼女に打てる全力の一手。

 同輩が見れば正気を疑うであろうその態度は本意ではない。この態度はあくまで欺瞞。これにひっかかれば御の字である。

 どうも、そういったことは期待できないようだが。


 にや、と賈駆を見据える視線は何を見透かしているのか。

 僅かな流れ。

 だが、圧倒的に主導権を握られていた時よりはよほどマシである。それに、こちらからのメッセージも伝わっているはずだ。

 そのために足並みを崩したのだ。韓遂が率いていた涼州の太守の連盟を崩したのだ。

 賈駆のその言に韓遂も、他の太守の名代も動揺している。つまり。

 韓遂の旗下より離反。馬家に身を寄せる。涼州でも兵数はともかく、質では最強に近い董卓の動きは他の太守にも影響を与える。

 ここに、董卓は韓遂と、十常侍とは結んでいないということを明らかにするのである。そして、税収が足りないのは部下の不手際などではないと重ねて主張する。


 韓遂の叛と連携してしまったのは、偶然。あくまで本当に税の徴収が困難であったと貫く。

 ここに、韓遂と、十常侍とは道を決定的に違える。これが賈駆の会心の一手。


「紀霊殿のお噂は聞いているわ。不審な点あらば、うちに来て、監査してくれて構わないわよ?

 でもま、ちょっと治世についてご協力願うかもしれないけれどもね?」


 できるだけいたずらっぽく笑いかける。年相応の少女が恋人に罠を仕掛けるように、分かりやすく、親しげに。

 だから。


「あ、そう?じゃ、今度お邪魔するわ。

 案内よろしくな?」


 紀霊の言葉には咄嗟に反応することができなかった。


「え、ええ。

 歓迎……します、とも」


 賈駆の引き攣った笑みの意味を知ってか知らずか。


「じゃ、そんときはよろしくねー」


 気楽そうに手を振る男には、謎の敗北感。そして危惧。


 まあ、まさか本当に来やしないであろう。

 そう賈駆は自分を慰め、奮い立たせるのであった。

詠ちゃん「マジで来るの?」


多分、あいにいきます。

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