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凡人の通常業務

世は全てこともなし。・・・さて、平時における軍隊というものが何をやっているか、というと訓練である。ひたすら訓練である。軍隊とは訓練がお仕事なのだよ。


「なーにしけたツラしとんねん」


 がしっと俺の頭を掴んだのは敬愛すべき我が隊の長、梁剛の姐さんである。


「いや、自分の立ち居地に納得いかないものがあってですね」


 梁剛隊にて軍務に就いた俺は、当初はすっごく兵卒扱いであった。しかし、一通り下っ端の雑用をこなすと、梁剛隊の副官である雷薄の補佐・・・つまり副官補佐みたいな感じになっていた。

 曰く。

「いつまでも下っ端の仕事しててもしゃあないやろ。

 二郎にはとっとと、指揮官として大成してもらわんといかんからなあ」


 そう言ってカラカラと笑う姐さん。なるほど。促成栽培とかエリート教育というやつである。俺としては下積みからじっくりやりたかったのだけんども。


「そらな、下っ端がどんな仕事してるかを知るのは大事やで?

 でもアンタは下っ端のままいるわけにはいかんやろ?

 将来はウチらを指揮する立場になるんや。そしたら、時間の無駄やんか」

「そんなもんっすかねえ」

「そんなもんや」


 そんなわけで最近は専ら部隊運用のノウハウを教わっている。流石こちらはガチで兵卒からの叩き上げだけあって合理的な運用法を確立している。と感心しきりな俺である。


「今日は・・・北西に偵察を兼ねて行軍ですか」

「せや、最近はここらへん、治安がええからなあ。ちょっと遠出せんと賊もおらへんわ。

 遭遇戦とか昔はしょっちゅうあったんやけどなあ」

「それ、わざと賊がいそうなところで訓練してたんでしょ」

「実戦は一番の訓練やからなあ。手柄にもなるし!」

「そっちが目当てっすか。流石紀家の最精鋭は発想が違った」

「やかましいわ。治安もよくなるし、民かて助かる。誰も損せえへん」


 軽くこづかれる。こんな気安いやり取りがすごく心地いい。袁家の闇やらを手探りで切り抜ける、そんな日々から比べると訓練の過酷さとかマジ天国。ああ、官僚志望でなくてよかったわ。


「まあ、実際ウチらが暇なんはいいことやしなあ、お給料が減ってまうけど」

「せっかくいい事言ってるんすからオチ付けなくていいっすよ?」

「その小賢しい発言がイラつくわ」


 うりうりと、こづき回される。周りの兵たちもニヤニヤ笑って見ている。ほんと、アットホームな職場だわ。


「姐さん、若。今日は大物をしとめましたぜ」


 そう言う雷薄に目を向けると、金冠ドスファン・・・もといでっかい猪を何人かで運んで来ているところだった。いやでもマジでけえよ、どうすんだこれ。


 まあ、それはいいとして、初日に梁剛隊とじゃれあった後、俺は「若」と呼ばれるようになっていた。血筋と腕っぷし。それらが相まって治まるとこはそういうことだったのだろう。いささかこそばゆいが俺の立ち位置としてはいい感じじゃないかな、と思う。


「おー、立派な大猪やな。よっしゃ今日はウチが腕を存分に振るったろ」


 姐さんの言葉に皆が盛り上がる。なんだこの一体感。ひとしきり隊の皆を煽った後、料理の準備に動き出す。


「よっしゃ、二郎、手伝ってもらうで、さっさとこっちきぃ」


 よしまかせろーと思うのだが。俺、料理ってカップラーメンとかレトルトカレーとかお茶漬けしか無理なんですけど。

 とは言え、弱音を吐くわけにもいかず。姐さんに指示されるままにあれこれ手伝う。腹かっさばいて血を抜いて、内臓を取り出して、洗って、代わりに笹で包んだ米を詰めて・・・。何これ超本格的なんですけど。


「せ、戦場料理というワリには手が込んでますね」

「当たり前や。食事は戦場唯一の楽しみやからな。手間暇かけてでも旨いもん作らな、な」

「まあ、飯が不味かったら士気も落ちますよねえ」

「お、わかっとるやないか。よし後は焼くだけ、やな」


 後はひたすら猪を焼くだけらしい。もちろん火加減は姐さんが指示をする。と思ったら結構テキトーらしい。肉を回転させながら均等に焼いていく。こうなったら絶対こんがり肉Gにしてやるぜとか思いながら焦げないように丹念に火の加減をしてやる。

 うむ、上手に焼けました!


「うめぇ」

「どや!」


 なんというドヤ顔であろうか。実質料理したの俺他数名じゃん。そんなことを思いながらも肉にかぶりつく。実際旨い。この、笹に包まれた米が脂を吸って、それでいて爽やかな笹の香りがこう、食欲をそそるぅ・・・。


 さて。たらふく飯を食ったらもう寝るだけだ。驚いたことに姐さんは天幕とか張らずに兵卒と一緒の条件で野宿する。姐さんは何も言わないが、指揮官の心得を示してくれてるのだろう。兵卒と同じものを食べ、同じところで寝る。部隊を掌握するための方法論とはいえ、中々できないことでもある。

 ・・・ただまあ、寝てる時に悩ましい声を上げるのは勘弁して欲しいと思う。近くには俺しかいないからいいものの、なあ。


「甲斐性なし、へたれ」

「へ?」


そんな感じで心身ともに鍛えられている俺であった。





「陳蘭、弾幕薄いよ、なにやってんの!」

「ふぇ、ふぇええっ?」


 男なら一度は叫んでみたい台詞を吐けて俺は満足した。もう、このまま帰ってもいいかもしらん。


「じ、二郎様、来るなら来るって前もって言ってくださいよ。

 こ、こんな格好で恥ずかしい・・・」

「いやいや、イイ感じだぞ、というかど真ん中かもしらん」


 ポニテというものはどうしてこう、男の夢を膨らませるのかという個人的な思いは置いておこう。

 ここは袁家技術開発廠・・・まあ、工房である。ここでは今陳欄が俺発注の長弓のテストを行っているのだ。

 そして陳蘭は肩まである髪を一つに括ってポニテにしている。時代を先取り過ぎだろ・・・常識的に考えて。ポニテがひょんひょんと動いてチラチラ見えるうなじなんてもう。

 いかん、発想がセクハラだ。自重自重。陳蘭相手にそれはまずいってばよ。


「で、どうしてこちらにいらしたんですか?」

「いや、久しぶりに休暇を貰ったんで陳蘭の顔を見に来た」

「ふぇ・・・ありがとうございます」

「長弓の性能も確かめたかったしな」


 何せ俺の肝いりで造ってもらった兵器だからな。そりゃ進捗に興味深々ってやつだよ。


「そうですか・・・」


 弓をさっきまで引いてたのだろう。上気した顔の陳蘭の持つ弓を見る。俺発注の長弓だ。大体120-180センチくらいの長さである。これから矢を飛ばすのにも相当な筋力が必要なんだが陳蘭なら問題ない。――なんせ俺より膂力があるしな!


「で、でも、狙いなんてつけれませんよ?」

「問題ない。数で補う。大体の方向さえ合ってればいいんだよ」

「そ、そうですか?」


 一応射程は数百メートルを想定している。近づく前に弾幕で敵を殲滅する、俺の数少ない軍事知識の中でも切り札だ。

 これを実用化したイングランドはフランスとの百年戦争で圧倒的な力を振るったのだ。フランスの逆撃は、かの聖女ジャンヌ・ダルク。それと大砲の登場まで果たされない。時代を考えると比較的簡単に再現できるワリには費用対効果に優れた武器だ。と思う。

 そして俺はこれを大量配備するつもりなのだ。だって間違っても敵将と一騎打ちとかしたくないからな!乱射乱撃雨霰である。


 まあ、それにしても。かのアマゾネスは弓を引くのに乳房を切り捨てたというが、陳蘭にその必要はなさそうだな!胸当てはきちんと装備しているが、実に平坦で、豊穣の恵みを祈念せずにはいられない。


「二郎様」

「お?」

「なんか、とんでもなく失礼なこと考えてませんか?」

「今日はいい天気だな。ほい、差し入れ」

「露骨に話をそらしましたよね・・・」


 そう言いながらも俺の持ってきた点心を頬張る。ぷりぷり怒っているみたいだが、実に表情豊かで可愛らしい。


「もう、聞いているんですか?」

「おうよ、北斗七星をかたどった運足は暗殺拳の秘中の秘って話だろ?」

「全然違いますよ・・・。麗羽様の誕生日に何を贈るかって話ですよ」

「正直思いつかない。軍務でそれどころでもないしな。まだ先だしいいんじゃね?」

「去年もそう言って直前まで準備しないで麗羽様が拗ねちゃったじゃないですか・・・」

「なんで選定の過程まで筒抜けなんだろな。もっと違うところに手間を割けっつうのな」

「で、どうするんですか?」


 ずい、と陳蘭が身を乗り出してくる。ふわり、と柔らかな香りが俺を包んで、どきっとする。そういや陳蘭も女の子だったなあと余計なことまで思いが至る。


「ええと。去年と同じく超高級茶葉でいんじゃね?」

「悪くはないと思いますけど、去年と同じだっていうのはどうかと思いますよ」

「改めてそう言われると、まずいよなあ。つか、去年の贈り物、覚えてるもんかな?」


 俺の問いににこり、と陳蘭は首肯する。


「それだけ、楽しみにされてるんですよ」

「ほむ。そうなあ、また考えるわ。まだ時間あるしさ。

 それより飯食いにいこーぜ。俺腹減ったわ」

「私、差し入れいただいたばかりなんですけど」


 呆れたような口調な陳蘭なのだが、ものっそい健啖家であるのは確定的に明らか。なんだかんだ言って俺のあれやこれやに付き合ってくれるのである。うむ。感謝感謝である。


 でも実際麗羽様の誕生日プレゼント、どうしよ。

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