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三美姫が斬る

 女三人寄れば、何とやら。

 三千世界の果てまでも通用する世の真理。それはこの外史においても無論適用される。

 だが、ここで交わされる会話。それは、年頃の娘たちが花を咲かせるであろう話題とは縁遠いものである。


「では、風は荊州は捨て置いても問題ないというのですね?」

「そですね。荊州そのものは無視できませんが、しばらくは……うっちゃっておいていいかと~」

「風にしては微妙な物言いだな。しばらくと言っても、どのくらいだ?」

「くふふ、稟ちゃんも星ちゃんもお分かりになると思うのです」


 一番年少と見える少女……程立がくす、と笑みながら眼鏡をいじる少女……郭嘉に視線を移す。

 だがそれに応えるのはもう一人の少女。趙雲である。


「まあ、荊州はいずれ袁家が得るらしいそうな。

 であるならば、風が荊州へ赴かない理由も分かる。

 袁家の打ち筋さえ押さえられれば問題ないというのだろう?」

「くふ、星ちゃん流石ですね~。その通りです~」

「同様に益州に寄るまでもない、と?」

「稟ちゃんの言う通りですね~。劉焉さん、劉表さん、劉璋さんと治める方が短期間で変わりますし~」

「風!声が大きいですよ!」

「稟ちゃんは心配性ですねえ。風たちの会話なんて誰も聞いてはいませんよ~」


 くすり、と程立は微笑む。

 趙雲もそれに同意し、店員に酒の追加を所望する。


「ああ、星、またそんなにお酒ばっかり……。

 いけませんよ、おつまみも頼まなくては身体に毒です」

「なに、同じ金子で頼むのであれば酒のみの方がよかろう。

 酒は百薬の長、毒であるものか」

「薬も過ぎれば毒になります!」

「はは、稟にはかなわんな。だが、ね」


 趙雲はくすり、とほくそ笑む。


「なるほどですね~。

 星ちゃんはこれを予期していたのですか」


 にまり、と笑みながら趙雲は杯を干す。

 と、店員は酒とともに幾らかの料理を供する。それは彼女らの注文にはないものである。

 見れば店主は満面の笑みで手を振る。

 彼女らの容色は際立っており、飲食するだけで集客に一役どころではないのである。


「まあ、なんだ。もう少し風と稟は自らの容色を自覚した方がいいな。

 風はともかく稟は無自覚過ぎるぞ?」


 運ばれてきた料理を摘まみながら趙雲は軽口を叩く。


「ななな、何を言うのです!

 天下国家の行く末を憂う者がそのような些事について、ふが!」


 口に饅頭を押し込まれた郭嘉は抗議の声を上げるが、その場の二人は笑うのみだ。


「ほんと、稟ちゃんは可愛いですねえ~」

「ふむ、我が身が男であったならば……、と思うと中々にくるものがあるな」


 郭嘉は口に押し込まれた饅頭を咀嚼し、飲み込み、抗議の声を上げる。

 そもそもこれは向き合う程立の申し入れで設けた話し合いの場なのだ。

 こんなにもぞんざいな扱いを受けるということには文句の一つでも言っていいだろう。


 とはいえ、本気で怒りを覚えているわけではない。

 何となれば、この二人はそう。


 世の凡百、有象無象。その無能さに世を憂いていた彼女が初めて出合った才媛たちなのだから。そう、真名を交わすほどに。


「しかし、これからどうするつもりなのだ?」


 趙雲が杯を傾けながら問いかける。薄く上気した頬は、ほのかに色香すら感じさせる。


「星ちゃんは美味しそうにお酒を呑みますねえ。ほれぼれしますよ」

「当然だろう。美味しく呑んでやらねば酒も不本意だろうからな。

 しかし意外と風もいけるクチなのだな。中々の呑みっぷり、と。

 いかんな。杯が空きそうではないか」

「これはどもどもですね~」


 くぴ、と程立は杯を干す。

 注がれる酒に目をやりながら、その視線は遙か遠くを見据える。


「星ちゃんのお問いかけですけれども、割と選択肢は無かったりするのですよ」

「ほう?」


 訝しげな趙雲の視線を受けて程立は横の郭嘉に促す。


「稟ちゃん、出番ですよ?」

「何を言っているのですか。私の意向とか、関係ないではないですか」

「そんなことないですよ?いつだって風は稟ちゃんの望むがままなのですから~」

「ほう、つまり二人はそういう関係なのか。いかんぞ、実にけしからん」


 にやにやと茶々を入れる趙雲に郭嘉は抗議の声を上げる。


「もう、星も風もいつも!

 大体、洛陽に向かうのはもう決定していたではありませんか!」


 声を荒げる郭嘉。

 まあ、それでも本気で怒っているわけではないようだ。


「や、稟、落ち着け。この絶品メンマを進呈するからして」

「いりません!」

「何とまあ、この至高のメンマがいらぬとは。もう少し人生の快楽を謳歌するべきではないかな?」

「ですから!」

「駄目ですよ星ちゃん。いくら稟ちゃんが可愛いからってあんまり苛めてはいけないと思うのです」

「ふむ、そうだな。稟の艶姿を愛でたいという欲求があるというのは否定はしない。

 だが、それで機嫌を損ねてしまっては意味がない。ふむ、済まなかった」


 言葉と裏腹。ニヤリとした趙雲に郭嘉は大きいため息を。


「いいでしょう。でも星も納得はしていたでしょう?洛陽に向かうことには」

「無論だとも。だがまあ、世情に変化もあったからな。

 そもそも、我が槍を捧げるに値する人物はいずこにいるや?

 そういった苛立ちをぶつけてしまったと思ってくれ。済まないな」

「何かいい話にまとめようとしてますね。誤魔化されませんよ。

 ……まあ、いいでしょう。

 ですが、星が仕えるに値する人物など、この中華広しといえども多くはありません」

「ふむ。……実に光栄な評価だな」


 苦笑する趙雲。その表情は常になく苦く。


「おやおや、星ちゃん。どうしましたか?」

「ふむ、この槍一本で天下に名を轟かせようにも、それを振るう機会がなくては、な」


 趙雲は軽く苦笑する。常にないその表情、その言葉に若干の嬉しさを感じるままに郭嘉は言う。


「どうせ、世は乱れるのですから。星の腕はいかようにも売れるでしょうに」

「稟ちゃん、それ以上いけないですよ~」


 こんな場で、と囁く程立に郭嘉は苦笑する。まあ、袁家や州牧の動きに比べて不穏な発言だったかと。

 

「さて、洛陽に行くのはいい。

 だが、そのあとはどうするのだ?」


 言葉を挟んだのは趙雲である。場の空気を読んだのか、読まなかったのか。

 郭嘉の思考を更に遮るのは程立の問いである。


「そですね、稟ちゃんはどう思います?」

「冀州、洛陽とくれば後は精々襄平か陳留くらいでしょう?」


 郭嘉の言。地名でありながら、それはつまり彼女らが主として仰ぐに足るかもしれない人物を間接的に問うているのである。


「そこらへんは風が詳しいのだろうが」

「おや、星ちゃんが人の言を頼るとは珍しいですねー」

「なに、風の識見、端倪すべからずという奴さ」


 苦笑する程立。


「そこまで評価されても困るのですけどね。

 でもまあ、一旦復習いたしましょう。

 この中華を左右する打ち手は三者です」

「何進大将軍、十常侍、そして袁家ですね」


 応じる郭嘉に程立は目を細める。


「そですね。この際、曹は宦官勢力の十常侍。孫と公孫は袁家の影響下でしょうから置いておきましょう。

 その中で最も活発に手を打っているのが袁家です」

「先の州牧の流れからもそれが読み取れますね。

 ですが、袁家も一枚岩ではないのでしょう?

 それに打つ手が露骨だ」

「くふ、そうですね。でもまあ、三州にまたがる勢力。それが一つの意思で動けるというのはすごいことだと思いますよ?」

「そうですね。私たちは三人ですら意見がまとまらないのですから」


 郭嘉の示唆に程立は破顔する。

 そして思うのだ。袁家の打ち筋の凄味を。

 母流龍九商会で過ごす日々のうちに袁家の打ち筋は見えた。見た。或いは見せてもらったのかもしれない。

 だが。


「くふ、分かったとしてもどうしようもないというのは、実に凄いことなのですよね」


 訝しげな郭嘉の表情に目を細めつつ、程立は思う。確かに袁家の打ち筋は読めるだろう、探れば分かるだろう。

 だが、それがなんだというのだろう。分かっていても止められない、止めても意味がない。

 例えば益州と荊州。

 ここは為政が長い。さらに、どちらも後継者に継がせるための工作が激しい。州牧が豪族と結びつく、または州牧が豪族と化す。いずれも由々しき案件である。

 で、あるならば袁家が譜代の州を返上してまでそれを防ぐのは正しい。

 実に正しい。

 誰がそれを止めるだろうか。


 ……袁家の打つ手はことごとく分厚く、重い。


 そのことにどれだけの自称打ち手が気づいているだろうか。


 笑みが、漏れる。

 眠たげなその表情に思惑を包みながら程立は思うのだ。


 中華に自分の一手を打つのであれば。

 打たれた手に対抗するには。


「そのためにもやはり洛陽に行かなければなりませんね~。

 結局、朝廷が主戦場になるでしょうし」


「そうですね、鶏口となり、中華を賑わすのか、牛後に甘んじるのか。

 風の選択には興味がありますね。

 それとも縦横家として身一つで世を操るのですか?」

「いやいや、案外傍観するかもしれんぞ?」


 二人の言い様に苦笑する。自分はそんなに大した野望は持っていないというのに。


「どうするんですか、風?」


 だから、そういう問いにはこう応えるのだ。寝息で。


「ぐう」


 重なる抗議の声を聞き流しつつ逡巡する。確かに世は荒れるのだろう。この流れは加速していくのだろう。

 乱れることを強いられているかのごとく。

 そして思う。治と乱。自分はどちらに与するのだろうかと。


 彼女らが表舞台に立つのは、もう少し後のことになる。

 そして、それは歴史という大河がその流れを激しくするのと、ほぼ同時期になるのである。

※縦横家とは巧みな弁舌と奇抜なアイディアで諸侯を説き伏せ、あわよくば自らが高い地位に昇ろうとする、そのような行為を弁舌によって行う者のこと。

代表者は蘇秦、張儀、鬼谷子 他


スタンドプレーとか珍説でのし上がろうとする人は現代でもいますね

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