馬家移動中
時は少しばかり遡る。
涼州からの急報。馬騰と馬岱は馬を急がせていた。
替え馬を乗り換え、昼夜兼行している。
あ、これやばいな。
馬岱は意識が霞むのを自覚する。
これが従姉との道中であれば減らず口をたたき、休息を勝ち取っていただろう。
だが、随行するのが尊敬する叔父である馬騰となれば話は別だ。無駄口ひとつ叩かずに馬の扱いだけに集中する。消耗を最小限に抑えてひたすらに前を向く。
馬岱は馬騰に比べ、体躯は小さく体重も圧倒的に軽い。だというのに、だ。駆る馬の疲労にほとんど差がない。
こんな時に馬岱は叔父の偉大さを痛感するのだ。
(いけない、集中しないと)
軽く瞑目し、一つ深呼吸。再び意識を集中させる。
と、逞しい声がかけられる。
「蒲公英、そろそろ休憩するぞ」
「……へ?にゃ?ね?
あ、叔父様!たんぽぽもこの子たちもまだいけるよ?」
「はは、まだ先は長いからな。このあたりで一旦休もう」
おそらく馬岱の、そして馬たちの体力、それと涼州への道程から休憩を挟む時期を測ったのだろう。
徐々に馬の足を緩め、野営地を見繕う。
「ひゃー、疲れたー。実はけっこうしんどかったんだよねー」
「ははは、鈍ってはいないみたいだな。もっとすぐにへばるかと思っていたぞ」
「えー、叔父様ひどーい。たんぽぽこれでも鍛錬欠かしてないんだからー」
「それはすまなかったな。いや、頼もしいことだ」
にこやかに軽口をたたき合いながら野宿の準備をする。火を起こし、馬達の面倒を見、煮炊きを始める。
干し肉を湯で戻しただけの簡素な食事を摂り、先に馬騰が仮眠を取る。無論、何かあった際は即時に跳ね起きることができる、そんな浅い眠りだ。
夜半には交代し、そのまま駆けることになるだろう。
「ふう……」
白湯をすすりながら馬岱は溜息をもらす。
正直、武勇という意味では大好きな従姉にかなうべくもない。
そりゃあ、馬岱とて日々精進しているが、<錦>と誉高い従姉に追いつける気はしない。
だが、と思うのだ。
あの、まっすぐな従姉だけでは涼州は治まらないであろう。そう確信している。匈奴を相手にしておけばいいという時代でもないのだ。
「だから叔父様はたんぽぽも洛陽に連れてきたんだろうなあ」
月を見上げながら呟く馬岱に愛馬がぶる、と鼻息を漏らし顔を摺り寄せてくる。
「あ、ごめんね、別に落ち込んでるわけじゃないんだよ?」
ごし、と強めに背中を撫でてやる。
そう、落ち込んでなどいない。
馬岱は自分を恵まれていると思っている。何となれば、身近に理想とする将がいるのだ。
今日の行軍にしてもそうだ。
単騎で涼州を目指し、現地集合することだってできたはずなのだ。
きっとあの愛すべき従姉ならばそうしただろう。良くも悪くも直情径行なのだ。
くすり、と笑みがこぼれる。
まだまだ頑張れる。頑張ろう。思いを新たにする。
◆◆◆
「蒲公英、交代だ」
「へ、叔父様?まだ交代の時間じゃないよ?」
言いながら、意識が薄れていたのを自覚する。
「なに、年寄りは目覚めが早いだけだ。こうして目覚めてしまったし、な」
言い合うだけ時の無駄だろう。ここは足手まといにならないように休まないといけないところだ。
「んー、それじゃお言葉に甘えますねー」
そう言ってあっさりと意識を手放す。寝入りの良さは特技の一つだ。急速に遠のく意識の中で思う。
(んー、なんとか叔父様を安心させてあげないとね
やっぱたんぽぽの子供を抱かせてあげるのが一番かなあ)
どこか飛躍した発想であるが、構わずに思索を進める。
(はやく二郎様に子種もらわないとなあ)
更に飛躍した結論に満足し、馬岱は本格的に意識を手放すのだった。
 




