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凡人と覇王

「おう、久しぶりだな二郎!

 まあいい、付き合え!」


 そんな春蘭の言葉を聞いた瞬間、腕を引かれて俺はどこへ行くのだろうか。

 って……痛い痛い腕が痛いちぎれるって。抜けるって。


「何だろう、場違い感が半端ないんだけど」

「そうか。それはそれとしてだ。ほれ、どんどん食べろよ?

 腹が減っては戦はできぬからな!」

「春蘭よ。お前は一体……何と戦っているんだ」


 というか、何で俺は春蘭とメシ食ってるの?

 何でその場に華琳やら荀彧やらがいるの?


「何でアンタがここにいるのかしら」

「いや、俺にも何がなんだか」


 じと、とした冷たい目で荀彧ネコミミが言うけどさあ。

 というか、俺に聞くなよ。俺が聞きたいっちゅうの。


「ご飯は大勢で食べた方が美味いからな!

 かまいませんよね、華琳様?」


 おう、流石の華琳も笑みの仮面が崩れかけてるぞ。とも言えず。気のせいかもしらんし。


「……春蘭が連れてきたのでしょう?

 それを今更追い返すのもおかしな話ね。

 いいわ、歓迎するわよ、二郎」

「流石です華琳様、この脳筋の粗相を気にされない度量。

 素敵です!」


 うわあ。


「何か言いたそうね、二郎」

「いんや、華琳の人望に恐れ入っているだけだよ」


 実際華琳に対しては色々とリスペクトというか恐れ入っている俺なのである。

 こわや、こわや……。これは敬して遠ざけなければいけませんねえ。


「あらそう。殊勝なことね。麗羽に愛想を尽かしたらいつでも来なさいな。

 こき使ってあげるから」

「うへえ。

 まあ、愛想を尽かされることはあるかもしらんが、逆はないと思うよ」

「……まあ、言ってなさい。

 だって私は欲しいものは必ず手に入れるもの」


 きゃーこわーい。

 ……こわーい。

 まあ、表情に剣呑さはないから冗談だと思うんだけどね。

 思うんだけど……ね。


「ほら、もっと食え二郎。なんだ、お前武官の癖に食が細いな。

 季衣ならばお前の三倍は食べるぞ」


 誰だよ季衣ってというか、おかわり頼んでないのにてんこ盛りにしてくるなっての。

 俺は量より質なの、と言いたいがここの飯はものっそい美味いしなあ。

 だが、食わせるなら華琳とかネコミミみたいに恵まれない人にしようぜ。


「二郎?何かとんでもなく失礼なことを考えてなかったかしら」


 いや、決して口に出していないはずなんですが。

 出してないよね?うむ、出してない。出てない。


※ヒント:目は口ほどにものを言う


◆◆◆


 食事が終わり、お茶の時間だ。

 歓談が続く。あれやこれやと話題は飛ぶ。

 様々なことが話され、畢竟ひっきょう、天の御遣いの噂についても触れられる。


「論拠がおかしいんだよな」

「そうね、でも民にとってはどうでもいいことでしょう?

 多かれ少なかれ、民は不満を抱えているわ。その受け皿になったからこそここまで広まったのではないかしら」

「それがおかしいんだよ。

 売官は根絶した。

 近年は豊作が続いてる。天災だって例年より少ない。

 何で世は乱れて、民は不満を抱くんだよ。

 言うならさ。その民って誰なんだ、なんなんだ。

 いったい何なんだってんだよ!」


 吐き捨てる俺に華琳が苦笑交じりに。


「落ち着きなさいな、二郎。

 これで私たちも難儀しているのよ。

 流民がすごい勢いで流入してるのよね」


 苦笑する華琳の声色には、苦いものがある。

 それでも笑い飛ばすのが彼女の強さなのだろう。


「そか。陳留にも来てるか」

「その様子だと袁家領内はもっと凄そうね。

 まあ、流民が流れてきた時の対処については袁家に倣っているわ。 

 母流龍九商会にも力を借りているしね」


 その様、まさに悠然。


「流石だな華琳」

「おだてても何も出ないわよ」

「さよけ。まあ、それはいいんだけどさ。誰がこの噂をばらまいたと思う?」


 俺が陳留に来た一番の目的はこれだ。

 この時代最高級の頭脳の持ち主。その知恵を借りたいのだ。だって華琳だ。曹操だ。

 こいつが参謀とか軍師とか求めるのは、きっと自分以外の凡俗が何を考えているのかを知るためなのだろうから。

 俺と親し気にいろいろ語るのもデータ収集のためなのだろうて。いや、光栄なのだけどもね。

 だから、華琳の思考が見えたらば……何か見えてくるかもしらん。


「桂花、貴女はどう思うかしら?」


 薄い笑みで華琳が問う。その笑みは酷薄そのものなんだが、向けられたネコミミは歓喜に震えている。

頬を上気させている。背景には百合の花が乱れ咲くってものである。

 おいおいおい。


「はい。まず、この噂が蔓延した理由は二つあると思われます。 

 まず、今の世が乱れているということを周知する。現状に満足を覚えていない民草には有効です。

 次に、それを誰かが救ってくれる、ということ。

 これも民に好都合です。何もしなくても今の不満が解消されるということですから」


 淡々とした声に春蘭が疑問の声を上げる。


「待て待て、民草の不満なんて多種多様だろうが。

 それを全部御遣いとやらが解決するのか?」

「アンタみたいな脳筋にしてはいい疑問ね。

 解決する必要なんてないわよ。必要なのは今のままじゃ不満は解決されないってこと。

 それに、御遣いとやらが降臨したらそれが解消されるかもしれないということよ」

「ふん、分からんな。そんな都合のいいことがあるわけなかろう」


 春蘭の言は正論である。だが。

 俺が何か言う前にネコミミが。


「その通りね。でも、それを言えるのは春蘭アンタだからこそよ?

 民草は春蘭アンタみたいに強くないもの。

 だから噂を、自分たちに都合のいい噂を受け入れて、いえ、それを信じたいのね。

 そして……信じさせたいのでしょうよ」


 瞑目しながら華琳が言う。


「民草は弱いものよ。だからそれを責めるわけにはいかないわ。

 でもね、恥じ入ることは必要でしょうね。

 私たちの施政はこんなにも民草に不満を与えていたのか、とね」

「そんな、華琳様の施政はこれ以上ないほど民草のことを考えてらっしゃいます!」

「ええ、当然よ。でも、私たちの思うほど、それは伝わっていないのかもしれない。

 そう思うのよ」


 おおう、なんというか、流石だなあ。

 だがまあ、そういう、政治家としての心意気というか、志なんてひとまずどうでもいい。

 俺が本当に華琳たちに聞きたかったことをもっぺん聞こう。空気読めてなくても。


「んで、誰がどういう目的で広めたと思う?この噂を、さ」


 この問いがしたくて、俺は陳留に来たのだから。

 答えを華琳ならば持っているかもしれないと思ったから。


 俺の問いに華琳はくすり、と笑う。

 その笑み、深くて。


「桂花、貴女はどう思うのかしら」

「はい。可能性が高いのは十常侍かと思われます」


 間髪入れずに答える声は、歓喜すら含んでいる。


「それはどうしてかしらね」

「はい。現在、何進の後ろ盾を得ている弁皇子が皇位を継承するのは確定的です。

 それに対抗するためには協皇子に箔をつける必要があります。

 そのための事前工作ではないかと考えます」


 そこまでは沮授や魯粛もたどり着いたんだよな。

 だが、と口を挟む。


「でもよ、おかしいだろうよ。

 権威づけを他者に依存する皇子なんてそれこそ論外じゃねえの?

 そもそも、だ……」

「なるほどね。前提がおかしい。二郎はそう言うのね。

 つまり、天とは今上陛下であらせられる、ということ、かしらね」


 華琳が口を挟んでくる。うむ、その通りであるのと俺が言いたくてもうまく言えなかったことをフォローしてくれてありがとう。

 薄く笑む表情には凄味が漂っているのがちょっと怖い。どしたん。


「……天の御遣いが降臨するということそのものが既に不敬。

 仮にその権威をもって協皇子が即位した後、天が二つあるということになる……」


 ネコミミが顔を青くして呟く。


「うかつね。どうしてこんな簡単なことに思いが至らなかったのかしら」

「桂花、落ち着きなさいな。

 つまり、天の御遣いとやらは十常侍の手駒ではないということね」


 だから分からん。誰にも利益がないということになる。


「そうだ。結果、漢朝の権威にさ。いたずらに傷だけつけるようなものじゃねえか」

「それが狙いじゃないのかしら?」


 へ?


「何を間抜けな顔しているの?

 つまり、漢朝の権威を貶めるための工作かもしれない。そういうことよ」

「そんなことして誰に益があるってんだよ」


 これが近隣に対等な国家が群れる現代であればそれも理解できる。

 中央集権の中枢。その権威を貶めることは定石と言っていいくらいの、当たり前の手だろう。

 だが、現在周辺にそのような国家はない。敵対勢力なんて精々匈奴くらいのものだよ。


「分からないの?

 漢朝を必要としない勢力。

 いいえ、違うわね。漢朝を覆そうという勢力。

 考えられるとしたらそれしかないのではなくって?」


 華琳の言に俺は愕然とする。

 つまり、俺が把握している打ち手以外に、何者かが動いている……?


「蒼天、すでに死す……」


 思わず呟いた言葉に華琳が目を細める。


「なかなか上手いことを言うわね、二郎。

 私ならこう続けるわ。

 ――黄天まさに立つべし、とね」


 背筋を冷たいものが貫く。

 そして悠然と茶を喫する眼前の少女こそ、その仕掛け人ではないか。

 そんな思いすら抱いてしまう。


「そんな目で見ないでちょうだいな。

 私だって二郎の指摘がなければその結論には至らなかったかもしれないのだから」


 くすくすと笑む。華琳のその笑みは深く、俺ごときが読めるものではない。


 だが、その瞳に怒りがある。憤りがある。華琳の一言、所作に覇気が顕現して、その根源は怒りであり、誇りなのだ。

 だってこの子絶対自分の知らないとこで何かが動くとか大嫌いだもの。絶対。


「ん。だが流石華琳だな。まさか漢朝を覆すための一手という可能性については思いもよらなかった」


 くすり。その笑みが深まる。


「あら、洛陽北部尉は都の治安を司るのよ。ならば、あらゆる叛の可能性は検討しているものね」


 艶やかな笑みに俺は戦慄する。防ぐからこそ叛の方策を検討する。

 実に当然のことなんだが、何か不穏なものを感じてしまう。

 曹操という人物が辿った道を知っているからこそ、不穏なものを感じてしまう。


 きっとこれは杞憂のはずだ。そうに違いない。俺はそう自分に言い聞かせる。言い聞かせた。


 沈黙が室に満ちる。艶然とした笑みの華琳。何事か思索にふけるネコミミ。

 何か不満そうな春蘭。話についてきてないのかな?

 でも口を挟まないのは流石というか。

 って。


「よし、二郎、遠乗りに行くぞ!付き合え!

 華琳様、二郎をお借りします!」


 ぐい、と俺の腕をつかむとずんずんと、痛い痛い痛いってば。腕がちぎれるってば。


「ほら、行くぞ!」


 その言葉を最後にどんどんと馬を走らせる。半刻近く過ぎたろうか。

 既に人里を結構離れてしまっている気がする。

 ふと、湖のほとりで下馬する。


「なあ、なんだってのさ」

「よし、手合せするぞ!」


 そう言って木剣を俺に放り投げてくる。


「いや、話が見えないんだが」

「はあ!」


 びゅん!と空気を引き裂く音がして木剣が俺の鼻を掠める。


「いやいやいやいや、当たったら死ぬってば」

「安心しろ!手加減している!」


 これでかよ!どこがだよ!

 次々と襲いかかる一撃を必死で躱し、こちらも反撃する。

 ええい、攻撃は最大の防御!


「きゅう」


 無理でした。

 ぼっこぼこにされて大の字の俺にばしゃ!と水がかけられる。


「なにすんのさ」

「喉が渇いたろうと思ってな」

「いやいやいやいや」

「ふむ、大分いい顔になったな」

「へ?」


 にやり、と悪戯が成功したような顔をする春蘭。


「大体だな、二郎は色々難しく考えすぎなのだ。

 あまりにも景気の悪い顔をしていたからな。その性根を叩きなおしてやろうと思ってな」

「……そんなにしょぼい顔してた?」

「知らんさ!

 だが身体を動かして、たらふく食えば大体のことは解決する!

 われらは武官だろうが!その本分をないがしろにしてどうする!」


 やだ……何言ってるのこの子。

 でも。


「ありがとな、春蘭。なんか、すっきりしたわ」


 俺の中で燻ってた黒い何かが抜けた気がする。体中痛いけど。滅茶苦茶痛いけど。


「ふん、分かったならいい。

 さて、私は先に戻っているからな。夕餉には遅れるなよ!」


 風と共に去りぬ。

 そんな颯爽とした春蘭になにか救われた気がする。


 ……って俺帰り道よく分かんないんだけど。


※烈風はお利口さんなのでなんとかなりました。

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