黒き山、その奥にて
「いや、ほんとに来るとは思ってなかったよ」
可笑しげに笑うのは深い緑髪を結いあげている美女。つまり張燕。黒山賊の頭目である。
まさか出迎えに来るとは思わなかったのだがね。しかも、いつもの武装ではなく。普通に女子力の高い恰好である。髪だって無造作に垂らしてたのにね。いや、整えてはいたのだろうけども。
いや、普通にお洒落さんであるのがこうね、コメントに困る。素材がいいし、似合ってるのが無意味に悔しい。
くそう。先手を取られたか。
「いや、来いって言ったじゃん」
「ああ、そうさね。でもね。まさかまさか、さ。
……まさか単身来るとは思ってなかったよ」
「それこそまさか、さ。軍勢引きつれてくるわけにもいかんだろ」
殲滅したいのはやまやまだけど、な。
「ま、歓迎するよ。楽しんでっておくれ」
「ふん、随分羽振りがよさそうじゃないか」
俺の、いささか以上に刺々(とげとげ)しい物言いに動じることなく。嫣然と笑む。
真正面から向かい合ってくる。
「おかげさまで、ね」
くく、と笑う張燕。
楽しそうですね。はははこやつめ。
「そらそうだろうよ。……袁家と十常侍の双方から援助を受けているんだからな」
「いや、笑いが止まらないとはこのことさね」
「それを言うのかよ」
それ言っちゃうのかよ。俺に。
……袁家と黒山賊は表向きには敵対している。いるのだが、内々には手を結んでいる。一方、十常侍は袁家の勢力を削ごうとこいつらを援助している。
袁家の軍需物資を輸送している部隊が襲われて物資が強奪されるという事案が度々起こっているが、これはほとんどが出来レースなのである。
実質、袁家からの援助というか、お友達料金というか。
それに加えて十常侍からの援助。そりゃあ栄えるというものだ。
「まあ、そろそろはねっかえりが目立ってきたしね。誰に渡りをつけたらいい?」
そら安定した利権が発生したら奪いにくる奴も出るわなあ。と、察する。
「商会経由で沮授だな。赤楽を通せ」
「分かったよ。今回は五百ばかり出すつもりなんで、あんたからもよろしく言っといておくれ」
つまり粛清という名の地固めというやつだ。これを俺に言うあたり張燕の政治的センスは括目すべきものである。
……敵対勢力を穏便に運営させるに適任と確信させてくるほどに。
「ん、しかし、ほんとに景気がよさそうだな」
しかし、五百を切り捨てるとなると、戦力どんだけあるのさ。
ダメもとで聞いてみようそうしよう。
「ちなみに、今出せる兵力ってどんなもん?」
「それをあたしに聞くかね……。
いいけどさ。
……精鋭で五千。総勢で二万は動員できる」
なん……だと……。
「ちょっと前に比べて随分増えてないかい?」
俺の声に張燕は苦笑する。くすりと。
……いちいち色気があるんですがそれ余計です。
「最近流民が増えてねえ。正直、困ってるくらいさね」
むう、天の御遣いの噂の影響が出てきているか。
「少しずつじゃああるが、食料品の価格も上がりつつある。
母流龍九商会が物資を流してくれてはいるがね。この流れを止めるのは至難だろうさ」
張紘には物資を放出して物価の安定を指示したんだが、流石に袁家領外ではそこまで統制効かんか。これは仕方ない。張紘で無理なら誰にもできないだろうよ。
「難しい顔をしてるねえ。ま、流石の怨将軍様とて……この流れは止められないだろうさ」
うっせえな、分かってるさ。焼け石に水だってことは。
だがそれでも、ここで手を打たんと、一気に黄巾フラグがががが。
「まあ、アタシらだって別に世を乱したい訳じゃない。
アタシらなりに、できることは協力するよ?」
その笑みは冷めたもの。醒めたもの。そこには苦さが漂っていて。
でも、こいつらに肩入れする必要ないしなあ。とか思ってたのだが。
「と、言われてもね。一応お前らとは敵対してるしな」
「まあ、せっかく来てくれたんだ、手ぶらで帰ってもらったら困るのさ」
そう言って懐から一枚の紙片を……これは、地図?
「アタシらが仕切ってる村落さ。まあ、路銀に困ったら寄っておくれ。
飛燕、と言えば世話役には通じるよ」
「いいのか」
「はん、袁家を敵に回すほど耄碌しちゃいないよ。
まあ、担保だと思ってくれればいいさね」
十常侍に取り込まれていないというアピールのようだ。
本格的に敵に回ったら潰す気満々だしな。殊勝なことだ。そこいらへんの時流を読む目は確かってことかな。
その一方で十常侍になんと言ってるかは分からんが。
「まあ、せっかくだからゆっくりしていっておくれよ」
その言葉に苦笑する。
流石にここに長期滞在する気は無いっつうの。
「さて、せっかく来てもらったんだ、盛大にもてなしたいんだけど?」
「冗談じゃねえよ」
苦い表情であるのは自覚しているが、ここは譲れない。
身元を明らかにできんだろっていうのが、分かってるくせに。
「あら、そいつは残念だねえ。料理も、酒も。
勿論、女も極上品を取り揃えてるんだけど?」
「お断りします」
ニヤニヤと笑う張燕。
多分、何も言わなかったら普通に宴席に引っ張り出されてしまったんだろうなあ。
そして女とか、見え見えのハニートラップじゃねえか。
まあ、もてなそうとしてくれていると解釈できんこともないけんども。
きゃらきゃらと笑う張燕にため息をついてしまう。
「ま、ご入用のものがあったら言っておくれ?
女なら、アタシ含め、否やはないし、さ?」
艶っぽい流し目でちらり、と視線をくれて室を辞する張燕。
その身のこなしは野生の獣を思わせるしなやかさで、自然な色気に満ち溢れていた。
うん、美人だし、好みではあるんだよね。ほんとは。
さて、宴席とやらは無くなったが、そんかし、夕食の饗応役が張燕とか、更にびっくりである。
まあ、杯を重ねながら分かったこともある。
意外とこいつは安定志向だ。だからここまで俺に媚びるのだ。
そして、きっちり配下をまとめてもいる。はねっかえりはきっちり処断してるしな。
既に相当な戦力を集めている危険性を加味しても、手を組む価値はあると思うのだ。
正直、動員兵力が二万。
それに家族がプラスされた無頼の輩が流れ出したら、厄介この上ない。
ああ、半島の某独裁国家が生き残っている理由が分かった気がするわ。
などという俺の思考は割と読まれているんだろうなあ。
そんなことをおくびにも出さずに馬鹿トークまで付き合ってくれるのが恐ろしい。
まあ、袁家と良好な関係を築きたいというのはあるんだろうけど。
む、事あるごとに俺との面会を求めて足を運んだのもその一環か。俺の気まぐれで下手したら殺されてもおかしくないのになあ。
堅実かつギャンブラーとか、その種銭が自らの身命とか、俺にはでけへんなあ。
俺はため息を漏らす。
けして油断ができない相手だが、袁家が圧倒的な戦力、富を持っている間は大丈夫だろう。
裏切る方が割に合わないであろう状況を作っていけばいい。
まあ、俺が考え込む姿をニヤリとしながら見ている様子から、そんな俺の思惑も駄々漏れかもしらんけど。
ちなみに、同衾についてはそのような事実はなかったと主張します。
だって賢者モードで突入したからね。枯れてるからね。
斗詩としっぽりだったからね。
さて、お次はどこに向かおうかなあ。か、み、さ、ま、の、い、う、と、お、りっと。
視点が変わるとこうなる。
黒山賊こわいーというかたは→次話へ
※頂いた支援小咄です
~歪曲表現~
怨将軍「お前ら随分と数増えてるな?」
張燕「500人減らしますし山賊退治したって言う名誉も差し出しますんで勘弁してください」
怨将軍「500人損切出来るとか実際のところ総勢何人いるんだよ」
張燕「はい、精鋭5000、最大2万です。ただこんなに増えたのは世が乱れてるからでここまで大きくなるつもりはなかったんです」
怨将軍「…」(難しい顔)
張燕「戦乱を望んじゃいないし出来ることなら協力するよ」
怨将軍「でも俺達って元々敵だよな」
張燕「ほら、地図あげるよ、あたしの名前出したらそれなりの数の村落で資金その他も融通できるよ」
怨将軍「いいのか?」
張燕「せっかくだしこれから歓迎の宴開くよ、酒も料理も女も出すよ、なんだったらあたしを抱いて」
~実物とは異なる可能性がございます~
この発想はなかった。
いやあ、読後感が全然違いますねえ。