凡人の目論む三行革命
女子は登場しません。
さて、久々沮授とお仕事のお話である。あれやこれやと報告を受けて意見交換をしているのだが。・・・実は想定以上に南皮他袁家領内に流入する流民が多い。食料がある所に民が群がるのは必然ではあるのだが、ね。そして都市部に流入する民には二通りある。
一つは難民だ。天災で全てを失った者だ。特に江南からの難民が目立つ。なんでも大水害があったらしい。
もう一つは農家の二男、三男などといった農村の余剰労働力、或いは穀潰しだ。――農業指導により同じ面積でも収穫が上がり、効率がものっそいよくなって耕す田畑を親からもらえなかった層だ。これが袁家領内を中心にかなーり増えている。
こっちは比較的、懐に余裕もあったりするからそこまで治安への影響はただちにはなかったりする。だがまあ、いずれは食い詰めるのだろうけどね。だが、これはチャンスでもある。都市部での賃金労働者の増加が見込めるということ。
これは産業革命の発生条件の一つだ。流石に機械化されてないから本格的なものは無理でも、工場制手工業ならば、いける・・・かもしらん。いや、いけるいける。
ちなみに工場制手工業とは地主や商人が工場を設け、そこに賃金労働者を集め、数次にわたる製造工程を1人が行うのではなくそれぞれの工程を分業や協業をおこない、多くの人員を集めてより効率的に生産を行う方式のこと。分業であるために作業効率が向上し、生産能力が飛躍的に上がるが、技術水準は前近代的なものにとどまる。経済史では、農民の副業として発展した問屋制家内工業の次段階とされる。さらに産業革命以降は、工場内で機械を用いて製品を大量に生産する工場制機械工業が工場制手工業の次の段階として登場する。ここまで前提。読み飛ばしてもよし。
「人口増加、ですか?」
「おう、想定より相当増えてるだろ?」
「そうですね。ですが、流民の流入は想定していましたからねえ。故に食料の備蓄に問題はありません。
今のところ、他の地域に流す余裕が十分にありますよ」
ここまでは順調か。よしよし。
「袁家領内が中華の穀倉となる日も近いな」
俺の言葉に沮授はくすり、と笑みを浮かべる。
「ふふ、既にそうなっています。と言っても過言ではないでしょうね」
流民の流入は想定の2割増(沮授調べ)。人口の自然増についても同様の傾向らしい。職と食が安定したら労働力確保もかねて子作りが盛んになる、というのは予測の範囲内。これから更に想定以上の人口増があるかもしれんから、食料の備蓄も継続している。蝗害とか怖いしね!
「ですがそろそろ都市部で流民の増加による揉め事が増えつつありますね」
「ふむ・・・」
農家の二男坊以下や流民らへんが職を求めて都心部へと出てきたからであろうな。ここまでは想定の範囲内。なので対策も一応考えてある。
「そいつらは雇用の創出で賄う」
「と、いうと?」
これは政治がせんといかんことだ。地方から出てきた余剰人口、他方から流入する流民をほっといてたらロクなことにならん。きっちりとその労働力の受け皿を造るのは為政者の義務である。働く意思がない奴については言及を避けるがね。
「公共事業だな。治水工事、街道整備、城壁の補修、まずはそんなもんかな」
「まあ、予算には余裕がありますからね」
豊富な予算と(口減らしで都市部に来た農家の倅たちや流民で)安価な労働力。乗るしかないこのビッグウェーブに!大公共事業時代の到来である。ニューディール政策を先取りしてやんよ。
とは言え、無駄なことをするつもりはない。公共事業・・・インフラの整備とは未来への投資なのだからして。なので自重しない。マジで。
食料の増産と雇用の拡大。治安の維持には武力の増強よりもこっちが有効なのだ。という主旨の説明を沮授にしようとしたのだが。
「なるほど。膨れ上がった余剰人員については棄民しかない、と思っていましたが・・・。
それすら資源として活かす。いや、二郎君の深謀遠慮には舌を巻く思いですよ。いや、その先見には嫉妬や敗北感があるはずなのですがね・・・」
これでも田豊様の一番弟子として鍛えられていて、内政にはそれなりに自負があったのですがと沮授は苦笑する。
「しかしこれはもう認めざるを得ないですね、二郎君。僕はとても君にかないそうもありませんよ」
ひらひらと両の手を挙げて降参の意思を伝え、首を振る。のだが。
いやいやいやいやいや。俺の拙い説明の、その切れ端で察した沮授こそが傑物でなくてなんなのだと思うのですだよ。産業構造の変遷とかあれやこれやについてを文字通り三行で理解するなんてありえないだろうよ・・・。
「いや、俺としては沮授がいてくれてよかったというのが本音なんだが」
俺の言葉に沮授は苦笑の色を濃くする。その色は沮授にしては珍しく暗い。
「よしてくださいよ。二郎君だから言いますがね、敗北感なんてものじゃないですよ。一体自分は今まで何をしてきたのだって、ね」
まてまてまてまて。なんでお前が、田豊師匠の一番弟子でスーパーエクストラ文官カスタムでウルトラエリートな沮授がネガティブ一直線なんだってばよ。
「いや、本当にね。自分の才というものがいかに小さいかを痛感しましたよ。本当に、ね。なけなしの矜持だって、あればあるほど惨めなモノです」
動揺しまくっていた俺だが、ネガ吐いてる沮授の言葉にカチンとくる。ああ、カチンとくるぜ、とさかにくるぜ。
「ちょ・・・待てよ。それ以上は許さんぜ。それ以上自虐は許さん」
へえ?とでも言いたげな――ちょっと拗ねたような沮授の視線に俺は激昂する。
「あのな!俺がお前に実務で及ぶはずないだろうが!あれやこれや好き勝手言ってるけどな!それを実際に、実務に落とし込めるかどうかって言ったら少なくとも俺にはできんわ!」
むしろ俺に出来るとかガチで思ってたら困ったものである。
「沮授よ。張紘が偉いのはな、すごいのは、だ。俺がてきとーにぶちあげた絵空事をきっちりとやりとげようとしてくれてることだ。だから、外は張紘に任せてきた。だったら内は誰が担うか、分かるだろ?」
分かってください。お願いします。なんでもしますから。
そんな思いを込めた視線を真正面から受け止めて・・・。刹那表情を引き締め。にこりと、笑ってくれた。
「やれやれ。これは張紘君に先んじられましたか」
「なに、沮授ならその差なんて大したことないだろう」
「と言うか、別に競争しているわけでもないですしね。煽られても困りますよ?」
「そういやそうか」
苦笑する沮授に俺の考える公共事業の具体案を示していく。
「主要な街道には思い切って焼成煉瓦を敷き詰めよう。
雨が降っても輸送距離が落ちなくなる」
「なるほど。各種物資の輸送にかかる時間を向上、安定させれば色々と捗りますね」
プロジェクト「赤い街道」である。つまりまあ、街道を広げるだけでなく、アスファルト・・・は無理だから煉瓦で舗装してしまおうということである。それにより輸送コストが劇的なことになるはずである。そして沮授の言う通り、物資の輸送にかかる時間が想定しやすくなる。
これは各種政策を立案する上で物凄く重要なことなのだ。まあ、本命は軍の移動速度向上なのだがね。言うまでもなく沮授はそれくらいご存知のはずである。
「なるほど、煉瓦の生産、原材料の需要にも雇用が生まれますね」
「お前と話すと話が早くていいよ。まあ、そういうことだ」
失業率は低ければ低いほどいいのである。
「――ですがそうすると管理職の人手が足りなくなりますね。
未だに出仕を拒む士大夫もいますし」
なん、だと・・・。
「はぁ?!この期に及んで隠者気取りかよ。呆れたもんだな。――しゃあない。ほっとけ」
「ふむ、なるほどですね。士大夫層に媚びる気はないと」
当たり前田のクラッカーである。いちいちご機嫌伺いなんぞやってられんよ。そんな奴らとはどうせそのうち衝突するだろうしな。
「引退した官僚に私塾をやらせろ。そうだな。有力者の子弟ならば問題なかろう。庶人を集めても、玉石混交で選別が手間だ。将来的には話が別だが」
「ふむ。悪くありませんね。豪商や官僚の子息であれば基礎教育も進んでいるでしょうしね。早速取り掛かるとします」
くそ隠者気取りの協力は得られない模様。ならばこっちも責任を負う覚悟のない奴らに頼ってやるものかよ。
「しかし、さしあたっての実務についてはどうしましょうか。教育はいいとして流石にぽっと出の人材をねじ込むわけにもいきませんし・・・」
「ああ、それなら張紘が大丈夫だって言ってた。もう手元の商会の幹部級には旧知の人材を充てて、いくらかそれ以外にも管理職以上の役職が欲しい人材を確保しているってさ」
流石は張紘である。各地の情報を吸い上げるわ、独自のコネクションで珠玉の人材を発掘してくるわ、俺の思いつきをフォローしてくれるとか。いやあ、張紘のためなら三顧の礼どころか三十くらい礼を尽くすっつうの。特盛マシマシアブラカラメでな!五体投地をフルセットで毎日こなしてもいいレベルである。
「流石は張紘だぜ。いや。奴は傑物だからな。それくらい朝飯前ってことかもな」
「信用してるのですね、張紘君を。そして彼の育てた、或いは育てる人材を」
沮授の言に、にひひ、と笑って応える。
「信頼、だよ。沮授。勿論お前と同じく、な」
「おや、これは。――光栄の極み、と言っておきましょうかね」
にこり、と笑う沮授はやれやれ、と頭を振る。何かを振り払う。
そうして俺のことなんかほっといてあれやこれやと指示を飛ばし、書面に没頭していく。うん、どこか楽しげに。
うむ。無表情に書類を捌くよりは余程よかろうて。そう思い俺はその場からそそくさと立ち去るのだった。
――仕事振られたらかなわんからね。
三行革命は様式美。