表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/350

誓い

「じゃあ、洛陽ではお待ちしてますから、ぜひお立ち寄りくださいね」

「おうよ、そんときゃよろしくな」


 洛陽に向かう斗詩と旅に出る俺の送別会というか、壮行会の会場である。

 なんとか各人のスケジュールの都合をつけたのだ。沮授、偉い。頑張ったね。

 斗詩なんて明日洛陽に発つくらいのギリギリスケジュールである。


「まあ、洛陽は大変だと思うけど、適当にな?」

「はい」


 斗詩なら大丈夫だろう。何進とか宦官とか色々不安要素あるけどきっと大丈夫だろう。

 というか、他に送れる人材がいないっていうのが実際のとこだし。


「アニキと斗詩の留守はアタイがきっちり守るし、安心してくれよな!」

「猪々子、頼りにしてるよ」

「えへへー、がんばるぜー」


 あらかわいい。

 まあ、よっぽどのことがない限り猪々子がいれば大丈夫だろう。麹義のねーちゃんもいるし。


「で、結局二郎さんは。

 いつご出立されるんですか?」

「んー、明日、斗詩と途中まで一緒に行こうかなって」


 七乃の問いかけに答える。旅は道連れ世は情けってね。


「用が済んだらさっさと帰ってくるのじゃぞ!」

「ういうい、了解ですよ」


 てや、と美羽様を抱っこしてやる。少しじたばたとしていたが、じきにおとなしくなる。

 それをみて七乃がぶーぶー不満を漏らす。


 いや、なんつーか、こう、この子らのためにも頑張らんといかんなあと再認識するのだ。

 そんな俺を沮授と張紘がにやにやと見ている。まあ、なんかネタにされてるんだろう。

 いいさ、あいつらとは散々語り合ったし。今日はお姫様たちにサービスしないと。


 とはいえ、ちょっと浮かれて呑みすぎたかな。


「あー、ちょっと酔いを醒ましてくる」


そう言って中庭に向かう。東屋で夜風に当たって酔いを醒まそうそうしよう。


◆◆◆


「はあ……」


 ため息を一つ漏らす。あー、酔ったわー。マジ酔ったわー。

 東屋のベンチに腰掛け、夜風を楽しむ。

 新緑の香りが鼻腔をくすぐる。もうすぐ、夏が来るなあ。


「お隣、よろしいかしら?」


 ぼんやりしていた俺の隣に麗羽様が腰かけてくる。


「いや、お恥ずかしい。ちょっと酒が過ぎたみたいです」

「あら、構いませんわ。今宵は身内だけですし、ね」


 くすり、と笑う麗羽様の頬もちょっと上気している。

 しばし、無言で月を見上げる。


「月が、綺麗ですね」

「ええ。今宵の月はいつもより綺麗に見えますわ」


 風が心地いい。

 気まずくない沈黙があるとすればこの瞬間だ。

 お互いに何を言うでもなく、ただ、互いの存在が心地いい。


「行って、しまわれますのね」


 ぽつり、と麗羽様が呟く。


「ええ、行ってきます」


 くすり、と麗羽様が笑う。


「ほんと、ほんとに。二郎さんは勝手ですのね。

 陳蘭さんがおっしゃる通りですわ」

「え、いやいや、そんなことはないですってば」

「あら、嘘はいけませんわね」

「そんなことはないですって。参ったな」


ぽりぽりと頭を掻く。でもまあ、そういわれても仕方ないかなあ。


「ねえ、二郎さん」


 こてり、と俺の肩に麗羽様が頭をのっける。

 何か、久しぶりだな。こんなふうに甘えられるのって。


「何すか?」


 肩に乗っけられた頭を撫でながら応える。

 目を細めるのが猫みたいで、ちっちゃい頃の麗羽様と変わらないなあと思ったり。


「覚えてらっしゃるかしら。一つ、何でも言うことを聞くっておっしゃいましたわよね」


 確かに言った。忘れるはずがない。どんなことを言われるか気が気じゃなかったのだよ。

 まあ、言い出す感じもなかったから、忘れてしまったのかなあと思ったらご覧の有様だよ!


「ええ、もちろん覚えてますよ。何を言われるのか、結構ドキドキしてましたし」

「ふふ、きちんと覚えてらっしゃったのですわね」

「そりゃ、まあ覚えてますとも」


 ぽり、と頬を掻く俺をおかしげに見つめる麗羽様。

 参ったなあ、このタイミングで来るとは思ってなかった。

 放浪など許さんとか言われたらどうしよう。

 いや、どうしようってことはない。そう言われたら否やはない。否やはないのだが……。

 ふと、麗羽様を見ると、どことなく潤んだ瞳で俺を見つめている。


「あの、麗羽様?」

「ご無事で」


 へ?


「ご無事で、帰ってきてくださいましね。

 それが、私の、お願いです」

「麗羽様……」


 きゅ、と俺に抱きついてくる。


「二郎さん。お止めはしません。しませんわ。

でも、でも。ご無事で……」


 俺を見上げる顔は上気していて、瞳は潤んでいて。


「麗羽様……」


 ぎゅ、と抱き寄せると、あ、と声を漏れ、そ、と目を閉じる。

 その仕草に愛おしさがこみ上げる。

 俺の腕の中で泣きべそをかいていた麗羽様。笑っていた麗羽様。拗ねた麗羽様。怒っていた麗羽様。

 色んな麗羽様が脳裏に浮かぶ。

 お転婆で、優雅で、高慢で、素直で。でも、変わらずに、いつも一生懸命で。

 いつだって全力で俺に甘えてきた。

 そんな麗羽様が、俺は大好きで。そんな麗羽様が無防備で。それが愛しくて。


「あ……」


 合わせた唇から甘い溜息。

 きゅ、と麗羽様の手が俺の背中に回される。


「嬉しい……」


 漏れる声に愛おしさがいや増す。

 そして自覚する。こんなにも、俺は引き返せないんだな。

 俺が大事に思う袁家というもの。その象徴が麗羽様だ。

 麗羽様が大事だから袁家に尽くすのか、袁家が大事だから麗羽様に尽くすのか。

 それはもはやどうでもいい。


 時代の流れという奴があるのならば、大河というものがあるならば、それは袁家にとってきっと奔流だろう。この上なく波濤だろう。

 いいさ。全力で抗ってやる。

 俺は凡人だ。この上なく凡人だ。それは自覚している。

 英傑揃いのこの時代じゃあ雑魚もいいとこだろうさ。

 天の御使いが何だか知らんが、その喧嘩、高く買ってやる。

 ……三国志なんて、ぶっ潰してやる。

 歴史に埋没する、面白味のかけらもない時代を築いてやろうじゃないか。

 書物と芸術品と匠達のみが受験に出るような、そんな時代。

 英雄なんて登場しない、退屈な時代。

 栄光も感動もない、そんな時代。


 それを、俺の大事な人たちに捧げよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最&高
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ