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凡人と碧眼児+孫家の面々

 扉の向こうは、孫家の巣窟でした。

 いや、俺が自ら足を運んだんだけどね。


「じろー!いらっしゃーい!」


 シャオが駆け出してくる。飛びついてくる。元気すぎるだろ。

 だから受け止める。そっと。

 うむ。猪々子みたいに突撃的に全力で俺を吹き飛ばそうという感じじゃないので軟着陸余裕でした。

 えらいぞ。ナデナデしてあげよう。ブルスコー。


「ほいさ、お邪魔しますよっと」


 シャオをお姫様抱っこして室に入る。肩車してやろうかとも思ったが、この子ミニスカだから。しまパンだから。

 ちょっと幼女だからといって無防備すぎんよー。孫家の教育方針に文句を付けようかと思ったが、黄蓋とか穏とかの衣装見たらひっこめざるを得ない。

 むしろ肩車されようとするのを自重しろと言いたい。


「えへへー、シャオに会いに来てくれたんだー、嬉しいな、ほんと嬉しいなあ」

「へいへい、そうですよっと」


 打算が見え見えとはいえ、率直な好意を向けられて嬉しくないわけがない。幼女でも孫家の重鎮よ。その好意はありがたいのだよ。戦闘民族たる孫家の好意なんてどうやって買ったらいいか俺には分からんしな。

 軽口をたたきながら、室にいるメンバーを見やる。

 孫権、穏、そして俺の腕の中にいるシャオ。

 ふむ、黄蓋は留守みたいだな。

 ちなみに孫策と周瑜は江南にお帰りになりました。まあ、そんなに留守できる状況じゃないしな。ほんと。

 ……不穏なアレはこう、見ないふりだ。頑張れ、虞翻。仕送り増やすし。めがっさ増やすし。張紘が。


「珍しいわね、貴方からこちらに来るなんて」

「や、出立まですることないし、挨拶しとこうかなと思って」


 勧められるままに椅子に腰を下ろす。どすん。

 シャオは俺の膝の上でご満悦だ。本人は妖艶と思っているであろう表情でこちらを窺う。いや、かわいいよ?可愛い可愛い。

 幼い身で既に小悪魔の雰囲気たっぷりな彼女の十年後が楽しみなような、怖いような。


「二郎さん、どうぞ」

「ん、あんがと」


 穏が淹れてくれた茶をずず、とすする。うん、美味い。

 そんな俺に問うてくる。


「それで、いつ出立するのかしら?」

「んー、実はまだ決めてない」


 俺の言葉に呆れたような表情をする孫権。

 これでも、随分と丸くなったんだよなあ。


「呆れたわね。そんなんでいいの?」

「おうよ、っつうか身内だけの送別会があるんだけど、出席者の予定の調整が難航しててなあ」


 まあ、麗羽様、美羽様に猪々子斗詩七乃、それに張紘と沮授。

 厳選した気の置けない面々を揃えようとしても、関係各所との調整は大変に決まってる。

 こっちはこっちで大変なのよ。まあ、俺が悪いんだけどな!だが俺は謝らない。


「……それは確かに大変そうね」

「大変なのは俺じゃないけどな」


 にひ、と笑う俺を孫権は何とも言えない表情で見やる。


「貴方の場合、自覚してる分だけ質が悪いわね…」

「なんのなんの、俺なんてかわいい方だってのが救いのない話でな」

「そ、そうなの?」


 懇切丁寧にねーちゃんとか田豊様の理不尽さの一端を紹介してやる。


「と、とんでもないわね……」

「だろ?」


 引き気味の孫権に更にあることないこと吹き込んでやる。うけけ。


◆◆◆


「袁家ってとんでもない伏魔殿なのね」


 孫権の正直な感想である。

 端的に言って。なんかもう、色々とありえないものである。


「だろー?これでも俺ってば結構苦労してるのよ」

「一気に今までの話の信憑性がなくなったわね」

「うっわひでえ」


 つくづく、本気か冗談なのか判断しづらいのだ。その物言いが軽い。軽すぎるからして。

 彼女だったらそのあたり、分かるのかしら。などと思いながら、ちらり、と陸遜の方を見やる。

 結果、にこり。とするだけで、もう!

 紀霊どころか、腹心たる陸遜ですら何を考えているかすら分からないと孫権は憤慨する。


「今までの貴方の言動を振り返ればいいのよ」

「えー」


 いけないな、と思う。紀霊との何ということのない会話を楽しんでいる。

 そうじゃない、そんなことが言いたいんじゃない。そうじゃないのだ。


「大体、単身で旅をするって、下手したら命の危険だってあるじゃない」

「んー、大丈夫じゃね?」


 どこか他人事のように語る紀霊になんだか腹が立つ。もやもやする。


「貴方ねえ、貴方の身は既に貴方一人のものじゃないでしょ?

 どうしてそういうことが言えるの?」


 なんでだろう、と思う。どうして私はこんなに熱くなっているんだろう、と。

 だから、どうしてそんなことを言ったかを一生自分に問うのだろうなあ、と思う。


「許さないわよ」

「へ?」

「許さないんだからね。こんなことで行き倒れたり、野垂れ死ぬなんてね。

 絶対に許さないんだから!」


 困ったようにぼりぼりと頭を掻く姿に、無性に腹が立つのだ。


「いやよ。そんなつまらないことで、貴方が死ぬなんて許さない」

「つってもさあ。いや、そりゃ死ぬつもりなんてないけどさ。

 孫権の言う通り、なにが起こるかわからんし」

「ああもう、イライラするわね!もう!

 大体その他人行儀なのがいやなのよ!」



 私は何にイラついているんだろう。何でこんなに紀霊に当たり散らしているんだろう。

 もっとこう、行ってらっしゃい、とか、息災でね、とか言うつもりだったのに。


「や、どないせいっちゅうねん」


 困惑されて、苛立ちが募る。


「だから、まず私のことは蓮華って呼びなさい!」

「え、いいの?」

「孫権とか他人行儀に呼ばれる方が嫌よ!」

「じゃあ俺のことも二郎って呼んでくれるよな?」

「あ……」


 呼びかけられて、動揺。

 え、どういうこと?

 そういうこと?

 そう、よね、と。


「蓮華?」

「あ……」


 自分は何を言っちゃったんだろう。

 そのう、けしていやではないんだけど、と。


「蓮華ってばよ」

「その、じ、二郎?」

「ほいさ」


 結局。孫権は、最後まで。

 旅路の無事だとか、そういうことを口にすることができなかった。


 本当は、そうじゃないはずだったのだけれども。

 無様だな、と思う。

 弱みなんて見せたくなかったのに、と。


 だから、小声で、呟く。

 届くことがないのを知って。届かないから呟いた。


「二郎、大好きよ」


 その言葉は小さく響き、声の主も発した後に小さくなる。


 幸か不幸か、それを聞くものはなかった。

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