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引き継ぎは嵐の予感

 さて、旅立つと言っても即出立というわけにはいかない。

 一応、引継ぎとかせんとな。

 俺がいなくても動くとはいえ、形式上のなんやかやは必要だったりするのだ。


「というわけで、雷薄、よろしくな」

「へぇ、そりゃあ、構いませんがね。しかし若も落ち着きませんやねえ」


 俺がいない間の紀家軍を統率してくれるのは雷薄を置いて他にない。とーちゃんがぺーぺーのころから中枢で仕切ってくれていた古参兵ベテランだ。

 他にもまだ匈奴戦役からの古参兵が多く残ってくれている。その中枢は俺がちっちゃいころからの馴染みなわけで。いや、ほら。あの紀家軍のお相撲とかね。あんときからのメンバーばっかり。そらもうツーカーよ。デジタルでツーカーやで。

 俺が紀家軍の掌握に苦労していないのはこのためだ。いやほんと、先人が積み重ねたもののありがたみを感じるのである。

 ほんと、一から軍を練り上げた曹操とか、ごろつきくずれの義勇軍を一軍にしてしまった劉備とかどんだけ化け物なのかよ、っつう話だ。

※正史とか演義的な意味ですが、前者についてはマジやべーやつである。


「まあ、おひとつどうぞ」

「おう、すまんね」


 雷薄の酌で注がれた酒をくぴり、と呑む。


「雷薄も、な」

「あー、こりゃすいやせん」


 返杯を呷る、いかつい顔。そこに不思議な愛嬌が浮かぶ。なんだかおかしさを感じてしまうな。


「しかしまあ、迷惑をかける」

「かまいやせんやね。きっと紀家の当主ってのは放浪癖があるんでしょうよ」


 そんなとこばっかり大殿に似て……と顔をしかめる雷薄。

 どうやらとーちゃんも若かりし頃は色々迷惑かけてたみたいだな。相当に。だって俺があれこれやっても、お小言あんまりないもん。これは先代はもっと無茶やってた証左ですよ。

 つまりその、なんだ。

 親子二代に渡ってご迷惑をおかけします。

 だが俺は改めない。


「流琉ー、おつまみ追加なー」

「はーい、ただいまー!」


 俺の声に流琉が料理を追加してくる。

 空いた皿を下げ、飲み物もきちんとフォロー。うむ。流石の手際である。


 何とも言えない目でその様子を見ていた雷薄がため息をつく。


「んだよ。今でも流琉が紀家軍にいるの、反対か?」

「積極的に反対はしやせん。あの子は一生懸命ですし、実力だってまあ、紀家軍最強でしょうや。

 ただ、まあね。

 やるせねえなあっていう、年寄りの愚痴ですやね」


 あら珍しい。雷薄の愚痴を聞けるなんて。


「でもな、流琉は外せないのさ」


 だって悪来典韋だぜ?これ以上に頼りになる護衛なんてないって。しかもメシウマで美少女、もとい美幼女。例え華琳に千金、いやさ万金積まれても渡すものかよ。


「へ?何かおっしゃいましたか?」

「うんにゃ、なんも」


 珍しく泥酔した雷薄を迎えの者に託し、一つため息をつく。


「二郎さま、どうぞ」

「ん」


 流琉が淹れてくれた茶を行儀悪く、ずずりと。

 うん、美味い。

 しかし、なんかもの言いたげだな、と。


「どしたの」


 こっちを見て物言いたげな流琉に声をかける。


「えっと、二郎さまのごしゅったつはいつかな、って思いまして!」


 たどたどしく俺に問いかけてくる。


「んー、そだね。十日はかかんないだろうなあ。

 ただまあ、今日明日に出立ってことはないと思うよ」


 ぶっちゃけ綿密なスケジュールのない旅である。俺の胸三寸ではあるのだ。

 その気になったら今すぐ出立だってできんことはない。しないけど。


「だったら、です。わたしもそれに合わせてじゅんびしますね!」

「え、なんで?」

「なんでって……。

 だってわたしは二郎さまのものですから……」


 僅かに頬を上気させ、もじもじとしながら俺を上目づかいに見てくる。うむ。可愛い。

 でもね。


「いや、流琉は連れてかないよ?」

「えっ?」

「連れてかないよ」


 みるみるうちに双眸に涙があふれてくる。

 そしてガタガタと全身を震わせて。それでも湧き起こる嗚咽をこらえ、必死に俺に問いかけてくる。


「な、なんでですか?わたし、二郎さまにはもういらないですか?

 なんでもします。なんだってします。ですから、ですから捨てないでください。

 お側においてください……」


 身を震わせ、大泣きしそうな流琉を慌てて抱きしめ、頭を撫でる。


「いやいや、流琉ってば落ち着けよ。落ち着け」

「だって。じろうさま。

 だってだって………」


 ぐずり始めた流琉の様子にしまったなあ、と思う。酔ってるとはいえ不用意ではあった。

 最近、安定してたから油断してしまったようだ。いかんな。


「流琉?」

「……はい」


 俺の問いかけにぐずりながらも返事をする流琉。素直だなあと思う。良心がこう、ちくちくと痛い。気がする。


「あのな、流琉を連れていかないのは、別にいらないからってことじゃないぞ?」

「でも、でも……」


 ぐしゅ、とすすりあげ、俺に顔をこすりつける。そしていやいやをする流琉。この子は本当に幼いのだなあと再認識する。


「でも流琉はさ。紀家軍の一員だろう?」


 俺の声にはっとしたような顔をする。


「流琉が自分の意志で勝ち取った地位だ。流琉はもう、紀家軍の一員なんだぞ?

 いけないな。言ったことには責任を持たないと」

「だって、だって!わたしは二郎さまのもので……二郎さまがいないと居場所なんてなくて……」


 しゃくりあげながら必死に縋り付いてくる流琉に軽く口づけをしてやる。


「あ……」


 びくり、と身を震わせる流琉に囁く。


「流琉。

 お前の居場所は、俺の傍だけじゃない。もう流琉は紀家軍の一員なんだ。

 第一、俺が流琉を連れてったら紀家軍の皆に恨まれちまうよ、飯が不味くなるってな」


 ちゅる、と首筋を吸い上げ、耳たぶを甘噛みする。


「ん、二郎さまはずるいです。わがままなんて、言えないです……」


 うっとりとした流琉の青い身体をほぐし、蹂躙しながらささやく。


「しっかり、俺の留守を守っといてくれ、な?」

「はい……」


 他にもあれこれと指示を伝え、脱力した流琉と共にまどろむ。

 縋り付いてくる流琉に囁く。もう一人じゃないと。

 紀家軍はもうお前の家なんだよと。


「二郎さま……」

「ん?」

「だいすきです」


 俺もだよ、と応える。

 流琉は笑みを広げて、ぎゅうっと。ぎゅううっと俺を抱きしめたのであるというか。

 これは一歩間違えたら肋骨折れるレベルですよ。意識を手放しそうですよ。

 これは流琉に説教案件やでぇと思う俺がそれを果たせたかどうかはご想像にお任せしますからたすけてください。

 紀家は明るくフレンドリーで家庭的な職場ですから。

 求む、でありますよ。

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