旅立ちは突然に
お待たせいたしました。
放浪編、始まります。
さて。
狼狽えた、荒れた、呑んだくれた。
そしたら仕事の時間だ。起こってしまったことは仕方がない。所詮為政者なんてのは後手に回るもんだ。
動け動け!
「二郎さん、その天の御使いとやらの噂をどうしてそんなに危険視されますの?」
小首をかしげて麗羽様が問いかけてくる。
舞台は袁家首脳会議。
つっても麗羽様、美羽様、猪々子に斗詩、七乃に俺。そして沮授と張紘っていう超身内会議である。じゃけん、色々ぶっちゃけましょうねー。
「重要なのは世が乱れているという認識が共有化されてしまうことです。
今のところ中華は乱れていません。が、この噂によって荒れてしまう可能性があります」
「どういうことですの?」
「嘘も百回言えば真実になってしまうということです」
そう。
中華は。俺たちの住むこの大地は乱れてなんかいない。
だが。
乱れている、最近治安が悪い。そんなことを繰り返し聞かされたらそう思ってしまうものだ。
ほんとにくそったれな噂だ。
その噂に踊らされて実際に治安が悪化するとかもうね。はらわたが煮えくり返るよ。
「でもさー、誰がそんな噂を流すってのさー」
猪々子の問いかけは正しく本質を突く。だがその問いに答える声はない。
実際、つかめないのだ。
さしもの七乃がそっと目を伏せる。張家を駆使して情報収集したんだが、結果は思わしくないものだったのだ。
分かったのは、管輅という占い師の予言であるということだけ。
噂を聞いた者も、街中で聞いたとか知り合いの知り合いから聞いた気がするとか要領を得ない。
それにしても噂を流すタイミングが絶妙だ。諜報を司る張家の当主交代というこの時期。神がかっている。
噂を流した奴は袁家の内情にも相当詳しいのだろうと推察する。するだけだが。
「それで、実際にどうするんですの?」
麗羽様の問いかけに俺は応えねばならない。ああ、情報操作とか新興宗教へのカウンター工作。
そういったノウハウならば、万全ではないにしろ一般常識の範囲として承知している。沮授や張紘とも話し合い、準備も進めている。
「はい、噂をもって噂を制します」
ぱん、と一つ手を打ち合わせる。
誰がどんな目的で仕掛けてきたかは分からん。だが、その思惑をとりあえずは狂わせる。次善の策ではあるがな。
俺が「天の御使い」の噂に対抗しようとして使うのは「アンチ・キリスト」だ。詳しくはグーグル先生にでも聞いてくれ。
曰く、流星と共に魔王が降臨する。
曰く、救世主の顔をして民をたぶらかす。
曰く、世は戦乱に満ちる。
曰く、魔王に従う者は三世まで呪いを受けるだろう。
そんなとこだ。いわゆる偽救世主って奴だな。これは情報戦。ここで先手を取られたのは痛い。
だから全力で対抗する。普段は情報を吸い上げるだけの張家情報網から噂を逆流、拡散させる。阿蘇阿蘇だって特集記事を組んで衆知を図る。
「これである程度は仕掛けてきた相手の意図を遮ることができると思います」
とはいえ、効果は限定的ではあろう。
だがまあ、やれることはやっとく。する。するのだ。
「それに、斗詩には予定より早く洛陽に行ってもらう」
「へ?私ですか?」
「うん。どうやら洛陽でもこの噂が流れているらしい。
というか、震源地は洛陽っぽい。だから、情報収集と対応を頼むわ」
「はい、分かりました」
すぐさま頷く斗詩。まあ、洛陽は斗詩に任せておけば間違いはないだろう。
「頼むわ。それとな。何進と連携して涼州への物資補給は最優先で頼む。
あそこが崩れるとまずい」
真剣な顔で頷く斗詩。マジ頼むわ。
涼州には匈奴だけでなく韓遂みたいな難物もいる。元々火薬庫みたいな地域でもあるのだ。そこをきっちり抑えている馬騰さん、パねえっす。
「それにしても、誰が仕掛けてきたんですかねえ……」
思案気に七乃が呟く。
全くだ。
「天の御使いなあ。普通に考えればどっかの勢力が権威づけに担ぐんだろうが。
ん、となると……十常侍はどうだ」
こういう時に問う先は沮授である。袁家の表裏を把握し運用するその手腕には本当に頭が下がるし、その知性にはいつもお世話になっております。今後ともよろしくオナシャス!
「あり得ますね。弁皇子に対抗するために協皇子に付ければ後継争いに一石を投じるかもしれません」
沮授の言葉に頷く。
十常侍が仕掛けてきたと考えれば、ここまで完璧に袁家の隙を衝いてきたというのも納得ではある。
巻き返しのための大胆な一手か。であれば斗詩には更に色々頑張ってもらわないといけないだろう。これは、顧雍を付けといて正解だったな。
「しかし新たな権威づけか……。
ん、待てよ?待て待て待て。
おい、ちょっとおかしくねえか?」
違和感が仕事しまくりである。これ、おかしいでしょ。
「何がですか?」
「おかしいだろうよ。
権威づけもなにも、天と言えば天子様……今上帝だろうが。
畏れ多くも天を名乗るってこたあ、大逆じゃねえのか?」
「……!それは、言われてみれば……」
うかつ!おろか!どうしてまずそこに気が付かない!
……でも俺って凡人ゆえ、是非もないよね!
「言われてみればそうだな。本当に、そうだ。
どうして思いつかなかったんだろうなぁ」
張紘がこめかみを揉みながら呆然。
場を見渡すと全員が驚愕の表情を浮かべている。
「……この線も追加しよう。そして何進に連絡だな。きっちりと朝廷に対応してもらわんと困る」
何進ならばあるいは既に手を打っているかもしれない。蔡邑や王允がいるしな。
だが、表だって動きが見えないということは噂を軽視しているのだろうか。あの何進に限ってそういうことはないと思うのだが。
釈然としない。しないのだが打てる手は打たないと。
「猪々子は軍の引き締め、沮授は領内安定。七乃は情報収集、張紘は物資と物流の安定だ。
特に江南は餓えさせるなよ。あっこは物騒だ」
それぞれがこくり、と頷く。
「二郎さんはどうされますの?」
麗羽様が問いかけてくる。
「俺?俺は……旅に出ます」
探さないでください。なんつって。
「何ですって?!」
「何じゃと?!」
あ、そういや沮授と張紘以外には言ってなかったか。
いかん、根回しを怠るとは。俺も動転してたんだなあ。
「や、前々から思ってたんですよ。ちょっと見聞を広げないといかんなあ、と」
これから世が荒れる可能性を考えると、キープレイヤーは見ておきたい。
飛将軍呂布や、魔王董卓。漢中の五斗米道だって気になる。只でさえ俺の知識と色々乖離があるこの世界だ。思い込みと現実の乖離が命取りになりかねん。
それは何進と会って骨身に沁みている。
怖い。
無知が怖いのだ。
俺が知っている三国志との乖離。その間隙を埋めなければならない。
俺が大好きな袁家を、皆を守るためには判断ミスなど許されない。
百戦を経るためには、まず彼を知らないとならない。
「もうちょっと後でいいかなあ、なんて思ってたんですが、どうも雲行きが怪しいですしね」
「……もう、お決めになったんですのね?」
「ええ」
じ、と見つめる麗羽様に俺はきっぱりと答える。
はあ、とため息を一つ。
「やれやれ、陳蘭さんがおっしゃったとおりですわね。
ほんとに勝手だこと」
「そうじゃぞ!何を考えておるのじゃ!」
「や、まあ、落ち着いてくださいな」
むむむ、思ったより説得は難航するかもしらんな。
なんとなく前途多難だなあと思いながら目前の姉妹をどうやって説得しようかと思いを巡らすのだった。
どないしょ。




