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絡新婦の謀

七乃さんは公式認定チートです。

「ふう、流石に疲れちゃいましたねー」


 張勲は軽く首を振り疲労を身体から追い出そうと伸びを一つ。

 何せ、この式典の諜報活動、防諜活動を一手に引き受けていたのだからして。

 どこぞの凡人とは違った苦労がそこにはある。皮肉なことにその苦労の質を最も理解できそうなのがその凡人であるのだが。

 そんな彼女に不意にかけられる声。


「ふむ、ご苦労だった。娘よ」


 背後からかけられた声に驚く風もなく、張勲は応える。


「いえいえ、お父様こそ。

 でもよろしかったんですか?衆目に身を晒すなんて」

「ふん、流石にあの席では、な」

「まあ、張家だけ当主が出席しないとかまずいですよねー」

「そういうことだ」


 くすくす、と笑う張勲を平淡な目で見降ろす。

 そこには感情は一片たりとも込められてはいない。


「それも今回が最後だ。張家はお前が継ぐのだからな」

「はい、承知してますー」


 暫くすれば張家と紀家についても代替わりする。

 それを誘導し、時期を定めたのもこの男だ。


「お父様は如南へ赴かれるのですよね?」

「ああ、あちらはまだ。……色々と未整備だからな」


 蜘蛛の糸を張るのだ。張り巡らすのだ。


「それでは、美羽様が赴任されるまでによろしくお願いしますね?」

「もちろん、任されようとも」


 僅かに愉悦を感じさせる笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「して、紀霊はいつ排除するのかね?」

「あは、そうですねえ。十常侍が排除されてからかなー、と思うのですが?」


 よどみなく張勲は応える。いつも通りの笑みを浮かべて。

 そして。さらりと、この場にはいない人物の生殺与奪を語るのもいつものこと。むしろこの親子の会話に出ることが、どれだけ重要人物かを示唆するくらいである。


「ふむ、そうだな。妥当だろうよ。

 朝廷は何進と宦官に任せればよかろうよ」


 思案する父親を張勲は眉一つ動かさずに見守る。

 そして張勲は笑う。その表情はあくまで無邪気で。

 絡新婦は糸を張るのだ。意図を巡らすのだ。それが役割なのだから。


「そうですね。そこの舵取りは難しいでしょうがなんとかなるかと。

 中央の政争は傍観し静観。袁家は変わらず国防を担う。

 どちらが勝つにしても、走狗を煮るほど馬鹿じゃないでしょうし」


 張勲の言葉に満足げな笑みを浮かべ、漏らす。


「くく、楽しみだな。信頼しているお前から引導を渡される紀霊が」


 人の絶望に愉悦を覚えるそのさが。張勲には理解できても共感できないそれ。だが、それは張家に根付いているのも確かである。


「そうですねえ。二郎さんって、あれで身内には甘いですし。

 さぞかし。そう、さぞかし狼狽うろたえるのでしょうねえ」


 まあ、狼狽する様は頻繁に見せてもらっているのだが。


「言うまでもないが、本末を転倒するなよ?

 紀霊を排除するのはあくまで袁家のためだ」


 念押し。なるほどよほどに本気であるようだ。

 ご執心のようだ。

 

 なるほど。


「ええ、存じております。……袁家のためであること。

 くす、二郎さん、どんな顔をするかなあ。楽しみだなあ」


 ええ、本末なんて転倒するわけがないとばかりに張勲は笑みを浮かべる。深める。それは満面に。

 そして張勲の言葉に満足げに頷く。呟く、語る。


「お前は張家が生んだ最高傑作だ。

 黒幕気取りの紀霊など、物の数ではない。

 無論、十常侍も、何進もな。お前が望めば天下すら掌中だろうよ」


 だからこそ。


 完全数である六を超える七を真名に抱いているのだ。

 完全とは停滞に他ならない。更なる高みはこの人形なのだ、と。


「ええ、私はお父様の操り人形。

 その糸を、意図を巡らし、毒を注ぎます。

 袁家と、張家に繁栄を」


 満足げに頷く様子を、常と変わらぬ笑みで包み込む。


「よろしい。

 それでは、委細は任せたよ」


 応えてくすくす、と張勲が笑う。


「ええ、楽しみです。その時が。

 本当に楽しみです」


 蕩けた顔で、軽く呟く。

 張家当主は既にその場におらず。


「ああ、楽しみだなあ。本当に楽しみだなあ。

 うん、楽しい。楽しみ。

 きっと楽しい」


 艶然とした笑み。禍々しい笑み。

 見るものもいない室内で張勲は笑い続ける。笑い続ける。


 張家の最高傑作たる彼女。張勲。

 彼女の笑みは深まり、高まる。


 そう、表情と感情すら統制した彼女の頬が緩むのだ。

 ……つまりはそういうことである。


「いよいよかぁ。ちょっと緊張しちゃうかなー。

 ま、それはそれとして」


 細工は流々。後は仕上げを御覧じろ。


 貼りついたような笑み。そのままに張勲は場を後にする。

 そして、いつもの通りに悪だくみをするのであった。

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