凡人、親友と語らう
「よう、お疲れ」
「おや、二郎君、どうも」
麗羽様が太尉となられる前祝いの宴席である。ほんと袁家って宴会が好きねえ。俺も好きだけどさ。
まあ、いわゆる前哨戦というやつである。知らんけど。もしくは。知りたくもなかったのだよね。知ってるけどさ。
「どうでした、洛陽は」
「いやー、慣れないやね、毒煙漂う伏魔殿は。
できたらさ。金輪際近づきたくないってのが本音だよ」
「またまた、ご冗談を」
俺の言葉に沮授はくすくす、と笑う。
いや、冗談じゃないんだよ?本当に本音だよ?そこんとこ分かってる?分かって?
いや、マジで。
まあ、沮授の場合分かって言ってる可能性もあるのだが。あるはず。あるよね?あってくれ。
「ただまあ、行ってよかったこともある」
「と、言いますと?」
「俺らがお仕えする方はなんだ、その。あれだよ。
大したもんだってことさ」
思い出すのは幻視されるほどの光輝。
何皇后の香気的な何かをを跳ね返すほどに顕現したそれ。俺はあの光景を忘れないだろう。そう思うのだよね。いや、あれはすごかった。
などとしみじみと振り返ってしまう。
そんな俺に何かを感じたのか、沮授はそれでも……軽く言ってくれる。
「おやおや、二郎君がそこまで言うのです。
これはよっぽどのことがあったようですね」
「まーな。今度話すよ、張紘と一緒に飲みに行ったときにでも」
とは言え、あれを十全に説明できるかと言うと割と自信はなかったりする。俺なら笑い飛ばすくらいである。
「そうですね。僕も楽しみにしてますよ」
「むしろ張紘を今から呼ぼうぜ」
「赤楽さんに怒られて恨まれてもいいならそれでいいですが」
そういや、あれこれの後始末とか面倒ごとを張紘に持ち込んだっけか。
これは赤楽さんに睨まれる案件ですね。あかんやつだ。
「……偶には差し向かいってのも、いいよね」
「僕はどちらでもいいんですけどね」
くすり、と笑みを漏らす沮授に酒を注ぐ。
「ちょっと沮授君、飲みが足りないんじゃない?」
「足りないのは二郎君の思慮とか配慮かな、と。
いけませんね。ついうっかり本音が」
「やめてよね、俺にそんな頭のいいこと求める方が間違っているだろうよ」
「できるくせにやりたがらないし、実際やらない。困ったものです。
……大丈夫です。田豊様もそこはもう、諦めの境地でしたから。
ああ、麹義様はどうか知りませんけどね」
マジか。マジなのか。
「ふふ、信じました?」
「肝が冷えたわ!」
何か言ってやろうとするのだが、衝撃がでかすぎて言葉が出てこない。
そんな俺に沮授が苦笑する。
「大丈夫ですよ。お二人とも、二郎君があれやこれや頑張っているのは百も承知ですし。
むしろ、その頑張り具合に……ご心配の模様ですよ?」
監視銘柄宣言とかマジ勘弁してください。なんでもしますから、とは言えないけどな!
「やめてよね。あの二人に失望されたら俺の失脚間違いなしじゃない!」
「いえ、それはないと思うのですけど」
「貴様のような、頭のいい奴に俺のような凡人の悲哀が分かるかよ。いや分かるはずがない!」
反語的表現である。
「ええと、二郎君?」
◆◆◆
杯を呷りながら雑談を重ねる。杯を重ねる。
いつも通りのにこやかイケメンではあるのだが、笑みに硬さが見える。ような気がする。
「沮授よ。お前は凄いやつだけどさ。
もしかして……緊張してるか?」
瞬間、動きを止め。その笑みは常より苦い。
「……二郎君にはかないませんね。
ええ、正直……緊張、とは違うかもしれません。
重圧に押しつぶされそうになっている……というのが正しいのでしょうかね」
苦笑しながら肩をすくめる。冗談めかしてはいるが、その眼は真剣だ。
「笑ってくれて構いませんよ。いつかこういう日が来るとは思っていたんですが。
覚悟が足りなかったんですかね」
珍しい。
ひょっとしたら初めてかもしれない。
沮授が弱音を吐くなんてのは。
「何言ってんのさ。
つーか沮授でもそんな重圧感じるって分かってほっとしたよ。本当にな。
俺から見たらお前は完璧超人だからなー」
「よしてください、そんな大した人間じゃありませんよ」
「よせやい、謙遜も過ぎれば嫌味だっちゅうの」
ばしばし、と背中を叩いてやる。荒っぽく。
「痛いですよ、二郎君」
そらまあ、痛くしてるからなあ。とは言わない。
察してはいるであろうけどね。俺なりに応援しているのだよ。本当に。
「にひ、まあ、なんとかならあな」
「そうですね。
なんとか、しないといけませんからね」
調子の戻ってきた沮授の杯に酒を注ぐ。こんな時は呑むに限るのだ。
麗羽様が正式に袁家を継ぎ、大尉の地位を頂き更に既存の州牧の地位を預かる。
補佐する武家は文家と顔家。率いる当主は猪々子と斗詩。
さらに麹義のねーちゃんが武によって支える。ついでに俺も。
そして。
文を持って補佐する文官の筆頭。
袁家が誇る官僚集団をまとめあげるピラミッドの頂上。
軍務、政務を一手に握り、袁家の方針さえ左右する。その座に沮授は就くのだ。
田豊師匠より譲られるその地位。
軍師、というものである。