親友が惚れてる男のことをちょっといいなー、とか思うけどそれはなんか申し訳ないからそういう乙女チックなのは封印しようというお話
「邪魔するぞー」
「邪魔するなら帰ってんかー」
「さよか、失礼したな……ってなんで、だ!」
「あは!やっぱ二郎はんはええなあ。その間、完璧やで!」
けらけらと笑いながら真桜が何か言ってる。
間とか知るかい。
「で、今日はどないしたん?」
「頼んでたアレができたかなあと思って」
洛陽に発つ前に依頼を出した品である。
「あー、でけとるで。ほな、見にいこか」
がたり、と席を立ち俺を先導する。頼んでいたアレとは……まあ、勿体ぶっても仕方ないな。筋トレグッズだ。
鉄アレイやらバーベルやらジムで見る色々な器具とかだ。猪々子やら斗詩やらにこてんぱんにされまくりなので地力の強化をしようかと思うわけである。いや、流琉についてはもう諦め半分なのですがね。
だが!
ククク、この時代筋トレとかの概念などなかろうて……。これは地位逆転の目もありますねえ。
「なーんや悪そうな顔しとるなあ」
「む、失敬な。だがまあ、ばっくりとした話と適当な図でよく開発してくれたな」
「むふー、既に運用の実験もしとるんよ?」
「そうなのか」
マジか。単なる技術者でない、これが真桜のすごいとこだよなあ。いわゆるマッドでないというのはすごいことなのですよ。
持ってる技術力はマッドなんだろうけど。
「せやでー。そこらへん抜かりはないでー。
せやけど、あんな器具使ったら筋力が増加するとかなんでわかったん?」
「んー、陳蘭の直卒の長弓部隊あるだろ?あいつらひたすら弓引く訓練しかしてないじゃん。
そしたら腕の太さが左右でえらい違うから、さ」
てけとーな言い訳をする。嘘ではないけどね!確かイングランドの長弓兵もそんな感じになってたはずだ。片方だけむきむきな、まるでシオマネキみたいな!
「さよかー、でも、しんどいことしたらそこの筋肉がつくとか目から鱗やわー。
あれ、二郎はん。それって……何気にめっちゃ機密ちゃうん?」
「まあ……、そうだな」
「いよいようちも機密保持者かー。胸が熱くなるわー」
その立派なお胸様が熱くなったら火を噴くんですかねえ……とか思いながら。
あれこれと嬉しそうな真桜の頭をこつんと叩く。はしゃぎすぎだってばよ。
「しかし誰が真桜の怪しげな実験に付き合ってくれたんだ?」
謎の爆発をしたり、謎の薬品を飲まされたりとハードルが高いはずだ。だって俺は詳しいんだ。
「へ?言ってなかったっけ?凪と陳蘭さんがやってくれたんよ」
「おい……おい。そこに目を付けるとか……」
……純朴な二人を言葉巧みにだまくらかす真桜の姿幻視余裕でした。これはいけませんねぇ……。
「二郎はん。
……なんか失礼なこと考えてへんか?」
「一応聞いておく。
……二人は無事なんだろな」
「うちのことなんや思っとんねん。んなもん当たり前やろが!」
えー?そうは言っても、なあ。
「色々自重しろってこったね。
俺んとこに来てる嘆願とか見るか?多分……俺が落ち込むぞ?」
俺の言葉に、にひひと笑って誤魔化すのだよねえ。いや、まだ誤魔化されてあげるレベルだけんどもよ……。
「あー、うちが悪かったわ」
「早いな。ま、いいさ。
できるだけ被害を出さないように、な?」
「はいな」
即答である。けどね。この子聞く耳持ってない!俺がそうだからわかる!
これはいけません……。
なお、対策のしようがない模様。
◆◆◆
「なんじゃこりゃー!」
俺は目の前の光景に思わず叫んでいた。
そんな俺を真桜はにしし、といった顔で見てくる。
俺の目の前には、まさにトレーニングジム的な光景があったのだ。
「どや!凄いやろ?凄いやろ?」
「すごいというか……凄いけど……。どういうことなの……」
俺専用のトレーニングルームを発注したと思ったらトレーニングジムができていたでござる。
いや、発注した通りの器具はあるのよ?ベンチプレスとか色々。
だがその数が……ねえ。
「ふふーん、筋力向上に効果ありって証明でけたからなー。
器具の量産と施設の建設、即日で許可が下りたで?
いやー、袁家ってほんま太っ腹やなあ」
「そ、そうか……」
そういや売官買占めで計上した予算が浮いてしまってたっけか。そりゃ金の使い道に困ってるよなあ。
ああ、いい笑顔で張紘に無茶ぶりする沮授の顔が浮かぶわ。
そらそうよ。せやろか。どやねん、と色々と脳内が混乱しております。
「ほんまやでー。湯水のようにお金使えるねん。
いやあ、ほんま二郎はんありがとなあ、うちらを拾ってくれて」
あれこれと軽く現実逃避していた俺に、常ならぬ声色の真桜である。
「ん?」
「うちかてな、そんな金持ちの村の出やないんよ。そら食うに困ったことはないし。
それでも、うちの研究なんて。ま、お遊びみたいなもんやったんよな。
なんか作ろう思ても材料にも事欠く有様や。鉄くず一つ探すのにどんだけ苦労したか」
遠い目をしながら真桜が呟く。薄く目元が潤んでいるのは見間違いではない。
「うちはな、正直な。悔しいねん。
なんでうちは袁家の偉いさんの家に生まれへんかってんやろってな。
うちがもっと早くこんな環境におったらって、どうしたって思ってまうんよ。
やりたいことがでける、好きな絡繰りが造れる。
村の変わり者やったうちに二郎はんみたいな人が頼ってくれる。
うちにはなかった発想までくれるんや!」
真桜の目じりに浮かぶものはどのような感情を意味するのだろう。薄かったそれは、真珠になり、零れる。
「うちな、ほんま今が楽しいねん。生きてて良かったって思うねん。
こんな楽しくてええんかな、て思うねん。
怖いねん。夢やったらどうしよて、怖いねん」
くしゃり、と真桜のややクセの強い髪を撫でてやる。
ついでに。
「いったー!なにすんねん!」
ほっぺをつねってやる。強めに。
「夢じゃあない、だろ?」
「あほか!ここはもっと雰囲気出すとこやろ!甲斐性なし!へたれ!あほー!」
ぎゃんぎゃんと叫ぶ真桜にほっとする。
元気が出た、かな。
「ほんま……。
二郎はんはいけずやな」
「そうか?」
「そうや」
むむむ。どういうことなの……。女心は複雑怪奇である。秋の空の方がまだ読めるわ。
ま、とりあえずは出来上がったトレーニングジムを活用することを考えるか。
こういうのは韓浩に丸投げしたいとこなんだけどいないからなあ。だから雷薄、頼んだ。
そして、思う。
雨の日は、筋トレだよね!
……文家とか顔家とかからも使用の申請が相次ぎ、更なる施設の増設、改築に及ぶのはもう少し先のお話である。
結局トレセンが完成することになるのだが、それは更にもう少し先のお話である。
だってさ。余った予算ぶっこんで突貫工事とか意味が分からないよ。
いや、沮授が認めたならしょうがないんだけどさあ、と軽く愚痴ってみる。
◆◆◆
李典は足取りも軽く自らの職場に向かう。
意識している――ほんの少し、だが――男の前で多少取り乱したことについては気にしないことにする。
「あのへたれがあかんねん。ほんまに。
凪もあら、苦労すんでー」
けらけらと軽やかな笑いをふりまきながら歩みを進める李典は溢れるほどの活気に満ちており、すれ違う男がいたならば三人に二人は振り返るだろう。
彼女の親友である于禁がその様を見れば、恰好さえ整えれば勝率十割になると主張するだろうが。
閑話休題。
大体、自分が女としての魅力があるとすれば……そう思いながら最大にして唯一の特徴たる胸に目をやる。
正直研究や実験の最中には邪魔でしかない存在だ。とはいえ、江南から来ている人物やら袁家の当主様には見劣りしてしまうのではないかと思ってしまうのだが。
それでもまあ、異性の視線がそこに集中するというのは、いくらか気分がよかったりする。
とはいえ、露骨に視線を集中させる人物についてはごく限られている。というか若干一名くらいしかいない。
まあ、それも仕方ないであろう。
元々自分はそのようなことに関心が薄いのだ。それは自覚している。自分などよりはよほど……。
「何だ、真桜。今戻りか」
歩みを進める李典に声がかけられる。かけがえのない親友。楽進である。
「あー、凪も戻りかいな、お疲れさんやなあ」
「そうでもない。今日も南皮は平穏無事だ」
生真面目なこの親友が実は非常に可愛く、女らしいというのをいったいどれだけの人が知っているだろう。
「そうや、今日二郎はんに会ったで」
「そ、そういえば今日……お戻りだったのだな。朝から紀家軍の訓練に参加されたと思うのだが」
「ほんま凪は可愛いなあ。実際二郎はんは果報者やで」
「な、何を言うのだ!」
むきになって色々言う楽進。本当に、彼女が可愛らしいと思うのだ。
女らしいというのはこういうことを言うのだろう。
……自分はそうではないということを自覚しているのだ、李典は。
結局自分は絡繰りさえあればあとはどうでもいいのだろう。
そういう意味では袁家の技術開発本部という部署はうってつけである。
そもそも李典の生業である発明、技術開発は金がかかる。それはもう。
生まれ育った寒村ではそのような余裕はなかった。
辛うじて特産品である籠や笊を編む絡繰りを試作した程度である。実利がない研究に割く余裕などなきに等しかった。
それが南皮で袁家に拾われてからは様変わりしたのである。
潤沢に支給される予算。補佐する研究員的存在すらいる。そして何よりも。
「うちすら思いつかへん」
李典は自らの異質さを熟知している。
そして紀霊が李典を評価するのは、だ。その異質さを現世にすり合わせることができるということだ。
それは寒村で過ごした経験が大きいのだろうが、いわゆるマッドサイエンティストというものの存在を知る紀霊からすると、それは信じがたいものだ。社会性を持った極限技術者とか。
そしてその異質な才能を授かった李典すら思いつかないような発想の注文を紀霊はするのである。
衝撃であった。悦楽と言ってもいい。彼女の思うところを理解する人などいなかった。だというのに。
こともあろうに、紀霊が示すのは彼女をして発想の埒外だった。
凡庸な仮面を被るあの男の深淵が真桜には読み切れないのである。そしてその異常さを知るのは李典のみ。
とどのつまり、そんな紀霊という人物。埒外であるという自らの理解の外にいるその人格に興味を持つのはいたしかたないことなのだ。
「どうしたのだ?」
ただ、それも目の前の親友がいなければ、という前提条件があってこそのものだ。
この、無骨でありながら非常に女らしい。可愛い人格をその身に宿した、楽進という人物が李典は大好きである。
そんな彼女が一心に好意を向ける存在。そこに割り込むのは無粋というもの。
「なんでもあらへん。ほいでもな、今からやったらまだ二郎はん……おるかもしれへんで?」
「な、何を言うのだ。私は今日はもう紀家に用事はない。いや、むしろ夜の宴席の警護を仰せつかっている。
それは、二郎様に色々とご報告したいことはあるが、優先順位が違うと思うのだ」
くすり、と李典は笑う。
この、不器用な親友。その、本人はまだ認めてすらいない恋心。
それを実らせてからだろう。この、自らのなんとも言えない感情と向き合うのは。
「ほんま凪は可愛いわー。うちが男やったらすぐにでも嫁にほしいわー」
これは、この時代においては類稀なる才能、異能をその身に宿す希代の異才。その異分子の抱く本音である。
マッドの比較対象はスカさんとか夕呼さんとか西博士とか鷲羽ちゃんとかのあたりです




