凡将と汜水関
一陣の風が荒野を駆け抜ける。舞い上がる砂塵の色は黄色。蒼天に立ち向かい、立ち上るそれは見る間に霧散していく。突風一つでは蒼天は揺るぎもしない。輝く日輪がじり、と大地を照りつける。
果てしなく広がる蒼天に注いでいた視線を黄色い大地に落とす。そこには雲霞のごとく集う軍勢がある。出撃の合図を待ちわびる姿は引き絞られた弓のように張りつめている。その軍勢が俺の号令を今か今かと待ちわびているのだ。なんとも場違いであるという思いが絶えない。
ふう、とため息を漏らす。ここに至ってびびっている内心を漏らさぬように歯を食いしばる。俺の号令一つで膨大な人死にが出る。敵も、味方も。ここまで俺なりにベストを尽くしてきたはずで、それでも怖気づきそうな自分に――いや、怖気づいている自分を自覚する。だが、それでも退くわけにはいかない。背負ったものがあるのだから。
「七乃~、喉がかわいたのじゃ~。蜂蜜水を持ってたもれ~。よーく冷えたやつを、じゃぞ?」
「え~、今日はもうだめですー。夜に大変なことになっても知らないですよー?」
「うう、七乃はこっちに来てから意地悪なのじゃ~」
声の主は親愛なる主君とその忠実なる家臣かつ俺の同僚のものである。くすり、と。
「美羽様、そろそろ後ろに下がってくださいな」
「退屈なのじゃよー。いい加減、天幕の中も飽きたのじゃー」
「知らないですよ、お怪我をされても」
「ん?そちと七乃が守ってくれるのであろ?」
にこにこと、無邪気でまっすぐな視線が俺を貫く。
「それは勿論です。ですがまあ、ここいらは矢玉が届きかねんということで一つ。お下がりくださいな。
つか、七乃よ。美羽様の守護はお前の仕事だろうが。ちゃんと後方に下がっていただけるよう口添えくらいしろよ」
じろり、と睨むのだが無論そんなのどこ吹く風である。
「えー、知らないですよー。美羽様の退屈を晴らすのも私のお仕事ですしー」
「それはそれとして、だ。よりによって前線に出てくることもないだろうって話だろうよ」
「やだなー。美羽様の退屈が一番紛れそうなとこに来ただけなのにー。ひどいぞー」
ぶうぶうと不満を漏らす七乃とそれに便乗する美羽様にがくり、と脱力する。うん、いい感じに力が抜けた、と自覚する。膝の震えも、ばくばくいってた鼓動も落ち着きをみせている。マイペースな二人に、苦笑する。それを自覚する。口が笑みの形に曲がったことを自覚する。
姦しく囀る二人から注意を前方に向ける。
――空にそびえる黒鉄の城――汜水関――を見据える。その威容は変わらず。だが。
「ま、なんとかなる!」
向かうは精強たる董卓軍。翻るにこちらは群雄割拠する反董卓連合。うん、逆に考えるんだ。味方にはチート武将がたくさんいるんだから、自分でなんとかしなくていい、と。曹操とか劉備とか孫権とか。夏候惇とか夏侯淵とか郭嘉とか典韋とか趙雲とか馬超とか陸遜とか他にも色々!
まあ、俺はこれで今の立ち位置が気に入っているのさ。そう。
――袁家の武将。紀霊という、今を。
死亡フラグ?知らんなあ――。