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5章 1997 鎌倉


友紀子と恭平は京浜急行の品川駅で待ち合わせた。


約束の十時を過ぎても恭平は現れなかった。友紀子は不安になったがその時人の気配を感じた。振り向いてみると十メートル程離れて、恐る恐る時計の反対回りに友紀子の周囲を回っている恭平がいた。目が合っても信じられないといった表情で恭平は近付いて来た。

「友紀子さん?だよね・・・・」

友紀子は、そうですけど、とでも言いたげな表情で澄まして見せて軽くポージングを取ると、一転顔くしゃくしゃの笑顔になって

「もう遅いわよ・・・恭平・・・イ~ッダ」

と言っては恭平の手を取り、その手を力一杯握りしめた。


二人を乗せた列車は鎌倉に向かって走った。鎌倉は友紀子が小学校の遠足で訪れた町で、友紀子が、また行きたいと思っていた場所だった。


列車の中で二人は幼少の頃のお互いの海での思い出を話しあった。

恭平は家族で湘南に行った時、当時泳げずに溺れてしまい助けに来た父貞雄の頭に捕まり、危うく貞雄を沈めそうになった事を、友紀子は一人で浮き輪で遊んでいて沖に流されてしまってダイバーの人に助けられた事などを話した。


二人は会う事自体は三度目だったが、多くのメールでの交信をした事もあって、前回よりも格段に打ち解けあう事が出来、お互いを恭平、友紀子と、ごく自然に敬称を付けずに呼んだ。


鎌倉に到着してからは友紀子が恭平を案内した。友紀子はガイドに成り切り、恭平は観光客に成り切った。友紀子はシートを畳んだものを手旗代わりに大仏までの道すがらを案内し、恭平はバスケットを旅行鞄に見立てて時折わざと難しい質問をして友紀子を困らせた。


時折無邪気にターンなどして先に歩く友紀子の陽気で清らかな笑顔と真っ白なサマードレスに包まれたしなやかで透き通る様な肢体は、恭平にとっては初夏の日差しよりも眩しくて仕方がなかった。


大仏が見えるベンチにシートを拡げ座った二人は、友紀子が作ったランチバスケットを愉しんだ。飲物は友紀子が恭平のためにブラックコーヒーをホットで用意をし、友紀子自身は自販機でコールドのミルクティーを選んだ。


食べながら友紀子はしきりに恭平の顔を覗き込んだ。あまり友紀子が見るので自分の顔に何か付いていると思った恭平は口元を探りながら友紀子に聞いてみた。

「・・・何かついてる?・・」

友紀子は鈍感な恭平に難しい顔をしながら

「・・・そうじゃないよ・・・そうじゃなくて・・・」

一思案した恭平はまだ意味がわからず、

「どうしたの?・・・・えっ!ああ、そうか?美味しいよ、すげえ美味しい、ほんとだよ!・・・俺辛子バター大好きだから・・ほんと友紀子のお母さんは料理が上手だね~?・・・あっ?うそうそ、冗談だよ、冗談。君が作ったんでしょ?ほんと美味しい最高!」

友紀子は恭平の頬を両手で抓って引っ張り、

「ほんとか?このヤロゥ~」

とおどけて笑った。


食事の後、通りがかった散歩に来たご近所の女性にお願いして、二人は大仏をバックに記念の写真を撮ってもらった。この1枚が二人にとって唯一の記念写真になるとは、この時は想像する筈もなかった。


湘南の海までは歩いて出る事にした。二人は手を繋いで先ほどまでの様子とは違って静かにゆっくりと歩いた。通行の車が後ろからやって来た時、恭平は事故の記憶が色濃いせいか発作的に友紀子の肩を抱いて少しオーバーに車から庇った。


車が通り過ぎて友紀子の肩から手を離した恭平は、何かを思い出した様に茫然として去って行く車のナンバープレートを見つめた。


「恭平・・・」

心配する友紀子に気が付いた恭平は何事もなかったかの様な笑顔になって

「ごめん、何でもない大丈夫だよ」


二人は手を繋ぎ再び海を目指した。砂浜に辿り着くと海開き前という事もあって二人が思っていたよりも人は疎らだった。


シートを敷いて恭平が見つけて来た大きなパラソルを拡げ、二人は肩を並べて砂浜に腰を下ろした。恭平は友紀子の習い事について感心をしていたので改めて話題にすると、友紀子は少し愁いを含んだ表情になって、初めは両親が共稼ぎで淋しくてたまらなくて始めた事、今でも気が付くと自宅では一人でいる事が多く時々幼かった頃に感じた孤独感に駆られる事がある事、そして自分の淋しい思いをあまり人に打ち明けた事がない、という事を恭平に話した。


「わたし、ちょっと強がりなところがあるって自分でも時々思うの」

と友紀子は自分に言い聞かせる様に言った。

「もちろん両親が悪い訳じゃないんだけど、・・・何でも話せる人が他にほしいなぁって・・・時々思ったりして、女の子の友達はいるんだけど・・・わたし一人っ子だし・・・」

「俺で良かったら何でも話してよ・・・俺も一人っ子だし」

「この間ね、一度だけ・・・時間があって近くだったから、恭平のバイトのお店に行って、恭平の事見ちゃったの・・」

「あっそう?どうしてた?」

「ん~、とね、・・・背中しか見えなかった・・・でも、たまに振り向くと笑顔だったよ・・・すっごく楽しそうだった」


友紀子としては少し皮肉を込めた表情で話したつもりだったが、恭平にはもちろんそんな事はわからない。


「あ~、あれはね、俺いっつも後ろばっかり見てるんだけど、お客さんの方向く時はなるべく笑顔でって言われてんだよね」

「へえ~、そうだったんだ」

「そうだったんだって、、えっ、どうかした?」


友紀子はカウンター受付の女性の事を聞いてみたい誘惑に駆られたが

「んんん、、どうもしないわ」

と言って笑っては恭平の肩に頬を寄せ、膝の上で組まれた恭平の左腕に左手を置いた。


気が付くと周りには誰もいなくなって、友紀子は小さな寝息を立てそのままで寝てしまったようだった。恭平は友紀子の耳元で囁く様にゆっくりとバラードの口笛を吹いた。


「なんて曲なの?」

友紀子は目を閉じたまま恭平に尋ねた。

「遠い昔の曲だよ・・・英語の曲なんだけど・・・君を失いたくないっていう歌詞なんだ」


二人のいる場所だけ時間が止まり、他には何も存在せず、お互いの胸の鼓動以外は何も聞こえない。友紀子はゆっくりと目を開け恭平を見つめ小さく呟いた。


「わたしも」


恭平は右手で友紀子の左手を取って空いた左腕を友紀子の腰に回して友紀子をゆっくりと引き寄せた。


しばし見つめ合い永遠に続くかの様な静寂の中、二人はお互いに生涯で初めてのキスを交わした。






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