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2章 友紀子と恭平

恭平と友紀子の出逢いはまったくの偶然だったかも知れなかったが、正に運命であり宿命的なものだった。後に二人の出会いはわたしにも大きな影響を与えることになった。

お互いの人生にこれほどの影響を与え合う事になろうとは若い二人は知る由もない事だったことだろう。


二人が出逢った時、友紀子は平穏で快活な学生生活を送る裕福な家庭の御嬢さんであり、一方の恭平の場合は既にこの時点でその後の人生を暗示するかの様なうねりの兆候が表れつつあった。


何故なら、もしこの時点での恭平の人生が順風であれば恭平は友紀子と出逢う、正確には再会となる場所に行く事はなかったからだった。



恭平は天性のアスリートで小さな頃からスポーツに長けて同級生レベルでは何をやってもトップ、身体能力では小学4年生の頃には6年生のトップクラスをも凌ぐほどだった。中学生の頃には野球部と陸上部に在籍し、両部の好成績に貢献した。野球部の監督には野球の強い高校に進学し甲子園を目指す事を勧められ、陸上部の監督には設備良い指導者のいる陸上部がある高校に進学し将来オリンピックを目指す事を勧められた。


しかし恭平にとっては野球も陸上も自らの身体能力の全てを十分発揮するにはもの足りないスポーツだった。結局進学したのは野球の強い高校だったが野球をするかどうか?恭平は決め兼ねていた。


ある日恭平と同じ中学から進学した田村が恭平を呼び、田村が在籍している部活の練習に恭平を誘った。田村は縁故入学でその部活の顧問と田村の親父が同窓生、田村は自動的にその部活に入部する事が決まっていた。所謂スポーツ推薦での入学であった。


恭平から見て田村はお世辞にも身体能力があるとは言えなかった。恭平は暫く体を動かしていなかった事もあり田村の誘いに乗る事にした。恭平はその日授業があったので持って来ていた体操服に着替え田村に連れられて行って見ると土のコートの両端に小さなサッカーゴールが置かれていた


「田村、これなんてスポーツ?」

「あっ、知らないんだ!これハンドボールっていうんだよ」

グラウンドでは田村の先輩たちが練習試合をしていた。その内の一人が試合を止めて恭平に声を掛けてきた。

「よお~、君か?ちょっとやってみるか?」

「やった事がないのでわからないので暫く見てても良いですか?」

「おう良いよ、じゃあ見てて」

と先輩は言ってコートに戻り試合を再開した。


恭平は冷静に観察しルールの特徴を把握した。次にプレイ中の選手の能力を査定した。恭平から見てレベルが高いと思える選手は3人だった。10分程見ていてなんとかやれそうな感覚になったのでプレイが中断するのを見計らって恭平の方からさっきの先輩に声を掛けた。

「すいません、もう大丈夫そうなんで入らせてもらっても良いでしょうか?」


恭平はレベルの高い選手がいる方のチームに組み入れられた。恭平はセンターに立ちボールを受け取りゆっくりとドリブルをすると右サイドに走り込む選手が見えたのでスナップスローで素早くパスを出し自らは一旦後方に下がって円を描く様に相手ディフェンスとの間合いを測った後左サイドに走り出した。右サイドの選手がドリブルで切れ込むのを確認すると同時に恭平はフェイントを掛けてからバックステップで大きく円を描きながら左後方へ下がってパスが左サイドに渡ったの確認すると今度は先ほどの円を前進しながら一気に加速して左サイドにパスを要求受け取りスリーステップ後にジャンプ、大きく背中をのけ反らせてオーバーハンドで打つと見せかけてからスロウイング時に空中で体を横転させながらアンダーハンドスローにチェンジしてシュート、ガードのためブロックの体勢でジャンプした相手ディフェンスの股の下を通過した恭平のシュートはゴール左枠上コーナーぎりぎりに突き刺さり瞬間大きなどよめきが起こった。


シュート後グラウンドに倒れ込み2回転した恭平はスクッと立ち上がるとにっこり笑い言い放った。

「いや~おもしろいっすね?これ」


恭平は自らの身体能力の全てを発揮出来る競技と出会えた事に喜び、即日入部を決めこのハンドボールというスポーツに夢中になった。

恭平は当然の様に一年生からレギュラーで活躍した。当初一試合を乗り切るためのスタミナに欠けていたが、それも一年の夏、二年の春の合宿の猛練習によって克服し、二年の公式戦からはどんなに激しい試合であっても恭平の息が上がる事はなかった。


一方学業成績の方は入学時の実力テストで学年で十番以内だったのがどんどん下がって行き二年生の二学期には真ん中あたりまで落ちていた。恭平は学力での大学進学を諦めていた。仮に受かっても学費が掛かってしまう。スポーツ推薦での進学であれば学費は掛からない。恭平は一年からずっと試合に出続けたので恭平よりも上級生そして同級生も含め恭平がどのレベルの選手なのか?明確に自覚する事が出来た。二年の秋には恭平は間違いなく少なくとも東日本ではトップ選手の一人だった。


ある日ハンドボール部の顧問である中山がにっこり笑いながら恭平に声を掛けた。

「恭平、来年三年だけど進路は考えているのか?」

「出来ればスポーツ推薦での進学を希望しています」

と恭平が答えると中山は喜色満面となり

「そうか、心配はいらない。俺がどこでも話してやるから。おまえの力ならどこでも歓迎してくれるよ。一部リーグに入っている大学の中から好きなところを選べ。また相談しよう、怪我だけはしないよう気を付けろよ!」

「わかりました。ありがとうございます!」


恭平は心底嬉しかった。人生で初めて大きな展望が開けた様だった。遠い将来の事までは考えていなかったが大好きなハンドボールを選手として出来うる限り続けたい。ただそれだけが恭平の希望であり理想だった。

 

恭平は母聖美と二人で暮らしていた。聖美は夫貞雄とは別居状態で正式に離婚はしていなかった。貞雄は別の女と暮らしながら聖美に仕送りをしていた。聖美はスーパーのパートタイマーでレジ打ちの仕事をしていた。恭平が部活をしている事は聖美も承知していたが、恭平がどんな選手であるかは恭平が何も話さないので聖美は理解していなかった。


聖美は毎学期下がって行く恭平の学業成績を気にしていた。中山と話をした日の自宅での夕食の時に恭平は初めて現在の恭平自身の置かれている状況と自身の考えについて聖美に打ち明けた。


聖美の反応は恭平の勝手な想像とはまったく異なっていた。恭平は単純に聖美が祝福して喜んでくれるものと、思い込んでいた。聖美は静かに箸を口に運んでいた。恭平は聖美の上品な食べ方が好きだった。


息子から見ても聖美は美しい女性だった。父貞雄がなぜ?他の女のところへ走ったのか恭平には理解出来なかった。聖美はじっと恭平の喉仏あたりを見つめていた。恭平が再度口を開こうとした時聖美が話し始めた。


「恭平、あなた本当にそれで良いの?そのハンドボールっていうスポーツにはプロはないんでしょ?あなたが思うように動けなくなって選手を辞めた時、あなたはそこからまた何かを始めなきゃいけないのよ。学校の先生とか、監督にでもなるの?あなたに出来る事ってそれだけかしら?自分の好きな事をやり続ける事は大切で幸せな事だとは思うわ。あなたがさっき話した事はあなたの人生にとって今のあなたが考える以上に大きな判断になると思うわ。恭平、あなたは純粋でシンプルな人間でお母さんはあなたが好きよ。間違った事を考えているとは思わない。今のあなたには判らないかも知れないけど若いあなたにはもっと色んな可能性があると思うの。今回は良いきっかけだと思うわ。今後はそういう事も含めて考えて生きて行ってほしいの。・・・・・恭平・・・・あなたがよく考えた上で決めたあなたのやりたい事に…お母さんは反対はしません。」


自室に戻った恭平はベッドに横たわり天井を見つめながら聖美の言葉を反芻した。可能性か?・・・・聖美は自分に一体どんな可能性があると思っているんだろう?これから新たに見つかるって事だろうか。確かにハンドだけやって生涯生過ごす訳にはいかないな。


翌朝、聖美と恭平は何事もなかったかの様に朝食を済ませた。学校へ出かける直前、恭平は昨夜考えついた事を聖美に伝える事にした。

「・・・母さん・・・・」

洗い物をしていた聖美が手を止め振り向き、黙ったまま優しい瞳で恭平を見つめた。

「・・・母さん、・・ありがとう。・・・・今の俺にはそれしか言えないけど、・・・・・昨日の母さんの話、絶対忘れないから・・・それだけは約束するよ。」


聖美は顔をくしゃくしゃにして恭平の顔を両手で覆い何度も大きく頷いた。

「あっ、わたし・・・ごめんなさい。」

洗剤の泡が恭平の顔に付いたのに聖美は気が付き、エプロンでそっと拭って恭平を玄関まで送り出しそのまま通学に向かう恭平の後ろ姿を通りまで出て行っては溢れるものを拭おうともせずじっと見つめた。

「いってらっしゃい、恭平さん。」


恭平は以降も変わらない生活を送ってはいたがその内面では微かな変化が起きていた。もやもやとはっきりしないものだったが、何かを追い求め、その答えを追求したいといった様な欲求が恭平の心に芽生えて、一体何のために自分は生まれて来たのか?何をしなければ行けないのか?と言った事を気が付いた時にはいつも考えるようになって行った。


明らかに変わった事が聖美との食卓風景だった。以前は会話も少なく静かに食事を終えるだけの時間だったが二人は活発に会話を交わす様になった。話すのはもっぱら聖美で恭平はもっぱら聞き役だった。聖美の話は多岐に渡った。聖美の若い時の話から夫貞雄とのなれ初め、聖美の仕事場での話、マスコミで話題になった話から経済や政治の話まで。


恭平は、仕事はしているもののどちかと言えば専業主婦に近い感覚なのではと思っていた聖美が以外に社会見識が豊富でどんな事に対しても自分なりの考えを持っている事に感心させられた。


話が恋愛に及んだ時、聖美が

「恭平さんは彼女はいないの?」

「ん~、いや、いないよ。」

「どうしてなの?」

「どうしてって・・・あまり考えた事がないんだよね。」

聖美は少し心配そうに恭平の顔を見ながら

「素敵な娘が現れれば良いわね?まぁ、無理に作る事はないけど・・・・恭平さん・・・・素敵な女の子がいたら、思い切って行った方がいいわよ。」

「どうしてさ?」

「素敵な女の子ほど、結構寂しいものなのよ。・・・」

「どうして?なぜ素敵な女の子ほど寂しいってわかるの?」

「それはねえ・・・・恭平さん、・・お母さんがそうだったからよ。」

「な~んだ、そうだったんだ?はいはい、よ~く覚えておきますからご心配なく。」

恭平は母聖美が益々好きになった。


3年生の新学年を迎え恭平は燃えていた。進路の件はともかくラストイヤーに有終の美を飾るつもりで春の合宿での調整も万全だった。右の奥歯に痛みがあってその日は練習を早めに切り上げ治療に行く事にした。恭平は子供の頃から歯医者は嫌いだったが歯が痛くては力が入らない。帰り際に中山が進路の事を聞いて来たが、しっかり考えてますので、とだけ告げて別れた。


診療室では患者は恭平と小さな女の子だけだった。先生が恭平と女の子を交互に診察治療していた。よほど怖いのか?痛いのか?女の子はよく泣いていた。あまり泣き声が大きいので恭平が覗いて見ると、その女の子は恭平の家の近所に住む紀子だった。

「紀子ちゃん。」

「アッお兄ちゃん。」

紀子は恭平の顔を見ると泣き止んだ。知らない大人に囲まれて治療を受けて怖かった様だった。二人はほぼ同時に治療を終え恭平が待合に出ると紀子が座っていた。

「お兄ちゃんどこへ行くの?」

「あ~お家に帰るよ。

恭平が答えて窓を見やるとすっかり日が落ちかかっていた。恭平は紀子を一人で帰すのに気が引けたため、一緒に帰ろう、と紀子を誘い、紀子は喜んで頷いた。

「ありがとうございました!」

二人でおどけた調子でお礼を言い恭平が扉を開けると紀子が飛び出した時、紀子の目の前を一匹の野良猫が駆け出し左方向へ抜けた。

「アッ、猫だ!」

紀子の声を聞いて恭平が半歩外に体を向けた時紀子は既に猫を追っていた。その時右方向からハイビームのライトと叫ぶ様なクラクションが紀子を襲っていた。


次の瞬間、大きな濁音と共に紀子を抱いた状態で恭平は宙に舞いあがり2回転し、利き腕である右肩寄りの背中からコンクリートの路上に叩きつけられた。

 

恭平が目覚めたのは事故の日の翌日の夕方、恭平がうっすらと目を開けると白い洋服の女性が覗き込む様に恭平の顔を見て微笑んでいた。どうして笑っているのだろう・・・恭平は夢を見ている様な感覚だったが、その女性が、看護師である事がわかりクレゾールの匂いが鼻につくと、そこが病院で現実の世界の出来事である事に恭平は気が付き、自らの右半身に巻かれたギブスと頭の包帯を無傷だった左手で触りながらゆっくり確認した。


その様子を見た看護師は恭平が事故に遭いこの病院に入院して手術を受けた事、一緒にいた紀子がまったく無事だった事を簡潔に事務的に恭平に話した。暫くすると白衣を着た恭平の担当医と思われる男がやって来た。


「担当医の川島です。羽田さん、ご気分はどうですか?」

と問いかける男の背中の向こう側の椅子に母聖美のコートが置かれている事を確認しながら恭平は、大丈夫です、とやや無愛想に答え、続けて母聖美がどこにいるかを川島に尋ねた。


看護師の女性が川島に代わって聖美は院内の売店に行っている事を恭平に告げた。聖美のコートを黙って凝視する恭平の視線が気になって話を切り出す事を躊躇した川島が咳払いをし改めて話し始めようとした時、恭平が遮る様に口を開いた。

「先に母の様子を確認したいので、先生の話はその後でも良いですか?」

川島の顔にははっきりと不満の表情が浮かんだが、再度咳払いをして

「結構ですよ、では、後程・・・」

と言って恭平の希望に同意し看護師と共に部屋を出て行った。医師は、判決を告げに来た裁判官が退席させられた様な気分だろうと恭平は思った。


十分ほどすると聖美が戻って来た。

寝たふりをしていた恭平の方から声を掛けた。

「母さん大丈夫?」

聖美は買い物を素早く椅子の上に置くと恭平のベッドに近付き腰を下ろした。

「お母さんは大丈夫よ、恭平さん」

と言って恭平の右手に優しく手を置いた。恭平は目頭が熱くなるのを感じたが堪え大きな呼吸を数回繰り返し落ち着くと医師を呼ぶ様に敏子に頼んだ。


右肩肩甲骨亀裂骨折、右肩脱臼、頭部及び右半身の打撲で右肩の靭帯には損傷が見られるという。打撲は何れも軽傷ではあったが右利きの将来有望なハンドボール選手にとっては右肩甲骨の亀裂骨折と右肩靭帯の損傷は致命的な怪我だった。


退院までは数週間との事だったが完治までは二か月、完治とは言っても日常生活を営む上に於いてという意味で、その後リハビリや鍛錬でどこまでアスリートとしての恭平の望む状態まで回復出来るかはスポーツ医学の専門医ではない医師の立場としてははっきり言えないとの事だった。当然三年生の最後の大会で有終の美を飾る事など不可能であり、スポーツ推薦での大学進学の線もほぼ閉ざされる、だろう事を恭平は想像した。


この時の恭平にとってはこれ以上ない大きな痛手であり試練逆境で、話を聞いている恭平は実際には頭が真っ白になって大きく混乱して何も考える事が出来なくなってはいたが心配そうに傍で見守っている母聖美の事を思いその事を表情に出す事はせず努めて冷静を装った。


医師の話す今後の具体的な治療のスケジュールをぼんやりと他人事の様に遠くに聞きながら恭平は、起きた事を受け入れるしかないのか?、と感じ、話を聞き終えた時、無表情ではあったが、

「よく、わかりました」

と静かに周囲に告げた。


 



 授業が終わるといつもなら真っ直ぐピアノのレッスンのために自宅に帰るところだが、この日はピアノの先生が風邪のためレッスンが中止になったため、友紀子は夜の七時からの英会話のレッスンまでの時間をどうやって過ごそうか?と考えながら山手線の電車に揺られていた。


高校一年生の十五歳の少女のスケジュールとしては少々過密ではあったが全ては友紀子本人が望んだ事だった。友紀子の父白川清蔵と母啓子夫婦は友紀子の望む事ならと、なんでも叶え応援していた。


初夏の日差しが眩しい渋谷駅に着くと友紀子は今日は迎えは要らないからと家政婦に携帯電話で告げた。仲良しの同級生の仁美を誘う事も考えたが今日は一人で行動する事にした。


友紀子は勢いよく改札を飛び出し、道玄坂を上がって109で最新のファッションをチェックしスペイン坂でクレープを買っては食べながらパルコへ立ち寄り大好きなコロニアルの雑貨を眺め通りへ出ると公開ラジオ局の前に大きな人だかりが出来ていた。群衆がさかんに手を振る誰だか判らない、スター、に向かって友紀子も叫声を上げ手を振った。そのスターはCDさえ買ってくれれば誰だって構わない群衆に向かって何度もお辞儀をして手を振ってスタジオの中へ消えた。


通りを引き返した友紀子は渋谷で一番高台にあるビルの最上階のお気に入りのカフェに行きカプチーノを注文し窓の外を眺めた。友紀子の視線の先には父清蔵が代表取締役として経営する会社が入ったビルが見える。母啓子も専務として勤務している。


啓子は銀座でホステスをしている時に客として来た清蔵と知り合い、二人はやがて結婚をし、友紀子を授かった。友紀子が幼い頃は清蔵の経営する賃貸の仲介会社はまだ規模も小さく啓子も清蔵と共に働き、献身的に清蔵を支えた。清蔵は社交的でバイタリティーに溢れ事業欲も旺盛で、啓子はホステス時代の蓄えも清蔵の事業のために注ぎ込み、その甲斐もあって清蔵は一介の賃貸屋から売買業者として事業の展開を図った。


立地の良い都心部の区分所有の中古マンションに眼を付け、リフォームを施し賃料を上げて客付けをして、新たに投資用収益マンションとして再販して行った。バブル崩壊以降の超低金利と株価の低迷、鈍化する経済成長も相まって行き場を失っていた一般個人投資家の資金が清蔵の事業を後押しした。


清蔵と啓子が仕事を終えるのは毎日夜の十時を過ぎた時間。友紀子は毎日託児所に預けられ清蔵と啓子が迎えに来るのを待った。友紀子の成長と共に清蔵の事業は順調に伸びて行った。初めは数戸だった中古マンションの再販もその内一度に十数戸、二十数個と手掛けるようになり、やがては一棟マンションを買い取り再販する様になって行った。


ある時、都内の優良立地の地上げ案件の取得を目指したが、清蔵にはどうしても手付金に充当する資金が工面出来なかった。清蔵は立ち退きを行い空の状態での転売を考えていたので一般の銀行では融資の対象としては認めてもらえるはずもなかった。


それでも清蔵は諦める事なく知人の紹介である著名な街金の会長に会い如何にこの案件で利益が上がるかを訴え、清蔵が所有する不動産を担保に必要な不足資金の全額を借り入れる事に成功した。清蔵はマンション建築を口実に銀行から残金の融資を受け決済をし、その七日後には大手のデベロッパーに購入の二倍の価格で転売をし、街金の会長には三〇〇%の金利を付けて返済した。


この事が縁となり大物街金会長の資金力と人脈を活用した清蔵は事業を一気に拡大、大型物件に特化した保有売買を繰り返て業績を上げ渋谷の一等地にオフィースを構え、後年には不動産収益物件の証券化、所謂ファンド事業に乗り出し株式新興市場にも上場を果たす程に成長して行く事となった。


清蔵、啓子、友紀子の親子関係は時間の共有という意味では以前にも増して疎遠になってはいた。清蔵は代表取締役でありながら実際には会社のトップセールスマンで商談、仕事上の付き合いなどで帰宅も遅く家を空ける事も多くなっていた。実務的な会社の切り盛りは啓子が専務として取り仕切っていた。


多くの従業員を抱える会社の運営は啓子にとっても激務であったが、それでも啓子は午後十時には渋谷区松濤の自宅に戻り、友紀子と夕食の時間を過ごす事は欠かさなかった。

友紀子が幼少の頃より習い事を始めるようになった理由は、清蔵、啓子を待つ退屈な時間を埋めるためと、清蔵、啓子に常に関心を持ってほしいためであった。友紀子が初めて二人の前でピアノを披露した時、成長した我が子の演奏に清蔵と啓子は大いに喜び友紀子を褒め讃えた。友紀子が初めて英語を披露した時には清蔵と友紀子は大いに驚き日本語しか話せない自分たち事を大袈裟に嘆いて見せた。


友紀子にとって二人に関心を持たれ驚かせる事が子供心にも快感だった。しかし日常に戻ると二人の関心は会社や仕事の事に戻って行く。そのため友紀子は更に驚かせようと新たな習い事を始める、といった具合でどんどん増えて行き、友紀子のスケジュールは過密になって行った。


しかし清蔵と啓子は決して友紀子に関心がない訳ではなく、むしろ溺愛していた。なかなか構ってやれない中、日々努力をして新たな事を身に付け成長する娘、その娘の成長と共に自らの事業が理想へと近付いて行く。清蔵と啓子にとっては友紀子は一家の成功と幸福のシンボルでありかけがえのない存在だった。

 

だがそんな生活にも多感な頃で好奇心旺盛な友紀子は退屈を感じ始めていた。友紀子はミッション系の中高大一貫教育の私学女子高に進学したばかりで新たな刺激を求めていた。子供の頃から習い事などで一人で何かに取り組む事が習慣になっていた友紀子にとって学校での部活など団体行動に参加する事は少々億劫ではあった。


気の合う友達と一緒に過ごす事は何よりも楽しみではあったが、自立心の成長の反面、友紀子には対人関係で融通の効かない面も育ちつつあった。


両親の会社の入ったビルを眺める友紀子が思いを馳せていたのは、清蔵や啓子の事ではなかった。友紀子の脳裏に浮かんでいたのはあの日出逢った一人の男子高生の姿だった。あの日以来、その男子高生は友紀子の心から離れなかった。友紀子にとって初めての経験だった。友紀子がその思いを誰かに話す事はなかったが、それが友紀子にとって初めての恋であり、恋心である事を友紀子自身は疑う事はなかった


今頃練習してるんだろうなぁ~・・・友紀子は一人呟いた。





高校への進学を控えた三月の春休みのあの日、友紀子は同じ付属の中学から一緒に進学する仲良しの仁美から仁美の兄の高校で行われる高校男子のハンドボールの合同練習試合のお手伝いに誘われ、たまたま何の予定もなかったので付いて行く事にした。


仁美の兄守はハンドボール部の主将をしており他校に声を掛けこの日の練習試合をアレンジしていた。守の高校はハンドボールでは有力校で設備も整っており、この日は六校が集まって各校一日三試合を行う事になっていた。


参加している学校には男子校もあり、仁美や友紀子たちのお手伝いは、試合の合間にちょっとした飲み物やおにぎりを各校の生徒に配る程度の事だった。観衆という程ではなかったが、練習試合が行われている高校の生徒や近所の時間を持て余した老人や子供、そして友紀子たちと同じように他校から手伝いに来ていた女子高生など数十人が集まって観戦し声援を送っていた。


友紀子はハンドボールを観戦するのは初めてでよくわからず無関心に観戦をしていたが、ある男子選手を発見してからは、一気にその試合とその選手の一挙手一投足に引きつけられた。素人の友紀子から見てもその男子選手のまるで豹の様な動きは明らかに他の男子選手とは違っていて、研ぎ澄まされたしなやかな動きと光り輝く凛々しいオーラは友紀子には衝撃的だった。


友紀子だけではなく他の観戦している生徒や近所の人達もその男子選手に魅了され、皆興奮しながらも押し黙ってその男子生徒を視線で追っていた。その男子選手について最初に言葉にしたのは仁美だった。


一緒に観戦していた兄の守に

「お兄ちゃん、あの人知ってるの?あの青いユニフォームの五番の人?」

守はやっぱりか、と言った表情をしながら

「あ~、あれか?あいつは西校の羽田恭平っていって結構良い選手なんだ」

二人の会話は隣にいる友紀子にも聞こえていて友紀子はわざと聞こえていないふりをしていたが、自分の顔が熱くなり脈拍が早くなるのを感じた。


自分だけの宝物にしたかった物を見つけられてしまった!そんな感覚になった自分を意識すると友紀子は恥ずかしくなり更に顔が熱くなった。

「良い選手とかじゃなくて、彼女とかいるのかな?」

守は少し怪訝な表情になり

「ばか、知るかそんな事、お前に逆ナンさせるために試合組んでんじゃないんだぞ!知りたきゃ本人に聞いてみたらどうだ、後五分くらいで終わるだろ」

友紀子は益々聞こえないふりをしたが仁美が友紀子に聞いて来た。

「ねえ、友紀子どう思う?」

「どう思う?って何がよ」

仁美は赤くなった友紀子の様子を見て笑いながら

「何がよって、あんた赤くなってるわよ・・・・あ~、ユキッペあんた・・・」

仁美は足元を見て顔を上げない友紀子に向かって

「何~、あんた清純そうな顔して~・・・」

「何よ!清純そうって?・・」

「あんたもメスって事ね・・・」

「何?メスって、いい加減にして!」

それ以上は何も言えない友紀子を見ながら仁美は腕組みをして一思案すると

「わたしが一発かましてあげるわっ!」


その時試合終了のホイッスルが鳴った。仁美は友紀子の腕を掴み試合を終えた羽田恭平の前に無理やり友紀子を連れて行き羽田恭平に声を掛けた。

「あの~・・・」

頭からタオルを被って汗を拭っていた恭平は声に気付き、目の前の二人の女の子の足元を見てから顔を上げた。

「何ですか?」

「彼女って・・・います?」

「えぇっ!」

いきなりの事に少し驚いた恭平は改めて二人の女の子を眺めた。カールされた茶髪の大きな目をしたいかにも勝気そうだが愛嬌たっぷりの可愛いらし子と、その隣には先の女の子にに腕を掴まれたダークブラウンのストレートヘアに、まるで生まれて陽に当たった事がないかの様な白い肌をした、キレイに透き通った瞳をした女の子が、今にも逃げ出しそうな体勢で泣きそうな顔をして立っていた。


「いや、とくには別に・・・」

思わぬ質問にドギマギし真面目に答える羽田恭平に仁美が

「実はこの娘が・・あなたを見てメスに目覚めちゃって・・・」

友紀子は予想以上の仁美の発言に恥ずかしく堪らなくなって

「何言ってんのよ!仁美っ、止めて、・・・ごめんなさい・・こんなの・・・失礼しますっ」

仁美の腕を振りほいた友紀子はその場から学校の外へ向かってと駆け出した。

「待ってよユキッペ!・・・ん~、もうせっかく、カマトト女・・」

と言って友紀子の後を追いかけた。


恭平はその場で立ち尽くし、駆け出した二人の後ろ姿を眼で追ったが友紀子の後ろ姿だけがが恭平には眩しく映った。、友紀子が校門の外へ消えると恭平は何とも言えぬ残念な思いがした。


「恭平お前モテるなぁ」

冷やかすチームメートの声にいつもなら冷静な恭平は思わず赤くなり、今まで感じた事のない不思議な気分に包まれていた。恭平は友紀子が消えた校門をしばらく眺め、次の試合に備え控室に戻った。


外で追いついた仁美が友紀子にふざけて食って掛かると、友紀子はいつもの友紀子に戻って仁美を非難し二人は罵り合いを繰り広げたが、言いたい事をお互い言い尽くし一呼吸置くと、いつもの良き相棒に戻った。


「あ~ぁ、恥ずかしかった・・どうしてあんなに恥ずかしかったのかしら?」

と嘆く友紀子に仁美は呆れた表情で

「あれあれ、何をお恍けになってるんですか?お嬢様」

「そうなのかな?」

と問いかける友紀子の鼻を仁美は強く抓んで

「何よ、また清純ぶっちゃって!あんた、一目惚れしちゃったのよ」

と言って笑った。







 高台のビルのカフェを出た友紀子は、夜の7時まではまだ十分時間があったので代々木公園に寄って英会話の予習をする事にした。平日の代々木公園は人も疎らで声を出して発音の練習をしても何ら差しさわりはなかった。


桜の咲く頃には沢山の人が集うであろう少し膨らんだ広場の売店のすぐ傍のベンチに腰を掛け友紀子は大きな声を出して予習を始めた。友紀子は英文の発音練習の時は、いつも適当なメロディーを付けてまるで歌っているかの様に朗読した。リズムに乗っている方が微妙なアクセントや発音が表現し易かったからだった。


時折通りがかる通行人たちは、変てこなメロディーの英語の歌を歌う少女を怪訝な表情で見つめては通り過ぎて行ったが、周囲に立ち並ぶ背の高い自然の木々たちは、友紀子の奏でる奇妙なメロディーの歌に合わせるかの様に春の穏やかな風に揺れて友紀子を微笑ましく見守っていた。


何度も繰り返して発音練習をし、今一つうまくいかない最後のページをもう1回と思ったその時、友紀子の視界の先十数メートルに若い男子学生が現れた。友紀子は慌てて顔下半分をテキストで隠し、その男子学生の様子を観察した。


羽田恭平だった。


恭平は友紀子の事など気にするそぶりもなく、そのまま進めば友紀子の脇、7,8メートルの辺りを通過する様子だった。恭平を見た友紀子は動揺して声を掛ける事を躊躇ったが、何とか恭平に気付いてもらおうと思い顔下半分を隠したまま、その眼は恭平を凝視した状態で大きな声でテキストを読みだした。


ところがいくら友紀子が大きな声を上げても恭平は友紀子の方に振り向かない。仮に気付いていても顔下半分を隠している友紀子は恭平にとっては、公園で馬鹿でかい声を出して英文を朗読している変な女の子で、出来る事なら関わる事なく通り過ぎたいと考えていても不思議ではないと友紀子は思い、恭平が友紀子の脇を通り過ぎて5メートル程離れた時、ついに友紀子は我慢が出来ず立ち上がりテキストをテーブルに置いたまま恭平の方を向いて大声で英文を叫んだ。


次の瞬間恭平の足が止まった。背中を向けた恭平は瞬間空を見上げ何かを思慮するそぶりを見せた後ゆっくりと友紀子の方に振り向いた。


「あっ、君は・・・このあいだの」

友紀子は振り返った恭平の表情の印象が以前見た恭平とは違っている事を感じたがその時はそんなに気にはしなかった。


「あの時はすみません・・・わたし・・・白河友紀子って言います」

申し訳なさそうに自己紹介をする友紀子の方に歩を進めた恭平は

「いや、そんな事は・・・俺は羽田恭平って言うんだ、あの時は俺もなんか慌てちゃって・・・ここ、座っても大丈夫?あっアイス食べようか?」


売店で買ったアイスクリームを食べながらベンチに座った二人は改めて最初の出逢いを思い出しては話し、そして今しがたの再会の場面を振り返り笑いあった。そこにいたのはお互いにとって初めて出逢った時に受けた印象と変わらない恭平であり、友紀子で、話をすればする程二人は意気投合し、互いに相手の魅力に引き込まれ行く事を感じ、二人は思わぬ突然の再会の喜びを、躊躇いながらも素直に表現しあった。


友紀子は今日何故代々木公園に来たのか?を話し、、自身の日常や習い事の話など、自分なりに充実した毎日を送って頑張っている事を気軽に話した後、ふと思い出した様に恭平に尋ねた。


「恭平さん、今日はハンドの練習はお休みなんですか?」

その時恭平は一瞬暗い表情になったが、遠くを見つめたかと思うと柔らかい笑顔に戻り友紀子を見つめ答えた。

「あ~、もう俺はね・・・、ハンドの練習はする必要がないんだ・・もう終わったんだ」

恭平は事故の件を友紀子に説明をし、卒業後の進路の変更など現在の自身の置かれた状況などについても恭平としては努めて明るく話したつもりだったが、つい余計な事まで言ってしまったかと思い

「あ~ごめん、俺つまらない話しちゃって」

と友紀子の方を見ると友紀子は両手をベンチに置いて下を向きその両肩は震え、ベージュのチェック柄の制服のスカートの上に水滴が落ちていた。


「友紀子さん・・・」

よく見ると友紀子のどこまでも白く透明な鼻筋の先が桜色に染まっていた。恭平は慌てて左の後ろのポケットからハンカチを取り出して友紀子の前に差し出したが、震えた友紀子は受け取ろうとはしなかったので、そっと優しく友紀子の右手を自身の右手に取り友紀子の手の平に左手でハンカチを乗せた状態で思わず友紀子の右手を軽く握りしめ友紀子を見つめた。


友紀子が鼻を啜ると同時に恭平は手を離し、少し落ち着いた様子の友紀子はハンカチで口元を押さえ恭平の方を向き話し出した。

「ごめんなさい・・・わたし・・恭平さんにそんな事が・・いい気になって自分の事ばっかり・・・」

「そんなの、いやいや俺そんなつもりで言ったんじゃないし、しょうがないよ、わかるわけないじゃん?・・・・ごめんね、つまらない事言って・・あの~、今はさぁもう大分吹っ切れてるから大丈夫だよ・・・。そんなに悲しまないで、ねっ、ほら」

と恭平は言って友紀子の手からハンカチを取り友紀子の涙をそおっと拭った。

「泣かないでね・・大丈夫だから・・」


恭平がじっと見つめる友紀子の瞳はどこまでも淀みなく透明感に溢れて、恭平は自身の心が友紀子の瞳に吸い込まれて行き、そのまま友紀子の心に触れて重なり合っている様な感覚がした。


綺麗だ・・・・恭平が心の中で呟いたその時、散歩で通りがかった初老の女性が連れていた数匹のヨークシャテリアが恭平と友紀子に向かって吠えだした。


恭平がここぞと友紀子の前で大袈裟に驚いて見せその数匹のヨークシャテリアに向かって吠え返すと飼い主の初老の女性は犬たちに向かって

「あら~あなたたち焼きもちやいてるんですか?若いお二人は良いわねぇ~」

と言い友紀子の方を見てにっこり微笑んだ。恭平がなかなか鳴きやまない犬たちの前で今度は四つん這いになり鼻を近付ける様に吠えると、その様子が可笑しかった友紀子と飼い主の女性の大きな笑い声が夕焼けのまどろむ公園に響いた。


やっと立ち去った女性と犬たちを見送った恭平は友紀子に振り返り

「あっ、笑ってる」

と言っておどけて改めて友紀子の隣に座ると真顔に戻り

「でもね、正直言うと結構つらい時もあって今でも気にはなってるんだ・・さっきの事、他の人に話すのは君が初めてなんだ、誰にも言えなくて・・なんか・・君には本当の気持ちを言いたくなったんだ。なんかそんな気分で・・どうしてだかはちょっとあれだけど・・でもね、君にまた会えて話して・・なんか心が洗われた様な・・・気持ち良い感じで・・・」

とそこまで言って友紀子の視線を感じていた恭平は友紀子の方を向き

「なんかそんな感じですごい楽になった。ありがとう」

話を聞きながら友紀子の右手は二人の気持ちと同様に恭平の左手の上へとごく自然に重なり合っていた。


友紀子は手を離すと

「恭平さん・・・ひとつ・・わたしも本当の事を言っても良いかしら?ちょっと恥ずかしいんだけど」

少しはにかんだ友紀子の様子を興味深く見た恭平は

「えっ何かな?・・・良いよ、言って良いよ」

すると先ほどとは違って頬を桜色に染めた友紀子が

「わたし・・・・初めて会った時・・・あるでしょ・・あの日の夜ね・・・・全然眠れなくて・・・そんなの初めてだったの・・わたし」

少し目を見開いた恭平が

「ほんとかなぁ~?ええ~また~そんな冗談言ってるんでしょ?」

と大袈裟におどけて見せると友紀子はむきになって

「本当よ・・ほんとだってば・・本当なの」

ええ~と言ってはまじまじと恭平は友紀子をわざとらしく疑わしげに見つめた。

「もう・・ほんとなのに」

友紀子が少し拗ねるまでその時を待っていた恭平がニカっと笑い口を開いた。

「わかるよっ・・だってね、俺も眠れなかったから・・本当だよ俺も初めてだった」


拗ねて膨れていた友紀子が、今度は恭平を疑わしげに見つめにらめっこの様な状態になったが、二人ともそのうち我慢が出来ず吹き出してしまいしばしの沈黙が流れた後

「じゃあ二人同じね?」

と友紀子が言うと恭平が大きく頷き

「そうだね、同じだよ」

と、二人はお互いの気持ちを確認した。


「ここから眺める夕陽は綺麗だね?」

恭平の言葉に頷いた友紀子はあっと思い時計を見た。

「あっ、わたし行かなきゃ・・もうこんな時間・・」

すっかり忘れていた夜の7時からの英会話のレッスンを思い出した友紀子はテキストを急いで鞄に入れて夕陽を背にして恭平と向かい合った。


恭平には、夕陽よりも少し寂しげに佇む友紀子の可憐な姿が眩しかった。


「また、会えるかな?」

恭平の言葉に友紀子は静かに頷き、二人は携帯の番号とメアドの交換をした。

「じゃあ、またね」

と友紀子は夕陽の方へ向かって下り坂を十数メートル進んでは恭平の方を振り返っては手を振り、また進んでは立ち止まり手を振った。恭平はその場で立ち止まって手を振りながら離れて行く友紀子を見送った。


だんだんと、やがて小さくなった友紀子は大きく手を振りながらその眩しい笑顔と共に夕陽の中へ消え、恭平は友紀子が消えた美しい夕陽をしばらくの間一人眺め続けた。







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