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17章 理紗と恭平

2007年12月27日


その日わたしは学生時代の友人達と忘年会の予定が入っていて、出先から急いでオフィースに戻った。 

神谷町に借りているレンタルオフィースに帰社した時には既に午後五時半を過ぎていた。副社長の三瀬は取引先にM&A計画の事業提案のために外出していて出先から直帰する事になっていた。


事務所では秘書を務める真鍋優子がわたしの帰りを待っていた。優子は大手派遣会社からの派遣社員で、終業時刻は五時と定められていた。


「ただいま、真鍋さん御免ね、良いよ、お疲れ様でした」

わたしは帰社するなり方々に電話掛け来週後半のアポイントを最終確定させた。

忘年会の場所は銀座で19時からの予定だった。


「社長、お疲れ様でした。お先に失礼します」

真鍋優子は自分のデスクで軽く化粧直しをしてからわたしのデスクに就業表を置き挨拶をして事務所を出て行った。真鍋優子は今年で27歳、バイリンガルで几帳面、バツイチで子供はなし、離婚の原因については話したがらなかったが、優秀な事務員兼秘書の役割を果たしてくれていた。


ネットビジネスコンサルティング事業を軸として留学時の学友だった三瀬と共に立ち上げた会社は順調に推移して、来年には新たに従業員を増員し、六本木の大型商業ビルにオフィースを移転する計画も立てていた。


業務としてはわたしは主にサイト構築や支援、商業コンサルティングを担当し、副社長の三瀬は主に新興ネット企業のM&Aなどわたしの父、武司の金融関係との繋がりを生かした業務を担当していた。

わたしと三瀬はボストンの留学先で知り合い意気投合した。大学卒業後も帰国後に一緒に会社を立ち上げようというわたしの熱心な誘いに負けた三瀬もアメリカでの滞在を延長し、わたしはアメリカのサイトビジネスの有り方と未来を学び、三瀬はアメリカの金融システムとM&Aのスキームを学んだ。


 わたしが待ち合わせの日航ホテル前にタクシーで到着すると、高校時代からの仲間、金井、近藤、笹原の三人が既に集合していた。金井は大手商社、近藤は大手銀行、笹原は大手部品メーカー、わたし以外の三人は会社員で、それぞれエリートとは言えまだ若く奉公の身分、この四人が集まる飲食の費用はわたしが交際費として処理をし、時として三瀬も合流した。


二丁目の寿司屋で昔話しに花を咲かせたわたしたちはいつも以上に酒のピッチが進み、その勢いを借りて金井が先だって初めて接待で利用した並木通り沿いの高級クラブへと繰り出し三瀬も合流する事になった。


五人の席には八人の女性が付き、まだ三十代と思しき若いママが金井以外の四人に名刺を配った。何を飲むか?で金井と近藤が散々卑猥なジョーク合戦を繰り返し、いつまでも決まらなかったのでわたしがあきれてフランス製の白ワインを五本オーダーして全員で乾杯をした。


五人はそれぞれの身分をネタにして騒いだため、結果としてそれが自己紹介の様な形となった。目の前のお客がエリート会社員に経営者と役員で全員独身とわかったホステス達は、やや興奮したふりで興味を示したが、一人だけ素っ気ない表情で微かに微笑む女がいた。


わたしは席に座った時からその眩いばかりの白い肌に透明な瞳をした女の事が気になって仕方がなかったが、理紗と名乗るその女は十分もすると他の席に行ってしまった。


その理紗が今はわたしの妻である友紀子、白河友紀子であり開店して間もないこの店のナンバーワンホステスだった。


暫くするとママが気を利かしたつもりで、五人の好みと思われるホステスをママの目利きでそれぞれの隣に“配膳”し、ママも席を離れた。わたしの隣に付いたのは当然理紗ではなく、由香里と名乗る女だった。由香里は遠慮のない女で、わたしのビジネスやプライベートについてあれこれと聞いてきて、わたしは差し障りのない範囲で誠実に答えていたが、つい友紀子、理紗のことが気になり、わたしの視線はつい離れた席で背中を向けている理紗の方を向いていた。


わたしの視線の行方に気が付いた由香里は、またいつもの事と、ため息をついてはわたしに尋問し説教をした。

「高坂さん、理紗ちゃんが気になるの?」

「えっ、いやそんなでもないけど、どうして?」

「だめよ、誤魔化したってわかるんだから、ふ~っ」

「そうですか、ばれちゃってましたか?」

「でもあの娘はあなたはだめよ」

「えっ、どういう事?そりゃ~あんなに綺麗な人だから・・・高嶺の花っていう意味?」

「違うわ、そりゃ男と女だからバランスってものもあるけど・・・そうじゃなくて理紗ちゃんは、結婚していて子供もいる、チョーお金持ちの人しかお客さんにしないの」

「あっ、そうなんだ?」

「要はね、純粋にパトロンとして付き合ってくれる人しか相手にしないの・・・だからあなたはだめよ」

「へぇ~・・・パトロンかぁ、そうですか」

「理紗ちゃん、お父さんがちょっと有名な不動産の人だったんだけど・・・倒産しちゃって、負債もあってお母さんと一緒に住んでて、色々大変なのよ・・・それでパトロン」

「あ~、そうですか、なるほど・・・」

「だから高坂さんには、由香里がいるじゃない?由香里と仲良くしましょ?」

「あ~、別に仲良くするのは良いですよ、仲良くね、近所のおばあさんとも仲良いですから・・・・・

冗談ですよ、冗談・・・」

「・・・・・・・・・・・」


わたしはママを呼んで会計を済ませ、わたしたち五人は店の外へ出た。

「なんだ~真司~早かったじゃん?これからだったのに~」

「あ~おまえ付いた女が気に入らなかったんだろ?言えば良いじゃん、変えろってよ~」

金井と近藤がすっかり出来上がってわたしに噛みついて来た。

わたしは次の日重要な商談がある三瀬と笹原を見送った後、金井と近藤に言った。


「よ~し、おまえらうるさい、おまえらに相応しいとこへ行こうぜ、もう一軒」


わたしたちはタクシーを拾い、三人で乗り込んだ。

わたしたちがネオン輝く巨大歓楽街の入り口でタクシーを降りると、

全身黒ずくめのスキンヘッドにあごヒゲの男が煙草片手に寄って来た。


「お客さん、今日はご予定どうすか?キャバクラでも?」


「うるせえ~、このクソハゲ野郎!」

すっかり出来上がっている金井がいつもの悪い癖で暴言を吐いて反応した。


「お客さん、クソハゲはねえんじゃないの?くそハゲは」

「なんだよ?ハゲにハゲって言って何が悪いんだよ?このクソハゲのタコ野郎!」

「金井、止めないか」

わたしが割って入ろうとした時、スキンヘッドが金井の胸元を掴んだ。

「てめえ~ふざけんじゃねえぞ!」

「甲田っ!止めろっ!」

もみ合っていたわたしたちが振り返るとそこに

やはり黒ずくめの、今度は長髪にサングラスを掛けた若い男が立っていた。


「恭平さん....」

その甲田というスキンヘッドの男は、おそらく仲間であろう

その恭平という男の姿を確認すると金井から手を離した。

恭平はわたしたちの傍までやって来て

「何やってんだ甲田?おまえにしては珍しいな?」

「いやこいつがいきなりクソハゲとか言うもんですから、ついカチっと来ちゃって」

「おまえは声掛けて自分の客にしようとしたんだろ?違うか?お客さんは何言ってもいいんだよ」

そして恭平はわたしと金井の方を見て

「お客さん、どうもすみませんでした。

...でも夜の街は物騒だからモノ言う時は気を付けた方が良いですよ」

「うるせえこのグラサン野郎」

「止めろよ金井、いい加減にしないかおまえ。お兄さんどうもすみません」

比較的酔いが覚めていた近藤が金井を諌めた。

恭平は金井をじっと睨み付けると

「とにかく俺らは面倒はご免だ。サッサと向こうへ行って勝手に楽しんでくれ」

と言うと甲田を連れて駅の方角へ歩いて行った。



「甲田、つまらないことで興奮するんじゃないぞ」

「すみません恭平さん、でもあんな奴らどうせ誰かにカモられますよ」

「そんときゃそれでしょうがない。おまえ飯食ったか?」

「まだです」

「おし、飯食おうぜ」



わたしたちは繁華街の中心部にある東欧系の外国人のいるパブに入った。

そこでも金井はホステスに悪態をついて一人騒いだ。いつもの悪い冗談ではなく、この日は真剣に機嫌が悪いようだった。大手商社で働く金井は入社以来希望の部署に配置してもらえず不満が鬱積していたようだった。来年の春には金井の希望とはまた違う新たな部署への配置替えが決まっていて、ベースとなる年俸は下がってしまう見通しだと金井は嘆いた。

「俺も商社なんか勤めるんじゃなかったよ。やっぱりもう金融系かネットしかねえよな?稼ぐには」

大手銀行に勤める近藤が少々剥きになって反論した。

「金融系?都銀なんてずっとベースアップなしだぜ。金融系でも流動性が強い事業じゃないと待遇はよくならないよ。なぁ真司?」

「そうだな。でもその分リスクは高いんだから良いかどうかはわからないよ」


「おいおねえちゃん、一発やらせろよ?ジャパニーズカチカチディックは良いもんだぜ」

金井がウクライナ女の尻をさわりながらキスをしようすると女は露骨な顔で拒否をして席を立った。

「なんだ、つまらない女だな。真司は良いよな、来年はヒルズ族か?」

「そんなんじゃないよ。でも俺らの商売はイメージって大切だから時流に乗ってるって思ってもらうことは大切なことなんだ。言わば広告宣伝費みたいなもんなんだ」

「広告宣伝費で家賃数百万のとこ借りれるんだから大したもんだよな、近藤?真司は」

「大したもんだけど真司にとっては投資なんだからリスクもある。真司、勝負所だな?」

「ああ、そうなんだ。さあ行こうか?もうこんな時間だ。ちょっとチェックしてください」


金井と近藤は先に店の外へ出て、わたしは会計の後トイレを済ませ二人が待つ外へ出たが二人の姿が見当たらなかった。もう一度よく見ると、右手30メートルほど離れたところで金井と近藤が5,6人のホステスに囲まれて何やら揉めていた。近付いてみると、その女たちは中国人ホステスだった。


金井と一人の中国人ホステスが口論になっていた。

「ダメヨ アナタ ワタシノオシリ サワッタ カエサナイワ」

「なんだよケツ触ったくらいでうるせえな」

「アナタ ダメヨ イマ ヒト ヨンダカラ」

「どうしたんだ?近藤」

近藤は離れたところにわたしを連れて行き声を潜めてわたしの耳元で、

「女たちが声を掛けてきて金井がふざけてあの女のケツを触ったんだよ」

聞き終えたわたしが金井と女の方を見た時、5,6人のスーツを着た中国人の男たちが二人を囲んだ。

「コノヒト ワタシノ オシリ サワッタ ユルサナイ」

女が大きな声でその男たちに告げた。

一人の男が金井ににじり寄った時、更に別の中国人の男たちがやって来て、

そして更にやって来て、また更にやって来た。一瞬でその数は20人以上に膨らんだ。

よく見ると後方の男たちは、手に空のワインの瓶を携えていた。


金井に顔を近付けたその一人の男が

「オマエ ユルサナイ ネエサン バカニシタ」

「知らねえよ。言いがかりだ」

「オマエ カンケイナイ ネエサンガ イッテルコトガ スベテダ」

「...........」

「あの~、なんとかなりませんか?お願いしますよ...うわぁっ、あ~っ」

男は金井の代わりに頭を下げようとした近藤の胸倉を掴んではいとも簡単に放り投げた。

「サア イコウカ?」

「ど、どこへ行くんだよ?」

「ウルサイ オマエガ ワルイ オイッ!」

「おい、何すんだよ?ちょっと待ってくれ、どこへ行くんだ?」

男達は金井の両脇を抱え担ぎ連れ去ろうとした。

「おい、止めろ!金井をどうするつもりだ?待ってくれ」

わたしを無視して男達は金井取り囲み連れ去ろうとして、わたしは一人で止めようと抵抗した。


放り投げられた近藤が立ち上がろうとした時、そばにいた男が声を掛けた。

「あら、さっきのお客さんじゃないですか、何してんですか?」

客引きの甲田、そしてそばには恭平がいた。

「あっ、お兄さんたち。何とかなりませんか?」

近藤はもみ合うわたしたちの方を指さしながら、恭平と甲田に手短に事情を話した。

「何だよ、またやったんすか?あの兄貴は」

「恭平さんでしたよね?何とかなりませんか?」

「....何ともならないな」

「そんな!....」

「あいつらにはあいつらの流儀っていうものがある。簡単に口出す訳にはいかないんだ」

「そんなこと言わないで、お願いしますよ」

「......」

「あっ恭平さんヤバイっすよ、ほら」

その時必死に食い下がるわたしの方に、

空のワイン瓶を持った若い中国人の男が数人向かって来ていた。

その様子を見て恭平が近藤に尋ねた。

「あの二人は何て名前ですか?」

「えっ...」

「あんたの連れだよっ!何て名前なんだっ」

「あっ、手前が高坂で捕まってるのが金井です」

「.......甲田はここにいろ」


恭平はわたしと迫って来た若い数人の中国人の間に立ちはだかった。

「ちょっと待ってくれお前ら、何やってんだ。劉はいるか?」

恭平の言葉を聞き、金井を連れ去ろうとしていた中国人の男たちも足を止めた。

「オマエ キョウヘイ カ?」

「そうだ。劉を呼んでくれ」

「ドウシテダ?」

「とにかく呼んでくれ。あいつに話がある」

リーダー格と思われる中国人の男が恭平を睨み付けた後、若い男に電話を掛ける様に指示をした。

3分もしない内に、その劉という男がやって来た。

「ヤア キョウヘイサン ヒサシブリ」

「おう、悪いな劉さん」

「マタ ジャマスルカ?」

「そうじゃないんだ。この人たちは俺の知り合いなんだ。失礼をしたかもしれないけど、俺が十分注意するから、今日は勘弁してくれないか?」

「シリアイ?...ホントウカ?」

「本当だ。そっちは金井さんで、この人は高坂さんって言って、俺の古い知り合いだ」

「.........」

「今度、木島が世話なってる親分と凌ぎやるんだろ?親分から仲良くしてくれって言われてるんだ。

理由はともかく、俺も知り合いを眼の前で拉致られて黙ってるわけに行かない....どうだ?」

「..............オッケイ ワカッタ キョウヘイサン」

劉が目配せをして、金井を解放する様に指示を出した。


「キョウハ トクベツダ キョウヘイサン」

「わかってるよ、悪いな」


劉は子分たちを連れて去って行った。


劉達の姿が見えなくなったのを見届けた恭平は

わたしたちの方に振り返った。

「さぁ~、もう勘弁して下さいよ、言ったじゃないですか?気を付けた方が良いって」

「どうもありがとうございました。改めてわたし高坂って言います。このバカは金井です」

すっかり酔いが醒めて意気消沈した金井が恭平に黙って頭を下げた。

「まあ、またこっちへ来たら連絡下さいよ。こんなので良かったら」

恭平はわたしに携帯番号を書いたメモを渡した。


「さあ、甲田行こうぜ」

「はい。じゃあ皆さんお気を付けて」

甲田はわたしたちに対して深々と頭を下げた。

その甲田の姿を見た恭平は嬉しそうに笑みを浮かべていた。


恭平は甲田を連れて、劉達とは反対の方向へ歩いて行った。


「あ~、良かったな。さあ~行こうか」

わたしが金井と近藤に声を掛けると、

「もう歩かないでその辺でタクシー乗ろうよ」

近藤がゲンナリした表情で懇願した。



















































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