15章 君を忘れない
「ユキッペどこ行くの?一緒にお買い物行かない?」
授業が終わり駅へと急いでいた友紀子を見つけた仁美が声を掛けた。
2002年9月、友紀子は大学3回生。来年には就活を控え自らの方向性を決める時期に来ていた。
わたしが友紀子本人から直接聞いた友紀子の過去についてはこの頃あたりが始まりだった。高校時代の話を友紀子がわたしに話すことはなかった。おそらく友紀子は恭平と二人だけの大切な思い出にしておきたいのだろう。
友紀子はこの日、どうしても一度会って話しがしたい相手と3時に渋谷で待ち合わせをしていた。
「あ〜仁美〜。今日は約束があるからだめなのよ」
「どうして?どこ行くの?」
「え〜渋谷よ」
「なんだ〜、だったら良いじゃない?あたしも行く〜」
「ん〜もう、だから今日はだめなの」
仁美は腕組みをして何かの察しが付いた様な表情で、友紀子を上から下へ、そして下から上へと眺めた。
「あ〜怪しい〜、あんた今日はずいぶん清楚に決めてるじゃない」
「そんなことないわよ」
「ひょっとして.......お ・ と ・こ 」
「ち、 違うわよ、何言ってんの」
「そうかなあ〜? ...... やっぱり男でしょ」
「違うわよ....... 」
友紀子は思わず仁美に背を向け黙りこんだ。
仁美は屈んで友紀子の顔を
「あれれ〜...... 」
と覗きこんだ。
下を向く友紀子は思いつめた表情でその瞳はうっすらと濡れていた。
そして...
「そんなわけないじゃない.......仁美」
「.............. 」
仁美はつい調子に乗り過ぎて、触れてはいけない話題に触れてしまったことに気が付いた。
「ごめん.......ユキッペ、そんなわけないよね....... ごめん、本当にごめんなさい」
しばらく気まずい沈黙が続いたが、
「いいの、でも本当にそんなんじゃないのよ」
友紀子は笑顔で仁美の方に振り向いた。
「ずっと会いたかった人に会いに行くの..... もちろん女の人よ。会って....会って話しがしたいの」
「ごめんね....... ユキッペ........わたし本当に....本当にごめんね、ちょっと話したいことがあったからつい」
「えっ、なんなの?どうしたの仁美」
「................」
「何よ、どうしたの?」
「実はね......あたし、妊娠しちゃって.......」
「えーっ!仁美どうするの⁉︎それで」
「どうしようもないわよね......だから....あたし、死んじゃいたい......」
「えーっ⁉︎何言ってんのダメよそんなの」
「........っていうのは、ウソよ」
「もう〜、何がウソなの?」。
「妊娠したのはホントよ。あたし.....結婚するのっ‼︎」
「えーっ、そうなんだ‼︎ びっくり‼︎おめでとう、で良いの?」
「良いわよ、パパとママにも話しして、そういうことになったの」
「そうなんだ‼︎.....で、相手は誰なの⁇」
「.....あなた失礼ね〜、決まってるじゃない」
友紀子はにんまり微笑んで答えた。
「さっきのお返しよっ‼︎....そうかぁ~、良かったわね?仁美」
「ありがとう、友紀子....ごめんね、さっきは」
「良いのよ....仁美がお母さん....ママになるのね」
「あんまりそう言わないでよ〜そこは正直実感湧かないわ」
「あっ、もうこんな時間だわ....もう行かないと.....」
「いってらっしゃいユキッペ!」
「..........」
「??どうしたのよ」
「仁美....やっぱり付いて来てくれない?....」
「何よ~それ~どうしたの?」
「ちょっと...心細くなって来ちゃった...だって凄いショックな話になるかも....」
「良いわよ、もう~最初から言ってくれたら謝らなくて済んだのに...」
「ごめん仁美...終わったらお祝いしてあげるっ!お祝いしよっ!二人で」
「高く付くわよ~?...へへ...よっしゃ~、行きましょ!」
友紀子と仁美は、友紀子が高校時代によく利用した渋谷の高台にあるビルの最上階のカフェに到着して
進藤京子が来るのを待った。友紀子は、あの97年の2月、道玄坂で起きた事件の日の経緯について、
実際のところを確認したくて仕方がなかった。恭平が消えていなくなっている以上、京子に話しを聞く
以外なかった。そして、場合によっては京子にお詫びしなければいけないのではと。
友紀子は、事件があって退院後すぐに京子に会いに行くことも考えたが、恭平がいなくなった、消えてしまった喪失感の中では京子と冷静に対面出来るのか?自信がなかった。
そして5年の歳月が流れ、この日、友紀子は京子と会うことにした。
「ごめんなさいね、待たせちゃったかしら?」
3時5分前に、黒の体にピッタリしたパンツスーツ姿で京子はにこやかに現れた。
友紀子は立ち上がってお辞儀をし、仁美も遅れて友紀子に倣った。
「そんなことないですよ、今日はありがとうございます」
京子は仁美の方を見て
「...お友達?」
「そうなんです、子供の頃からずっと一緒で...この娘、結婚するんです。で、この後二人でお祝いするんですよ...それで、ちょっと...仁美って言います。ねぇ、仁美、そうよね?」
仁美は友紀子の顔見て、少し呆れたような苦笑いを浮かべながらも京子に丁寧に挨拶をしてくれた。
「そうなの、おめでとうございます。わたし進藤京子です。よろしくねっ!
友紀子さんとは~...ねっ?....あっすいませんわたしカフェオレお願いします」
「でも友紀子さん、大人になったわね?とってもキレイだわ」
「そんなこと...京子さんにそう言ってもらえるのは光栄です」
仁美も思わず口を挟んだ。
「そうよね、モデルさんみたいよね?カッコイイ」
「あらっ!ありがとう、ちょっと良いかしら?」
京子はバージニアメンソールに火を付け細く吹き上げると嬉しそうに微笑んでだ。
京子の飲み物が運ばれると友紀子がこの日の議題を切り出した。
「京子さん...それで、あの時は.....」
京子は煙草の火を消すと、足を組んで友紀子と仁美を優しく見つめて話し始めた。
「あの日ね...恭平くん、凄く元気がなかったの。...それで気になって聞いてみたら...お母様の話が
出て...確か前日に入院されたのよね...恭平くんのお母様、あの日にお亡くなりになったのよね...」
京子は努めて正確に記憶を辿るように話しを続けた。
「それで、恭平くんが言ってた通りなの。わたしが元気付けてあげようと思って....一緒にお食事に.....ちょっと場所が悪かったかしら?あそこの奥にレストランバーがあって、ほら恭平くん80年ロックが好きだったでしょ?そういうお店だったから...良いかなって思ったの」
「そうですか、やっぱりそうだったんですね....」
「恭平くん...友紀子さんのメールのこと凄く気にしてたのよ。
だからお店に着いたらメールしてあげてねって言ってたの....」
「...やっぱりわたしがいけなかったんですね。...わたし...
あの日の以前に...ずいぶん前だったんですけど、京子さんのこと、見たことあるんです...」
「えっ、そうだったの!?」
「恭平がお店でどうしてるかな?って思って見に行ったことがあるんです。...その時に...
恭平と...京子さんが凄く仲良さそうに見えちゃって...焼きもち焼いちゃったんです」
「そうだったの...それで」
「そうなんです...やっぱりだ、って思っちゃって...ほんとごめんなさい子供だったんです」
「しょうがないわ、友紀子さん。...恭平くん、どこ行っちゃったのかしら?
友紀子さんには連絡はなかったの?」
「お見舞いには来てくれたんです...わたしは会わなかったですけど...」
「そう...わたしは数日後電話もらって...仕事辞めますって...
どうするの?って聞いたらこれから考えますって...結局それっきりだったわ」
「そうですか...」
「でも友紀子さんがこのあいだお店に来てご挨拶してくれて嬉しかった。わたしもね、友紀子さんに会いたかったの。...だってわたしがあの日恭平くんをお食事に誘わなければ、あんなことにはなってなかったわけだから...そのことは気になってたの」
「いえ、とんでもないです京子さん、ありがとうございます」
少しほっとした京子は煙草に火を点けようとしたがその手を止めた。
「....恭平くん、今頃どこで何してるのかしら?」
「もう5年経ったのよね.....友紀子さん、今でも恭平くんのことは?...」
「.......はい」
仁美が俯く友紀子の手に触れながら
「もう.....もう忘れたらって言ったことあるんですけど、だめなんですこの娘.....
あたし今でも憶えてるんです。...この娘が初めて恭平くんに会った時の真っ赤な顔..」
仁美は笑いながら声を震わせた。
「もう好きなのよね?恭平くんのこと。もうどうしようもなく友紀子は好きなんです、恭平くんが...」
「そう.....恭平くんも友紀子さんのこと、きっと考えていると思うわ。
わたし、そんな気がするの...だって消えていなくなる理由なんてないと思うのよ、本来なら...でもあの時、何かを感じてしまったんだと思うの...
きっと...そういう人だわ恭平くんは.................
友紀子さん、恭平くん、いつか帰ってくると良いわね?
きっと帰ってくるわよ、友紀子さんのもとに。
そうなることを....わたしも祈ってるわ」




