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前編

ある日、母さんが分裂した。


比喩ではない。ここでの分裂というのは、生物の授業で習う、アメーバやらプラナリアやらがするとされているあれだ。母さんの頭のてっぺんから縦に一本線が入ったと思ったとたん、パカリと二つに身体が割れて二人になった。身体が割れたといっても見た目が半分だけしかないわけでなく、二人になった瞬間にはもう元通りの形になっていた。当然のことだが、その瞬間をばっちり目撃してしまった私はとても驚いた。パニックになって叫びださなかったのが不思議である。そのくせ母さん本人はまったく驚いた様子も見せず、一人は私に「仕事に遅れるから、私はもう行くわね。」と言って家を出ていき、残ったもう片方は、「今日の夕飯はシチューよ。アップルパイ焼いておくから、あんたも早く学校行きなさい。」といってさっさと台所へ向かった。十数年生きてきた私の常識はこの現象をありえないものとみなすが、その倍以上生きている母さんがうろたえていないのだから、もしかしたらこういうことは世間様ではよくあることなのかもしれない。とりあえず遅刻はしたくないので、私は鞄を持って家のドアを開けた。

 

学校に向かって歩いていると、1、2メートル先の曲がり角から桐生君があらわれた。桐生秋君。隣のクラスの男子。秋と書いてそのままあき、と読む。それはどこか女の子のモノのようだが、彼少なからず気にしているようで、そういうネタでいじると必ず怒る。身長は高め。横幅は細め。顔だちは端正。成績は良好。あたりのいい性格もあいまってか、おかしいくらい女の子にモテる。


という風なことを、遠ざかっていく彼の後姿をみつめながらつらつらと考える。ここで注意しておいてほしいのが、私と彼はけっして親しい仲ではないということだ。この情報は、うちの学校の一般的な女子が、誕生日から始まって家族構成を経由し、食べ物の好き嫌いで終わる、基本的な彼についての知識としてもっているものの一部で、私自身は彼について詳しいかのように知ったかぶっているが、雑談はもちろんのこと、あいさつですらしたことがない。見た目も中身も地味で、良い意味でも悪い意味でも目立たないよう一生を過ごす、ということをモットーとしている私と、主人公的な目立つ存在である彼の間には、一筋たりとも共通点はない。あえて言うならば彼も私と同じで一人っ子で二人家族だということだろうか、私とは少し違って彼の場合は父親だが。さらに言うとうちの母さんはつい先ほど分裂したばかりで、もうこれは共通点ということはできなくなってしまったような気がするが。


いやまてよ、一つ思いついたことがあってそこでぴたりと思考の流れが止まる。もしかして、桐生君の父親も分裂したりしているのではないだろうか。小さい頃に読んだ昔話も、最近はまっている漫画も、本も、ドラマも、出てくる人々の親は分裂なんてしていないが、それはシングルじゃないからだったとしたら?桐生君だけじゃなく、うちと同じ家族構成の南はどうだろう?ああ、それならリョウやユリもあてはまる。学校についたら聞いてみようか。いや、でも暗黙の了解になっていたらどうしよう。知らないのは私だけで親が分裂するのは当たり前で、言った瞬間爆笑されるような。それは恥ずかしい。が、夢オチや寝ぼけオチよりはあり得る展開だ。さて、どうやって切り出そうか。

「今日、うちの母さんが分裂しちゃってさー。」……ちょっと軽すぎるか。「ねえ、お母さんってさ、何人?」……これは唐突すぎるような気がする。「人間って分裂するの?」……これでいくか。



結論から言う。人間は分裂しない。

確かにそうだ。生物の教科書にだって人間は有性生殖によって増えていく存在だとある。

友人たちに尋ねてみて、それを再認識することができた。彼らの中での私に対する評価がどういうものになったのかということに関しては考えないことにする。ただ、質問に対して彼らが反応するまでにできた‘間’がとても痛かったとだけ言っておく。

さて、私はどうするべきだろう。この場合のどう、とはまぎれもなく母さんについての問題である。二人の母さんにどう接すればいいのだろう。家に帰って、残った方の母さんが作ったおやつのアップルパイをもそもそ食べながら考える。久しく食べていなかったこのお菓子に顔がほころぶ。

そして十秒。アップルパイが食べれるんなら二人の方がいいや。

私はアップルパイに目がないのである。




‐‐‐‐



母さんが分裂して早いものか遅いものか三日が経過した。人間とは慣れる生き物で、この三日で同じ顔の人間が二人いるということに私も慣れた。要は双子みたいなもんだと思えばいいのだ。また、母さんたちはうまくそれぞれの役割を分担しているようで、一人は家事、一人は会社勤め、と日常生活に支障がでないどころか、むしろ以前より効率の良い生活を送っている。


この日も、専業主婦の方の母さんが作ってくれているであろうおやつと夕食を楽しみに私は帰宅していた。こちらの母さんの料理はおいしいのだ。

ふと。

何となく目線を右方向にやると、斜め前に同じように帰宅途中だと見受けられる、制服姿で歩行中の桐生秋君が目に入った。彼のことはこの辺でたまに見かけるが、やはりご近所さんなのだろうか。それにしても、ひとりで下を向いてとぼとぼ、という効果音がよく似合う歩き方をする彼は、なんというか、かなり憐れみを誘う。校内では賑やかなグループの人たちとつるんでいるから特に。たとえ彼が何も考えずにぼーっとしていたり、もしくは間食や夕食や夜食の事を考えていたりするのではあっても、あの雰囲気はいただけない。うっとおしくて追い抜かそうと早足になる私だが、ああ、しまった、信号に引っかかった。もちろんのことながら桐生君も引っかかり、私たちはほぼ同時に立ち止まる。

はあ。

思わず吐いた息が隣で出されたものと重なった。私がチラリと桐生君の顔を見ると、向こうも同じタイミングでこちらを見た。当然のことながら、視線が合う。まあ、お互いに日本人なので、へらりと笑って特に会話することもなく、顔をそらすことでその場は終了する。なんとなく気まずかったので、信号が変わると同時に、できる限りの早足で私は歩き去った。


と、いうことが昨日までで三回あった。仏の顔も三度まで、二度あることは三度ある、という昔の人の言葉を常日頃から心にとどめる私は、三回目までは全く同じ態度を貫いた。そして今日、四回目である。さすがに何らかの変化を見せるべきだろう、という考えが脳裏によぎった。

「ため息、よく重なるね。」


考えていた私に先回りして、桐生君が話しかけてきた。

「そうですね。」

無難に返す。

「制服から判断するに、同じ学校?」

「そのようで。」

「何年生?」

「2年生です。」

じゃあ、おなじだ。へー。クラスは?2組です。隣だね、僕1組。ほー。この辺歩いてるってことは、僕んちと近いんだね。ふーん。

とまあ、適当にだらだらとしゃべりつつ私たちは歩いた。桐生君は昨日までのとぼとぼ歩きとは違い、私と歩調を合わせてくれているためか普通の歩き方だ。ちなみに私の方も今日は通常の女子程度の速度で歩いている。

だがしかし、もうすぐ私の家、と言うところまで来たとき、彼の歩く調子が格段に下がった。

「家に帰りたくない……。」

「じゃあ、うちに寄っていきますか?」

独り言のように呟いた言葉に、私はつい反応してしまった。

え、とこちらを向いた桐生君の様子に、何言ってんだ、と自分の言ったことに動揺し後悔する。


「あ、いまのなしで「迷惑じゃないなら、行きたい。」


そういうわけで、私たちは今向かい合ってバナナのパウンドケーキを食べている。

大きめにカットされてそこかしこに散らばるバナナが絶妙。

母さんのつくるお菓子はおいしいのだ。


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