第二話
アイネ=レオリックは一人っ子だ。
昔から自分の周囲には、自分と年の近い人間があまり居なかった。
居たとしても、それは使用人とかその子供であることが多く、自分と対等な関係を結べる人は、ほとんど居なかった。
だからかも知れない。
だから、彼女はもっとそういう関係を持てる人を求めていたのかも知れない。
無い物ねだりであるが。
そうして、サクラ・シロサキなどの、自分を特別扱いしない人間と出逢い、親交を深める、友情を交わすといったことを、何にも代えがたいものだと思うようになった。
そして、
そんな関係を望むアイネにとって、自分の誕生パーティーなどと言うものは、至極つまらないものなのである。
「どうなさったのですか、そんなに目元をぐちゃぐちゃにして」
化粧の話である。
彼女も一応、自分で直そうと試みたのだったが。
「ごめんなさい」
「謝る必要はありませんが……何と言いますか、そのままでは少し……いけませんね」
特に今日のような日はと、彼女は付け足した。
使用人、リリー。
言うなればメイドだ。
ずっと、アイネの側にいるメイドだ。いつからか分からないほどに。
屋敷の中にいる、数多くの中の一人。
「……言葉を選ぶほどにいけませんか」
「いけませんね。……一度化粧を落としましょうか。さあ、こちらへ」
言われるまま椅子へ座る。
人目を忍びつつ、やっとのことで見つけたのがリリー=エスタで本当に良かったと、アイネはほっとした。
他の人物に見られれば、しばらく話の種となってしまうのは避けられないだろう。
その点、このクールな使用人とはそれなり以上の信頼関係を築けているという自信が、アイネにはあった。
まあ、
「あの……」
「何をなさっていたのですか?」
だからと言って、何もかもが許される訳では絶対にないが。
「急にいなくなるので心配しましたよ。貴女無くして、今回のパーティーはありえないのですから」
「……似たようなことを、さっきも聞いた気がします」
「はい?」
「なんでもないです」
いやらしくない程度の装飾が施された鏡の前、椅子に座ったアイネの化粧をリリーが落としていく。
「お客様方はまだお嬢様が居なくなったことに気付いていません。早く戻りましょう」
「そうですね。……ごめんなさい」
「何がです?」
「勝手をしてしまって」
リリーはかぶりを振って、その言葉を否定した。
「過ぎたことです。まあ、確かに驚きましたけど、問題はありません」
いつものことと言えば、いつものことですしね──などと言いながらも、メイクアップは手際よく進んでいく。
邪魔になるため、アイネは黙っていることにした。
別に沈黙が気まずくなるような仲でもないが──リリーを困らせるようなことをしたという自覚はあったので、いつも通りに振る舞うのは、アイネには憚られた。
問題はない、とは言っても。
開けっ広げに怒っていることを表明するのは、彼女の立場的にも性格的にも、しないだろう。
だからまあ、彼女の先ほどの言葉も、建前というか、口だけというか。
そんな可能性も、無きにしもあらず。
「……終わりましたよ」
「え?」
どうやらぼうっとして、終わったのにも気付かなかったらしい。
「あ、ありがとうございました」
「いえ。では戻りましょうか」
全てが整然としてクールな彼女の外見からは、どんな感情も読み取れない。
二人はパーティ会場に戻るため、その部屋を出た。