洒落にならない野宿 1
最近、美味いモノに飢えています。
美味しいモノが食べたいのに、何を食べたいのか出てこない……くーちーおーしーやー。
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この森の、夜を恐れるのは生き物として当たり前の行動だ。
目の前に広がる川を見た瞬間に、知らないうちに溜まっていたらしい疲労感が押し寄せてきた。
気が緩んだ瞬間に、疲労感が容赦なく襲ってくるのはわかっているけど、どーせなら寝るときに襲ってきてほしかったよ。今日はまだやらなきゃいけないことがいっぱいあるのに…。
現在進行形で私は、今現在川沿いを歩いています。
勿論、上流に向かって。
そうそう、肝心の川なんだけど幸いにも綺麗で、そのまま飲んでも問題はなさそうだった。
ただし、いくら見た目が綺麗でも飲むときは煮沸消毒必須。
生水をそのまま飲むなんて行動は最終手段です。ええ、最終手段ですとも。
「流石、だなぁ。川だろーと何処だろーと関係なしに空気が重苦しい。普通、どんないけ好かない森だって常に水が流れてるところは大体清々しい空気だって相場は決まってるのに」
見る限りではごくごく普通の川だ。
幅は大体6~7m位で川辺は浅いけど、中央に行けばいくほどそれなりの深さがあるんだろう。
この位の川なら1~2m程度の深さだろうけど。
川辺には大小さまざまな小石と上流から流れてきたらしい枝が転がってるくらいで、ゴミがない分中々にみられる光景ではある。
でもやっぱり、好きじゃないモノは好きじゃない。
川から少し離れたところを歩きながら今夜の寝床を探す。
言っておくけど、森の中で野宿はしたことない。いや、町の中でも野宿はしたことないんだけど。
寝床の条件としてまず、優先したいことがあった。
「雨風以前に、このどんより空気が少しでも薄らってるところじゃないと。絶対怖い夢見る」
いくら神に二物も三物も与えられた須川さんからの御守りがあるといっても、やっぱり不安要素は極力減らすに限る。
キョロキョロと落ち着きなく周囲を見渡しながら、ときどき遠くの方に黒い何かが見えることがあったが綺麗さっぱり見なかったことにして歩みを進める。ぶら下がってるのが森の奥の方に5~6体見えた時は、さすがにゾッとしたけどやっぱり見なかったことにした。
目があるかどうかはわからないけど、目なんかあった日には色々終わりだとおもう。
万が一を考えてこそこそ歩きながら、半ば必死に探し始めて数十分。
川に近いからわかる、空の変化にうっそり目を細める。
まだ夏だから5時や6時では真っ暗にならないけど、流石に少しずつ明るさを欠きはじめている。
少し焦り始めたころ、今まで見てきたものとは少し違う景観になったことに気付いた。
樹や苔と小石ばかりだったのが、今じゃ木と苔と大岩小岩中岩に変わったなーと思っていたら、壁のような、岩肌剥き出しの崖が現れた。
岩がゴロゴロしてたのは間違いなく、この崖から落ちてきたものだろう。
…とっさに、落石注意の看板がないかどうか確認した。
なかったけどね!!
歩いてる途中でみたのは薄汚れてなんか赤茶色の何かが付いたのだけだ。
文字は辛うじて読めたよ?読んだ瞬間に、読むんじゃなかったって思ったけどね!
そっと元あった場所に看板を伏せておいたのは言うまでもない。
お蔭でこの森はインスピレーション通り(?)自殺の名所だって確信したけど。
いらない、いらないよ!そんな確信ッ!!
「あ、でもなんか良さそうな所みっけ。洞窟、なのかな…?」
崖、といってもそこは石をくりぬいた用な場所を見つけた。
耳を澄ませば水の流れる音が聞こえてくる。
川のある方へは10m程度なんだけど、木があるせいで川自体は見えない。
「立地条件は優良!さて、問題はこの洞窟の中、だよねー……な、中に黒いのとか仏さんとかがゴロゴロしてないことを切に願おう。あ、あと熊とかいないといいな」
持っていた地図と方位磁石を一旦、背負ったバッグにしまいこんでから、ズボンのベルト部分にひっかけた懐中電灯を手に取る。反対側の手には相変わらず御守りを握りしめていますとも。
黒いのに遭遇しないとは言い切れないからね!
「よし、お、おじゃましまーす」
こそこそと体を縮めて、洞窟の中に潜入する。
でも、洞窟に足を踏み入れた瞬間、拍子抜けした。
「洞窟っていうよりは“一人用かまくら”って感じ、かも」
手を伸ばして少し余裕があるくらいの広さだけど、雨風は十分凌げるし、入り口が凄く大きいわけじゃないから熊は入ってこられないだろう。
こーゆーときばっかりは背が小さくてよかったなーと思う。
人間もいつか伸縮自在になれば素晴らしいのに、なんて呟きながら、天井やら壁やら地面やらを照らして確認を続ける。
変なものはなく、かえって過ごしやすそうだった。
崖というよりも石に似た質感の壁や天井にあたる部分は特に汚れている訳でもないし、返り血だとかそれに類するものは見当たらない。地面だって掘り起こしたような跡がなければ、死体も白骨も動物の死骸も見当たらなかった。
「あんまり澱んだ感じもしないし、ここにしようかな。あったかそうだし、ギリギリだけど足も伸ばせそうだし上々だね。この森にあるんじゃなかったら絶好の秘密基地になるのになぁ」
もったいないもったいない。
そんなことを呟きながら、歩きながら集めていた枯れ木や折れた枝を寝床に置いてから近くを探索することにした。
川の水を携帯用の小鍋にいれる為に川辺へ向かう。
途中で蔦を取って、編み編みしながら川辺周辺を見渡す。
まだ明るいけど、山の天気は変わりやすいので、さっさと編んでしまうに限る。
ちなみに、編んだ蔦は石などで作った囲いの中に仕掛けておくのだ。
上手くいけば魚が捕れる。うまくいかなければ何も取れないけど、明るくなったら沢蟹でも探そうと思う。沢蟹、お味噌汁にすると美味しいんだよ!
あ、調味料も少しだけバッグに入ってた。よく見てなかったから気づかなかったんだけど、ほかにも簡単な救急セットもあったから1週間はもつ筈。
ふ。なんだか本格的なアウトドアでもやってる気分だよ。
「目的地にたどり着くころに野生の女になってたらどうしよう。とりあえず朝一番に魚の有無を確かめて、お湯沸かしたらタオルで体拭こう……髪も洗いたいけど……水が冷たすぎなかったら最悪川に特攻だな。人もいなさそーだし、すっぽんぽんになっても恥ずかしくないところがいいよね!」
流石に人がいたら一瞬悩むかもしれないけど、人がいないなら悩む必要もない。
バッと脱いで、じゃばっと水浴びだ!
川で水浴びといっても深いところまで行く気はさらさらない。
深いところに行けばいくほど足を取られやすくなるからだ。
だから浅瀬から少しだけ進んだ、でも中央に近づきすぎない場所でする。
罠を完成させて、それを設置したら素早く川から上がって水をくむ。
水をこぼさないように注意しながら、今日の寝床へ戻り鍋にふたをしておく。
虫が入ったら嫌だからね。
「枝、もうちょっと拾ってこようかな。川はいいとして、このあたりも気になるし……黒いの、いないよね?」
安全は確かめておくに越したことはない。
寝ている間に取り囲まれてました~、残念!とかっていう状況だけは断固しても避けたいのです。
某有名ホラー映画の髪の長い女性みたいなのと寝起き一発で遭遇したら昇天できる自信がある。
……かといって、須川さんみたいな美形の顔があるのも勘弁だけど。
普通の起床をすべく、私は周囲探索を決めた。
暗くなったら嫌なので、歩く範囲は狭くする。
念の為にしっかり地図と方位磁石、非常食が入ったカバンを持っていく。
最悪、戻れなくなってもこれさえあれば何とかなるからだ。
懐中電灯は装備済みだし、御守りに至っては肌身離さず握りしめている。
「んー、とりあえずは脅威になりそうなものはない、かな?」
相変わらず、どんよりした空気だけど他のところよりはマシだ。
考えたところで答えは出ないんだけど気になる。
川の近くだから、って訳じゃないと思うんだよね。
水自体は綺麗でも空気が澄んでるって訳じゃなかったし。
本当に変な所だなー、なんて考えながら乾燥した枝を拾いあつめる。
ついでに、お茶になりそうな野草を見つけたのでそれも摘んでおいた。
乾燥させるのも悪くないけど、煮出せば十分お茶として飲める。
こういう知識の源は近所のお婆ちゃんだったり、お爺ちゃんだったりするんだけど…こんなところで役に立つとは思わなかったよ。
「お。これ確か擦り傷とか切り傷に効くって草だ。ちょっと摘んでいこうかなー。ダメもとで、治らなかったらそれはそれだ……し?」
木の根元に偶然見つけた薬草を摘もうと近づいたまでは良かった。
そんでもって、屈んで手を伸ばしたのもまだまだ問題なかったと思うんだ。
ちょっとアレだったのは―――――――……偶然目についた薬草のすぐ傍に見慣れた、でも見慣れない生き物が転がっていたこと。
「す………雀って、美味しいんだっけ」
盛大に混乱していた私の口から出たのは、かなり、色々間違った一言だ。
お腹は空いてたけど食べる気はなかったよ!ほんとだよ!!
ただ何となく、近所に住んでたお爺ちゃんやお婆ちゃん方がもこもこでふわふわな寒雀を見て懐かしそうに話してたのを思い出しただけで!!
遠くから、もしくはそれなりに近くからは見た覚えのある、庶民的かつ愛らしい鳥を私はマジマジと観察した。
木の根元に転がった、両掌に収まるサイズの鳥は雀とよばれる種類に間違いない。
ただ、ふかふかの羽毛と艶やかな羽が赤茶色で汚れていた。
私から見て右側の羽が広がって、何かにかまれたような生々しい傷跡がある以外は普通の雀だ。
「すずめー……こんなんなってどうしたの。お前さん、ふつー空飛んでるから普通はがぶっとやられないでしょーに」
そっと小さな体を手で掴んで、傷に触らないように地面から持ち上げる。
持ち上げるとほんのり温かかった。
丁度薬草も見つけたし、薬草すり潰したやつを塗って包帯巻けば完成だ。
効くのかどうかはわからないけど、何もしないよりはいいと思うんだよね~。
薬草を摘んで、しっかり枝を鞄に結び付けてから雀を両手で持つ。
御守りは手首に結び付けてあるから問題なし。
「この森で生きて生物にあったの、すずめーが初めてかも」
よしよし、と頭を親指で軽く撫でてから駆け足で帰路につく。
怪我をして弱ってるすずめーには悪いけど、正直、かなり救われた。
掌から伝わってくる温かさは、気味の悪い森に一人ぼっちで不法投棄された私にとって神様に近い。
変な黒いのはいるし、鳥の鳴き声すら聞こえない、自殺の名所で動物とはいえ、いるのといないのとでは雲泥の差だ。
無事に元気になってくれるといいな、と心の底から思った私はまだ、衝撃的な事実に気付かない。
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すずめー、を飼いたいと冬にもこもこしたのを見るたびに思います。
……ときどき、雀みると焼き鳥を思い出す。じゅるり
ここまで読んでくださってありがとうございました!