突破口と新たな…
前半は、前の話の優視点になってます。
久しぶりの更新…進んだのか進んでないのか…
ロッカーに閉じ込められて、触れて、わかったことがある…―――――
掴んだ手から温かい体温が伝わってくる。
それは、すごく不思議な感覚だった。
冷えた心と体に沁みていく暖かな体温と素肌が触れることで湧き上がってくる実感。
いつもなら、普段なら…きっと『助かった』とか『よかった』とかそういう安堵の気持ちが湧いてくる筈なのに、今、私の心を締めているのは後ろめたさとどうしようもなく悔しいと思う気持ち。
(泣くな。この気持ちは私の気持ちじゃない。泣くな、引っ張られるな。私は、私で“彼ら”じゃないんだからっ)
ぐっと唇を噛んで涙だけじゃない色々な沢山の感情を吐き出さないように自分の中へ押し込める。
私を暗闇の中導いてくれるチュンやシロが心配そうに私を見てくれているのがわかる。
背後にいる靖十郎や封魔、禪が私を気にかけてくれているのを感じる。
嬉しいとおもう私と妬ましいと思う“彼ら”の気持ちがグルグルと分離してぶつかり合って…なんかもう、どうしようもなくなって。
感情を入れておく器があるなら、きっと今にも溢れそうになってるんだろう。
閉じ込めようとしている感情は私にも覚えがある。
だからこそ、少しだけ迷う。
(このまま封じ込めたり撃退するのは、違う気がする)
影響を受けやすい体質の所為で強い思いを抱いてこの世に留まっている人達の感情を自分のことみたいに引きずることがある。
そういう時は大体須川さんに相談するんだけど…あいにく、須川さんは不在。
須川さんは今、本家とやらに緊急で呼び出されている。
たぶん、だけど今回のは突然乗り込んできた『天災並いや、もしくはそれ以上に恐ろしい人物』がいなくなったのでちょっかいをかけてきた、もしくは溜めていた鬱憤を吐き出し始めたってところだと思ってたりする。
(敵ながら天晴れだよね、うん。私が対峙する側の立場なら怖いのがいない隙を突くもん。ま、相手が相手だし反撃されそうだから隙を積極的に見逃すだろうけど)
少しだけ思考がずれたことで少しずつ肩の力が抜けていく。
いつの間にか思いっきり握っていた靖十郎の手に意識を向けることもできるようになった。
咄嗟に腕ひっつかんで歩いたけど何も知らない人からしたら変な行動だよね。
いくら逃げようとしてたって、話しかけられたのに何にも答えないんだもん。
ちょうどグラウンドの真ん中付近で足を止める。
周りには静寂と思い出したように遠くの方から虫の鳴き声が聞こえてくる。
ロッカーの中では感じなかった生ぬるいけれど草の匂いを含んだ風、土を踏みしめる感覚と草木が奏でる漣に似た音。
心強い式達と仲のいい三人の生徒。
「ごめん…迷惑かけて。戻ろう」
落ち着きを取り戻した御陰でようやくその一言を口にできた。
繋いでいた手を離して振り返る。
真っ暗なグラウンドで靖十郎と目があったような気がした。
暗さのせいで顔や表情がわからなかったけど、彼が私を見ているのだけはわかる。
「お前のこと、みんな心配してたんだぞ?オレ達だって心配したし、葵ちゃんだって…っ」
「え、葵先生?あー…うん、そっか。ごめん。あの中に色んなものがごっちゃになって置いてあるって聞いて、簡単に直せそうなものがあったら学校の備品として使うのはどうかとおもって…許可も貰ったんだけど、ちょっとドジっちゃってさ。ホント、ごめん」
咄嗟に口から嘘が出た。
靖十郎や封魔は私の仕事を知らない。
禪は仕事を知っているし協力もしてくれてるけど、隠していることは多い。
彼らと一緒にいることが楽しくなれば、心地よければ心地いいほどに感じる後ろめたさと居心地の悪さ。
どうしようもなくて最終的に誤魔化すように笑うしかない。
言葉を重ねるわけにも行かないし、誤魔化そうとすればする程にボロが出るのは自分の性格を考えなくたってわかる。
気まずい沈黙を破ったのは、靖十郎だった。
何かを察してくれたのか少しだけ硬さを持った声に気を使ってくれたことがわかる。
「―――…別にいーけど。ほら、じゃあさっさと戻ってシャワーを浴び直すか。オレら、埃まみれだし」
「だな。でもシャワー室はもう使えねぇから…禪。お前んとこのシャワー使わせろ。いいな?」
無言を貫き通す禪とあの手この手でシャワーを浴びる権利をもぎ取ろうとする封魔の攻防を聞きながら夜の校庭で私たちは笑いあった。
寮に戻ってからは学年問わず多くの寮生に声をかけて貰えたのは嬉しかったなぁ。
昼食に現れなかった理由を禪が「部屋で寝ていた。起こしても起きなかった」と簡潔な嘘をついた。
流石にバレるでしょ!?と慌てたのは私だったらしく、拍子抜けするほど皆はあっさり納得した。葵先生は一瞬訝しげな顔をしたけど何かを察したのか、それともただ単に納得したのか何も言わずに生暖かい笑顔と栄養ドリンクをくれた。
…そんなに疲れた顔してたのかな。
◆◆◇
点呼が終わって部屋に戻った私は真っ先に脱衣所に向かった。
封魔や靖十郎がいるところでシャワーなんか浴びられない。
バレる可能性は低くても注意しておかないと今バレるわけには行かないからね。
禪は…覗いたりしないし悪戯とかもしないタイプだから大丈夫だと思ってる。
そーじゃないとルームメイトなんてやってられないし。
埃まみれになった服を脱ぎ、備え付けの洗濯機に放り込む。
下着が女性ものっていうのが不安材料のひとつだよね。
着替えが入っている引き出しに手をかけられた時は奇声を発しかけた。
「げ!紐の痕すごいことになってる」
腕や首だけじゃなくて全身に巻きついていた紐の痕がくっきり残っていて、なんとも気持ち悪い。
文句を言っても仕方ないので大人しく全身を洗い、汚れを落とす。
汚れた泡じゃなくなったのは三回目の全身洗浄後だった。
「普通にシャワー浴びるだけでこんなに疲れるとは思わなかった」
面白い位に疲れきった私は髪を乾かすのも面倒になってフラフラとベッドへ倒れ込んだ。
いろんなことを放り投げた私に禪が「髪を拭け」と短く注意したけれどそれに応える元気も残ってなかった。
君らみたいな若者とは違うのだよ、もっと労われ!拗ねるぞ!
モフンッとベッドの上に飛び込んで体の力を抜く。
変な体勢で拘束されていたせいで体のあちこちがギシギシと…うぅ、これでも二十代なのに。
しばらくボーッとしていると禪が自分のベッドへ腰掛けた。
横目でなんとなしに見ていると淡々と普段通りに寝る準備へ取り掛かっている。
「あのさ、禪はどうみてる?」
「主語を入れて話をしろ。今回の件についてか」
「そ。どう感じてるのか聞きたいんだけど」
ふあぁ、と欠伸をひとつ零してからぼんやりと禪を見る。
話の内容と緊張感のなさに呆れたのか何処か胡散臭いものを見る顔をして、寝転ぶ私を一瞥した彼は少し、考える素振りを見せた。
ちなみに、あいも変わらず無表情なので心情とかは雰囲気で感じ取るしかない。
「…始めは条件が揃わなければ発生しないと考えていた。現に七つ不思議がある場所にさえ近づかなければ害はなかった。影響を受けて死んだという話はある。共通していたのは不良と呼ばれる不真面目な生徒ばかりだったということくらいか」
「―――…なるほどね。ごめん、続けて」
禪の言葉が私の中で憶測だった考えを固めていく。
「あ、ああ。今は、随分――――…無差別的、いや、暴走しているようにも感じる。首吊りをした生徒は何の問題もない生徒だった。その後に続けて靖十郎、そして優。不良と呼ばれていた初期の被害者とは大きく異なる」
「暴走っていうのは正しいかもしれない。どっかで枷が外れた感じがするし、本当に…相手を選ばなくなっ…」
不意に言葉が途切れる。
なんか、続き過ぎてないか?と違和感が湧き上がってくる。
だって…ロッカーに来た生徒は私が正し屋だって知ってたし、須川さんのことだって知ってた。
プールで死にかけた靖十郎は正し屋である私と一番関わりのある一般人だ。
「無差別だったのかな、本当に」
「どういうことだ」
「いや、正し屋に関係してる人間を襲ってるわけじゃないよね、と思って。偶然かもしれないから片隅に入れておく程度にしておいた方がよさそう」
何か一つを盲目的に信じるのはダメだ。
自分の常識で測れない世界と関わってるんだから、何が正解で何が間違っているのかなんてわからない。微塵も。
「それから、怪異の根本にある問題だけど…たぶん『いじめ』で間違いないと思う。だから学校ができてから、一番初めに死んだ生徒のことを調べて欲しい。多少なりとも関係あるだろうから」
「わかった。どこまで辿れるかはわからないがやっておく」
「俺にはできないから、丸なげみたいになって悪いけど頼むね。それと禪も気をつけて」
「気をつけるとは何にだ」
「んー…怪異は勿論、それ以上に生徒。ロッカーに閉じ込められた後に誰かがプレハブに入ってきて―――…『正し屋』を知ってるような口ぶりだった。学校にいる大人は限られてるしその人たちの声とは違ったから生徒だと思うんだ。ちなみに死んでる人の声でもなかった」
正し屋のことは校長と教頭、あとは葵先生に禪しか知らない筈だ。
須川さんはその筋じゃなくても美形っぷりで一度見かけたら忘れないかもしれないけど。
でも『正し屋』は縁町の住民なら兎も角としてすっごく有名ってわけじゃない。
地域に根付いてはいるけど、ちょっと有名な地元の神社的なポジション。
だから知らない人の方が多いと思う。
まして、情報の早い女性なら兎も角ここは男子校で街からもかなり離れてる。
…知っている人間がいないとは言い切れないとしても限りなく少ない。
「顔も知られてるみたいだったし直接的な妨害がないとは限らないから気をつけて。須川さんの式なら多少の術だったら跳ね返せると思うけど…相手がそれを知ってたら別の手段をとるかもしれない」
「武術ならある程度嗜んでいるが備えるに越したことはない。優は護身術の一つや二つは使えるか」
「一応はね。上司様直々に叩き込まれたから、何とか。体が反応してくれるかどうかは微妙だけど」
最近は護身術とかほとんどやってないから…ぶっちゃけ忘れてる気がしなくもない。
あれだよ、いざって時は本能に期待。
ご飯のありかとかなら分かりそうだけど命に関わることにうまく反応してくれるかは微妙だ。
むしろ期待はしない方がよさげ…?
「そうか。生徒には『正し屋』に依頼をしたことは漏れてない筈だが調べておく。だが…」
そこまで話すと禪は長い脚を組んで、何かを考えているようだった。
彼の考えがまとまるまで起きてようと思ったんだけど…視界が歪んで、思考がまとまらなくなってくる。
これだけなら疲れてるからだーで片付けられた。
だけど、ロッカーから出た瞬間に心の中に渦巻いていた私じゃない誰かの感情が少しずつ広がっていく。
思考が、塗り替えられていくみたいに…憎しみ、苦しみ、痛み、他にも私には抱えきれない程の沢山の辛くて重たい感情が溢れてくる。
―――――…異常を伝える前に瞼がさがって、私は暗闇に包まれた。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
ホラー要素が見当たらなくなってきてる…