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正し屋本舗へおいでなさい  作者: ちゅるぎ
潜入?!男子高校
78/83

落書きと私

 徐々にホラーっぽさが出せればいいと思います。

ただ、こう、色々浅はかな何かがにじみ出ているという…ミステリーやら推理ものを書ける人ってすごい。


ほんと、すごい。





 寮の天井は白い。



低反発マットが入った程よい弾力のベッドに受け止められたことにホッとして、体の力が抜けた。


 霊力の供給を止めたはずなのに、どこからか力が漏れていく。

微かだけど確かな感覚に違和感を覚えたけれど、何だか考えることすら億劫で私は全てを投げ出した。


目を閉じると足やら腕やらから疲れがじわじわーっと押し寄せてきて、倒れたままの格好で意識が遠のいていく。



 深く深く眠り込んでいた私は、部屋に“誰か”が入り込んでも全く気付かなかった。

起きた後になくなったものがなかったから余計分からなかったのかもしれない。






◆◆◆





 頼れる上司様の不在がこれほど心細いとは思わなかった。



賑やかな蝉たちの鳴き声と元気が有り余っている男子高校生の野太い怒号やら悲鳴やら歓声やらがグラウンドから聞こえてくる。


 私といえば、気絶するように眠っているところを禪に叩き起されて、朝の点呼の後に鍵を渡された。

それが調査したいって言っていた場所の鍵だって気づくのにかなり時間がかかったんだけどね。

だって、禪ってば無言で渡すんだもん。わからんわ!


 炎天下の最中、際限なくだらっだら流れてくる汗をシャツの袖で拭って、ズボンのポケットから鍵を取り出す。

小さな銀色の鍵には無くさないように、靖十郎と出かけた時に取った羊のストラップ改め…蛇のストラップがついている。


 錆が浮き出た曇った銀色のドアノブに鍵を差し込む。

手が震える所為で鍵穴にうまく鍵を差し込めなくて、少し手間取ったけど誰かに気づかれないうちに侵入することができた。


 プレハブの中は雑然としていて、簡単に言うといらない物を何でもかんでも詰め込んで忘れ果てたような状態?

最近は誰も足を踏み入れてないのか床や置かれた物たちにうっすら白い埃が溜まっている。

足跡もついてないみたいだから生徒や先生が入った形跡は無し。



「うーん…?なんか、気になるんだけどなぁ…ココ」



首をかしげつつ、足を踏み入れるとぶわっと埃が舞った。

思わず後ずさって口と鼻を覆うタオルとか探したけどそんなの持ち歩いてるはずがない。

…ハンカチって言えば大体須川さんがサッと出してくれるからなぁ。

女として色々ダメな気がするけど突っ込まないでください、自覚はあります。



「あ。なんだ、ちょっと暑いけど学ラン巻けばいいんじゃね?あったまいいわ、私!…じゃなくて、俺!」



きゃっほー、と暑苦しい黒い学ランを脱いで袖を頭の後ろで結ぶ。

息はしにくいし、動きにくいけど、手とか目を遮らないから大丈夫だと思うんだよね。

がっちり結んだからずり落ちてもだらーんとしたスカーフ仕様だろうし。


 仁王立ちしてかっこつけてみたけど、誰も見てないからすぐにやめた。

冷静になって考えてみると少し頭の悪い子になってる気もするし。

いや、頭が悪いっていうか痛い子?

うっわ、不名誉すぎる称号だわ。勘弁。


 ひとりでブツブツ言ってる時間が勿体無いことに気づいて、足を踏み出そうとした時。

携帯がピピピッと小さな音を立てた。

メールかと思ったけど、どうやら電池切れのお知らせだったみたい。



「ま。メールきても封魔か靖十郎だし、後でも大丈夫かな」



ズボンのポケットに携帯を押し込んでいよいよ捜査…じゃなくて調査を開始した。



 時間で言うと、大体三十分は経った頃だろう。

埃まみれになりながら物をどかしたり、放り投げたり、押しやったりしてようやく手がかりになりそうなものを見つけた。

それは光の当たらない完全に死角になっている部屋の隅っこにあったんだけど、思わず顔をしかめる。



「当たりを見つけたのは嬉しいけど…素直に喜べないなァ、これ」



灰色の壁に薄汚れた茶色が所々ついている壁には赤い油性ペンで恨み辛みの言葉が書いてあった。

何をされていたのかは何となくしかわからないけれど、これを書いた子が私何かには想像もできないくらい辛い思いをしたことくらい容易に想像がついた。


 今学校で起こっている怪異の根本にあるのは間違いなく『私怨』だろう。

それもかなり根っこが深い、ある意味で正当な恨みだ。

今まで死んでいった生徒は数名を除けばきっと加害者だ。

詳しく調べてないからわからないけど帰ったら禪や靖十郎たちにも聞いてみよう。

彼らだけの言葉を信じる訳にはいかないけど、情報は多いほうがいい。



「…せめて、名前がわかればな」



壁の落書きを見ながらつぶやいた瞬間、ゴトっと何かが落ちる音が部屋に響く。

思わずビクッと体が跳ねて近くにあったダンボールにつまずいて盛大に尻餅を付いた。



「いたたた。だ、誰にもみられてないよね?!うぅ、恥ずかし――――…い?」



背中に違和感を感じ、仰ぎ見るように顔を上げてみた。

すると、錆び付いて開かなかった一番奥のロッカーが少し開いているらしい。

僅かに鉄の扉と隙間が見える。

 ちなみに、落書きのあった隅っこは井戸がある側だ。

その正面にずらーっとロッカーが並んでいる、まぁ…運動部で使っていたようなので一般的な作りだと思う。運動部に入ったことないからわからないけど。


(ぶつかった衝撃とはいえ開いちゃったわけだし一応調べますか。あってもエロ本くらいかなぁ、やっぱ。男子校だし)


強打したお尻を撫でつつ、立ち上がる。

振り向く前にプレハブの窓に嵌めこむようにして置かれている板に目がいった。

薄暗さもあって目にも精神的にも良くないと思い直して板を剥がそうと立ち上がった瞬間…―――――




 人のものとは思えないすごい力で後ろへ引っ張られた。




抵抗する間もなく、窓が遠のいて近くにあったはずの落書きが遠ざかっていく。

反射的に誰もいない空間へ手を伸ばす。

助けを求めようとして頭の芯がすぅっと冷えた。



(助けてくれる人なんていないんだ)



一瞬、誰かの声とかぶったように感じたけれど直ぐにそれどころではなくなる。


 初めに引っ張られたのは黒い服の学ランの結び目。

初めは何かに引っ掛けたんだと思った。

けれど、そうではないと気づいたのは確かに背後には何もなかったことを思い出したから。

そして背中に感じた違和感はある程度、厚みのある金属のようなものが触れた感覚に酷似していた。

違和感の正体がわかったのは、昔から周囲に目が向かなくて開きかけた更衣室のロッカーや棚に体をぶつけてきたからだ。

 で、背後にあるのが開かなかったとは言えロッカーだったことを考えるとロッカーが私の知らないうちに開いたってことで。


 やけに背後へ倒れる感覚を遅く感じながら思考が巡る。

冷静な訳じゃない。

必死に今起こっていることを理解しようと状況を整理している真っ最中だけど、直ぐに変化が起こり疑問と恐怖がぐちゃぐちゃに混ざり合っていく。



「――――ッ!!」



恐怖よりも先に驚いたけれど、視界にソレが入った瞬間引きつったような音が漏れた。



腹に回される小さな手。


腕に回される骨ばった手。


髪を掴む何か。


首に巻き付く赤紫の紐。



それらが同時に引かれて私は背後からロッカーの中へ引きずり込まれた。


たたらを踏む私を見て子供の楽しそうな笑い声が聞こえる。


 子供の声の後ろで轟轟と風音のような音がきこえるけれど、それが風の音でない事に気付いた時…私の目の前で少しずつ落書きの壁が遠ざかっていく。

薄灰色の錆び付いた金属の板が合わさる寸前…落書きの前に“誰か”が立っているのを見た。


 けれど、顔を見る前にどこからともなく現れた黒い手が私の視界を覆う。


底冷えするような底の見えない闇に意識が絡め取られていく。

 首に掛けられた紐が後ろへ引かれ、首が締まる。

前方の気道が物理的に狭まって息ができなくなった。

 紐を引かれている方向へ体を倒して紐を緩める。

無意識の行動だけれど、息はしやすくなった。

ただ、何かが締められる音が耳に入ってきたけれど。


 ロッカーの扉を閉められたらしいことが分かって、血の気が下がっていくのがわかる。

足元がグラグラ揺れて、後ずさるけれどロッカーの冷たい金属が制服の上から現実を主張するだけで逃げ道はない。

慌てて手を伸ばしてみると金属の扉のようなものに指先が触れた。



(触れた!別の空間って訳じゃなさそうだし、よかった。これならロッカーから出ればいいだけだ)



引き込まれた時、ロッカーの中は間違いなく“アチラ側”へ引きずり込まれることを覚悟した。

アチラ側っていうのは…あの世とこの世の境目と呼ばれる場所。

霊道と似たような性質を持っていて、一度落ちてしまえば…迷い込んで、閉じられてしまえば出られない。


 道ではない、霊の溜まり場を私たちは霊場と呼んでいる。

そこに落ちてしまえば、自力で打ち破るか“外”から助けてもらうしかない。

だけど、助けてくれるような人はいない。


ついさっきも、あの時だって―――――…誰も、手を差し伸べてくれたりしなかった。

だから“外”からの救助はない。

でも、対したことのない自分の力で霊場を打ち破るなんて真似が出来るとは到底思えない。



(でも、物理的なものなら…声を出せば誰かが気づいてくれるかもしれない)



ドアだって開けっ放しだから、声に気づいてくれさえすればここから出られる。

暗くて、狭くて、音が遠い。

それを自覚した瞬間に息苦しくなった。

目を隠していた手はない。


まだ足や腕、体中に絡みついていた黒い手はいつの間にか“紐”に変化していた。

紐が緩やかに締め上げられているのがわかる。

首の紐はごく僅かに、恐怖を煽るように絞められていく。



(こんな、暗い所で。狭い所で、死ぬ…?まだ何も出来てない。まだ何も解決してないのに?こんな事してる間に誰かが危ない目に遭ってたら…?)



その瞬間に何だか怒りがこみ上げてきた。

 死の恐怖よりも期待に応えられないのが悔しくて、靖十郎が危ない目にあった時の不甲斐なさを思い出して。

怒りは――――声になった。



「…か…っ!だれ、か」



冷や汗は止まらないし、呼吸もしにくい。

心臓が激しく脈打っている音が耳の奥から体中に響いてるのに、頭には血が巡っていないらしく視界がグラグラ揺れている。


 この空間は怖い。


暗いのはきらいじゃないけど、この暗さは、息苦しさは、狭さは、ダメだ。

だけど逃げ場はない。

恐怖と焦りと怒りがぐちゃぐちゃになっているけれど。

小さかった声が怒りをより強めたらしい。






「っんの、ここから出せぇぇぇええぇえ!!!」





腹の底から出した声は物凄い怒声。

罵声にも近い響きに何だか少しだけスッキリする。

この調子で開けてー!出してー!と声を出し続けながら、チュンやシロ、そしてアオくんを呼び出せないかやってみたけれど無理だった。


 何かに阻害されてるような違和感。

チッと思わず舌打ちして思い切り声を張り上げる。

カラオケや修行で声を日頃から声は出しているから声を出すだけなら長時間でも問題ない。


 声を出し始めて、首以外の体に巻き付いた紐が徐々に体に食い込んでいる。

きっと痣になってるに違いない。


(いずれ見る羽目になるんだろうけど、銭湯には死んでも行けないな)


だって、体中縛られたような痕がくっきり残ってるのを見たおばちゃん達の反応が怖すぎる。

あらぬ性癖持ちだと言われるのは色んな意味でキツい。

須川さんが嬉々として私を弄る材料にするだろう。

 嫌だよ、私。

上司や地域の人にドM疑惑を持たれるなんて!



「だーしーてぇぇぇぇえ!!ああ、もう誰か通んないの?!」



声を出して暫く、誰かが近づいてくる気配。

その人物はドアを開けて、プレハブに足を踏み入れた。



「っ!よかった!ごめん、一番端っこのロッカー開けて!でられなくなっちゃったんだっ」



情けないけれどこれしか言いようがない。

多分、私の声を聞いた人は「こいつ馬鹿だな~」とか思ってるに違いない。

いいんだ。

ぶっちゃけ、事実でしかないから否定できないし。



「ああ、もうホント助かった…このまま閉じ込められるのはキツくて」



助かった!と思って声をかけ続ける。

足音が近くなる。


 クスクスと笑い声がして、ほっと息を吐いた。

笑い声は『子供』のものではなかったし、霊的な気配はまるでない。

生身の生きている人間が同じ空間にいることが何よりの救いだった。



「こんなところでさ、何してたの?」


「何って…ゆ、禪からこの部屋使えるかどうか代わりに調べてきて欲しいって言われて手伝ってたんだけど」



我ながら上手い言い訳だと思った。

禪には後で勝手に名前を出したことを謝っておかないと。


 第三者からして割と説得力のある説明ができて胸を撫で下ろす私に、顔の見えない“彼”は想像の斜め上を行く言葉を返してきた。



「ってことは、生徒会長も『正し屋』の協力者ってことか」


「………は?」


「やっぱり鈍いね。大した実力もないくせによくもまぁ、あの『正し屋』に取り入れたもんだよな。なーんだ、須川って男も見る目ねぇんじゃん。あーあ…つまんねーの!」



チェッと期待はずれだというような舌打ちと拗ねた様な声。


 そして、隣のロッカーを蹴るような音に思わず体がびくっと揺れた。

動いたせいで私の動きがわかったらしい。

顔の見えない少年は嘲笑の声と共に楽しげに私から遠ざかっていく。



「ははっ!ビビッてやんの!あ…そうだ。江戸川、お前そっから出たいんだよな?鍵は開けといてやるからさ、頑張って声だせよ。もしかしたらお仲間が助けに来てくれるかもしんねーし?」


「君が誰なのかは知らないけど折角来たんだから開けてくくらいしても…」


「ハァ?なんでオレがそんなことしなくちゃなんねーんだよ。見た目も大概能天気そうな面してたけど、頭ん中までお花畑かよ」



付き合ってらんねぇわ、と吐き捨てるような言葉と共に少年の足音が遠ざかっていく。


 ドアに鍵をかけるような音は聞こえてこなかったから鍵は空いている筈だ。

正直、それだけでもありがたいので再び声を上げることにした。

声を出しながら少年の言葉から読み取れることを上げていく。



(まず『正し屋』の存在を知ってる。私の名前も、須川さんの名前も知ってたのを見ると顔は割れてるみたいだよね…お客さんだった、とか?いや、でも男子高校生なんて店には来てないし)



彼の言うお花畑な脳みそを使って、あーでもないこーでもないと考える。

HPほーむぺーじなんて作ってないから祭りか何かで一方的に見られてたって可能性が一番高い気がする。


 彼自身について、思い当たる人物は誰もいなかった。

声も聞いたことがない声だったし、顔は当然ながら見えないから特定もできない。

わかったのはそれだけだ。



(でもって、彼が二度と私を助けにこないってことも確かだ、と)



助けを求めるのを諦めてため息をついた私の耳に飛び込んできたのは下校を促すオルゴール版の校歌。


(あと一時間で晩御飯の時間か)


今日は、すごく嫌だけれどここから出られないかもしれない。

声を上げても食事を前にした食べ盛りの青少年達は全員寮に戻ってる筈だ。


 そして最悪なことに明日は休みだ。

朝練をしている人たちがグラウンドを使うかもしれないという希望を支えに寝転がることもできない芋虫的状態のままで夜を明かさなければいけない緊急事態。

自覚した瞬間に思わず、乾いた笑いがこぼれた。




 ああ、うん…もう笑うしかない。

こんな曰く付きっぽい場所で一人、この暗く狭い空間に閉じ込められたまま――――ずぅと気づかれなかったら?

考えないようにしていた最も可能性の高い最悪の事態が浮かんだ。

ぐっと紐が再び締まり始めたのを感じて、私は大人しく目を閉じた。





闇夜が、鬱々とした負の感情が、ひたひたと躙り寄ってくる足音が、すぐそこで聞こえる






ここまで読んでくださってありがとうございました!


サクサクっと終わらせたいのに犯人らしき人物が出てこない罠。

あれですね、「ばっちゃんの名にかけて!」って感じで解決したいです。

 誤字脱字があれば、ズバッと作者に真実を突きつけてください。

よろしくお願いします。

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