外出と私
いろいろと説明くさい回です。
…違うか。説明臭いのはいつもでしたごめんなさい。
次は白いモフモフを借り入れるちょっとした癒やしの回!になればいい。
多分怖い表現はありません。苦手な方は泥船に乗った気持ちで読んでくださいね!
ああ、うん、朝か。
体を半分だけ起こしてぼんやりとカーテンの隙間から差し込む光を眺めた。
ぼーっとしている頭は相変わらず動きが鈍いらしく、真っ先に浮かんだ言葉の意味さえ理解できない。
ただ見ているだけの景色に見慣れた色と見慣れない色を見てカクン、と頭が傾く。
あー、と声にならない声を発しながら飛び込んでくる情報を必死に処理してみる。
「ゆずり」
クローゼットの前にどこかで見たことのある人がいるなぁ、と思った相手の名前を口にする。
少し白いが引き締まった上半身と腰に巻きつけられた白いバスタオル。
足の筋肉も程よくついてました。
「なんで裸なのさ」
「シャワーを浴びようと思って脱いだ。そろそろ起きて支度をしたらどうだ」
なんの支度?と聞きかけたところで少しずつ頭が起きてきた。
昨日の疲労感を引きずりながらベッドの上で転がって、落ちそうになること2回ほど。
なんとなく顔を禪の方へ視線を向けると、彼は面白いくらい無表情で私の方を見ていた。
「支度…?それ、制服じゃないよね」
色々言いたいことはあったけど、最低限聞かなきゃいけないことだけを口に出す。
彼の手にあるのは、悲しくも見慣れた学ランではなく、袴に見える。
ついでに目に入るうっすら割れている腹筋や体脂肪とは無縁の逞しい肉体美。
少年と青年の間にいるからこそ出せる色気に思わず半目になっていく。
ふん!割れた腹筋とかぷにょぷにょしてきたお腹の私に喧嘩売ってんのか!
あとその無駄な色気!見せびらかすくらいなら分け与えてくださいコンニャロー。
「昨日プールでの一件があったからな。今日は臨時で休校になった」
「へぇ…………え」
「各学年のホームルームで教員から話があった筈だ。放課後には校内放送も流れていた」
「いや、ホームルームでてないから。プールの一件の後に、ちょっとだけ寄り道したけど、すぐに寮に戻ってたし…食堂とかでもそーゆー話は一切聞いてない」
ちょっとだけ、疎外感を感じてそっけない言い方になっちゃったけど禪は全く気にしてないらしい。
知らされてないところで、知らないところで勝手に話が進むのはあんまり好きじゃないんだよね。
最終的な結果が同じになるんだとしても、せめて自分で考えて動きたいじゃない?
だから、少々機嫌が悪くなったことには目を瞑って欲しい限りだ。
…大人気ないのは重々に承知しておりますとも。
シロたちを起こさないように枕を抱え込んで、じとりと禪を睨めつける。
八つ当たりですけど何か?
「迎えに行くぞ。動きやすい格好にしろ」
「わかった。禪、とりあえず君は親切な説明グセをつけようか。その簡潔すぎる説明と日常会話具合だと話もロクに続かないからね。会話の裁断機目指してるって言うんなら諦めるけど」
「須川先生が念の為、霊刀を持参してくれと言っていた」
「うん、俺の話を一切聞いてないのもわかった」
ため息混じりにベッドから降りると目を覚ましたらしいシロとチュンがこちらを向いた。
“どこいくの?”とウルウルした二つの目に多大なダメージを受けつつ、彼らを2~3撫でてから準備に移る。
とりあえず、動きやすそうな格好…無難にTシャツとGパンにした。
Gパンって私にとっては動きやすいんだよ?探索の時だと生地が厚いから怪我する可能性もちょこっとだけ少なくなるし。
洗面所で身なりを整えて、居室に戻るとシロが足元へ走ってきてピッタリ寄り添うように座る。
チュンも定位置である頭の上に止まり、嘴で私の髪をもしょもしょ毛づくろい。
まったりと朝から相棒たちの可愛さに悶えていると、何の感情も伝わってこない表情のまま禪が手を差し出した。
「これを持っていろ」
「コレって、めっちゃ高い数珠じゃない?いいの?」
「繋ぎに使えと父から預かった」
繋ぎ、っていうのは禪の式である水虎( アオくん )と契約を結ぶ為のもの。
式の貸し借りには必ず、手伝いの条件を提示してそれを両者―――私たちの場合は、式であるアオくんと主人である禪、貸してもらう立場の私が条件を了承して成立する。
んでもって、契約成立の証兼式を呼び出すのに必要なものとして『繋ぎ』と呼ばれる何かが必要になるのだ。
身につけてないと効果がないから、アクセサリーが多い。
最近はストラップなんかも流行ってるらしい。
この業界にも携帯は普及しております。
「そーいえば条件は何?あんまり大層なことはできないのはわかってくれてると思うんだけどさ、あんまり無茶なものだと契約できないよ」
「アオイからの条件は二つ。最低一日に一度は撫でること」
「え。撫でればいいの?」
「もう一つは、2日に一度ブラッシングをしてくれと言っていた。戻り次第、道具を渡す」
そういうや否や彼は立ちあがって、部屋のクローゼットへ足を向けた。
音をほとんど立てずに移動する禪に聞いたんだけど、剣道や柔道といった武術を嗜んでるんだって。
……嗜んでるじゃ済まないくらいに極めてそうだけども。
漆塗りのクローゼットの扉を開けて何かを取り出している協力者を横目に、受け取った数珠を手首につけた。
慣れない霊力に一瞬だけ立ちくらみが私を襲う。
直ぐにそれは体に馴染んだけど、違和感は少しだけ残っている。
ここだけの話、借りた式との相性は『繋ぎ』を身につけた瞬間にわかっちゃうものだ。
直ぐに馴染むのは結構相性がいい証拠だし、ずっと倦怠感とか頭痛とか体に変調がある場合は『式』自体が警戒していたり嫌いだーって遠まわしに(遠まわしっていうか直球?)伝えてくるから。
仲良くなれば不調はなくなるらしいんだけど…普通は不調が早くて3日か一週間は続くんですよ、と須川さんに初めの頃言われたっけ。
(私は式が馴染む速度が異常に早いみたいだけど不都合はないし不満もないからいいかな。これといって困ることもない、と思――――ん?ちょっとまて)
「禪、ひとつ聞いてもいいかな」
「なんだ」
「今から登山とか言わないよね」
唐突に聞こえるかもしれない私の問いかけには理由がある。
アオくんが許可を貰う為に戻ったってことは、直属の上司、というかまぁ仕えている神様に会いに行ったって事だ。
式の貸し借りの場に神が立ち会うことも珍しくはないし、禪はお寺の息子さんみたいだから神の前で契約するのだろう。
神がいるのは人のいる場所から離れた場所が多くて、大概が山奥の神社だったり海の祠だったりする。
「登山ではない」
「……行き先がどこか聞いてもいいよね。ダメって言っても聞くけど」
「真行寺院家が代々護っている『浄行山』という神山だ」
まて、今サラっとすごいこと言わなかったか?!
ちょっと待て!もっと詳しく教えろ!と口に出す前に禪はさっさとシャワー室に入ってしまう。
「……行き先もわかっただけでも良しとするか」
ため息混じりに溢れた言葉が何だか可笑しくて、私は笑いを噛み殺しながら着替えを済ませる。
着替えとかは手早くやらないとサラシ見られると面倒なことになるからね。
誰かが急に入ってくるって可能性もある。
「浄行山っていえば、滝行で有名な場所だったっけ。禪もアオくんも水の気が強いし、トップは龍神様かな」
神山の名前と性質は、正し屋に入って直ぐに『神山・霊山一覧表』を渡されてたから覚えてる。
勿論、色んな意味で想い出深い『雲仙岳』も神山の一つとして載っていた。
そこの神様は山神様とされていたけど、『浄行山』の神様は水神様と書かれているだけだ。
水を司る神様に会うのは今回で二回目だ。
持っていくものは必要最低限の山登りに必要なものと、お供えものだ。
神様に会いにいくのに手ぶらっていうのはよろしくないしね。
挨拶とか礼儀は相手が人間でも神様でも大事なんだ。
お供えに持っていくのは手製の御神水と塩、霊力を練りこんで作った苺ジャムのクッキーだ。
ウエストポーチに必要なものを入れて、腰へ装着したのを見計らったように禪が袴姿で戻ってきた。
面白い位に袴姿が似合うわー…実にずるい。これだから美形ってやつは。
はぁ、とため息をついてから禪に気になっていたことを聞いてみる。
「その格好は神様に会うからだとしても山の中歩くの大変じゃない?」
「慣れている。一度、家に入って当主に挨拶をしてくれ。僕は必要な物をとってくる」
「挨拶するのは構わないけどさ、ふつー、禪もその場にいるもんだよ」
「一対一で話がしたいそうだ」
どこにしまってあったのか、夏用の羽織を着ていた。
家紋がついてるのを見るとバリッバリの正装だ。
思わず自分の服装を確認して本当にこれでいいのか本気で迷ったけど、禪には何も言われなかったからいい筈。
そもそも正装なんて立派なもの持ってないし。
大体動きやすい格好だもん。ほら、霊刀振り回すのに動きにくいと困るから。
そのあと私は禪の後ろにくっ付いて、外出届けを連名で書いてもらい外出の許可を得た。
外出許可だすのは須川さんだから何の問題もなかったりする。
…物凄いキラキラしい笑顔で「くれぐれも失礼のないように」としっかり釘を刺されたけど。
寮から校門の横にある寮と公道を繋ぐ道までは5分位でつく。
道の左右には綺麗に桜が植えられていて、春には見事な桜の道が出来上がるらしい。
見てみたいけど、来年の春までこの学校にいるわけにはいかないから無理だけど。
何の迷いもなく歩いていく禪の背中を追いかけながら―――なんとなく思い出したのは保健室で見た白い大蛇の姿だった。
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読んでくださってありがとうございました。
なんだか毎回更新が遅くなっているような気がしますが気のせいじゃないですごめんなさいほんともうしわけなくて顔面から滑り落ちそうです。