証拠と私
プール編を大きな区切りとして、『学園編』後半章へ突入します。
…た、タイトルに困り始めたってわけじゃないんだからね!!
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靖十郎や七つ不思議の御陰で私の脳みそは爆発しかけている。
はぁ、とケータイで撮影した画像を見て想わず深い溜息を履いた。
小さな液晶画面に映るのは『プールに残った足跡』をとった数枚の写真…のハズなんだ。
「いっくら“特別仕様”だっていってもコレはない。気持ち悪いよ、須川さん」
移した足跡らしきものは、写真の中で蠢く赤く黒い魔力が侵食していた。
具体的にいうと『ウゴウゴする気持ち悪い色の靄が足跡型になって、それが徐々に大きくなってる』ってところだ。
ただの水で出来た足跡が生々しい赤黒色の霊力が新しく“創り上げていく”足跡に口元がひきつる。
ぶっちゃけ、気持ち悪い以外の何者でもない。
ちなみに機能をオフにして撮ったものはちゃんと足跡のカタチが見た通り残ってるからいいんだけどさ。
「しかも残念なことにコレ、機能オンにするとほぼ100%心霊写真になる。…悪戯心と好奇心で街中取った時は死ぬかと思った」
実は、霊視ができる状態で見える霊と写真に写る霊は、恐ろしい程違ってたりする。
基本的に日本の霊は写真写りが凶悪になる仕様らしい。
浮遊霊の山田さん(仮)曰く、写真に生前のような気持ちで映ると大体ああいう雑な感じになるんだとか。
よっぽど気合入れないとくっきり映れないんだよね~って言いながら若い女性の浮遊霊と一緒にどこかへ楽しそうに飛び去った。
「ま、でも証拠は大事だよね。カラーコピーは禪に聞いてここですればいいし」
シャワーを浴びてさっぱりしたのはいいけど、考えれば考えるほど嫌な感じだ。
今日の夜にでも…ううん。
夕方ちょっと用事があることにして屋上と首吊り桜のある場所の写真を撮ったほうがいいかもしれない。
この霊力の残り方を見る限り、足跡なら一週間は消えないだろう。
屋上に関してはこの赤黒い残滓みたいなのを見てる。
何かの証拠がつかめればいいんだけど…と考えながら開いていた携帯を閉じる。
パチン、という音と共に鼻をくすぐった馴染みのある香りに自分の携帯についているもののことを思い出した。
「そーいえば、高いストラップつけてたんだっけ。値段は可愛くないけど、いい匂いだしデザインもオシャレで可愛いし…香りはまだ強いけど、こまめに気にかけて補充しておかないと」
今回の一件で、日常で何が起こっても不思議じゃないことを思い知った。
明日からはサイズの小さな術符(トランプサイズで効果は少し劣るけど、低級~中級の悪霊には効果がある)と短刀を持っていけばいい。
威力は脇差の方があるけど短刀を持ってくことにする。
短刀の方が短いしばれると困るから今は使い勝手がいいんだけど…“普通”の能力者なら正規の長さになるんだ。
でも、なんっていうか私、コントロールがヘタで正規の長さで扱えない。
や、やれば出来る子だって言われるんだけどね?でも中々、こう…うまいこといかないんだ。
「帰ったら修行だよねぇ…うぅ、やだなぁ。どうせなら苦行を共にしてくれる仲間が欲しい」
合同修行とかないんだろうか。
ほら、強化合宿みたいな感じでさ!ちょっとした絆みたいなのも生まれると思うんだよね!
ってそれどころじゃなくって。
とりあえず、夜の探索の準備は済ませておこう。
「基本的なものはそのまま持ってくとして…もう少し威力の高い符をもってった方がいいか」
私は符を書くのが得意じゃない。
でも簡単に威力を上げる術があったりする。
…あんまり乱用するなって言われてるんだけど、初任務だし念には念を入れておいた方がいいよね。
使うのは普段通りの材料と、私の血。
ぷすっと刀の先端で指を刺して血を数滴墨の中に垂らす。
自分の血を使うと自分の霊力をコントロールしやすくなる上に力を引き出しやすくなる。
一応、霊力は人より少し多いらしいから結果的に威力が上がる、らしい。
らしいっていうのは…須川さんのに比べると威力を上げてもみんな同じにしか見えないからだ。
ぶっちゃけ須川さんの符は異常だもん。なんだあれ。
使い方間違えると酷い自然災害並だ。
修行の時に見た、上司様の圧倒的な実力を思い出して思わず腕をさすった。
う~。思い出すだけでブルブルっとくる。
◇◆◇
授業を終えて戻ってきた寮生たちに絶賛されたり見直されたりしつつ、無事、就寝時間を過ぎた。
目の前にはソファに優雅な感じで座る我が上司様。
右には無表情が標準装備の文武両道(だっけ?)を地で行く生徒会長様。
二人とも眼鏡な美人さんです!
…ねぇ、これなんて拷問?いじめか。いじめなのか!?
美形のキラキラオーラがチクチクと私の精神を弄んでいくけど、くじけるわけにも行かなくて無理やり真顔を装った。
「話だけじゃダメかと思って写真も撮りました。んと、こっちが機能オフ、コレは機能をオンにした状態のです。見た感じなんですけど、この気配はプールの底から生えてた手に似てます。なんっていうか、ドスの効いた赤黒い感じでちょっと鉄臭い?みたいな」
「なるほど。実際に被害者も出ている為にそのように感じたんでしょう。他に気づいたことは?」
「うーん…授業中に変わったことはなかったです。といってもプールの中までは見えなかったし、完璧に見張れてたとはいえないんで…禪はなにか気づいた?」
「いや、例のプールの近辺にいた時も妙な気配は感じなかった。優が飛び込んで初めて気配に気づいて、ほかの場所にも同じような気配がないか探ってみたがあの場所だけだ。最も、アレを退けた瞬間に気配は消えたが」
「そっか。チュンの方も普段と変わらなかったし…須川さん、やっぱり一番手っ取り早いのは『七つ不思議』とそれに関連している場所の調査をすることだと思うんです。今後もほかの場所で似たようなことが起こらない保証はないですよね?それに『七つ不思議』を聞いただけで霊障が起こる、そんなの普通じゃ考えられないですよね?」
目の前に座る、上司様こと須川さんは真剣な顔で何かを考えているようだった。
数秒間には考えがまとまったのか、伏せていた瞼を持ち上げる。
うん、相変わらず睫毛ばっさばっさだ。
「この依頼が極めて危険であること、失敗をしたときのことは考えていますか」
「危険なのはわかってます。実際に犠牲者もでてるし、失敗は依頼者たちにも被害が及ぶかもしれない」
「それだけですか?」
「え?えーと…学校関係者にも影響が及ぶってことですか?それとも協力してくれてる禪のことですか?そのことなら分かってます。だから早く依頼を解決しようと――――」
「説明した危険性を理解しているのは大切なことですが、私が心配しているのは優君のことです。先ほどの証拠を見て気づいたことは?」
「写真…うーん、あ!もしかして今回のは動き回るってことですよね!だから凄く気をつけろってことか!」
「間違ってはいないですが、少し足りません。貴方は気づいていますね?」
ちらりと眼鏡の向こう側から視線を向けられた禪は、少しだけ体を揺らしたものの表情は変わらない。
わかるわかる。須川さんの流し目って怖いよね。色んな意味で。
普通の人なら色気とか美形オーラ的なのを感じてうっとりしたり固まったりする程度で済む。
でも、須川さんの視線には私たちみたいな人にしかわからない霊力が込められてるんだ。
それも…ふんだんに。
(須川さんの霊力に肩揺らしただけで無表情を貫けるなんて尊敬に値するよ。私なんか怖くて思わず顔そらしちゃうもん。あの、こう、射るような神様級の霊力はナイ。あるんだけどナイ)
「…今回のプールで起こった事件に生徒もしくは教師といった学校関係者が関わっている可能性」
「そうです。考えなくともわかると思いますが、あの足跡は間違いなく人間のものです。まとわりついていた気配は確かに“怪異”の類の影響でしょう。でもそのベースにあるのは我々のような人間の霊力です」
「生きているモノと生きていないモノの持つ力には絶対的な違いがある」
二つの視線を受けて慌てて写真に視線を戻す。
じーっと『使ってない』霊力を使って解析してみると、確かに私の大嫌いな気配に隠れるようにして僅かに“人”にしかない独特の気配を感じた。
なんっていうか…料理にれた隠し味的な感じの極々僅かな量だから気付かなかった。
依頼ではこういう小さなこと(重要度で言えばかなり重要だけど)が大事になってくるんだと思う。
足りないことばかりで情けなくなる。
次こそは、って何度思って同じ失敗を繰り返したことか。
「ほんとだ…ってことは、もう少しプールに寄るのが早かったら会えたかもしれないのに」
「ですが、そのような事態になっていれば今私たちはこのように時間をかけて話し合いをしている時間もなかったでしょう。状況を見る限り危険だからといって調査を遅らせる余裕もないですし、許可しましょう」
「じゃあ、今夜から早速…っ!」
「ただし、禪君にはこちらで待機していていただきます」
一瞬、須川さんが何を言ったのかわからなかった。
それは隣に座っていた禪も同じだったらしく、少しだけ目を大きくしたまま固まっている。
聞き間違いかと思い聞き返すともう一度同じ言葉を繰り返された。
「それは俺がここの生徒だからですか」
「ええ、そうです。私たちと貴方では立ち位置が違いますし――――言ってしまえばこちらは仕事です。命を危険に晒すことも承知しているしそれ相当の対価も貰います。ですが、貴方は本来守られるべき立場で万が一があっても私たちは責任をもてません」
「ですが父から協力するように、と言われています」
「確かに修行の一環として協力させてくれとお父様から依頼されていますが、私からしてみれば貴方は保護対象でもある。何より『回避不可能もしくは予想の範囲外の事態にならない限り極力、生命に関わるようなことは避ける』という契約を結んでいます。その意味はわかりますね?」
「……正し屋は、契約に基づいて仕事を遂行する。契約に違反した場合、依頼の取り下げや違約金の支払い義務が生じる。現在まで依頼者の過失により契約破棄に至ったことは多々あるが『正し屋』側の過失は皆無」
つらつらと教科書でも読むかのように禪は『事実』を口にした。
初めて聞いた時は驚いたけど、須川さんを見ていればそれが事実であることくらい簡単にわかる。
契約内容は依頼者と正し屋の双方の合意があって初めて有効とされるんだけど、その中にはありとあらゆる危険やらリスクやら…私には想像すらできない盛りだくさんの規約が書かれていた。
え?理解?してないしてない。
なんとなーく全体に目を通してやっちゃいけないこと、優先しなきゃいけないことを自分なりの解釈を加えて納得してるだけ。
そこがいけないっていわれたら、うん、そーなんだけども。
「そうそう、伝え忘れていましたが貴方の修行は続行させていただきます。内容は私とお父様で決めてありますから効果は必ず出ます。まずは…そうですね、式の強化ということで優君にあなたの式を貸出していただきます」
「え?あの素晴らしいモフモフをですか?!個人的には嬉しいですけど、それだと禪が危ないんじゃ」
「問題ありません。私の式が使役しているものを貸出しますから」
「待ってください。自身の式を他者に貸してどのような効果が?」
ポンポン進む会話に口をはさんだ彼はどこか慌てていた。
そーいえば、この修行ってかなりの力技だとかなんとかって言ってたっけ?普通すぎて忘れてたけど。
「あー、禪はやったことない?結構疲れるけど中々いいもんだよ。貸した式は強くなるし、自分の霊力も多少なりとも上がるし…代わりにものすごく疲れるけど」
「式を他者に貸し出す為には普段よりも多くの霊力が必要になります。距離は勿論、実体化及び動かすための力は全て本来の契約者が支払うことになりますし、本来の契約者の霊力が底をついても一定基準内なら無理やりにでも霊力を作り出して式へ送り込むようにしますから」
簡単にいえば、DVDレンタルシステムみたいな感じらしい。
本来「主人⇔式」っていうカタチから「主人→他者⇔式←主人」ってな具合になる。
わかりにくいかもしれないけど、主人に当たる人は「他者」と「式」の双方にほぼ同量の霊力を奪われる形になる。
それを繰り返すことで霊力の量を根本から増やす。
んでもって、他者とされる貸し出される側にとってもちょっとした修行になる。
本来なら間違っても成立することのない契約外の存在だから、式に支払う対価は自分の式に支払う対価の数倍。
貸し出される式の強さに応じて霊力の量は違うけど、最低でも2倍は霊力を喰う。
「詳しい仕組みは後で説明しますが、貴方の式が動物や神に近ければ近いほど優君に貸し出すだけで力が付きます。面白いでしょう?」
そういってにっこり微笑む上司様の背後に私は物凄く質の悪い何かを見た気がする。
本能が全力で逃げろとかそういったたぐいの信号を発するのを感じ、素早く視線を外したけどそれが正しいのかどうかは未だにわからないし分かりたくもない。
願わくば、須川さんが私を実験台として以来終了後に過酷な修行命令をくださないことを祈ろう。全力で。
「さて、それでは手早く支度を済ませて滞っていた仕事を片付けましょうか」
私の心情も禪の動揺も綺麗さっぱりスルーした上司様はパンパンっと手を打ち鳴らす。
次いで、それを合図に現れたモノたちをみて私と禪は思わず顔を見合わせた。
無表情が標準装備の彼ですら目が泳いでいるくらいだから、多分、この光景はいろんな意味でとんでもないんだろう。
我が上司、本当に得体がしれなくて怖………た、頼りになりマス。本当ダヨ?
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備考です。間違っているかもしれませんが、こういうイメージです。
【除霊用の刀類】
割と珍しい部類に入るが儀式(主に神降ろし等)に使用される。
オーダーメイドになることや作り手が少ないため非常に高価。
ジャンルで分けると【霊刀】と【除霊用】で大きな違いがある。
【脇差】
30~60センチの間の日本刀。
優が持っているものは30~45センチになる中型と呼ばれるタイプ。
ただ、優の霊力により今は最大40センチ程度にしかならない。
【短刀】
長さ15~30センチ未満の日本刀。
優が持っているのは15~27センチ。
実力により15~23センチ程度にしかならない。