表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正し屋本舗へおいでなさい  作者: ちゅるぎ
潜入?!男子高校
68/83

 別視点 「水底に咲いた花」 後編

よーし、やっとプール編に区切りがつくぞ!


…な、なげぇー…orz

.








 あの時のオレは、何もかも見えてなかった――――…いや、見ようともしてなかった。
















 ばーちゃんから貰った御守りは、“普通”の生活を送るのに必要不可欠だ。



見てなくてもいいものを綺麗に見えなくしてくれる大切で魔法みたいな大事なモノ。

日常が“普通”の人間が見ている日常じゃなかったオレにとっては普通の日常を手にできる唯一。

御守りを貰ってから暫く“視て”なかった光景を今、確かに目にしていた。




(なんだよ、アレ)




気持ち悪いなんてもんじゃない。

寮長室でも嫌な気配がしたけど(その時は御守りを持ってたから何も視えなかった)、でもそれとは比べ物にはならなかった。



 空から注ぐ光とは真逆の色と性質を持っていそうなソレは、簡単に言ってしまえば『手』だ。



そして普通の手と違うのは一目瞭然。

 まず、深いプールの底から生えている。

生え際はわからないけれど、何かがあるもしくはどこかに繋がってるんじゃないだろうか。

 次に『手』は黒く、妙に生々しい立体感があった。

漫画とかで偶に見かけるけどアレは紙の上に書かれているし、それが帯のように平面な手なのか立体的なのかもわからない。

それが本の目と鼻の先、とまでは言わないまでも視界に収まる場所で蠢いているのだから鳥肌の一つや二つは自然な反応だと思う。




(ヤバいモンだよな、どーみたって)





 気付かれないように、とゆっくり水面へ上昇を図る。

気持ちは急くけど此処でヘタに見つかるリスクを考えるとやっぱり慎重にならざるおえない。

水面へ上がったら上手くこっちのプールにいるやつを誘導してプールを移動させる。

封魔に協力してもらえば多分、簡単にできるはずだ。

オレらのクラスはノリがいいし合同授業をやってるクラスの半数は友達だから。

最悪は先生を味方につけて水泳リレーみたいなのをしてもいい。

 1m…2mと徐々に距離を開けていることに少しだけ余裕が生まれる。

このままいけば数秒後には水面へ出られるはずだ。



心の中で小さく安堵の息を吐き、少しだけ浮上スピードを上げたのが間違いだった。




 一気に水温が下がったような感覚に襲われる。

不味い!と思った時にはもう既に遅かったんだ。



「――――――…っ!?」



 ざわりと不快感で全身の肌が粟立つ。

次に足首に“何か”が絡みつく…おぞましい感覚についさっきまで耳元で聞こえていた心臓の音が聞こえなくなる。

自分の身体に触れているモノは日常からかけ離れた、多分、『 死 』に近い性質のモノだってことは経験から―――いや、経験に基づかなくても簡単に分かるだろう。

性質の悪いヤツらの纏ってるものと全く同じ、というより果てしなく近しいように思えたんだ。


 恐る恐る、視線を向ける。

するとそこには黒く小さな手のような物が俺の左足をしっかりと掴んでいた。

勿論このままではまずいと本能と理性が警告を鳴らし続けているのに体は動かない。

くそっ!と思わず舌打ちしそうになったが水の中なので思いっきりしかめっ面しただけだった。



(早く振りほどいて浮上しねぇと…ッ!)




ここが地上ならまだ良かった。

でも、現在進行形でオレはプールの中にいる。

流石のオレでも水の中にいられる時間は限られてるし、そうそう長い時間は潜ってられない。



(あと少しで水面にでるってのに一体なんだってんだよ!)



水を掻いていた手を足首に絡まった黒い手を剥がすために伸ばす。

“触れた”ソレは冷たく、同時に生徒会長や封魔と一緒にいる優を見たときのような不快感が再び体の中で蠢き始める。

増えていく不快感と共に焦燥感や死への恐怖が煽られて半ばパニックになりかけていた。



しかも、掴まれた手は一向に外れる気配がなく、それどころか力が徐々に強くなっていく。



足が掴まれてるだけならまだいい。

でも、当然のように黒い手はオレをずるずると水底へ引きずりこんでいく。

近かった水面が遠くなる。

光が徐々に薄まって、手を伸ばしても届かない距離へ遠ざかるのを感じながら躍起になって手を剥がそうと必死に藻掻く。


 その度に、ゴポッっと口から酸素の塊が幾つか水の中に放たれる。

オレを置いて浮上していく歪な円形のそれを眺めながら絶望感がせり上がってきた。

見上げた水面は遠い。

周りに視線を向けてみても人の足どころか気配すら感じられなくて諦めがチラチラと脳裏をかすめる。

オレの周りに広がる景色は深い青色。

その中を光が帯状になって差し込んでいる様はこんな状態でなければさぞ綺麗だった事だろう。


大体、4メートル地点位まで来た時、僅かに残った酸素が口から溢れ、地上へ向かっていた。

息苦しさと死への恐怖に支配されたオレはむちゃくちゃに手足をばたつかせる。

でも、わずかに残った希望すら直ぐに塗りつぶされた。

足首にのみ絡みついていた手は左足首だけなく両足首、そして両手首といわず腹にまで巻きついて、確実に水底へ俺の体を沈めていく。



 水圧が高くなると共に意識が朦朧としてきた。

苦しさは不思議とない。

酸素不足でどうにかなったのかもしれないと思考の端によぎったものの、それすら直ぐに滲んでいく。

体の力が抜けていくのを感じて、どこかで冷静な自分が告げた。




(…もう、駄目だ。死ぬんだろうな、オレ)




 これ以上、オレにはどうしようもない。

こんな事なら祖母ちゃんから貰った御守りつけてくるんだったなと苦笑した。



―――――――…水の底は冷たくて、暗くて、孤独だ。



いつの間にか差し込んでいたはずの光も感じなくなっていて、オレは静かに瞼を閉じる。

瞼の裏の闇を見つめていてふっとよぎったのは家族の顔でも大切な友人達の顔でもなく、何故か今日初めて目にした優の愛おしむ様な笑顔。

よく分からない感情だったけれど決して不快じゃなくて、酷く暖かで穏やかな気持ちになれた。

オレが死んだら、優も泣いてくれんのかな…なんて思いながらオレは意識を手放す。







    意識を手放す直前…誰かに名前を呼ばれたような、そんな気がした…――――――







◇◆◇






 闇の中でオレは死んだ祖母ちゃんに会った。


不思議な事に祖母ちゃんは寮にいて、オレのベッドの前にちょこんと正座して座っている。

相変わらず優しそうな顔で微笑んで温かい声で名前を呼ぶ。

 祖母ちゃんは随分前に亡くなっているので“オレ、やっぱ死んだんだな”とまるで他人事のような感想を抱いた。

どうせ死んだなら祖母ちゃんと一緒に行けばいいと思って近づく為に足を動かした。


が、何故か身体が微動打にしない。


まるで金縛りにでもあっているような状況に首を傾げつつ祖母ちゃんに呼びかける。

最初に出た言葉は“御守り、持つの忘れてごめん”だった。

間抜けだとは思うけれど、生前ずっとオレの為を想ってくれていた祖母ちゃんの好意を無駄にしたようで凄く後味が悪かったんだ。

ごめんな、と何度も何度も謝って会いたかったとか悩んでいた事を口にするオレに何も言わず祖母ちゃんはニコニコと優しく笑っていたが粗方言いたい事がなくなって口を閉ざしたオレをみて初めて口を開いた。



“靖ちゃん、いいかい。よーくお聴き…お祖母ちゃんね、もう一個お前に残したものがあるんだよ”



残したものがある、といわれて首を捻る。

死んだオレに何を言うのだろうと。

だってそうだろ?オレは、学校のプールで死んだのに。

今更残したものの話をされてもこの手にとる事はできないし、使う事もない。



“靖ちゃん、今夜、お母さんに電話をして祖母ちゃんのお骨入れを開けるようにいうんだよ。出てきたものは全部靖ちゃんに必要な物だからね”



分かったかい?と優しく懐かしい声にオレは反射的に頷いた。

すると祖母ちゃんは嬉しそうに笑って“もう少しお話したかったけどまた今度ね”と言い残し、部屋もろとも霞むように消えていく。

あっという間の出来事に呆然としていると体の硬直が取れ――――…変わりに何か暖かい何かに満たされた。


 それは唇から肺へ。

やがて全身に回っていく。

何なのかは分からなかったけど此処で初めて自分が死んでないのかもしれない、という想いが湧き上がってくる。

暖かな何かが全身に行き渡った直後、闇の中から白い世界へ押し上げられていく。

抗うこともできないままソレに身を任せて強烈な眩しさに耐えるように顔をしかめた。




「―――――…っう、」




瞼を持ち上げる感覚に驚く間もなく飛び込んできたのは、見覚えのある白い天井。

地獄でも天国でも三途の川でもないその光景に思わず「オレ、死んだんじゃなかったっけ?」と口に出した。

 声はほとんど出なくて掠れた空気みたいな音しか出なかったけど、それでも十分だった。

弾けるように状況を把握する為にも体を起こす。

変わる視点、重いとは言え思い通りに動く身体に感動しつつ、堰を切ったように喉から出てくる咳。

 滲む視界の中で自分が水着のままだってことと、プール独特の塩素の匂いが強いことから溺れたのは間違いなさそうだと小さく納得した。

夢オチとか洒落にならないし、いい年してそれは勘弁して欲しい。

ようやく収まった咳に安堵しつつ何気なく周囲を見回すと着替えらしきものが目に入った。


 ぼーっとしていると封魔と葵ちゃんがオレを視ていた。

驚いている俺に二人がプールで起こったことを説明してくれる。

どうやらオレが生きているのは優が助けてくれたから、らしい。

そうだったのか、とようやく地に足がついたような感覚に安堵の息を吐くと二人はオレを残して衝立の向こうへ消えた。


(さて、と。このままでいるのも嫌だし、着替えるか…保健室っぽいし)


タオルで髪と上半身を拭いた後、水着でベッドが濡れないようにバスタオルを敷いた。

もー遅いかもしんないけど。

そうしてから海パンを脱いでバスタオルを巻く。

 Tシャツを手に取って腕を通している途中だった。

『何か』がいる気配がして振り返るとそこには少し驚いた顔をした優と目が合う。

ひゅっと息を呑んだのは、あの時のように広がる不快感の所為だ。

 自分でもわかるくらい酷ェ顔をしてるのを理解しつつ、口から出そうな罵詈雑言を出さないように口元を引き締めたのを見計らったように…優は、笑った。



ふっと口元を上げて、目元を緩めて。



 優が編入してきて初めて、見る種類の笑顔だと気づいた瞬間、全身を駆け巡ったのは熱。

不快感は跡形もなく溶かされ代わりとばかりに溢れ出るのはどうしようもないくらいの熱い何か。

全身が赤くなってる自信があった。

やべぇ、と思わず溢れた声は小さくて優には聞こえなかったらしい。

 不思議そうにキョロキョロとオレから視線を外した優に安堵し、視線を落とした俺は大事なことに気づいた。





「う、うわぁああぁっ?!い、今すぐ着替える!!ちょっ…う、ううう後ろっ!」





そうだよ!オレ今素っ裸じゃん!あ、あぶねぇぇええ!!

シーツかけてて良かった!万が一にもバスタオル巻いてて良かったァァァああ!!!




「後ろ?ああ、後ろむいてればいいの?……べ、別にそこまで動揺しなくても」



「誰だって着替え見られたら恥ずかしいだろ!」




 イマイチ納得していない様子の優に指で後ろ向くように指示するとすんなり背を向ける。

その隙にTシャツを着てパンツを履く。

緊張だとか色んな焦りでうまく動かない体にイラつきつつジャージに手を伸ばす。



「……その割に薄着だよね、普段」



「そ、それはいいんだよ!ココロの準備ってやつが必要なんだっ!」



話しかけられたことに動揺して掴んだジャージが床に落ちた。

ああ、もう!話しかけてくれんのは嬉しいけど後にしてくれっ!頼むからっ!

落ち着かない心臓の音を耳元で聞きながら床に手を伸ばすオレに再び優が爆弾を投下する。



「心の準備かぁ…それなら多少はわかるけどいい身体してるんだからもっと堂々としてればいいのに」



しれっと、それこそ世間話でもするように言われた一言は破壊力抜群だった。ありとあらゆる意味で。

反射的にベッドの隅っこに移動し、シーツで体を隠すように抱きしめる。



「いっ?!い、いい身体ァ!?おっ、お、おぉおおま、お、お俺は普通だからな!お前がソッチ方面だったのか?!」



思わず声を荒げれば振り向いた優は不思議そうに首を傾げながらオレを視ていた。

大きな瞳がオレを映しているのが嬉しくて―――――って違うだろ!!




「百歩譲ってそーゆー関係になったとしても出来ればオレがリードし…ってナニ考えてるんだオレぇぇえぇぇええ!!ちっげーよ!そーじゃなくって、もっとこう、雰囲気のあるところで――――ってそれもちげーって!!しっかりしろッ、オレ!!」




思わず頭を抱える。

ぽんっと浮かんだのはオレの腕の中で気持ちよさそうに――――って違うだろ!そうじゃねーだろ!

次にオレの脳みそはオレが優の腕の中で――――ってこれも違うから!アホかっ!!

 次々に湧き上がってくるトンデモナイ妄想に疲れ果てたて頭を抱えて頭をブンブン左右に降る。


「あー、もー。どーすりゃいいんだよ、オレ」


思わず溢れた声は紛れもない本心だった。

なんかドッと疲れたな…今日は早く寝よう。そうしよう。

 落ち着いたのを見計らったように優が近づいてくる。

パンツは一応履いたし、うっし。大丈夫だ。パンツくらいならまだ大丈夫だ。



「お取り込み中申し訳ないんだけど、靖十郎のいう“そっち”ってどっち?俺は隠さなきゃいけない事情があるわけじゃないんだからって意味だったんだけど………って、なんで今度はそんなに落ち込んでんの?!」



「いや、なんでも…その、疑って悪かった。そーだよな、幾ら男っぽくなくてもそーだよな」




 思わずシーツの上に突っ伏したオレに向けられたのは優しい笑み。

一瞬、頭の中が真っ白になった。

オレだけに向けられたソレは、ゆっくりと体に染み渡っていくように広がっていく。

自然に緩んでいくのは表情だけじゃなかった。




「靖十郎、とりあえず無事でよかった」



「―――――…おう」




 微笑む姿を見てふと思い出したのは封魔の言葉。

服を着たまま突然プールに飛び込んだ優は、この小さい体でオレを助けてくれたらしい。

少し驚いたけど嬉しかったのは確かだし、一番初めに気づいてくれたんだと思うと更に嬉しくて。




「その、封魔から聞いた。オレを助けてくれたのが優だって」




「助けたなんて大層なもんじゃないから気にしないでよ。ほんと“偶々(たまたま)”対処法を知ってただけだしさ!んで、呼吸止まってた感想は?」



「んげ?!マジで死にかけてたのかよ!うっわ、こえぇ」




 腕を擦りながら大げさに怯えてみせるといつもと同じような雰囲気になった。

それに一番ホッとしたのは多分、オレだ。

非現実が日常に戻ってきたようで嬉しかった。

その後は他愛のない話をしてオレが“普通”とは少し違うことを告白したりもしたけど優は拍子抜けするくらい簡単に信じてくれた。



(でも、流れでプールの話をしたのはな…気にしてたし話さなかった方がよかったか)



本当の理由は言えなくて、誤魔化してしまった所為でもある。

ちょっとの自己嫌悪に襲われて小さく息を吐く。

 それから、いろんな話をした。

話をしながら気づいたのは優の格好についてだ。

気づかなきゃよかったのに、と思うけど気づいちゃったもんはどーしよーもなくて。


 服のまま飛び込んだという優は全身びしょ濡れだった。

長めの髪からぽたぽたと水滴が床へ落ちて、床へ落なかったものは触り心地の良さそうな頬を伝う。

今考えると顔も男らしさとは無縁で女の子みたいだったっけ。

優は気にしてるかもしれないから言えねぇけど女物の服着てたら絶対に女だと思うに違いない。

後、ぷっくりした唇が柔らかそうだったし…筋肉がないからどーも変な感じなんだよな。

この間、腕相撲したけどスッゲー弱いし。



(第一、ありえないだろ…なんだよ、あの色気…)




一番の問題は普段は微塵も感じない色気みたいな何か。

水の所為で透けた白いYシャツは体にぴったりと張り付いて、布越しにみえる肌の色や傷跡を隠す為に巻かれてる白い包帯が見えてた。

極めつけに時折首筋を伝って落ちる水滴だ。

 あれが妙にエロくて思わず体が反応したんだよな…はぁ。

勿論オレだって優が男だって事は分かってるし、オレに“その気”はない。

ないんだ。そう、ない…筈だ。


 徐々に自信がなくなってきて首を振った。

そうだ、友達相手にこんな事を考えるなんてどうかしている…と。

何度も何度も心の中で“優は男で、友達だ”と念仏のように繰り返しどうにか落ち着いた。


ベッドの上でぼんやりとついさっき出て行った優のことを考える。

そうでもしないと『手』のことを思い出しそうで、怖かった。

情けないと小さく自分を鼻で笑って、ぼんやりと天井を見ながら咄嗟についた嘘について考えた。


別に隠す事なんてなかったと…おもう。

ただあの時は優が生徒会長や封魔が何を話してんのか気になってそれで気がついたら足をつかまれて溺れかけていたって言えばそれ以上優は聞かなかった筈だ。

別にへんなところだってない…はず。

あの時感じた気持ちまで伝えなくても良かったんだし、優のことだからきっと気にしないだろうという自身もある。



(じゃあ、何で俺は隠したんだ…――――――?)



モヤモヤした気持ちを抱えながら保健室のベッドの上で眉を顰めていると廊下のほうから話し声が聞こえてきた。

どうやらそれは封魔と数人のクラスメイト達、そして葵ちゃんらしい。

話の内容はオレの体調と今回の事件のこと。

気になって聞き耳を立てているとクラスメイトの1人がぽつりと優がとった行動について零した。




『しっかしよー…優が飛び込んで靖十郎抱えてきたのにも吃驚したけど、人工呼吸やるとは思わなかったよな』


『確かに。後指示飛ばしてたの見たか?あれちょっとかっこよかったよな。普段はちみっこくて危なっかしいのに先生どころか“あの”生徒会長まで優の言う事に従ってたんだもんよ』


『はいはい。そーいう会話は教室戻ってからにしなさい。一応ここは保健室の前なんだから』



葵ちゃんの言葉にそれぞれ大人しく従って帰っていくのを耳にしながら、俺は呆然と聞こえてきた一部分の言葉をリピートしていた。

ぐるぐる回るその言葉はオレに新たな熱と多大な悩みを生み出した。

間違いなく今、オレは全身が真っ赤だろう。



(じ、人口呼吸…?)



 無意識に自分の指で唇に触れる。

そういえば意識が覚醒する少し前に、唇から暖かい何かが吹き込まれたような気がしたのを思い出す。

今思えば何かが触れていたような気がしないでもない。

アレは優だったのかと俺の脳みそは単純明快な1つの結論をはじき出し、同時に濡れた柔らかそうな唇を思い出す。

カアァァァァと腹の底、胸の奥から灼熱の炎みたいな感情が込み上げてきたところでガラリと乾いた音を立てて保健室のドアが開かれた。

オレは慌ててドアに背を向けて足元に合った白い掛け布団を体にかける。

葵ちゃんが何か書いていたりしているが俺はそれ所ではなく、異常なまでに煩い心臓の音が聞こえないかどうか…という心配をしていた。




「(し、静まれ!静まるんだ、俺の心臓!!頼むから…静まってくれっ!!)」




ドッドッドッとマラソンした後みたいな速さの心臓を掴むように着こんだTシャツを握り、体を丸める。耳まで赤いだろうことは分かっているので掛け布団は頭の上まですっぽり。

異常なまでのこの事態にオレは狼狽し、全身の熱と異様な胸の鼓動が大人しくなるのを只ひたすらやりすごすしかなかった。



 何とか10分後には体の中でのた打ち回っていた熱も異常極まりない胸の鼓動も引いたんだけど、この後、優にどんな顔をして会ったらいいのかわからなくて再び頭を抱える羽目になる。



(大体っ!何でただの友達にこんな動揺しなきゃなんないんだっ!絶対あの黒い手の所為だな。そうじゃなくてもそういうことにしよう。オレの心の平穏のために!)



悶々と悩んだ結果は色んなものを放り投げただけだったけど、寮に戻ったあと普段通りに振る舞えたので良かったことにした。









―――――――…そう…この時はまだ、この感情に名前はなかった…筈なんだ。









.

これでようやく靖十郎目線終了です。

上手くまとまらなかったのでその内修正したりするかもしれません。


誤字脱字などがありましたら是非是非ご一報ください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ