きっかけは照れ隠し
靖十郎、次回におあずけです(爆
例のごとく、長くなっちゃったので一旦切ります。
はい、ほんとすいません。
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しんと静まり返った廊下を進む。
騒ぎが広がらないうちに、と促されて私は3人の背を追うようにしてプールを後にしたのは数分前で後200m程度歩けば保健室に到着する。
先に保健室へ向かった同級生と保健医を思い浮かべながら、ペタペタと廊下を素足で歩く。
時々目に入りそうになる前髪を掻き上げる度にどうしてタオルを持ってこなかったのか後悔した。
靖十郎に借りたのは、荷物を持っていく役目を仰せつかった禪にパスしたんだよね。
「にしても、これでほぼ決定……かな」
小さく呟いたはずの声は想像以上に大きく響いて僅かな余韻を残して消える。
それが少し不愉快で眉がよって――――…これじゃあ、いかん!と頭をぶんぶん左右に振った。
…ちょっと勢い良く降りすぎて水滴が周囲に飛んでいったのに気づいて慌てて止めたのは余談だけども。
「当面は『栄辿高校七つ不思議』の調査と過去の事故を探ること……始まりが噂だったらいいんだけど」
実際に人が死んでいることや怪異の気配からして『煙の元に火』があったのは間違いなさそうだ。
具体的にできる対策としてはまずは七不思議を把握すること。
んでもって、危険だと思われる場所の視察と必要があれば浄化もしくは結界を貼って封じる。
実質事件が起こっているのは七つ不思議が携わっている場所が多いから有効だと思うんだよね。
うまくいけば調査中に『原因』が見えてくる可能性だって盛大にあるだろうし。
(ただ、問題は我が上司殿だよなぁ)
パタパタと私の跡を追ってくる水滴が落ちる音を聞きながらドラマで見た探偵の様に腕を組む。
ちょ~っと落ち着かなかったから米神を指の腹でこんこんと叩いてみる。
脳に響くような音と制服や靴から滴り落ちる水滴の音と合わさって程よい音を生み出す。
静かすぎるのが得意じゃない私にとっては程よく力を抜くいい機会になった。
(反対する理由は理解できるけど、納得できないし。でも須川さんが気にしてるのは、禪を巻き込まないことだよね。ってことは、巻き込まないように行動すれば大丈夫、と)
少し考えて一番いい方法をおもいついた。
誰かのフォローが出来るほどの余裕も実力もない私には禪を完全に護りながら調査するなんて器用な真似、できない。
そこで思い立ったのだ。
(巻き込まないよーにする位なら初めから一人で行動するのが一番じゃん!私ってば冴えてるっ)
今後、隙を見ては放課後隠密活動に励むことになりそうだ。
歩くことを忘れたように突っ立っていたことに気づいて慌てて足を動かす。
張り付いたYシャツやズボンは、私の体温ですっかり温くなってしまっている。
飛び込んだばかりの時はまだひんやり冷たかったのになぁ……ま、別の意味で色んな意味で冷たくなってたけどね。
うっそり遠い目をして無心で歩いていると、私の耳が聞き覚えのある美声を拾い上げた。
慌てて足を止めて声のした二、三歩後ろを仰ぎ見ると天井と学校独特の引き戸が視界に入る。
引き戸の少し上にはプレートがあってそこには“保健室B”と書かれていた。
「……何故に“B”?見間違い、じゃないよね」
うっかり目をこすってみたりもしたけど私の目は事実をバッチリ映していたらしい。
見上げたまま後ろ向きのまま数歩、歩みを戻す。
シロ、というよりもクリーム色に近いドアの向こうからは葵先生の声と封魔の声がうっすら聞こえてきた。
重苦しい感じはしないし入ってもよさそうだろうと取っ手に手をかけて小さな疑問が胸をよぎる。
「ちょっと待てよ?私って保健室で取り憑かれかけたんだよね、確か」
脳裏をよぎるのは、保健室で見た白い大蛇。
室内を見てみないことにはなんとも言いようがないけど、私が寝ていたのはこの保健室ではなさそうだ。
多分、保健室“A”とかだろう。
この学校は広いし保健室位2~3箇所あってもおかしくはない。
ただ保健室の先生が葵先生だけっぽいのは気になるけど。
べちゃべちゃになった上着と手にもっていた靴をひとつの手に持ち替えて、ノックをしてからドアを横に引いた。
ガラガラと乾いた音を立てて開いた部屋は想像通り、大蛇がいた保健室とは違う。
色は保健室だけあって白を基調としているけど…なんていうかほんの少し寂しい感じ。
なんだろう?と考えてここには葵先生のモノらしき私物が一切ないからだと気付く。
葵先生の私物って結構可愛いのが多いんだよね。
編みぐるみとか手作りっぽいテディベアとか、全部暇つぶしに作ったって本人は笑ってたけどお店に並んでそうなくらい精巧に作られてたのは言うまでもなく。
流石、大量の服を繕ってエプロンを作成していただけある。
「お、おじゃましまーす」
「ん?やっと主役が来たね」
封魔と話していた先生は振り向いて、小さく手招き。
軽い調子の先生に苦笑しつつ保健室に足を踏み入れると消毒液の匂いと塩素の匂いがした。
室内をざっと見渡して禪の姿が見えないことに気づいて、どこに行ったのか聞いてみると葵先生が説明してくれる。
「彼には先に戻ってもらったんだ。先生への報告も兼ねて、ね。先生方に説明するならこっちより彼の方がいいから」
「確かに封魔じゃ何かしたんじゃないかって思っちゃいそうですもんね」
「……優~、葵ちゃ~ん。あんま、失礼なこと言わないでくれませんかね、流石に傷つくんすけど?」
「ハハッ、悪い悪い。ちょっと悪乗りしすぎた。大会んとき何か差し入れるからそれで許せ!なっ?」
「うっしゃ。じゃあ後で欲しいものリスト渡すんでお願いしやーす」
にやり、と笑う封魔に先生は「あんま、高いものは勘弁してくれよ?」と慌てて付け加える。
まるでコントか漫才のようなやりとりに肩の力が抜けた。
自然に口の端が緩んで「封魔、お酒をリクエストするのはやめときなよ。こわーい生徒会長さんにみつかっちゃったら困るだろ?」私の言葉に二人は怒られる前の子供みたいに気まずそうな顔で渋々、返事をした。
「んで?説明しにいくとかなんとかっつってたけどよ、そろそろいかねーとマズイんじゃねぇ?」
「―――――…そうだな、そうした方がいいか。封魔、こっちはもう少しかかるっていっておいて。色々聞きたいこともあるし、疲れてるだろうからそのまま今日は早退。あと一時間しかないみたいだし、事態が事態だから大目に見てくれる筈だ」
「りょーかい」
人使いが荒いなぁ、とボヤく封魔に葵先生が軽口を返す。
二人のやり取りは何だか仲のいい兄弟をみているみたいで、ほんの少しだけ羨ましい。
保健室の先生って話しやすい人が多いから自然とそうなるのかもしれないけど、ね。
声には出さないものの「羨ましいなぁ」なんて思いながら、先程から床に水溜まりを作っているシャツの裾を軽く絞ってみる。
想像以上に水が出て慌ててやめたけど……さすがに着替えたいかも。
パンツまでグッチョリ濡れてるし。
あーやだやだ!とさっきから顔に垂れてくる水滴を飛ばすために首をプルプル振って飛ばしたところで私の行動を見ていたらしい葵先生が「子犬みたいだね」と目を細めながら私の頭にタオルを乗せる。
「もっと早く渡せばよかったなぁ…それ、良かったら使って」
「ありがとうございます――――…あの、靖十郎、大丈夫ですよね?」
「うん、封魔と生徒会長にも言ったけど、あの様子なら大丈夫だと思うよ。ま、意識が戻って一度病院に行ってみてからじゃないと太鼓判を押すわけにはいかないけどね。靖十郎が助かった一番の要因は処置が適切だったから」
そういうと姿勢を正した彼は、徐に私に向き直って表情を引き締めた。
かと思えば真っ直ぐに私を見据えて「靖十郎―――…生徒を助けてくれてありがとう」そう、葵先生は口にして頭を下げる。
予想の斜め上を行く対応に順応できず硬直する私に気づいたらしい。
頭を上げた葵先生はふっと表情を緩めて私の頭に乗っているタオルの上に手を置いて――――何故か手は私の頬に移動していた。
(ちょっと待て。何で頭じゃなくて頬っぺたを撫ぜるんだ!しかも手つきが妙にいやらしいんですけど!)
ビシッと硬直した私と先生の後ろで驚いた表情のまま同じく固まっている封魔を余所に、葵先生は高級チョコレートを食べた時みたいな蕩けるような笑みを浮かべる。
すいませーん!何か怖いんですけどぉおおぉぉお!!!
絶叫しそうになったのは……多分、須川さんの悩殺スマイルを見慣れているからだ。
そうに違いない。
じゃないとこの色気は説明できん。
須川さんもそーだけど葵先生も同じで色気の使いどころを間違ってる!
先生っ、封魔があっけにとられてますからね!情操教育上よろしくないですからっ!
だらだらと冷や汗を掻き始めた私に気づいたらしい。
先生は少し驚いたような顔をして―――――…凶悪かつ色めかしい大人の笑みを浮かべ“照れてる?”と一言こぼす。
口調は普段と変わらないから、表情が見えていない封魔は体の力を抜いた。
でも、表情は相変わらず妖しいまま。
すいませーん!誰かR指定いれてくださぁぁああぁああい!!!
「っと。やべ…俺そろそろ戻らねーと」
「じゃあ、俺も説明しにいかなきゃなんないから途中まで一緒させてもらうよ」
先に行ってるからね、と手を振って先に外へ出る葵先生を引きつった顔のまま見送った。
封魔はその様子を眺めて徐に頭をガシガシと掻いたかと思うとドアに手をかけ、半身だけ私に向き直る。
「封魔…?」
「あー……靖十郎なら大丈夫だ。本人もそう言ってたしな」
「!そっか…あ~、もう、ホント良かった」
「ま、すぐ寝ちまったけどよ」
脱力する私を見て封魔の表情が少し柔らかくなる。
それがますます彼の言葉が偽りのない真実だと言うことを証明しているみたいで、指先からジワジワと安堵に包まれていく。
その安心感の所為で本格的に力が抜け、その場に座り込みそうになった。
何ていうかもー…大切な人達が危険な目にあうってのは幾つになっても怖いものだ。
よく漫画とかドラマで『失ってから気づいた』とかって言葉をよく聞くけど、本当にそーゆーものなんだよね。
正し屋の仕事をするようになってから実感するようになった。
死んでしまえば、必ずしも全てが終わるということではないと知ってはいるけど…同じ時間を生きられないのは、やっぱり寂しい。
「うっわ。今更震えてきた…鈍いって、よく言われるわけだ」
痙攣でも起こしてるようにも見える自分の手に嘲笑に似た笑みが浮かんだのがわかった。
ああ、もう―――――…本当に情けないやら恥ずかしいやらだ。
笑っておきながら溜め息を吐くという器用な真似をした私の頭に軽い重みと衝撃。
視線を上げると困ったように笑った封魔が慰めるように手を乗せていた。
「仕方ないんじゃねーの?大切な時に震えて役にたたねーよりゃ断然いいだろ」
「―――…そう、かな」
「おうよ。俺ァ、そろそろ教室に戻るけどよ、あんま無茶すんじゃねーぞ」
じゃあ後でな、と付け加えた彼はさり際にもう一度、ぽんぽんと頭を撫でて保健室から足を踏み出し廊下へ出た。
一度も振り返ることなく開いていたドアの向こうへ足を踏み出した封魔は、体を廊下へ乗り出したところで小さく「あんがとな」と呟いてパッとドアを締めた。
「…封魔も中々愛いヤツだね」
面と向かっては恥ずかしくて言えなかったのか、耳が赤くなっていたのを私は見逃さなかった。
あの年頃の男の子でちゃんとお礼をいえるのってすごいことだと思う。
ああ見えてしっかり育てられたんだなぁ、なんて失礼極まりない感想を抱いてニヤける顔をそのままに一人、封魔の評価を見直す。
彼が不良っぽく見えるのは生まれ持ったものだから仕方ないとしても、中身はある程度礼儀正しいしマナーもあるらしい。
両親の躾が厳しかった、とかかな?なんて考えていると背後から何かが動く音がした。
咄嗟の反応はまさしく“修行の賜物”でしかなくて、後で少しだけ落ち込んだ。
いやぁ、染まってるね。私ってば。
のんきなことを考えてる脳みそとは対照的に、反射的にその場から飛び退いて攻撃体制を取る自分に少しだけ悲しくなった。
一般企業に勤めている人と比べたら多分逞しいなんてもんじゃない。
友達に仕事の内容話したら物凄い勢いで「騙されてる!いつか騙されるとおもってたけど確実に騙されてるわよ!」とか「百歩譲ってもアンタに霊感なんてないんだからやめなさい。幽霊だってあんたの能天気さみたら確実に踵返すわね」とか色々言われたけど、二人とも須川さんに会ってからそーゆーことは一切言わなくなった。
こう考えると…身を守る術を手に入れる代わりに色々なものを失ってる気がするよ…。
(まぁ、なんだかんだで今の生活気に入ってるし、仕事は時々怖いこともあるけど基本的に楽しいからいいけどさ――――…こーゆー命懸けの仕事っていつまで経っても慣れなさそう)
まず、いつでも攻撃もしくは逃走する体制を保ったまま、カーテンに仕切られた向こう側を探った。
ここで飛び出していくなんて真似はしない。
本音を言うなら、あの嫌~な気配のする元凶に出くわしたくないだけなんだけども。
警戒するに越したことはないから霊視をしつつカーテンににじり寄る。
なんの霊気もしないことを確かめてから仕切られた空間へ足を踏み出した。
現場では安全第一・人命最優先!だもんね。
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ここまで読んでくださってありがとございました。
続きをさっさとうpできるように努力はします…ハイ。
誤字脱字変換ミスなどがありましたらどうかご一報ください。