きっかけはプール授業【肆】
ええと、曖昧な知識を総動員しているので色々間違いがあるとは思います。
それを了承してからサラっと「こいつの脳みそはこれが限界だ」と捉えて流してください。
正しい知識は講習とか教科書とか授業とかで学ぶことをおすすめします!うん、居眠りはしない方向で。
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靖十郎が『七つ不思議』のあるプールからいなくなった。
居なくなった、っていうのは早合点かもしれない。
普段の私だったら「休憩してるのかな」程度で片付けていた自信がある。
だって彼が私の見える範囲にいない、もしくは私が考えている範囲にいないだけっていう可能性も盛大にあるからだ。
のんびーり探して居なかったら本格的に探してみる、っていうのが通常。
調査の時だって多少警戒はするけどマイペースにじっくりやらせてもらってる。
でも、今回は場所が悪かった。
だって、よりにもよって『七つ不思議』があるプールだよ?!
これがただの噂で片付けられるならどんなに良かったか。
実際、目の前で引き摺られて死んでいった生徒を私はこの目で見てるんだから、幾ら能天気で楽天家の私だって焦りもする。
それに加えて私はどこのプールで怪異が起こるとされているのかも知らない。
靖十郎が心配で、今現在進行形で見つからない行方に不安を覚える。
でもそれ以上にあるのが悔しさと怒りだ。
どうしてもっと早い段階から情報を集めておかなかったんだと今更過ぎる後悔と自己嫌悪。
まずは人の多い方へ向かおうと、プールに浸していた足を熱いタイルの上に着けた。
瞬間、悲鳴に近い大きな声が耳に飛び込んでくる。
驚くと同時に一番見たくない光景が脳裏をよぎった。
でもどうにか固まりかけた体と意識に喝を入れて半ば強引に体を声の方へ捻る。
「………?」
視界に飛び込んできたのは想像とは異なる光景だった。
まず、人だかりは出来ている。
だけど周りの人間は慌ててはいるものの“必死”ではないし、動揺も小さかった。
決定打は誰一人として靖十郎の名前を呼んでいないことだ。
少しだけ冷静になった私はその場で泊まり耳を澄ませた。
本当ならプールに行けばよかったんだけど、チュンが戻ってくることを考えたらあまり動かないほうがいいと思った。
(靖十郎になにかあったってわけじゃなさそう、だね)
どんな状態なのかはわからないけど、緊迫感がないことを考えると重症じゃないっぽい。
先生が大きな声で『立ちくらみがしたらすぐに休んで、水分補給はこまめにしろよ』と注意したことを踏まえて考えるに、立ちくらみか何かで倒れたってところかな。
心配そうに声をかけるクラスメイトたちの声を聞きながら、引き続き靖十郎を探す。
(プール楽しみにしてたから突然ボイコットっていうのは考えられないし、体調不良なら先生に断ってから出ていくはず。プールから出てく場合、出入口は二箇所しかないけど…出入りはなかったから絶対いるってことは確かだ)
歩き出そうとした私の前に、チュンが飛んでくるのが見えた。
早く探さないと、と思う気持ちはあるけどまずはチュンを待つのが一番いい。
チュンは羽を懸命に羽ばたかせて私の肩にちょこんと止まった。
そして力なく小さく一声鳴いて、体を擦り寄せる。
「靖十郎はあっちにいなかったんだね?」
念の為にもう一度問いかけた私にチュンは肯定を示すように小さく鳴いた。
チュンは特定の――――といっても、私が顔と名前を正確に覚えている人を探すことができる。
最近はレベルアップしたらしく本人が身に付けていたモノの霊力を覚えて探せるようにもなっている。
チュンは、可愛くって有能でもふもふしい私の自慢の式でございますとも!
「50mプールにいないってことは……100mのプールか深いプールのどっちかだけど」
この50mプールは基本的に部活でしか使われない。
水深が深い為に必ず教員が付ける環境でなければ使用許可はおりない。
生徒も流石にそれを理解しているようで、近づかないのだと禪君から聞いた。
となれば、だ。
100mのプールを探すほうが発見する率は高いだろう。
チュンにも手伝ってもらって、探すことにする。
一人で探してたら時間がかかるしプールの中にいるわけじゃないから、中央付近は全くと言っていいほど見えない。
チュンには私が見渡せない範囲の捜索をお願いして私はプールの外周を歩きながら靖十郎を探すことにした。
この行動が取り越し苦労になるなら大歓迎だ。
周りに不信がられない程度の速度で、薄緑色のタイルの上を進む。
足裏から伝わる熱も流れ落ちていく汗も気にならなかった。
ゆらめく空色に近い水の中を覗きこみながら進む。
先程の騒動があってか生徒たちは50mプールに集まっているらしく、こっちのプールには人はいなかった。
授業が始まる前に見たプールと同じような光景。
(賑やかな時との差が激しすぎて、淋しいっていうか侘しいっていうか……此処、あんまり長く居たい場所じゃないな)
人が戻ってくると探しにくくなる。
ジワジワと焦りが足元からせり上がってくるのを感じて、震える手をギュッと握り前を―――いや、プールをのぞき込みながら前に進む。
プールの上を見上げるとチュンが飛んでいるのが見えて少しだけ落ち着きを取り戻す。
歩いていくうちに、ついさっきまで私がいた場所についた。
100mプールは全部で12レーンあって、隅っこである12レーン目ゴール付近の角っこで一人楽しく(?)熱さに耐え、若者のたのしむ声をじとーっと眺めてたわけだけども。
端っこに座ってたから生徒は私の存在を気にせずに授業を受けられてたと思う。
いや、何人かが冷かしに来たけども。
こっちからも怪異の観察が出来き、何かあったときにこっそり呪符とかで妨害もできる…って考えてたんだけど、やっぱり人の多いところで見てたほうがよかったのかな…?
もしこれで何かあったとしたら、そこまで考えて思い直す。
「考えるのは、後!とっとと靖十郎みっけて急に居なくなったから心配したって文句の三つ四つ言ってやんないと気が済まな…――――――――――― あれ?」
ふと、水面の変化に気付く。
12レーンあるプールの列のうち、10レーン目の終わり付近の小さな変化は私の視線を縫い止めた。
静かな、もしくは揺れるだけの水面からぷくぷくと気泡が湧き出ている。
プールの角の方だと、あまり水面は揺れないらしくて大層暇だった。
勿論、泡が出なんてことはない。
排水溝みたいなのがあるっていうならわかるんだけどさ、それにしたって小さい泡がプクプクプク~ってでて終わりな気がする。
さっき見た気泡は機械的なものから発生しているようなものとは違っているように思えた。
慌てて10レーン目をのぞき込める位置に移動する。
耳元で心臓の鼓動する音が聞こえ、カラカラに乾いた喉を潤そうと無意識に喉が鳴った。
――――……澄んだ水の中で見たのは、特徴的な明るいこげ茶色と肌色の二色。
5mは、想像以上に深い。
聞いたときはなんとも思わなかったけどよく考えると私3人分位の深さだ。
水が澱んでいる訳でも濁ってる訳でもないのに、水底に近づくに連れてぼんやりと揺らいで鮮明には見えない。
信じたくないけれど目の前にある色を持つ人物を私は知っていた。
「ッ…!靖十郎…!?」
見覚えのある、柔らかい橙と赤味の黄色を混ぜたような茶色の髪は間違いなく靖十郎のもつ色だ。
咄嗟に出た声は大きくはなかったけれど、ひどく切羽詰っていた。
上がってくる気配のないソレに一瞬“怪異”が人のように見せてるのではないか、とも思ったけどチュンがいつの間にか頭上で鳴きながらクルクル回っているのをみて確信する。
―――――――――― 私は後先考えず、静かになった水面に飛び込んでいた
◆◆◇
冷たい水に体が飲み込まれる。
水に飛び込んだ瞬間、一瞬別の世界に入り込んだような感覚を覚えた。
プールの中は幻想的と言ってもいい光景が広がっている。
天から注ぐ太陽の光が無数の柱のように差し込んで、時折揺らいでは光の軌道を変えていく。
普通にプールの中にいることを楽しめていたら綺麗だと感じる余裕もあっただろう。
だけど、そんな余裕は全くない。
今の私にあるのは焦りと不安と恐怖だけだった。
プールに飛び込んだ瞬間、全身に絡みついたのは飛び降りた生徒からわずかに感じた気配。
あの時はあんまり気にしないようにしてたけど――――…この“赤黒い”霊気は私にとっていいものではないことだけは確かだ。
それと同時に気配の濃い方へ進む為に両手で必死に水を掻く。
視線は気配の濃い方に固定中。
「(霊視できない状態にすれば靖十郎を確認できるんだろうけど…ッ)」
確認したところで、その間に『あちら』が攻撃してこないとは限らない。
それに切り替えるには意識を集中しなきゃいけないから、一刻を争うこの状態でそれをするのは自殺行為のようなもの。
悔しさを誤魔化すように気配が濃い水底を睨み付けながら手足を動かす。
進んでいるはずなのに、周りに変化がないせいで進んでいる実感がない。
必死に手足を動かして黒い気配の塊に後、三~四歩進めば触れられる距離までどうにかたどり着いた。
(っ…靖十郎!早く引き上げないとホント洒落になんないってっ)
手を伸ばしてみるがその分だけ靖十郎の体が黒塊から生えた手のようなものに押さえ込まれ、塊の中へ引き込まれていく。
近づいて無理にでも引き離したいのに、近づけない焦りで表情が険しくなっていくのが分かった。
服が絡み付いて泳ぎにくいがそんな事も気にしていられない。
視界の先には、プールの底から“生えた”無数の黒い手。
霊気は赤黒く酷く澱んでいるから、これはもう浄霊は不可能だ。
靖十郎は気を失っているらしく全く動く気配がないし、黒い手はプールの床に押さえつけるようにがっちりと靖十郎の身体を掴んで放す気配はない。
「――――ッ…(とりあえず、あの手をどうにかしないと!!)」
符は却下だ。
学ランの上着に入っているから持っていないし、それ以前に水の中で使うにはそれなりの符じゃないとなんの意味もないから。
霊刀があればこんなの一発なんだけど…ないものはない。
(人質取られてる上で使うのは不安だけど…ッしゃーない!靖十郎、怪我したらごめんっ。責任は多分とるからね…!)
これは知ってる人なら一般の人でも知っている“九字護身法”の1つ。
色々呼び方はあるけど“退魔の早九字”と呼ばれる術だ。
初心者でも扱えるこの術は『使用者の力が強ければ強いだけ強力になる』と初めての依頼で須川さんに教わったもの。
普段は主に霊刀や術符、妖怪達に助けてもらっていたけど長い間使ってなかったからちょっと不安だ。
(集中集中……時間もないしぶっつけ本番!)
体制をどうにか整え、意識を集中する。
人差し指と中指を真っ直ぐに伸ばして他の指を丸め―――簡易の手剣を作って準備は万全だ。
後は、強く呪文を思い浮かべながら5行4列の格子を黒い手に向かって画く。
「(臨っ、兵っ、闘っ、者っ、皆っ、陣っ、列っ、在っ、前……消えろッ!!!)」
最後に真っ直ぐな横線を画くと指で書いた線が金色に輝いて黒い手を僅かに弾いた。
驚いたのか一瞬靖十郎を絡めとっていた手の力が緩み、距離が開いたのを確認して間を置かず先程よりも強い霊力を込めて力を叩きつける。
それでも尚、靖十郎を取り込もうと手を伸ばす黒い塊に続けて、今の自分ができる最大の攻撃を放つ。
三度目の攻撃で黒い塊は水に溶けるように拡散し、靖十郎の体は完全に開放された。
放り出された靖十郎に大急ぎで近づく。
黒い影が復活しないとも限らないし、そろそろ呼吸がキツい。
幸いにも近い位置に手があったので引き寄せて体を後ろから抱えるようにし水面を目指す。
人を抱えているせいで少し遅く感じるけれど浮力も手伝って――――私が酸欠でどーにかなる前に浮上することができた。
「…ッは…!」
新鮮な空気を取り込みつつ、ぐったりした靖十郎の顔を持ち上げてペチペチと頬を叩きながら名前を呼ぶ。
幸いにも、異変を察したらしい生徒の人だかりができていた。
誰か手伝って、と言う前に状況を察したらしい禪君の鋭い声が飛ぶ。
まっ先に飛び込んだのは封魔で、その体格と力を活かし二人纏めてプールサイドへ運んでくれた。
引き上げてくれるのは他の生徒も手伝ってくれたから時間はかからなかった。
「禪っ、先生は?!」
「たちくらみを起こした生徒の希望で保健室に行っている」
返された言葉に思わず舌打ちをし、昔学んだ知識を総動員して対処することにした。
というか…せざるおえない状況になっている。
周りの生徒はほぼパニックになっているか動揺しているせいで使えないし、封魔は何もできな自分が悔しいのか物凄く怖い顔になってる。
禪は出入口付近にいる生徒に教師を読んでくるよう叫んでいるが、先生が戻ってくるまで待つわけにはいかない。
「靖十郎!きこえる?!聞こえてたら出来る範囲でいいから反応して!」
返事がない、ということで意識がないと判断し、呼吸の有無を確認した。
先生と葵先生を連れてくるには少なくとも5分はかかる。
脈はあったが呼吸がないことを最終的に確認した私は……辺りに視線を向け、応援要請を諦めた。
「(早くしないと心臓も止まる…っ!)」
一か八かではあったけど何もしないよりはマシだ。
大学時代に習った記憶を必死にたぐり寄せながら、冷たくなりつつある靖十郎の顎を上げ、気道確保。
次に、鼻を摘んで冷たい唇に自分のソレを合わせる。
(ええと、たしか…っゆっくり息を2回吹き込む。んで空気がちゃんと入ってるか確認…!ええと、これを繰り返す…だったような気がする!どーして半分居眠りしてたんだ私!しっかり目と耳フル稼働させて聞いてりゃよかった!)
過去の私に意味の無い苛立ちをぶつけつつ、半ばやけくそ気味に5回ほど似非人工呼吸もどきを繰り返す。
何かあったら須川さんに供養してもらうから!とかかなりアレなことを考え始めたとき――――――……靖十郎が水を吐き出した。
ゲホゲホと水を吐き出す靖十郎にホッとしつつ、仰向けのままだと水が逆流する可能性があることに気づいて慌てて首や体を横に向け側臥位に。
体位交換で水を吐き出しやすくなったのか、少しずつ呼吸も整ってきた。
「なん、とかなったぁー」
もうほんとダメかと思ったんですけど!と、熱いタイルの上にひれ伏した私はよく頑張ったと思う。
こればっかりは手放しで褒めてもらってもいいと思うんだよ。
ぜはーっと安堵の息を吐き出した私は外野とかした生徒たちの賞賛の声を子守唄にして目を閉じ、意識を手放そうとした――――――んだけど、タイミングよく葵先生をつれた先生が現れる。
「江戸川!清水はどうだ!?」
「~~~…っ大丈夫です、一応人工呼吸を5回ほど施しましたが水を吐き出しましたし呼吸もしてます。此処から先の処置は保健室の先生が決めてください」
分かっている事を報告した私の元へ葵先生が駆け寄り、直ぐに靖十郎の口元に手をかざしたり脈を取ったりして容態を確認している。
その間、体育教師はまず生徒達の混乱を鎮めて授業を終了する事と終わるまでは教室で大人しく待機するよう指示をだしていた。
やることをやってほぼ完全燃焼していた私に声をかけたのは葵先生だ。
私にしか聞こえない程度に声量を下げていたわるように一度私の頭を撫でてくれた。
「ありがとう、君のおかげで生徒が助かった」
「うまくいってよかったです」
「お礼は後でするからもう少し頑張って――――…とりあえず、君もついてきてくれ。後、封魔は彼を運ぶの手伝って生徒会長は彼の荷物を持ってきて」
指名された二人は偶然にも封魔と禪だった。
封魔が靖十郎を背負い、禪は靖十郎の着替えなどが入った荷物を持つらしい。
私はびちゃびちゃになった服のまま先生の後を歩くことになった。
プールを出る前、一度だけ振り返る。
表面上、何もなかったかのように見えるのが何より恐ろしいと腕を摩る。
できればもう二度と……ううん、こういう自体が起こらないように調査を進めないと、ね
奇妙な興奮と疲れを引きずりながらも『今あるべき場所』へ向かって歩き始める。
今はただ、大切なものを守れたという安堵感と喜びを噛み締めて……―――――
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とりあえず、お姫様(笑)救出です。
次は、靖十郎の葛藤をお送りできたらと思います。
ふっふっふ。楽しいぜー!