きっかけはプール授業【弐】
プールに踏み入ってもいない謎。
……ど、どこで区切っていいのかわからなかっただけなんだからねッ!(すいませんほんとごめんなさい
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がやがやとざわめく食堂は昨日より明らかに―――――― 裸率が高かった。
連日、猛暑日とまではいかないまでも頭がぼんやりしたり夏バテし始めるような天気が続いてたのは事実だ。
学ランって黒いし生地が分厚いから暑いのもわかる。
そんな状況に耐えかねて上半身裸でご飯を食べてる生徒もいたし、裸まではいかなくてもタンクトップだとかジャージのハーフパンツを履いてる生徒も多かったから昨日はあんまり気にしてなかった。
(周りが肌色まみれだと律儀に制服着てる自分が滑稽に見えてくるから不思議だ……私だって脱ぎたいのに)
午後一番の授業がプールだからフライングして水着になってるのは間違いない。
でもさ、いくら暑いからってご飯食べるときくらいは制服を着てて欲しいもんだよ。
ううん、この際だから贅沢は言わない。服を着てくれ。
水着なのが数人なら「暑いから仕方ないかもしれないけど風紀的にいいのかな」で終わるんだけどさ……プール授業が控えてる生徒の殆どが裸って何。
私が見た限りでは食堂に入る時にすれ違った禪君だけだよ、制服着てたの。
気が早いっていうかちょっと楽しみにしすぎだと思うんだ。
…別に私が入れないから拗ねてるってわけじゃないよ!
羨ましいとは思うけど、ずるいなーとも思うけど、でも拗ねてないんだ。いい大人だしね、私だって。
心の中では『ちくしょー暑いんじゃぼけぇー!』とか思っても口には出さないよ!
「なんていうか、さぁ」
「…?何だよ」
「溜め息の一つも吐きたくもなるって…何も4時間目始まる前から脱がなくても」
「あんなぁ、このクソ暑い時に制服なんか着てられっかよ。大体お前もかっちりしすぎだろォが。んな気温の中、ご丁寧に完全正装してんのはお前と禪の野郎くらいだっつーの…見てて暑ッ苦しい」
大盛りカツカレー(2杯目)を食べていた封魔がうんざりした顔で私の制服を見る。
靖十郎が反論しないのを見ると恐らく似たような心境なんだろう。
もぐもぐカツ丼を頬張りながら頷いてるし。
私からしたらこの暑い中で辛いカレー食べてる方が暑苦しいんだけどね、言わないどこう。
「そもそもプールになりゃ脱ぐんだから多少前後しても問題なくねェ?っつーことでさっさと脱げ、暑苦しい」
「そんなこといわれても俺プール授業には出られないし」
「…ま、マジで?何で!?」
座っていた椅子から立ち上がった靖十郎に苦笑する。
封魔も靖十郎ほどじゃないけど驚いたみたいで食べる手が止まっているし。
私は苦笑しながら、事前に決めてあった“プールに入れない”理由を話す。
良心は痛むけれど“男装”していることは最優先『秘密』事項だ。
「――――…実は4歳の時に事故で、死に掛けたんだ。その時に大きな傷が胸のあたりに残っちゃってさ。昔それで虐められたりしたから人に裸見られるの凄く嫌で……編入する時、校長先生達にお願いして何とかプール授業とか着替えは別にしてもらえたんだよ」
「………そ、か」
「あんま見てて気持ちいいものじゃないだろ?だから制服もかっちりってわけ」
「わりぃ」
「いいって。実際見てても暑いとおもうし…Yシャツになるくらいだったら大丈夫だから見学の時はできるだけ涼しい格好でみてるよ」
あんまり気にすんなって!と心の底から(だって嘘だしね。ホント、ごめん)の謝罪をうっすら混ぜて靖十郎の肩を叩いて封魔に笑ってみせる。
うむ、とこれ以上この話題を引きずるのは気まずいと判断してくれたみたいで、封魔は何も言わずに私の頭を撫でて食事を再開。
靖十郎は少し眉を顰めたまま静かに食事を始めた。
なんていうか、靖十郎の反応がちょっと予想外だったけど、食器を片付ける時に“何かあったら俺に言えよ”と真面目な顔で言われて頷くと普段と同じ人懐っこい笑顔を返してくれたからホッとしたよ。
「は~…食った食った。これで午後は俺様の素敵な泳ぎっぷりを見せてやれるってもんだ。楽しみにしとけよ、水泳部のやつら泣かせちゃる」
「封魔が泣かせるとか言うとものすごい凶悪に聞こえんだよな…」
「あ、それわかる気がする。でもさ、牛丼特盛り2杯に大盛りカツカレー3杯、ついでにうどんの大盛り2杯は食べ過ぎじゃないか?沈んだらどーすんの」
「普段より少ねぇーよ。なぁ?」
「おう。プールがあるからな!」
そうか、アレで少ないのか。こんのブラックホール胃袋保持者めッ!!
これで太らないとかったらプールに蹴り落としてやる、と突っ込みを入れつつ足を動かす。
プールへの道のりは、二人に案内してもらった時に通ったきり。
体育館が横にあるらしいんだけど体育の授業はグラウンドだったし、部活の見学とかもしなかったからなぁ。
歩きながら周りを観察する。
廊下も教室も見た感じ普通だし変な感じもしないから大丈夫だと思う。
教室の中には入ってないからわからないし、時間帯も時間帯だもんね。
ぼんやりしながら歩いていると背後から名前を叫ばれた。
「江戸川ぁぁあぁぁぁあぁっ!!!」
「うひゃあぁああぁぁあ?!」
ずどどどどっという牛か馬の大群が押し寄せてきてるようなものすごい音が聞こえてきて咄嗟に『構え』をとって振り向けばものっそい形相で走ってくるナニカ。
思わず『構え』を解いて正面衝突だけは避けようとしたけれど、物凄い勢いで通り過ぎていったかと思ったソレは私の前で急停止した。
「きぃたぞぉおお!お前、そのナリで今までよぉく頑張ったなぁ!」
「は……いぃだだだだ?!」
「先生もな昔は病気がちで気が弱かったから良く虐められててな…ッ大丈夫だ!先生がこれからしっかり鍛えて誰にも虐められないような鋼の精神力と屈強な肉体をお前にもさずけてやるかなッ!!」
「いらない!いらないんでホントそういうの結構なんで!俺ってば全力で前向きに突っ走ってますから!ムキムキには憧れてないんでお願いですから肩を壊すのやめてくださいぃいいいぃ!大事な商売道具のひとつなんですぅうううぅ!!」
ちなみに反対側には既に退避して私の同行を見守っている靖十郎と封魔の姿。
すいませんが気の毒そうな顔で見てないで助けてください。骨がミッシミッシ悲鳴上げてます。
私の渾身の叫びはムキムキの人を正気に戻せたらしく、直ぐに肩は開放された。
「す、すまん。感動のあまりつい力加減を忘れてたんだ……とりあえず、そこの二人は先に更衣室へ行ってくれ。江戸川と少し話があるからな」
「じゃ、先にいってるからな」
「とって食われたりはしないから安心しろよ、な!」
「安心しろってそんな無責任な…」
あっさり私をボディービルダー先生に引き渡して二人は無常にも背を向けて遠ざかっていった。
ポンっと肩に置かれた手が重い。あと、痛いです。
先生の話しの半分は怪我の心配とか“虐め”に屈しなかったコトを褒めるものだった。
感極まってるのか、ちょっぴり瞳が潤んでいるところを見ると相当にいい人みたい。
遠まわしにそのいい人具合が私の良心を抉ってるけど耐えるよ、うん。
仕事なんだ、仕事って楽なもんじゃないんだ。うぅ、お願いだからそんなに褒めないでェェェ!
(ホントごめんなさい申、先生…事故にあったのは私じゃないし、怪我もしてないんですヨー!あっはっはー!って笑い飛ばせたらどんなにいいことかッ)
「で、だ。今日の授業は俺の助手をしてもらう」
本題は授業の見学に加えて先生の手伝いをすることだった。
見学だけじゃ単位を与えるのは難しいから授業に記録係を務めることで『授業に参加した』とするらしい。
渡された差し出されたストップウォッチや記録用紙の入った箱を受け取って、記録の仕方を教えてもらいながらプールへ向かう。
最初はジャージに着替えようかとも思ったんだけどジャージを持ってくるのを忘れたからなんだけどね。
たくさんいる生徒については、タイムを取る時に隣で名前を教えてくれるみたいだから大丈夫みたいだし私でもできそう。
「じゃ、江戸川、記録は頼んだぞ。まぁ、その…あれだ。プール授業に参加できなくてもちゃんと考慮するし、成績にも響かないように配慮してある。心の傷っていうのは中々癒えないらしいが…虐めにも耐えられたんだ!そこは気合と根性で乗り切れよ!」
「ありがとう、ございます(心配してくれるとかありがたいです、心が痛いけど)。俺、その…(色々と)頑張りますから」
本当にゴメンナサイ、と罪悪感を隠しながら引きつった笑を返した私の目の前には鼻をすする先生。
取り敢えずポケットの中からポケットティッシュを取り出して、心優しいムキムキ先生に譲り渡した。
自分で言っておいてなんだけど口に出しちゃまずい心の声が混じらないようにするの、大変だったんだよ?
言葉に隠された“含み”に気付かないふりをしてくれたのか気付いていないのかわかんないけど…多分後者だ。
だって先生、目頭を抑えながら忘れ物をしたと職員室の方へ爆走してったし。
「なんかドッと疲れたんだけど。なんだこれ」
廊下に一人になった私は思わず壁にもたれる。
良心を無意識に攻撃されるのって結構クるんだよね……分かってやってたなら相当な曲者だ。
トラウマもんだよ、とぼやきつつ目と鼻の先にあるプールへ向かう。
ずりーずりーと壁に寄りかかったまま、前進しつつ窓から見えたプールについて色々考えてみる。
ちなみにプールは体育館の後ろ側にあるのだ。
体育館に隠れて見えないようになってるから薄暗い、とおもいきや充分すぎるくらいに明るかった。
ガラス張りの天井は雨の日でも練習ができるよう配慮されて後から設置らされたらしい。
だからプールを囲っているのはなんの変哲もないフェンスだけだ。
ちなみに冬はバスで街まで降りて練習しているらしい。
しかも温水プールがあって練習が終わったらお風呂にも入れるんだとか!
自分が高校生の時にそんなのがあったら迷わず入って……いや、運動部は無理だ。スタミナが足りない。
「流石に、誰もいないかー。先生もまだだろうし」
前は更衣室からプールに繋がる扉に鍵はかかっていなかったんだって。
でも、休み時間や昼休みに生徒が無断で侵入してしまうことが度々あったらしくて施錠をするようになったとか。
実は今でもこーっそり遊びに来る生徒がいるみたいだけど、学校も相応の対応をしているから事件や事故があっても『自己責任』になるらしい。
「よっこいしょーっと……ふぅ。まるっと二時間殆どなんにもしないっていうのもつらいよね。記録っていったって精々一時間くらいだろうし」
関係者以外立ち入り禁止の看板がかけられた出入口から一番近いところに腰を下ろす。
高校にあるとは思えない広さを誇るプール全体が見渡せてなかなか快適だけど、いかんせん広すぎる。
これをすべて見張るとなるとかなり大変だ。
(どーやって見張ったらいいかなー…禪君に協力してもらうにしても授業中だしお願いするのも気が引けるし)
持ってきた日焼け止めを肌に塗り、ついでに持ってきた虫除けスプレーを全身に噴射しながら考える。
虫除けスプレーが必要なのはプールを囲むように林があるから。
見学中は気づかないうちに蚊にくわれてることもあるから持っていったほうがいいよーって葵先生に言われた。
実際見てみるとわかるんだけどプールを被ってるのは高い鉄格子だけだから虫の不法侵入どんとこい!な感じになっちゃってる。
ただでさえ睡眠時間が限られてくるのに痒くて眠れないとか悲惨だ。
…チョットかけすぎて咽たのは内緒。
虫除けスプレーって苦手なんだよね…蚊取り線香とかなら大丈夫なんだけど。
照りつける太陽を全身で感じながら、目を閉じる。
蝉の鳴き声や夏独特の沢山の音に負けないくらい愉しそうな生徒たちの声に耳を傾けて体の力を抜いた。
今はまだ、もうすこしだけ……『日常』を噛み締めていたい。
昨日聞いた七つ不思議の舞台で、私は自分にできる限り怪異による事故を減らそうと決意新たにした。
編入という形で輪の中に飛び込んだ私を受け入れてくれた彼らは私にとって『護りたい』者だもん
( オバケなんかに負けて、たまるか )
多分これは、私の意地とプライド……――――――――
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ここまで読んでくださってありがとうございます。
さーて、次も挙げられるように頑張ります!
ふぁうとー!いっぴーつ!!
誤字脱字などがありましたらドシドシびしびしご一報ください。