きっかけはプール授業【壱】
前編は前座みたいなものです。うん、きっとそうだ
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なんだか最近、内側の方から音がしてたんだ ―――――――――
体から大切なモノが逃げていく。
ぽこぽこと、それは美しい青の中で潰れかけたり、震えたり、まぁるくなったりしながら
手の届かない場所へ昇りながら離れていく
青は徐々に深くなりやがて深い深い闇へ変化して
光は徐々に遠くなり、まぁるい水泡の量が増え、そしてやがて……
光は手が届かないほどの闇へ沈んでいく
青い箱の中で意識を失う瞬間、俺の名を呼ぶ声がした…――――――――――――
◇◇◆
「見るのは二回目だけどさ、よくもまーそんなに朝から食べられるね」
「なーにいってんだよ!普通だって、こんなん。優が食う量少なすぎるんだ」
「いや、これでも結構食べる方なんだけど」
とはいえ、自分の前にある食器の数と彼らの前にある食器の数は圧倒的に違ってる。
色々言いたいことはあるけど、朝だっていう自覚をもって欲しい。
積み上げられた椀や皿の山は夕食よりも控えめだよ?でもさ、それでも多いでしょ。
ぼーっとしながらお味噌汁を啜る私に靖十郎が不思議そうに話しかけてきた。
「さっきから眠そうだけど大丈夫か?昨日はわりと涼しかったし寝やすかっただろ?…っつっても優んとこはクーラーあるから関係ないっちゃー関係ないだろうけど」
「クーラーは確かに快適だったけど、想像以上に疲れてたみたいでいつも以上に寝ちゃったんだよ」
気を抜いた瞬間に欠伸が出て、滲んだ視界と涙を拭う為にごしごしと目をこする。
まぁ、すぐに目が赤くなると靖十郎に止められたけれど…。
まだ身体に眠気が残っているみたいだ、と告げてからだし巻き卵を口の中に放り込む。
口の中で広がる程よい出汁とほんのり甘い卵焼きに少しずつ眠気が薄れていく。
「そっか。じゃあシシャモやるよ!これ美味いんだ。後でヘバらないように食っとけよ」
「あんまりしっかり食べると授業中寝ちゃって怒られるけどね」
「わかる!確かに飯食った後って滅茶苦茶眠いんだよな~、昼飯の後が歴史とか国語だと間違いなく熟睡だし。で、窓際だと夏は暑くて寝つけなくて……」
点呼の時はぼんやりしている靖十郎だけど元々寝起きはいいらしい。
食事に向かう時には普段どおりのテンションだ。
私は眠気を引きずる方だから(よく二度寝もする)すごく羨ましい。
そんな事を思っていると、靖十郎がグッと私に顔を近づけてペタッと意外に男らしい骨ばった手を額に当ててきた。
手は少し冷たくて思わず目を細める。
冷えピタみたいに容赦ない冷たさじゃなくて優しい冷たさだ。
「熱はなさそうだけど……顔色あんまよくねぇし、無理すんなよ?」
「ん。ありがとう、靖十郎」
「べ、別に…その、だ、ダチなんだから心配すんのは当然だし。ほら、ぼさっとしてないで行くぞ!」
照れ隠しなのかやや強引に私の手を掴み、ずんずんと先頭を切って歩く靖十郎の私よりちょっと大きな背中を見て肩の力が抜ける。
可愛いなァ、なんてちょっとオバサンじみた事を思いながら成長した息子(いや、まだ早いけどさ)を見るようなそんな気分になった。
もしかしたら、これが母性本能ってやつなのかも?
慌てて掻き込んだ最後のだし巻き卵を口の中でもぐもぐと咀嚼しながら遠のいていく食堂を眺める。
もちろん食器はきちんと返したよ!食堂で働くお母さん方にもごちそうさまは言った。
「俺まだあんみつ食べてなかったのに。あと葛きりもわらび餅も草餅だって食べてなかったのに。すごくすごく楽しみにしてすぐ取りに行けるように腹八分目にしてたのに」
「だ、だから悪かったって!!学校行く前に厨房のオバチャンに余ってるのあったら貰えばいいだろ?オレも頼んどくから機嫌直せって!な?」
「自分だって楽しみにしてたの食べられたら怒るくせに」
「うぐっ!………そ、そういえばさ、今日も暑くなるらしいからプールにはいいよな!」
「(話そらしたな)あー……そういえば今日だっけ、プール授業」
「―――――……こんな楽しい授業という名の遊びを忘れられるなんて大物すぎるだろ」
引きずられてついた先は彼らの部屋だった。
床の上に散らばっている漫画と雑誌数冊以外はそれなりに整理されている。
うむむ。意外といえば意外だけど、靖十郎はお母さん気質だし考えられなくもないか。
「部屋想像以上に綺麗なんだ。びっくりした」
「そりゃ、オレたちの部屋ってちょっとした溜まり場みたいになってるから綺麗にしとかないと」
「そういう意識があること自体すごいとおもう。もっとこう、寝られればいいやぁって感じなのかと」
「…って封魔が言ってさ。オレは程々でいいと思うんだけど、散らかしっぱなしにしてると怒られるんだよなー」
靖十郎が片付けてるんじゃないの?!と心の底から驚く。
でも靖十郎はこの反応に慣れてるみたいで「そうなるよなー」としみじみ呟きながらタオルを選別中。
どうでもいいことかもしれないけど、おねーさんにはどっちも同じに見えるよ。
真剣な顔で悩む靖十郎を横目に眺めながら気になってたことを聞いてみた。
丁度封魔もいないし、私しかいないから少しは本音を話しやすいんじゃないかと思う。
「――――……靖十郎は昨日、よく眠れた?」
「んー、まぁまぁ」
「そ、か。それならいいんだけどさ」
強がってるとか虚勢を張ってるわけじゃなさそうだ。
部屋には同じ体験をした封魔がいたからなのかとも思ったけど、もしかしたらただ耐性があったからかも。
この学校では一般的に言う“自殺”もあるし現実味の強すぎる“七つ不思議”だってある。
10代で人が死ぬことに慣れちゃうっていうのは危険なことだ。
身近な人がなくなるのとほぼ無関係の人がなくなるのでは感覚は違うとはいえ、慣れてしまっている人とそうでない人は違う筈だから。
「優が眠れなかったのって昨日のことが原因?」
「それもある、かな。単純に靖十郎たちが心配だったっていうのもあるけどさ」
「お、オレなら大丈夫だから心配すんなよっ!そ、それにもしスゲー怖くなって眠れなかったらその、優が眠れるまで電話してやってもいいしさ、それでも無理ってんなら…と、とととと特別にオレたちの部屋に泊めてやるから!生徒会チョーに見つかんなけりゃ大丈夫だって」
「うん。ありがと、靖十郎」
“視える”ようになって間もなくは怖くて仕方なかったんだけど今はどこでも寝られるようになった。
正真正銘、どこでもだ。
例えお化けがうようよいる洋館でも旅館でも朝まで快眠。
時々、憑依されることもあるけど基本的に須川さんと同室だからその心配は皆無だしね。
必死に励まそうとしてくれる靖十郎に癒される。
私の周りには残念ながらこーして心配の延長で気遣ってくれる人は希少なんだよ。
心配はするけどあとは頑張ってね(はあと)って人が大部分を占めてるし。
いや、町の人とかは別だよ?!
上司とか上司とか上司の友達とか上司とか私の友達とか上司とかが主だ。
若干凹みつつ、私が退室したあとのことを聞いてみた。
封魔の様子も気になるけど中津寮長の様子もすごく気になる。
気にしてないといいけどなぁ…
その後、私たちは食堂から戻ってきた封魔と一緒に登校した。
まだ二日目で見慣れない教室へ向かう道を歩きながら、プールについて聞いてみる。
すると聞いてない靖十郎や封魔以外の生徒も会話に加わって色々教えてくれた。
二年生の集団をみて後輩や先輩は驚いたような顔をしたり迷惑そうな顔をしたりしてたけど、プールの話題だと気付くと「仕方ないか」と言わんばかりの表情で通り過ぎていく。
そうか、そんなにすごいのか。
集まった情報を整理すると、この学校は水泳部がすっごく強いらしい。
全国的にも有名らしいから相当力を入れてるのが簡単に想像できたんだけど……教育もさることながら設備にも相当力をいれているとのこと。
なんと!深さと長さが異なるプールが3つもあるんだって。
ま、オリンピック選手も輩出したらしいから力を入れる気持ちもわかる。
そもそも男子校ってこともあってか運動部全体が強いみたいでグラウンドも体育館も立派だし。
…こう考えると結構お金かかってるな、この学校。
勿論、というか文科系の部活もある。
同好会が多いみたいだけど、芸術部なんかは家具をつくったり絵をコンクールに出したりして何度か入賞もしているみたいだし、色々なタイプのバンドが集まっている音楽愛好会とか、写真部とか…。
掛け持ちも認められているらしく、放課後の活動は充実しているとか。
(役に立つかどうかはわからないけど、少しでも学校のことがわかるのはいいことだよね)
この情報がわからなかったら、プールが3つあることも知らないまま現場に行ってドビックリするところだったもん。
パニックって怖いよねー。
普段から冷静さに欠けることで有名なのにそれがレベルアップするってことだもん。
今回張り付くべきプールは七不思議のあるプールだ。
でも、それがわからなかったら一番動きやすい場所で全体を警戒する予定。
多分すごく広いだろうからチュンにも協力してもらおうと思ってる。
シロは拠点を見張ってるから余程のことがないと呼び出せないし……頑張らないとね。
決意を胸に教室へ入った私は、彼らのプールへの情熱を垣間見て物凄くげんなりした。
好きさえあればプールの話ってどこぞの小学生か!
とツッコミたくなるのを堪えて朝の挨拶を交わしつつ自分の席に着く。
うん。若いっていいな、とか現実逃避しつつ授業に使う道具を机に並べながらふと、過去の経験が脳裏をよぎった。
(あれ。プール見学って結構な苦痛もとい苦行じゃなかったっけ?)
私の記憶にあるプールは大体温室っぽい造りになっているから熱が篭るし、タイルの上とかは直射日光が直撃するから頭とか凄く熱い。
頭ならまだしもブレザーとか黒に近い色が多いから暑いのなんのって!
「(そういえば学ランも黒だ!どーしよ。私ってば授業が終わる時には香ばしい匂いがしてたりして)」
とりあえず日焼け止めは塗っておこうと鞄の中に入れっぱなしにしていた日焼け止めを確認。
なーんか忘れているような気がしないでもないけど、結局思い出すことを放棄して眠い眠い1時間目の授業を受けた。
息を抜けるときに抜いておかないと、いざって時に動けなくなるから今のうちに休んでおこうと直ぐに眠気に屈したのは上司に報告しなくていいよね?多分というか十中八九、怒られちゃうもん。
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尻切れトンボってかわいそうだけどよくいる。
ここにもいる。
いつものように誤字脱字変換ミスなどがありましたら教えてくださいまし!お待ちしておりますというか待ちわびております!!