きっかけは応急室
イケメンに対する偏見が含まれております。
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―――――――――……私は、彼との対話で確信した。
目の前で人の良さそうな笑みを浮かべている葵先生はとてもカッコイイと思う。
触り心地の良さそうなフワサラな髪に高い身長、その上に顔立ちも整っているとくれば世間一般ではイケメンとして認定される筈だ。
性格だって私から見る限りだと、話しやすいし親切だしで私が親だったらこんな息子が欲しいと思うような人。
須川さんとは違うタイプの美人さんです。
「せ……先生、あの、さっきから何をしていらっしゃるので?」
「何って見てわからないかな?補修だよ、制服の」
「いや、あのそれはわかるんですけども何でそんな大量の制服を先生が繕ってるんですか」
「赴任したばかりの時に保健室に来てた生徒の制服が破けてるの見つけて、気づいたら補修しててさー……それ以来なんか色々繕いものとか頼まれるようになったんだよな」
「先生、制服じゃないのも混ざってます」
「ん?ああ、これは調理実習で使うエプロンだ。デザインは俺が考えたんだけどちょっと失敗だったかなーと思ってる」
「ちょっとどころか盛大に方向性を見誤ってます。ゴツイ男が集団でフリルとレースだらけのエプロンつけて料理とかどんな悪夢ですか」
見事なレースと細かいレースがあしらわれた可愛らしいデザインのエプロンに思わず顔をしかめる。
いや、だってデカいんだよ?!
可愛いったってある程度の大きさだからかわいいって思うのであってデカイと不安しか煽らない。
まっ先に脳裏をよぎったのはこのエプロンをつけて菓子を製作する封魔の姿だ。
うん。鬼も逃げ出す怖さだよね!三日三晩夢に出るよ。
須川さんが例外なんだって思ってたけどイケメンと呼ばれる人たちは、ズレた人が多いらしい。
この時にはもう既に私の中で『イケメン=変人もしくはそれに類するもの』としてインプット済だったのは言わなくても分かるとおもう。
他にも、冷蔵庫に食べ物とは思えない物体が入っていたりしたけど見なかったことにした。
今テーブルに置いてあるアイスティーも自分で淹れましたよ、勿論。
「はー……にしても紅茶ってこんな味だったんだなー」
「お願いだから私にお茶や作った食べ物を進めないでください」
「あはは。それよく言われる!別に飲めなくはないんだよ?……ウマくないけど」
言い訳じみたことを口にしながらチクチクとものすごい勢いで制服やエプロンを繕っていく姿は物凄く……所帯染みてる。
そこがまた親しみやすくていいんだろうけど、違和感っていうのは中々抜けないんだよね。
テーブルの上にある冷えたアイスティーで喉を潤して、ふと気になっていたことを聞いてみた。
「先生、そういえばお礼まだ言ってませんでしたよね?あの、さっきは助かりました!危うくなし崩し的にバレかねない事態に陥るところでした」
「お礼ってなんのこと?俺何かしたっけ」
「寮長の部屋に入ってきた時、助けに来てくれたんですよね?先生が登場したらピタッと止まったし」
彼がどういう術を使ったのかはわからないけど、どう考えてもあれが止まったのは先生が来たからだと私は考えている。
だって術を使わないと収まらないんじゃないかってくらい酷い状態だったのに先生が現れただけでピタッと止まったんだから、そう考えるのが自然だと思う。
どんな術を使ったのか聴いてみたくてじーっと葵先生の顔を見つめて話を促す。
さぁさぁポロっと話してくださいな!
これも立派な正し屋従業員になる為に必要なんです!是非にご協力を!
「あー……えーっと、あれってただの喧嘩じゃなかったってこと?」
「へ?」
「いや、でも確かに思い出してみると怪我人いなかったし喧嘩じゃないのか。喧嘩だったら顔に痣の一つや二つあるはずだもんな。それに経験上、アイツら位の体格ならもう少し壊れたものが散乱してる」
宙を見ながら顎に手を当ててふむふむと一人納得したようにつぶやく葵先生は本気で身に覚えがないらしい。
嘘を見抜ける力とかそーゆー便利機能はないので嘘をついてるかどうかはわからないけど、本当に知らないんだろう。
嘘をつくような人にも見えないし彼の言っていることも理解できる。
とりあえず、喧嘩ではなかったことを説明するために部屋で起きたことを簡単に話せば、驚くほどあっさり納得された。
私としてはもっと信じてもらうのに時間がかかると思ってたので物凄く拍子抜けしたけど「実際に目で見てるし、信じざるおえない」と言われれば納得もする。
そしてこっちの事情を話せば驚きの事実を入手することができた。
「ええっ?!外からは物音一つ聞こえなかったんですか!?あ、あんなに凄いラップ音とポルターガイストだったのに」
「俺も部屋に入るまで全くわからなかった位だから他の生徒も気づいてないと思っていいよ。あと、これを知ってるのは俺とあの部屋にいた3人…あとは君と生徒会長くらいかな。寮長なら生徒会長の彼に部屋で起きたことを説明に行くだろうからね」
「わかりました。禪君なら封真と靖十郎に口止めしてくれるとは思うけど、一応私からも口外しないように伝えます」
ま、情報が漏れることを完璧に防ぐことは難しいし噂が広まるのを遅らせる効果しかなさそうだけどね。
人の噂なんて止める方が難しい。
しかも学校の寮なんていう人口密度が高くて、色々と限定された場所ときた。
悪い噂ほど広まりやすいっていう厄介すぎる性質もあることだし、直ぐに広まるよね。
「ところで、葵先生の用事ってなんですか?」
「忘れてた!これ、担任に渡して、ついでにこれはプール見学の為に用意した嘘っぱちな書類たち!すごいよー、俺これかいてて文才あると思ったもん」
ほらほら、読んで読んで!と褒めてもらいたそうにしている葵先生をみてどうにか笑い出すのをこらえながら渡された書類に手をとって―――― 冒頭から三行目で思わず噴いた。
「ちょ、なんつー壮絶な人生歩んでるんでるんですか私!可哀想すぎて笑えてきますっていうか何この不幸の親子丼定食!これ親子丼の横にチキン卵スープと生卵と焼き鳥がついてきてるくらい酷いです!ちょっとしかも最後の方ってまるっとポエムじゃないですか!これだから苛められるんですよ私!」
「ぶっ…!やっぱそうだよなー、どっかの昼ドラみたいな展開だしちょっとやばい感じの仕上がりになってさー。俺、この仕事より昼ドラ用のシナリオとか書く方が合う気がしてきた」
「昼ドラのシナリオを書く保健医はかなりどうかとおもいます」
話しながら受け取った書類に目を通す。
一枚目と二枚目は昼ドラ的仕上がりだったんだけど、三枚目からは本来の書式に則ったもので見事にまとまってた。
書類にはプール授業に参加できない理由と見学を認める理事長、校長、教頭の判子。
二枚目には診断書が書いてあって完璧だった。
ちなみに参加できない理由は『昔事故で負った傷が原因で虐められており、人前で服を脱ぐことができない』と言うことになっている。
言うまでもなく海パン一丁になったら女だってことがバレるからねー。
そうなったら仕事ができなくなるし、依頼者側にだって良くない影響が出ちゃうから性別がバレないようにするのは最優先事項なのだ。
残りの一枚は見学するにあたっての心得みたいなもの。
人の部屋って落ち着かないから部屋に帰ってからのんびり読もうかな。
時計をみると点呼が終わって学習時間に突入していた。
……学習時間中は部屋から出られないから帰りに舎監室に寄っても生徒に見られる確率は限りなく低い。
それに、もし見られて問い詰められても「プール授業のことで相談があった」と誤魔化せる …筈。
葵先生に寮の入口まで送ってもらったんだけど……
「ど、どうせなら舎監室まで送って欲しかったな…っ!」
目の前には長い廊下。
奥へ進む程に暗くなっていく仕様になっているのが憎たらしいです。
で、肝心の明かりはセンサー式で節電なのか元々明るく照らす気がないのかかなり控えめ。
薄ぼんやりとオレンジ色に照らされているものの、光るのは直径50cm程度の円形。
廊下の横幅は多分1m30cmなので廊下全体は薄暗いままだ。
で、照明が置かれているのは非常に理解しがたいことに長い廊下で3箇所しかないってどういうこと?!
暗いなんてもんじゃないんですけど!!
(恐怖感倍増なのは間違いなくさっきのポルターガイストのせいだな。うん。あれは怖かった)
自然と早足になって思っていたよりも早く舎監室のドアの前にたどり着いた。
少しだけ上がった息を整えてからノックをする。
すると間を置かずにドアが開かれ、肩に重みがかかった。
「体調は大丈夫ですか?!見たところ怪我はなさそうですが少しでも違和感があれば今すぐに言いなさい」
「す、須川さんに掴まれてる肩が痛いです。ミシミシいってます」
「……どうやら大丈夫そうですね」
小さく息を吐き出した須川さんは自然な動作で私を室内へ招き入れた。
鍵を閉めて、促されるままお茶の準備をする。
習慣って怖いよね……気付いたらお茶の準備してるんだもん。
準備っていっても冷蔵庫に入ってたお茶なんだけどね。
舎監室は私と禪君の部屋と同じくらいの広さがあるから一人暮らしするには十分すぎると思う。
これだけ広いのは相談や勉強を教えてもらうために来る生徒たちの為らしい。
最も入り浸りっていうのも問題だから舎監室の開放時間は決められてるんだけどね。
お茶の準備をして話をする状況を整えてから、できるだけ詳しく寮長の部屋であったことを話した。
七つ不思議についてのメモも知っているとは思ったけど伝えたら少し驚かれたんだよね。
須川さんは今回、必要最低限の調査しかしていないらしい。
理由は簡単でこれは私の依頼だからなんだって。
そりゃそうだよねー……いつまでも須川さんを当てにしてたら成長もできないし、経験だって薄いままになりそうだもん。
ちなみに彼が驚いたのは、情報収集が想像よりも早く集まっていたからだとか。
「よくみるとただの見取り図、という訳でもないようですね」
「どーんなもんですか!と言いたいところですけど、この迷子防止用地図を作るのに靖十郎や封魔がいなかったらうまくいかなかったと思います。例えば……ココの空き教室なんですけど、不良っぽい生徒がよく集まるサボリ教室らしいくて、少し澱んで見えました」
だからここにはションボリした顔マーク。
意味的にはあんまり近寄りたくないし、素敵な立地なのに不良の溜まり場だっていうんだからションボリもするよ。
ちなみに、この教室は購買に近いんだ。
昼前の授業サボって購買の限定商品を購入するにはもってこいの場所なんだって。
「で、こっちは七つ不思議があったところ。ここは安全だと思われる場所、拠点には印つけてないです……手帳落としたときに見られたらまずいと思ったので」
「そうですね。貴方の場合は落とさないようにというよりも落とした時のことを想定して行動した方が間違いないですから……いったい何度鍵を代えたことか」
「好きでなくしてるんじゃなくって鍵が勝手に散歩に行っちゃうんだから仕方ないじゃないですか」
手帳の解説と新たに得た情報を書き足して、私は舎監室を後にした。
須川さんは寮内の見回りがあるらしいので途中まで一緒だ。
部屋についてからは忘れないうちに、探索が中止になったことを伝えてからシャワーを浴びた。
寝る時はシロやチュンも一緒。
昨日のうちにルームメイトの禪君にも許可は貰ってるから安心だ。
シロは最初遠慮してたみたいだけど、尻尾を物凄い勢いで振ってたから嬉しかったんだと思う。
正し屋では夜間警備ってことで事務所を寝床にしてたみたいだから、少し新鮮な感じ。
エアコンも効いてるし、そもそもシロは私の式だから体温も自由自在だ。
チュンは相変わらず手作りの寝床で眠っている。ふかふかの淡いオレンジ色タオルがお気に入りみたい。
「――――― ねぇ、禪くん。寮長の部屋で起こったことは知ってる?」
「ああ。中津寮長と封魔から情報が入っているが……この話は明日にする。さっさと寝ろ」
「ちぇー。寝る前のおやすみトークに付き合ってくれてもバチは当たらないと…もぎゃ!?」
「煩い」
「すいません・・・・オヤスミナサイマセ」
飛んできた国語辞典を顔面キャッチさせられたので今日はもう本当に寝ようと思います。
痛む鼻を摩りながら目を閉じる。
部屋の中から感じる禪くんやシロとチュンの気配にそっと息を吐く。
一瞬だけ脳裏を寮長の部屋で聞いた子供の声が過ぎったけれど、どうにか意識を引きはがして抱き枕にしているぬいぐるみに顔を埋めた。
願わくば、怖い夢を見ませんように……―――――――――
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長らくかかりましたが、どうにか終了。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
次はちょっとした山場です。
きっと前後編になるんじゃないかなぁ・・・・(遠い目