閉話 カモはネギをしょっていく?
一応、これで序章的なものは終了、の予定です。
さ、触りにしては長かったなー(遠い目
私の部屋は今、すっからかんになっていた。
余計なものがなくなって、一番初めの―――――――…なにもない、何も入れない状態になった部屋を見て思わず、ため息がこぼれた。
一般的な女の子よりは少なく男の人よりも多い荷物はものの1時間ほどで外に運び出された。
ビニールシートの上に広げられた家財道具を見て立ち止まったり、何事かと尋ねる人は多かったけど比較的ご近所付き合いは良かったので変な誤解は受けなかったと思う。
一応ちゃんと説明したし。
「昨日の今日で引っ越しなんて引っ越しの神様だってびっくりだよ、きっと」
空っぽになった部屋から出た私はブルーシートの上に広がる家財道具を見て回った。
引っ越し業者の人たちが丁寧すぎるほど丁寧に扱っていたのは基本的にホームセンターで買った組み立て式のものだ。
運び出されている最中、物凄く申し訳なく思ったのは言わなくてもわかるだろう。
すっごく申し訳なかった。うん。
「(でも、引っ越しの費用どころか業者さんの手配までしてくれる会社って滅多にない、よねぇ)」
引っ越し宣言を受けたのは昨日。
で、引っ越しは宣言通りに行われた。
驚いたのは引っ越し業者の人が殆ど全員女性で構成されていたことなんだけど、こっそり話を聞いたらそういう指定を受けたらしい。
まぁ、引っ越しとはいえ男の人が部屋に上がって家具を運び出すのって少し気後れするし。
一応こんなでも女だから、見えないところの埃とか賞味期限がアレな缶詰とかは見られたくないわけです。
「江戸川さま、室内の確認ありがとうございます。不備などはありませんでしたか?」
「あ、はい。名前を書くのってここでいいんですよね?」
「……、はい。ありがとございました。丁度、鑑定が終わりましたので、確認をよろしくお願いいたします」
恭しく頭を下げた一番偉い人っぽい女の人に見送られ、ビニールシートの前に立っている人に近づく。
敏腕鑑定士!という看板を背負っていてもおかしくない知的美人は私と目が合うとうっすら微笑を浮かべる。
美人だ。問答無用で美人だ。
私が男だったら、今この瞬間にどうやって連絡先を聞き出すか考えてたね!
「お待たせいたしました、電化製品を含む家財道具をすべて算定させていただいた上村と申します。今回の引き取り金額ですがこの金額になりました。確認をお願いします」
「え、こ、こんなに!?い、いいんですか…?これ、殆ど組み立てたものだし、電化製品だって結構長い間使ってのに」
「使用状態が大変良かったのでこの金額になります。同意いただけましたらこちらにサインを」
言われるがままにサインをした私ははっと我に返る。
実は、雇用契約書にサインした後、その場にいた大男さん―――――…もとい、黒山 雅さん ――――…にしこたま怒られたのだ。
契約書の類にサインする前には、必ず隅々まで目を通せ!って。
本気で食べられるかと思った。重低音って、ほんと体の芯に響くね……一瞬、地震かと思った位だし。
今回の引っ越しなんだけど、実は『契約後は速やかに住まいを「正し屋本舗」事務所二階の住居区域へ移し、そこでの生活することに同意する』って雇用条件の欄に書かれてたんだよね。
引っ越し自体はいいとしても契約した翌日に引っ越しっていうのはいくらなんでも焦りすぎだと思う。
何か理由があるのかな、なんて考えたりもしたけど、さーっぱりわからなかったので諦めた。
「(にしても、私にとってホントに大事なものって鞄一個で間にあっちゃうんだなぁ)」
必要最低限の貴重品は友達にもらったアクセサリーと形見のダイヤのネックレス(といっても結婚指輪をネックレスにしたやつだから、ダイヤっていっても小さいんだけどね)、あとは貯金通帳とお財布、携帯電話と充電器、連絡先が書かれた手帳と卒業アルバムが3つだけ。
服や下着といったものは何故か処分するよう言われた。
よくはわからないけど、言われたとおりにしていくうちに大切なものは見事に旅行用のカバンに収まったのだ。なんだか自分がものすごーく、小さい人間のように思えて悲しくなったのはここだけの話だ。
うぅ、鞄一つの青春とか虚しすぎるんですけど。
引っ越し終了を見計らって到着したタクシーの中で、諦めにも似た笑みがこぼれた。
あー、運転手さん、いいんです。放っといてください。
いますっごく荒んでるんで。
よし、こーなったら、あとで甘酒を自棄呑みしてやる!
◇◇◇
「……こ、この中から、ですか」
「気に入ったものがないようなら作らせます。希望はありますか?」
私が就職した会社の名前は『正し屋本舗』という少し変わった会社だ。
でも、そうじゃないことがわかった。
変わっているのは『正し屋本舗』という会社ではなくて、経営者―――――――そう、須川さんその人だった。
彼の容姿が整っているのは一目見ただけで十分すぎるほどに理解できる。
それに身に着けてる服とかモノから高級感が漂ってるから、お金はあるんだろうなーとは思ってたけどここまでだとは思わなかった。
「………須川さん」
「なんでしょう?」
「多分、ちょっとばかり私と須川さんの金銭感覚にずれがあると思います」
「そういえばそうですね。先ほどから安いモノばかり見ていますし……これはよくできているように見えますが、まだまだです。あちらに置いてあるものの方が素材も職人の腕も格段に上ですから、あちらの方がいいでしょう」
「ちょ、ま、待ってください!そーじゃなくって……あああ、ストップ!お願いだから早まらないでください!桁っ、桁みて!!一桁どころか二桁多いです!」
「この価格なら安い買い物です。ですが、このデザインは女性には向きませんね。クローゼットはあるのですがもう少し小さめの箪笥と姿見を買いましょうか。木も悪くないですが、陶器製のものもあるようですし、そちらも見て決めた方がよさそうですね」
一人、何かを理解したように頷いたかと思えばすたすたと別の売り場へ歩いていく。
私はそれを追うのに必死だし、追いついたら追いついたで高級家具をポンポン買いそうな彼を止めるのに必死だ。私こんなに疲れる買い物初めてなんですけど!
こんな感じで店内を回って、別の店へ日用品を買いに行く頃にはもう、ほとんど気力は残っていなかった。日用品も高かったけど、家具に比べたらどうってことない。
普段の私なら絶対に躊躇するような値段だったけど、家具店で感覚が麻痺しちゃったんだ、絶対。
「さて、一通り当面の生活に必要なものは揃ったので、少し休みましょうか。昼食もまだでしたし、ちょうどいいでしょう。何か食べたいものはありますか?」
「食べたいものですか……あ、美味しいわらび餅が食べたいです!」
「それならいい店を知っています。そこなら町の案内もできますし、楽しみにしていてください」
花も見惚れるような笑みを浮かべる須川さんを見るたびに、形容しがたい敗北感に襲われながらハイ、と首を縦に振った。
運転手に店の前で止めるように告げ、車の中で正し屋がある町について教えてくれた。
正し屋があるのは、縁町というあまり大きくはない町。
面白いのはたった一つの町に、12ヶ所の公園とそれに通じる社があるらしい。
社に社に通じる道や公園にはその社をつかさどっている神様が好んでいる樹や花が植えられてて、毎月、どこかしらの公園で祭りが開催されるんだって。
これを『 十二月祭り(じゅうにつきまつり)』と呼ぶんだけど、このお祭りは物凄く有名だ。
縁町はお祭りだけじゃなくって、腕のいい職人さんを育成することに力を入れている町だってこともあって、競うように自慢の品を祭りに出店する。だから、いいものが並んで、それが他の街だけじゃなくって海外にまでその評判は轟いている。
「でも、そのお祭りの手伝いって言っても『正し屋』って職人さん、いないですよね?何を手伝うんですか?」
「依頼されているのは神を迎える準備と神卸しまで、ですね。後は呪符や御守りの類を社で売ってもらうくらいでしょうか?」
すいません、神様とお知り合いなんてきいてないんですけど。
ひくっと口元がひきつったのを自覚した。
でも、もう就職してしまったものは引き返せないので早く慣れるように頑張ろうと思う。
なんか立派なこと言ってるように聞こえるかもしれないけど、ぶっちゃけ私にできるのはこの位しかないんだよね!
こうして、私は目くるめく(?)非日常と日常の境目へと足を踏み入れちゃったんです。たははー
ここまで読んでくださってありがとうございます!
これで一応、序章みたいなものは終わりです。次から、なんやかんやで癒し成分入れていこうかなぁ…等と目論んでいるので、もしよければ暇つぶしにでも読んでやってください。
PS.お気に入り登録してくださっている方がいるらしいことに気付きました。思わず、目薬さしてからもう一回確認しちゃったほど…。
ありがたや~、ありがたや~。
いや、あの、本当にありがとうございます!がんばるぞー、ふぁうとー!
備考と補足があります。
…小説外で説明する必要がなくなるくらいの文才が欲しい(ボソッ
◎ 十二月祭り ◎
正し屋がある縁町は、職人による伝統工芸や日用雑貨の他にも月の最後3日間で催される“月祭り”という祭りが有名。
これらはひと月を無事に過ごせたことに感謝してその月を司っている神様への感謝の気持ちを表す為に昔から行われていた。今現在はその意味合いが半分、職人たちの腕を競う、もしくは限定品の商品を売り買いする機会として認識されている。