きっかけは点呼
一夜を経て、日常。
高校生組は書いていて面白いです。
特に靖十郎が出てくると筆が進むのはなぜだろう。
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どこまでも穏やかで優しい闇の中。
あったかくて思わずホッとするお陽様の匂いに幸せだと心も体も解けていく。
ずっと浸っていたくなるような闇が唐突にぐらぐら揺れて、何処からか暖かい音がする。
うん、すっごく残念だ。でも悔しいから絶対に目を開けるものか。
何とも『ぽかぽか』『ぬくぬく』で気持ちいいにも程がある位幸せな空間に満足していました。
崩壊しかけるまでは、だけど。
徐々に音やグラグラする振動が大きくなって、我慢できる限界を超えた頃……重たい瞼を持ち上げた。
ぐにぐに目元を擦りながら目を見開く。
滲んでぼやけた視界に人らしき輪郭が浮かび上がったところで見慣れない配色にはて、と首をかしげる。
須川さんじゃないってことは寝惚けた頭でもわかった。
輪郭が曖昧に見えるものの、髪の色も体格も…それこそ香りだって違うんだから。
(須川さんじゃない…ってことは誰だ。シロもチュンもこんなにでっかくない)
そもそもシロもチュンも人じゃないってことに寝惚け全開の私は気づかないまま。
くあぁと欠伸をしつつ、一体誰なのか考えている間に―――――体がフカフカもふもふベッドから離れる。
暖かくて柔らかいベッドから離れた背中に体温よりも低い空気が入ってじょわっと鳥肌が立つ。
目を見開くと天井とは真逆のフローリングが広がっていた。
で、ブランブランしてる両手から察するに抱えられてるっぽい。それも小脇に。
気持ちのいい眠りを奪った“誰か”に自分が抱えられてるのは判った。
ついでに手だけじゃなくて足も床についてないからぶらんぶらんと宙に揺れる感覚は何と言うか奇妙だ。
でも慣れれば不思議と心地良くなってきて眠くなってきちゃった。
しっかり体が支えられているお蔭だよね、不安にならないのって。
ほんのり温かいのも良きポイントです。
うっかり眠気くなってきちゃったよー……寝て、いいよね?
ほどよく気持ちよくなってきて、ついうっかり目を閉じた私。
再び夢の中に片足どころか半身を突っ込みかけた所で物凄い冷気と共に名前が呼ばれた。
「……ッふも!?」
「いい加減に起きろ。数分後には点呼だ」
「えー……あー、もうちょっとだけ寝せてくれても」
「起きない時は金縛りに雷撃をくわえるといい具合に目覚めると須川先生に聞いたが」
「ちょ、それ死ぬってば!殺す気なんかいッ?!」
禪くんの深いふか~い溜め息とともに私は床らしき場所に体を下ろされた。
ふらつきながらもどうにか2本の足で体を支えて立ったんだけど…やっぱり眠たいものは眠い。
半分は確実に瞼は閉じたまま。
重心を取るのも面倒でふらふらグラグラ左右前後に揺れていると頬の辺りに鈍いとも鋭いともいえぬ独特の痛み。
「むぉ…?」
「やっと目を覚ましたか。点呼の時間だ、しっかりしろ」
「てん…点、呼?あー…うん、しっかりしてみる。だいじょうぶ、起きてる起きてる」
「起きているというなら目を開けて半開きの口を閉じろ」
「い…ッ?!い、いででで!!!い、今ちょっと雷撃つか…っ」
「声が大きい。どこで誰が聞いているのかわからないから気をつけろと須川先生にも釘を刺されてる筈だ」
「すいません、一気に目が覚めました。もう二度寝しません」
少なくとも今朝は、と小さく付け足して揺れることなく二本の足で絨毯を踏みしめる。
馴染みのない景色をみてようやく『そうだ、ここは正し屋じゃなくて寮だったんだ』と思い出した。
周囲を見渡すと一定の間隔で並んだドアからだらっとした服装や表情の少年達が出てくる。
…少年と言っても高校生だからそんな可愛らしいものではないのだけれど。
その中にはきちっとパジャマを着たり着替えを済ませたりして完全に活動体勢に入っている生徒もちらほらといるけど、片手で足り手しまうほどの人数だ。
「(あ、靖十郎と封魔だー…)」
眠たそー、と自分のことを棚にあげてぼんやりと彼らを観察。
靖十郎は大き目の黒のタンクトップにトランクス(紺色の無地だ。面白い柄とかだったら眼が覚めたのに)、封魔は上半身裸でジャージのみという…何とも彼等らしい格好だった。
まぁ、周りの生徒も似たような感じ。
夏だからか、朝から肌色率が高い。
部屋はさぞ熱いんだろう。私と禪くんの部屋はクーラー付いてるから快適だけど。
やっほーっとまだ正常に回っていない頭で封魔と靖十郎に小さく手を振ると私に気が付いたのか、ゆるりと手を上げたりぼんやりとした笑顔を向けてくれた。
…靖十郎は禪をみて固まってたけど、まぁ至って普通の朝だ。
「(うん…夢じゃない。ここやっぱ男子校だ)」
「優、口が開いている」
「あー…うん。今しめるよ」
へらりと何となく笑顔を浮かべて禪を見れば彼は呆れたような視線を寄越しただけで普段と変わらない無表情を貫いていた。流石だ。
そうそう、一つ気づいたんだけど禪くん、呼び捨てになった途端、辛辣になった気がする。
辛辣になったっていうよりも容赦なくなった?
正し屋の一員として社交辞令的な対応されるよりもいいんだけどさ。
「(敬語排除の次はにっこり笑顔かな。うん、見てみたい…怖いものみたさってやつで)」
「とにかく、そのしまりの無い顔をどうにかしたらどうだ」
「どうにかするったって生まれつきこの顔なんだけど」
中辛カレーもびっくりなツッコミありがとう。御陰でおねーさんちょっと凹みそうだよ!
切り口スッパリ、切れ味最高、アフターケアは特になし!といった具合の何とも素晴らしいお言葉です。
加えて、言っている事が正論だったりするから尚悪い。
それも彼がもつ個性の1つなんだろうからその内慣れるんだろうけど。
ぼんやりとしていると、見覚えのある人が現れた。
あ、と声に出しかけた所で目が合う。
ビックリする私に彼――――― 寮に足を踏み入れたとき道案内をしてくれた男子生徒が子供っぽい笑みを浮かべる。
まるで小さな悪戯が成功した子供みたいなそれに、私も釣られて頬が緩んだ。
どーりで面倒見がよかったわけだ!と納得した私に禪くんが小さく言葉を紡ぐ。
「点呼は名前を呼ばれたら返事をするだけだ」
「…わ、わかった」
忘れてた点呼がはじまるんだ!
そう思い出した瞬間に、本気で図ってたんじゃないかと思ってしまうような絶妙すぎるタイミングで誰かの名前が呼ばれる。
寮長の少し後ろではあくびを噛み殺しながら何かを書き込んでいる生徒。
点呼は寮長が取り、副寮長は返事をした生徒の欄にチェックを入れていくらしい。
皆がみんなではないものの眠たそうな声を聞きながら自分の番を待つ。
苗字順じゃなくて部屋順だっていうのが本当に悔やまれる。
もし苗字順だったら私は比較的早くに呼ばれるんだけどな。
次々に名前を呼ばれる生徒たちを見ながら最後に自分の名前が呼ばれるまでおとなーしく待った。
一番最後ってやっぱり緊張するね、うん。
妙に緊張した点呼は特に失敗もなく無事に終えることができた。
部屋に戻った私は取り敢えず迅速に朝の支度を済ませる。
サラシは巻きっぱなしで寝たので少し馴れてきたんだけど、見られるのは本当にまずいんだよ。
風呂に入るといって軽くシャワーを浴びるべく豪快にばさっと脱いで、さっさとシャワーを浴び、サラシの上からYシャツを着込む。
その上から学ランを着て…ちょっと熱いけど、きちんと制服を着て完成だ。
「(うーん、やっぱり男物の下着を用意してもらうべきだったかな。万が一を考えるとその方がいいだろうし須川さんにお願いしてみようかな)」
一ヶ月に一度くるアレの日以外、トランクスだったらなんら問題はない。
というか、寧ろトランクスの方が都合良さそうだ。
胸はサラシで抑えてるから、寝る時はちゃんと巻き直さないとと駄目だろうけど、一応は誤魔化せるし。
お風呂場から出たところで「朝食に行くぞ」と意外にも待っていてくれた禪の元に駆け寄る。
彼のお蔭で私は遅れることなく余裕を持って朝食を取ることができた。
学校へ行く時は、靖十郎と封魔が迎えに来てくれて2日目にしては順調快調。
日差しは少々強いけれど、まだ涼しいほうだ。
この学校は街から離れた少々小高い山のような場所に立っているから、アスファルトの照り返しはない。
私が住んでた高校も田舎にあったから懐かしい雰囲気ではあるんだけどね。
こーゆー自然に囲まれたところに立つ学校は夏を快適に過ごせる。
代わりに冬は……びっくりするくらい寒いけど。
「ご飯も食べたし、今日から少しずつ昼も色々探ってみよう。夜は怖いけど、昼なら大丈夫だもんね!お陽様の光、最高!鮭とご飯と味噌汁のある朝ごはん最高!!いよっしゃ、がんば」
「くだらないことをしていないで、早く準備をしろ。あと30分で施錠される」
「………………ハイ、了解シマシタ」
部屋の中で気合を込めて腰に手を当て、片手を突き上げた状態のまま固まった私と表情一つ変えない禪くん。
私にとって居心地の悪すぎる冷えきった気まずい空気が流れているような気がした。
まだ可哀相なモノを見る目で生ぬるく見守られる方がマシだ。
実際そんなことになったら故郷で静かに暮らすことを迷わず選択しそうだけど。
「と、とりあえず今見たことはなかった方向で処理してください」
「安心しろ。今更だ」
「そ……それって喜ぶべきなんだろうか」
頭を抱えて靖十郎と封魔が部屋まで迎えにきてくれるまで考え込んだのは須川さんには秘密だ。
お仕置きだけはご勘弁願いたいし、ね。
封魔と靖十郎に引きずられながら青い空を見上げてうっかり泣きそうになった私の心境は…どうか察して欲しいと思います。ぐすん
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ここまで読んでくださってありがとうございました!
次は、登校2日目です。早めに…うpできるよう頑張ります。
誤字脱字変換ミス及びわかりにくい箇所があれば柔らかく教えてくださると嬉しいです。