きっかけは潜入初日.弐
直接のオバケっぽいモノは出てきません。
ただ、夜の学校が怖いと思うのは大人も子供も同じだと思う。
真っ暗な学校って半端ないですって…警備をしている方がいたら表彰したい。
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―――――――――……闇は光を受け入れない。
宙に浮かぶ優しい明かりをみてそんな言葉が脳裏をよぎった。
普段なら「私ってば結構な詩人っぽいかも」とかそんな冗談をうっかり口にしそうなものなんだけど…この状況では軽口を叩ける人がいたらトロフィーを贈呈したいと思う。
だって左右から地味にピリピリともキリキリともいえる、なんとも張り詰めた空気が漂ってるんだもん。
そりゃ、私だって警戒はしてはいる。
でも残念すぎることに“一人”じゃないことや須川さんがいることで妙な安心感があるんだよね。
こういう現場では安心や慢心といった油断が何よりも危ない。
それは知識としても実体験を通しても嫌ってほど理解してるんだけど、本能レベルの安心感には対抗しようがないというか…。
「静か、ですね。やっぱり」
三人分のそれぞれ異なる足音がコンクリートに固められた建物の中で響いては消えていく。
耐えかねてポツリとこぼした言葉は思ったよりも大きく響いて消えていった。
寒くないはずなのに無意識に腕を摩りながら歩く私を数歩前を歩くシロが心配そうに振り返る。
うん、やっぱりモフモフしたシロは可愛い。
モフモフしてなくてもシロなら可愛いんだろうけど。
「学校関係者はおろか警備の人間もいない。静かなのは当然だ」
「え?学校に警備員なんていたの?」
「ああ。何年か前にはいたが人件費を削減する目的で警備会社をいれた。長期的な目でみるとそのほうが安い……ほとんどの学校が警備の人間もしくは警備会社をいれているはずだが」
「そ、そうなんだ。俺あんまり遅くまで学校に残ったりしなかったから気付かなかったのかな」
大学時代には流石に警備会社とか警備員さんはいたけど高校時代に警備会社どころか警備員のけの字もみてないんだけど。
これってやっぱ時代の問題?それともただ単に私が通ってたところがド田舎だったから?
警備っていえば、鍵をかける習慣も殆どなかったような気がする。
家とか誰でも出入り自由でお隣さんとかが玄関に採れたて野菜とか置いてくのが普通だったもんなぁ。
田舎も田舎だったから知らない人なんて滅多に来なかったし、泥棒っていったら野生動物くらい?
暗闇にも慣れてきた私は周りをみる余裕も出てきた。
どうやら『資料室』は一階にはないらしく、見覚えのある階段を昇る。
階段の踊り場に差し掛かったところで先頭を歩いていた禪くんが足を止めた。
相変わらず無表情で張り詰めた空気をまとってたんだけど、それが殺気を帯びたものに変化している。
思わず背後にいる須川さんを振り返ると、彼も目を細めて階段の上を見据えたまま動かない。
「なにかいる、んですか…?」
「声がした。複数、それも子供の声だ」
「こ、怖いこというなっ!ほ、ほら、でも俺は何も聞こえなかったし気のせいじゃない?」
「―――――…残念ながら、気のせいではないと思いますよ。私も聞きましたし、確かに“気配”がありましたから。ただ、今はもう居なくなったようですが……先を急ぎましょうか。資料室には私が結界を張りますが二人にも手伝ってもらいます」
「はい、勿論です。結界を張っている間、廊下に僕の式を置いて見張りをさせたほうが?」
「ええ、お願いします。念の為に優君の式も見張りに付いてもらいましょう。室内にいる可能性は少ないとは思いますが何かあった場合は優君が対処してください」
「あ。そっか、須川先生はサポート役だってってましたもんね。じゃあ、チュンたのんだよ!もし何かいたら教えてくれる?」
任せて!とチュンは羽をばたつかせて私の頭の上から飛び立つ。
真っ直ぐに資料室があるらしい方向に飛んでいくのを目で追いながら階段を上がる。
階段が終わり、広く長い廊下へ出た。
川蛍の明かりに照らされてはいるものの、明かりに照らされている部分は限られていてそれ以外は闇に包まれたままだ。
普通に想像する夜の学校は薄暗くても教室やドア、掲示物くらいは見える暗さだと思う。
「それにしても、なんでこんなに暗いんだろ。普通、夜の学校っていっても3m位先なら見えるとおもうんだけどな」
「それは普通の学校であったなら、の話です。穢れや密度の高い霊気が集まっているのでしょう。昼間ですらかなりの霊気が集まっていますし、それを考慮するとまだ“この程度”で済んでいる…といった所ですね」
「例え昼間でも負の感情は集まる。知っているだろう、昼間の事件を」
「呼ぶ、屋上…?」
口をついて出たのは、私が遭遇した七不思議の一つ。
霊視してないから詳しいことはわからないんだけど、ひとつだけ確信がある。
飛び降りた彼を見る限り彼はどうしても死ぬ気だったとは思えない。
落ちていく、彼の顔は必死に生きたいと訴えていた。
(一番気になるのは、微かに感じた違和感と息が詰まるような恐怖)
わからないことは他にもある。
手足に付いていた紐の痕、七不思議になぞらえたような二人の生徒の死、保健室で見た白い大蛇。
小さなことなら多分、もっとだ。
そ、そりゃー今はパッと出てこないけど。
暗すぎる校舎の謎は解けたけど、危険認識度が改められてCからBにレベルアップした感じ。
ひっじょーに残念です。どうせならもっと違う何かが上がればいいのに。
…運とか今巷で有名な女子力とか。
そんなことを考えている間にいつのまにやら禪くんが私の前を歩いていていた。
こうやって背中を見ると高校生らしからぬ貫禄というか安堵感みたいなものがあるっていうか?
ぶっちゃけると、私より頼りになりそうな感じ!
「(って自分で思ってて情けなくなってきた。一応これでもいろんな端くれの社会人なのに)」
「――――……ここが『資料室』です。鍵はここに」
ポケットから鍵を出した禪くんを横目に私はドアの上にある文字を目で追う。
ドアは引き戸ではなくドアノブのついた一見非常口や裏口のようにも見える、簡素な作りをしていた。
よく見るドアよりは大きいけど、一人で開けられなくはない。
「ホントだ、資料室って書いてある。チュン、どう?なんか嫌な感じとかする?」
「ちちちちっ」
「えっと、大丈夫…みたい。今のところだけど。禪くん、鍵は俺が開けるよ。万が一、はないと思うけど少し下がってて」
「わかった」
彼は協力者だと入っても庇護の対象になっている生徒だ。
ほかの依頼でもそうだけど、依頼人の保護は最優先事項で自分たちの命は二の次。
『正し屋本舗』に関しては自分たちの命と契約は同等と考える。
といっても依頼人が全てじゃないから難しいところなんだけど重要な判断は須川さんがしてくれるから私はそれに従うだけだ。
勿論変だなーって思ったことは異議申し立てるけどね!
耳元で聞こえる心臓の音を意識しないようにしつつドアノブに触れる。
想像以上に冷たい金属で出来たそれに一瞬体がびくっと震えたけど、二度目はしっかりと握れた。
手のひらの熱が奪われていくのを感じながら乾いた口の中を潤そうと無意識に生唾を飲み込む。
「開けます」
声をだしたのは後ろにいる二人の為じゃなくて逃げ出したくなる気持ちを押さえつける為。
ゆっくりとドアノブを回すとカチャリと金属が外れる音がした。
息を殺しつつ、手前に引く。
甲高い音は金属が悲鳴を上げているみたいで不安や恐怖を煽られる。
どっくんどっくん、なんて可愛らしいものじゃない今にも破裂しそうな爆弾を抱えているような音が体中に響いてくる。
「―――――――……真っ暗だけど気配はない、か。禪くん、電気はつく?」
「左側の壁にある。ここなら電気をつけても寮からは見えない」
「わかった、ありがとう」
そっと、壁に手を這わせてスイッチを探る。
視線は陰影すらわからない資料室の中だ。
天井だとか床だとか左右だとかを睨みつけること数秒、ようやく指先がスイッチらしきものに触れた。
これ幸い!とスイッチを押すと、カチッと乾いた音が響き直ぐにチカチカと電灯が光り始める。
直ぐにパッとつかないあたり普段使ってない感じがひしひしとするんだけども。
「あれ。意外に綺麗だ」
「使うかもしれないということで掃除をした。調査が終わるまでは掃除はしないようしてある」
「それはありがたいですね。さて、早速ですが結界を張るので四隅に塩と御神酒、この符を貼って水と書かれた符に禪君は力を注いでください。優君は土の符でいいでしょう」
「投げやり!?も、もっと真剣に考えてくれても…」
「貴方に相性が悪い属性は闇くらいですから心配はいりません。闇に関しても今までの修行で多少耐久がついていますから死にはしないでしょう」
「や、やっぱり投げやりだ」
そんな会話をしながら私達は結界を張る準備に取り掛かる。
須川さんが張った結界には特徴があって“符”が剥がれたとしてもその効果が半年は持続するのだ。
普通なら剥がれた瞬間に能力が半減もしくは3分の1くらいにまで減るらしい。
色々と反則な人です、私の上司は。
四隅に塩と御神酒を巻いて、火・水・土・風の札を貼る。
それを見届けた須川さんは部屋の中心、天井と床に1枚ずつ札を貼り付けた。
天井に符を貼ったのはチュンと川蛍のケイくん(ちゃん?)だったけどね。
符を確認した彼は符に力を込めるよう指示を出し、素早く結界を貼るのに必要な祝詞を口ずさむ。
それと同時に体の奥から何かが引きずり出される感覚に襲われて危うく床にへたりこみそうになった。
モノっすごい勢いで吸収される霊力に脂汗が滲んで、立ちくらみがしてくる。
遠くなりかける意識を歯を食いしばってどうにか堪えてはいるけど冗談抜きにキツい。
霊力は体力に似ていて底がある。
どんなにタフでも限界はあるんだ。個人差はすっごくあるけどね。
「――――――…これでいいでしょう。お疲れ様です」
「ッ…はっ、はっ…し、洒落に、ならない」
「く…ッ」
「では今日はこれで終わりにしましょう。御神水を飲んで霊力を回復してくださいね」
息も絶え絶えになった私と禪くんはノロノロと自分たちの懐から作成した御神水を取り出してゆっくり口にする。正直、飲み物を口に運ぶだけでギリギリだ。
今回の術はかなり上位の結界だってことが実体験を通して理解することができたんだけど、体験したからこそ実感することもある。
枯渇した霊力の5分の2程度が回復したところで私達は校舎からでるべく、別のルートを通って寮へ帰還することにした。
移動中こっそり禪くんに聞いたんだけど、彼もがっつり霊力を吸い取られたらしい。
私は5分の1位吸収されたのに対し、彼の場合は霊力はほとんど残ってなかったんだって。
それでも辛うじて水虎と川蛍を保てる状態だったらしいから優秀だと思う。
私は他の人よりも少し霊力が多いらしいからいいとしても、倒れたり意識を失わなかった禪くんはこっちの業界でも将来有望だ。
うーん、頭もよさそうだし羨ましい。
「そういえば、須川さ……須川先生は疲れてないんですか?」
「この程度なら問題ないですよ。正し屋にはもう少し複雑な結界をいくつか張っていますし」
「流石、正し屋さんですね……此処までの術をいとも簡単に成功させるとは」
「禪君の御実家も似たようなものでしょう。一通りのことはできますが、真行寺院に代々伝わる治癒の術は使えませんし」
「家に伝わっている治癒の術は真行寺院の血を引く術者と霊力の質でかなり左右されますから」
暗闇の中を歩きながら、上司と臨時同級生の会話をBGMにシロと水虎の後ろを歩く。
二頭はガウガウいいながら会話をしているようだけど何を話しているのかまではわからなかった。
少しだけ賑やかになった帰り道に小さく胸をなでおろし、来るときとは別のドアから校舎を後にする。
校内と比べて比較的穏やかというか“生き物”の気配がする空気に思わず盛大なため息がこぼれ落ちた。
ずーっと気を張ってる状態だったんだし、これくらいは大目に見て欲しい。
校舎からでて、林と手入れされた芝の堺で私は大きなため息と共にしゃがみこんだ。
そんな私の横を禪くんや須川さんが追い抜いて、さっさと歩いていく。
林の奥へ進む自分とは違う広い背中を数秒ぼーっと見ていた私に、禪くんが歩を止めて「ここで休むのは危険だ」と一言私に釘を刺した。
ごもっともです、と項垂れつつ重たい体に鞭を打って立ち上がった私は何気なく、出てきたばかりの校舎を振り返った。
そして、私は闇の中に蠢く“ナニカ”を視る。
遠かったし一瞬しか見えなかったから確かに視たとはいえないんだけど、ゾッとしたものが背筋をものすごい勢いで駆け抜けていく。と、同時に肌が粟立ったのを自覚した。
上げそうになった悲鳴をゴクリと飲み下して、私は慌てて二人の後を追う。
見間違いだったら洒落にならないので『見なかった』ことにしたんだけど、明日からの調査が憂鬱になったのは言うまでもないだろう。
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ここまで読んでくださってありがとうございました!
次は少し平和になる予定です。