きっかけは夜の学校
まずは潜入前の下準備。
遠足の前に買うお菓子くらい、大切。
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「正し屋」としての仕事が本格的に始まるのは、夜。
学校へ潜入するのは、夜の点呼が終わって消灯時間を過ぎた後に決まった、と舎監室から戻ってきた禪くんに告げられた。
私は大人しく舎監室へ繋がる渡り廊下の前で待機。
禪くんなら『生徒会長』として須川“先生”に接触できる。
本当なら私も一緒に相談したり話をしたりできたら、と思ったんだけど……今、私は彼の部下じゃなくて普通の生徒でしかない。編入したての新参者っていう肩書きも度が過ぎれば悪い印象にしかならないだろうし、控えるべきだろう。
まだ生徒は起きてるけど部屋の外には出られないらしいから、見られる心配もないんだって。
見られる心配をしなきゃいけないのは校舎に向かう時と帰ってくるとき。
…窓とかカーテンが空いてたらバッチリ見られる可能性もあるってんで、人目につかない道を通って学校へ行く。
某有名な怪盗みたいにこっそり忍んでいくっていうんだからちょっとテンションあがるよね!
そうそう、それで地図で道の確認をしたんだけどイマイチよくわからなかったので諦めた。
毎回同じ所を通るみたいだし、その時はシロも一緒だからシロが道を覚えてくれる。
チュンはもう寮の場所を覚えたみたいだからチュンに道案内を頼めばちゃーんと案内してくれると思う。
「ぬあ?!ちょ、みてみて禪くん!!部屋ん中に蛍がいる!」
ぽわん、とした柔らかい光がふわふわ揺れるのを目で追いかける。
光の色は黄緑っていうより青緑で凄く幻想的。新種かなー?なんて思いながら、自分の目の前をふよふよしてるそれに好奇心で指を差し出す。
トンボみたいに止まってくれるかも、と差し出した指をワクワクしながら観察。
ぽわーと漂う光はチカチカと小さく点滅して静かに指先へ止まった。
「うわ、なんか蛍マスターみたいじゃない?これ」
「蛍マスター?なんだそれは」
「え。夜に指を天へ掲げると蛍がとまってくれる人間懐中電灯代表みたいな感じ…だといいな?」
「……それは俺が使役している川蛍という妖怪であって昆虫の蛍とは違う生き物だ」
妖怪、と言われて思わず指に止まった美しい光の主を見つめる。
そこで気付いたのは指に止まっている生き物が“普通”の蛍ではないことに気づいた。
蛍だと思ってたものは、虫じゃなくてもっと別のもの。
触れてる感覚はあるんだけど蛍とは違って光の明るさが比べ物にならない位明るい。
電気が付いてる室内でも光ってるってわかるのを考えると…残念ながら普通のホタルとは違うみたいだ。
「なんか、妖怪っぽくない。光ってて綺麗だし」
「川蛍は怪火に部類されている。知っているとは思うが、コイツは陰火だ」
「怪火っていうと提灯火とか釣瓶火とかだよね」
ちなみに、提灯火っていうのは鬼火の一種。
カッコよく言うなら『妖怪属怪火目鬼火種』って感じ。
田んぼの畦道とかの地上から高さ1メートルくらいの空中を漂う炎。人が近づくと消えてしまうっていうことまでは全国共通なんだけど、狐の仕業だって言われてたり狸の仕業だって言い伝えられてるところもある。勿論、『人の怨念だ~』とか『付喪神』の一種だって説もあるんだけど…それはひとまず置いておくとして、だ。
「えーと、陰火ってなに?初めて聞いたんだけど」
「陽火は物を焼くが、川蛍は陰火だから物質を焼くことはない。ただし、水などで消そうとすれば余計に燃え上がる性質を持っている」
「水で消せないってことは、ずーっと光っぱなしってこと?」
「一般的には火を投げ灰をかければ鎮火する。だが、使役されていたり式になっている場合は術者が命じるか死ぬ、使役を解かれるといった条件でも消える」
「へぇ…じゃあ、懐中電灯よりもすごいんだね。チュンとコンビ組めば夜道の味方ベスト3になれるよ」
いいこいいこ、と指先で光に触れる。
触れた感覚は、なんていうか大福に触った感じ。サラサラもちもちで実に美味しそうです。
撫で撫ですると光は喜びを表すように強弱をつけて光るもんだから、顔もなんにもないんだけど何処か可愛く見えてきた。うう、触り心地もいいし…いいなぁ、川蛍。
妖怪っていうのは基本的に面白かったり彼らの領域さえ侵さなければ、害はないし話だってある程度は通じる。日本の妖怪ってひっそりこっそり、人と共存して暮らしていたから気質が穏やかなものが殆どだと思う。
中には驚かせたりするのもいるけど命に関わるようなことは少ないし、出来るのは大体“ヒト”から転じたモノばかりだ。
だから、一般的に式と呼ばれてるのは妖怪が多い。
能力者の資質次第では「神」に類するものと契約を結べるんだけど、難易度は数百倍に跳ね上がる。
…我が上司様はどーやら神様何人かと契約を結んでるっぽいんだよね。
こっちの世界のことが少し分かり始めた私からすると須川さんは規格外すぎて同じ人間だとは到底思えない。
比べようとすること自体が間違いだ。
「この川蛍は少し特殊で声を相手に伝えることができる。優と須川先生にも持ってもらうことになっているが、緊急用だ。優には僕と共に行動し、先生にはサポートに付いてもらうことになった」
「ん、わかった。あと、捜査範囲なんだけど、どこのあたりまで~っていうのは聴いてる?」
「ああ。今日から3日間は校舎の中だけだが、4日目からは状況に応じて範囲を広げる」
「確かに3日あれば夜の学校にも慣れるだろうし、そのほうが動きやすいとは思うんだけど……今日からでも七不思議のある場所は見て回ったほうがよくない?被害者も出てるわけだし」
「だからといって、昼間の調査も進んでいないのに夜に調査をするのは無謀だ。死者が出ているなら尚更、慎重に調査すべきではないかと忠告を受けている。ただし、決定権は優にある……行くというなら僕はそれに従うが」
「……さ、流石にそこまで言われたら決行する気にはならないって。じゃあ、今日から3日間は校舎をウロウロ捜査ってことで」
心のどこかにはまだ、怪談がある場所を調査して一秒でも一日でも早く解決したいと思う気持ちがある。
人が死ぬのをみたのは初めてじゃない。
自分から死を呼び寄せた人、巻き込まれた人、知らず知らずの内に侵食されて“変質”していた人。
悲惨とも言えるような死を遂げた人を見てきた。
死んだ生き物は、蘇らない。
それはどんなに力が強い人でも変わった力をもった人でも、たとえ“ 神様 ”でも変えられない事実。
彼らは皆、一様に生きようとしていた。
最後の最後まで足掻いて、もがいて、縋り付いて。
――――――…解決を急ぐのは、それをただ見たくないだけなんだけど。
でも、自分勝手な感情を優先して協力してくれてる禪くんを巻き込むわけにはいかない。
『正し屋本舗』で働いている私や須川さんとは違って、なんの訓練も経験もない未成年を危険に晒すのは避けなきゃいけない。協力者はあくまで協力してくれる人のことを言う言葉で、同業者じゃない。
同業者なら依頼を受けると同時に命のやり取りを覚悟してる、って捉えてるから多少危険があっても問題はないんだって。
川蛍を撫でながら、ふと部屋の窓の外からモノ言いたげな視線を感じて窓へ顔を向けた。
すっかり暗くなった窓の外の景色の一部に見慣れた色。
窓の所にチョコンと止まっているのは、チュンだ。
じーっと私の指に止まってる川蛍を見つめてるんだけど……食べ、ないよね?
「チュン…川蛍、食べちゃったりしないとおもう?」
「大丈夫だろう。川蛍に実態はないようなものだからな」
それなら、と窓を開けるとチュンは迷うことなく私の肩に止まってグリグリと頭を擦りつけ、満足したら定位置担ってる頭の上に移動した。
チュンがどう思っていたのかはわからないけど、拗ねてるような感じだったから川蛍ばっかりに構ってたから寂しかったのかもしれない。
「そういえば、禪くんの式ってこの子だけ?」
「他に水虎と小雨坊がいるが、小雨坊は実家の寺にいて学校には近づけない。実質、水虎と川蛍だけだ」
「水虎って、水の神様じゃなかったっけ?」
「神、というよりも化身に近い。僕が契約しているのは水虎の中でも一人前として認められたばかりで神気は少ない」
どうやら禪くんの水虎は、シロみたいな感じみたいだ。
シロも少し前に神様の仲間入りしたばっかりだし、仲良くしてくれるといいけど。
川蛍が私の指先から禪くんの肩に移ったところで私達はそれぞれ夜の偵察のために準備を始めることにした。
準備しなきゃいけないのは、符と御神水。
御神水は神様に捧げたお水。
間接的にではあるけど、ちゃんと御供えして、神力を少しだけもらってる。
普通の霊だとか妖怪とかには影響がなかったり気持ちを落ち着けたりする力があるんだけど、神様が嫌いな“穢れ”とかそういうのをまとってる存在にとっては猛毒とも劇薬とも言えるらしい。
で、私が自衛のために使うのは霊刀。
…ありがちなんだけど、これが一番単純で扱いやすいんだよね。
術符を使うには『祝詞』もしくは『言霊』が必要でこれは問題ないんだけど、途切れさせちゃいけない。
つまり、間違ったり途切れたりしたら術が正しく発動しないってこと。
初級のものなら比較的短いからいいんだけど、威力が上がれば上がるほど祝詞は長くなる。
須川さんとか雅さん(美味しいご飯を出す喫茶店のご主人ね)位になれば、『言霊』だけで術を発動させることができる。漫画とか小説なら簡単にできてたりするけど、現実はそ〜簡単にはいかないんだよ。
言霊だけで符が使える人間は私たちからしたら神様かそれに近い何かだ。
「(つまりは、人外的な超人ってことだよね。すーぱー上司!とかカッコイイかもしれない)符を書く準備しないと……って……禪くん?」
符を作るために硯や特別な和紙を取り出そうとカバンを開けた私は視線を感じて顔を上げた。
部屋にいるのは禪くんだけだから直ぐに誰が自分を見てるのかがわかったんだけど、怒られるよーなことをした記憶は一切ない。
まさか机を使っちゃダメって訳じゃないだろうし。
そりゃ私だって机使っちゃダメって言われたら流石に凹むよ?すねちゃうよ!部屋の隅っこでプリン食べながらじーっと見続けてやる。
「霊刀を扱える、のか」
「え?うん。みっちり訓練させられたし、爺ちゃんが剣道やってたから少しくらいなら」
「…霊刀を扱うには、相応の能力とセンスが必要だ。霊刀を武器とする者が少ないのはこれ等も関係している」
「能力っていっても……ただ必死だっただけなんだよね。何度か死にかけたことはあったけど、森に置き去りにされた時以上だったし、するもんじゃない。いくら物覚えがよろしくないからって、あれはないと思うんだ。本気で殺されると思ったよ。普段から時々思うことあるけどさ…――――――あ。そーいえば、他に刀使う人ってどのくらいいるのか知ってる?」
できればお友達になりたいんですけども!と拳を握りしめる私に禪くんは黙り込む。
あいにく今の私に賄賂なんて素晴らしいものはないから熱意で押し切るしかない。
「会ったことはないが、霊能者100人に対して1人いるかどうかだと聞いたことがある。実際にどのくらいいるのかはわからない。そもそも霊刀自体が少ないと聞く」
「あ、それ聞いたことある。雅さ……あー、馴染みの店の店主がこっち系統の人なんだけど、優れた造り手が少ないだけじゃなくてコストもかかるし技術も半端なく必要で使う人との相性もあるからすっごく高いんだって。コレの値段、怖くて聞けなかったよ」
じっと霊刀を見つめてる禪くんに苦笑しながら「みる?」と刀を差し出すと彼は相も変わらず無表情なまま首を縦に降って刀を受け取った。
柄を見たり刃をみているのを少し見届けてから改めて符の作成に取り掛かる。
霊刀に生き物を斬る力はない。
斬ることができるのは霊や妖怪と呼ばれてるモノ達。
勿論、見つけ次第叩ききる!ってわけじゃない。でも、感情をもたない悪意の固まったものとかはエイヤッとやっちゃいますけども。
霊力を溶かし込むように注意しながら丁寧に墨を作っていく。
御神水を少し加えて濃度を調節して効力を増す為に血液を一滴垂らしてから、しっかりバッチリ混ぜ合わせる。
筆は少し舐めてから御神水で柔らかくして、布を引いた上に符になる紙を置いて準備は万全。
「………とりあえず、護身用と軽い攻撃用各種5セットくらいでいいよね」
チュンもいるし、シロだっている。
普段はチュンとシロ、あとは霊刀で終わり。
符は作るのも使うのもあんまり得意じゃないから月に一度まとめて作ってそれを臨機応変に使うって感じなんだったりする。
カッコイイ大人字かけないから嫌なんだよね……丸っこいんだよ、字が。
だからパッと見た感じ効果がなさそうに見えるっていう残念クオリティに仕上がります。
禪くんの符も見せてもらったんだけど、達筆かつ美しい文字でございました。
「これほど見事な霊刀を見られるとは思わなかった。流石、『正し屋』だけある」
「へ?えーと、正し屋ってそんなに有名なんだ」
「殆どこの業界の人間なら知っているだろうな。知らないのは、極端に関わりがないか新人、もしくは使えない人間くらいだ」
しれっと言い放た言葉を受けて、私の手が止まる。
あれですかね、やっぱり当事者っていうか従業員としては知ってなきゃいけない感じのことなんでしょうか。
そんな凄いとこで働いてたなんてちっとも思わなかったよ!!
だって私の中の『正し屋本舗』って「よろず屋」的な三食プラスオヤツ付きの時々死にかけることもあるけど基本的に平和で良心的な面白い会社って感じだもん。
…これを禪くんにいったら、彼はふっと目を伏せて小さく息を吐いていた。
基本的に無表情で静かな動きしかしないから鈍いと巷で有名な私ですら“呆れられてる”ってことくらわかったさ。ぜんっぜん嬉しくないけどね!
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結局、潜入までいかないという酷いオチ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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