きっかけは晩ご飯
今回は無駄に長くなりました。
次回からよーやく優の「仕事」が本格化します。
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食堂に行く前に、丼プリンを冷蔵庫に収納するのは忘れなかった。
食後のデザートが出るのかどうかはわかんないけど、甘いものは大事だ。
渡り廊下を歩きながら上手い伝え方を思いついた。
扉に手をかけたところで慌てて生徒会長さんの苗字を呼べば彼は静かに振り返る。
サラサラの髪が揺れて、清涼感のある香りが鼻をかすめた。
…香水とかつけそうには見えないんだけどなぁ。
「なにか」
「いや、あの……流石に同じ部屋で同じ学年なのに敬語で苗字呼びっていうのは不自然なんじゃないかなーっておもって。それに、あの、真行寺院って長いから緊急の時に噛みそうで不便かな?なーんて」
「一理あります。では、真行寺院ではなく『 禪 』と呼んでください」
「禪くん、でいい?慣れてきたら呼び捨てになるけど。わ……俺のことは優でお願い。それからその敬語も禁止!……須川さんじゃないんだから」
ぼそっと呟いた最後の言葉は聞こえなかったようで聞き返されたけど曖昧に笑っておいた。
表情も声も違うけどやっぱり身近に敬語で話す人がいるとついつい思い出しちゃうんだよね、敬語聞くと。
須川さんの話し方は小さい頃から変わらないらしい。
…初めて聞いた時に思わず「一体どんな子供だ」と突っ込みかけたのはいい思い出だ。
それとなーく聞いてみたら上司様は苦笑しながら「可愛げのない子供でしたよ」とのこと。
ただ「自覚があったんですね」とうっかり零して御仕置きされたのは言わなくてもいいことだとおもうんだよね。うん。
「優。夕餉の時間が近い。急げ」
「!ら、らじゃー!」
思考に浸っていた私にかけられた声は無愛想でどこか古風な感じだったけど、友達ができたみたいで嬉しい気持ちの方が勝った。
だから思わず口元が緩んでだらしなーい笑顔が浮かぶ。
友達が増えるのって幾つになっても嬉しいことだ。
これから一緒に仕事をしていくんだから、こーゆー信頼関係を築く第一歩は凄くすごく大事だと思う。
「禪くん、改めてこれから宜しく!ご飯が終わったら仲間も紹介するから」
「仲間?……ああ、式のことか。僕の式も見せておく」
「おおー!すっごく楽しみにしてる!もふもふ系いる?」
「もふもふ系、とはなんだ」
歩きながら会話をする。
勿論、周りに他の人間がいないことは確認済みだ。
少しでも疑われる要素は減らしたいしね!
モフモフ系について禪くんに力説しながら階段を降りた所で私達は予想外の人物とばったりであった。
「れ?二人も晩ご飯食べにいくとこ?」
遭遇したのは、私服に着替えた靖十郎と封魔。
靖十郎はオレンジ色のTシャツと迷彩柄の短パン、封魔は黒地に深緋色の縁取りがされているノースリーブ(何か文字が描いてあるけど英語は苦手だ)と深い臙脂色の7分丈のタイパンツを身につけた封魔の姿。
ちなみに封魔はジャラジャラしたシルバーアクセをしている。
顔の怖さと相まってまるで不良そのものでした。
…髪が赤っぽいから普通にしてても目立つんだよね。
「お、優じゃん!今から食堂 ―――――…んげ!生徒会長…?!」
「んげって……靖十郎、それは流石に失礼極まりないってば」
目に見えて分かるほど後ずさった彼に私は苦笑。
やっぱり人当たりのいい靖十郎は禪くんが苦手らしい。
ま、誰にだって苦手な人くらいいるからわからないでもないんだ。
それにこの二人が仲良く話してるイメージができないから納得もできる。
…と冷静に分析していると封魔があろう事か禪くんの肩に手を回し、ヤケに馴れ馴れしく話しかけている。
思わず私の頬は引きつった。
「おいおい、お前ま~た堅っ苦しい格好してんのかよ…営業マンじゃねーんだからYシャツとネクタイって…」
「僕の自由だ。お前みたいなダラダラした格好では恥ずかしくて外も歩けん」
「おいおーい…どんだけ堅物なんだよ、お前は」
何とも不思議な組み合わせだと脳みそが認識した。
いや、だってどうみても不良と優等生だし、接点が見当たらない。
妙に親しそうな様子の二人にちょっと慄きながら靖十郎の服の裾を引いて耳打ちする。
「ちょっ、靖十郎っ……封魔ってさ禪くんと仲いいの?」
「みたい、だな。俺あんまり生徒会チョーと話さないからよくわかんねーし、封魔にも聞かなかったから知らなかったけど。っていうか、優…お前今、生徒会チョーの名前呼んでなかったか?」
「ルームメイトになったよしみで許可をもぎ取った。だってさ、“しんぎょーじいん”って言いにくくない?あと、生徒会長って呼ぶのは喧嘩した時にとっておこうと思って」
「優が誰かと喧嘩してる想像が全くできねーんだけど……前のトコでは喧嘩したりしたのか?」
「そーいえば喧嘩らしい喧嘩はしたことないかも。友達とか基本的に穏やか~な感じでのほのほ甘いもの食べてトランプして本とかドラマとかゲームの話とかはしたけど」
封魔が禪くんに食ってかかり、ずっぱり切り捨てられるのをBGMにしながら靖十郎と話しをする。
勿論、靖十郎と食堂に向いながら色々話をした。
ちなみに会話の内容は寮の美味しいご飯ベスト5と美味しくないご飯ベスト5について。
本当はもうちょっと情報収集したかったんだけど、編入初日から怖い話ばっかり聞くのは人としてどーなのかと思うので日常でちょくちょく小出しにしていこうと思う。
晩ご飯食べたら禪くんに根ほり葉ほり聞く予定だしね。
「靖十郎、今日の晩御飯って何?」
「確か『鯖の味噌煮』と『豚の生姜焼き』、あとは『餡掛け胡麻豆腐』がメインだった。ああ、あと、ウチはバイキング式なんだ。メインのおかずとサラダとかと揚げ物、とか…?好きにとっていいんだけど早い者勝ちなんだよな。一応補充はされるけど限りはあるから皆早めに集まる。飯食う合図は同時だけど、それまでどれだけ皿に盛れるか、んでもって次をいかに早く取りに行くかっつーのが難しいんだよ」
「バイキング…恐ろしい。でもさ、やっぱ先輩とかには遠慮しなきゃいけないんだろ?」
「ないない!飯だけは別。気遣い一切なしのガチ勝負だし。もし満腹になるまで食えなかったら買い置きの菓子とか食料食うしかないんだよ」
ふんふんと靖十郎の話を聞いている間に食堂へ到着した。
後ろからは、封魔と禪くんが相変わらず上級者向けの話し合い(いや、傍からすればただの辛辣で過激な口喧嘩)をしていらっしゃったので聞かなかったことにしました。
靖十郎が小さく「生徒会チョーこえぇ」とか呟いてたけど、これも聞かなかったことに。
ちなみに食堂は、三つの棟を繋ぐ『葉桜』にあった。
忘れちゃいそうになるけど『葉桜』棟は、事務的な手続きをしたりみんなで集まるときに使うための場所。
三つの寮に繋がってるだけじゃなくって舎監室にも繋がってる場所だ。
名前だけだと忘れちゃうんだよね…ややこしいよ、学校とか病院とかって。
いーっぱい部屋とか似たような場所があると迷子になる。
……地図なんて読めなきゃただの紙切れだよ。
「説明は受けたかもしれないが、部屋以外の施設は基本この葉桜棟にある。舎監の先生が寝泊りする仮眠室はこの部屋の一番奥。各寮の点呼は夜10時。消灯は夜11時になっていますが、部屋の電気はつく。休日は点呼はなく、消灯も12時になる」
「ん、わかった」
「そーいや、掃除終わったら棟の掃除表の名札をひっくり返しとけよ。じゃねーと寮長が報告にいけねーからな。で、食堂に入ったら何が欲しいのかだけいえ。お前、のんびりしすぎて食いっぱぐれそーだからな」
「まるで食堂で勃発した戦争じゃん。名付けて『アウトかセーフか!ギリギリ食堂戦争!』とか、ど?」
「長い。よって15点減点。でもいい線いってる」
封魔がガシガシと頭を撫でて、おもむろに食堂の扉を開いた。
ドアの向こう側から差し込む明かりが少し眩しくて目を擦りながら、感じたのは独特の熱気。
次に美味しそうな匂いとガヤガヤと賑やかすぎるその室内はある意味で「戦争」だった。
時々怒号、絶叫、絶賛の声。
「う、っわ……」
実は、目の前に背の高い禪くんと封魔がいたから殆ど見えなかったんだけど、彼らが体をずらした瞬間広がった光景に私は強烈な眩暈を覚えて数歩後ずさった。
なんっていうかさ…誰だって引くとおもうんだ。
200人程は楽に入りそうな大食堂に見渡す限りの男達が溢れてるのを見ちゃったら。
この学生寮で生活している生徒は私と須川さんを除いて160人位だったと思う。
勿論、ここは男子校だから全員が男だ。
で、注目すべきは彼らの図体のデカs…失礼、えーと、発育の良さ。
彼らの平均身長は大体170cm前半なんです。
私との差は約20cm。
しかも、運動部が多いせいかがっちりした体格の生徒も多くて、平均身長より10cmは高い生徒も珍しくはない。
制服ではないから色とりどりだけれど物凄いカオスだ。
「(すいません、須川さん…私はもう駄目かもしれません。こんなでっかいのに囲まれて過ごすなんて耐えられそうにないです)」
意識を飛ばしかけている私を正気に戻したのは、浮遊感だった。
普通に生活している限り、味わうことのないその感覚に思わず口から「ひょへぇ?!」とかいう情けなさがてんこ盛りな悲鳴がうっかり転がり落ちた。
床から体がふっと浮いて、ぐぐぐいーんと視界が突然高くなったのだ。
視界の端には見慣れた赤い色…
「ふ、封魔ぁぁぁああぁあ!?ちょ、なにやって…っ!!」
「何ってお前入り口で突っ立ってたら邪魔な上に埋もれんだろ。これで視界良好、持ち運びに便利なコンパクト移動っつーことだ…あ、欲しいもんは言えよ。盛ったら皿渡すから落とさねーよーにしっかりもっとけ。靖十郎、アシスト頼むぜ?今日の狙い目は唐揚げと巨大カツだ!」
「よっしゃ、任せとけ!あ、遠慮すんなよ、優!!っと、喰いたいもんさっさと確保しないと直ぐなくなるしさっさといくか!」
日常風景らしいこの『夕食戦争』にどうやら私は慣れなきゃいけないらしい。
状況に慣れる前に私は封魔に担がれたまま人だかりの中へ突っ込んでいた。
もみくちゃにされながら、どーにかこーにか渡された皿を死守してようやく人ごみから抜け出た時には既に体力気力共に擦り切れていた。
残った気力で料理が乗った更は持っているけど、肩に担がれたままぶらーんとぶら下がることしかできない。
「うし、大体こんなもんか。デザートも全種類とっといたから……――――封魔、なんか優が半分何処かの世界にいっちゃてんだけど」
「あ?うわ、なんかイカの一夜干しみたいになってら。こいつチビだからなー…靖十郎、ちょっと飯机に置いてくんね?こいつ自分じゃ降りれねーっぽい」
荷物を下ろすように椅子の上に座らされて、息つく日まもなくドンっと置かれる皿達。
彼らがこれでもかと言わんばかりに皿に料理を盛っているのは上から(俵担ぎされてたからね!)見てたからわかるけど、実際に目の前に置かれるとやっぱり迫力が違う。
「お前くらいチビだったら先輩や後輩も気ィつけるとは思うが、俺らと飯食う方がいいかもな。もしくは、禪と一緒に取ればいい」
「食事をするときは声をかける」
「面倒かけてごめん…身長ばかりはどーにもならないんだ」
「にしても、あっという間に有名人だなァ?」
にやにや笑いながら頭をグリグリ撫で回す封魔をねめつけてはみたものの、周りから突き刺さる視線で十分すぎるほどに自覚してます。
彼は必死に現実を直視しないように小さな努力をしていた私の頭を掴んで、ぐりんと回す。
グキッってなんとも痛そうな音と共に視界に飛び込んでくるのは珍獣を視るような生徒たちの視線。
私が自分たちの方向を見たことに驚いて目を逸らしていく。
でもやっぱり気になるのか、チラッチラこっちをみるんだよね。
もーいいや、珍獣でも猛獣でも。
「封魔さ、俺で遊んでるだろ…?」
「…さァなー」
「(わざとだ!絶対わざとだ!!)」
腹が立ったのでとりあえず封魔の脛を思いっきり蹴飛ばしてから、平和そうな靖十郎の横に移動。
視界の端で彼が痛みに悶えているのが見えたけどスルーだ。
席に座ると靖十郎が苦笑しながら冷えた水を渡してくれて、食事までまだ時間があるからと盛ってあるたくさんの食べ物を私用にと用意してくれたお皿に移す。
何かと清十郎が「もっと食えよ」とか「これも美味いから食えよ!」と言いながら手伝ってくれたんだけど、ちょっとぼーっとしている隙に凄い量になったから慌てて止めた。
…靖十郎の気持ちはありがたいけど、どんなに食べても横に伸びるだけでもう縦には伸びないんだよ。
「お腹空いた…まだ?」
「あと3分も経てば食事が始まる」
「うぅ、今なら『おあずけ』されてる犬の気持ちがわかるかも」
食事は、一週間ごとにそれぞれの寮長が「いただきます」号令をかけないと食べられないらしい。
ほかの生徒は慣れてるのか談笑しながら号令を待ってるんだけど、普段の食事時間から30分も遅いご飯の私は空腹の極みにいた。もきゅるるるーと情けない音を立てるお腹を撫でながら机にペトリと頬を付ける。
「お前の腹なんか面白れー音立ててんぞ」
「うっさい、お腹すいて悲鳴あげてるんだよっ……うぅ、ご飯冷めるとか料理に対する冒涜だ」
「気持ちはわかる、気持ちは。とりあえず、あと少しだから、な?」
わかった、と渋々頷いて何気なく視線を動かした私はようやく、夕食に遅れる場合に連絡しておく必要がある理由を知る。
大量の料理があったカウンターから忽然と食べ物が消えていた。
サラダの野菜一つ残っちゃいなくて思わず口元が引き攣る。
うっわー、と小さくつぶやいた私の声は広い食堂中に轟く大きな声でかき消された。
びっくりして体を起こした私の目に移ったのは体育会系代表!みたいな威圧感バリバリの生徒。
靖十郎が私のモノ言いたげな視線に気づいたらしく小さな声で「アレは山桜寮の寮長。みりゃわかるとおもうけど、ああいうのがトップだから山桜寮は基本的に縦社会っつーの?体育会系のノリってやつだな。個人個人で付き合うにはいいんだけど、集団でこられるとちょっとなー」と呟く。
彼の言い分は全くよくわかるのでうんうん、と頷いて号令を今か今かと待つ。
気持ち的には「口上はいいから!早くごはん!」って感じ。ほかの生徒もイライラしてるっぽい。
「っ…いっただきまぁす!」
「今日は昨日より2分長かったな。はー…これがあと4日続くのか…やっぱオレらの寮長が一番いいな」
「んぐ。寮長さんによって挨拶の長さ違うんだ?」
「おうとも。山桜は毎回あんな感じで、桜雲はマチマチ?夜桜は一言ふたことで即号令。だから飯の時の対応は他寮含めてオレらの寮長が一番人気」
「わかるわかる!にしても……禪くんも結構食べるんだ」
始まった食事は、昼よりすごかった。
話が長かったせいで空腹の限界を超えたらしい生徒たちがそれはもー貪るようにがっついてるんだもん。
靖十郎は食べながら器用に話してるからまだスピードは遅いけど、絶え間なく食物を口に詰め込んでるし封魔に至っては皿ごと食べる気なんじゃないかと思うくらいの食欲。
私もお腹すいてるけど、箸を口に運ぶスピードは女の子よりちょっと早い?くらい。
ほかのテーブルが視界に入って…思わず頬が引きつったのはいうまでもないとおもうんだ。
ほんと凄いってゆーかひどい。
「ほかの生徒と同じくらいだと思うが」
「それでか。それで普通か!なんか…自分以外みんな食欲魔人にみえてきた」
「食欲魔人とはなんだ。はじめてきいたが」
「…禪くん、ご飯食べる邪魔しないから気にしないで食べてください。おねがい」
そうか、と平坦な声で返されてガックリと肩を落とす。
隣から「不憫な」とかって呟きが聞こえたけど気にしない。
もーいいやい、エビフライいっぱい食べてやる!
暫く食べ物を咀嚼するのに専念。
雑談が増えたのは、大体皆が1回目のお代わりに行った後だった。
綺麗さっぱりなくなっていた料理カウンターにはいつの間にか同じくらいの量の料理が出現してたのにはびっくりしたんだけど至って平和に食事が進んだ。
私はデザートに取り掛かっている。
特性パフェをデザートコーナーで作ってきたんだよね。
ふふふ、初め並んだ時にはなかったんだけど食事が始まってからデザートが出現するらしい。
アイスとかすごく種類あったし、生クリームだけじゃなくてチョコとかクッキーとか果物も盛りだくさんだった。
みんなまだデザートには突入してなかった御陰でデザートコーナーには数人しか人がいなくて、一人でも満足するだけの量を確保できたのです。夏にアイスが晩ご飯で食べられるのは幸せだ。
ちなみにアイスとかを大量摂取してお腹を壊したことがないのは密かな自慢です。
「そういえばさ、禪くんと封魔って知り合い?」
「あん?」
「ほら、食堂に来る途中で仲よさそうに話ししてたし。ぶっちゃけ、不良代表みたいな封魔と優等生代表みたいな禪くんが仲いいとかちょっと意外すぎて気になったんだ」
先ほどまで封魔と豚カツの取り合いをしていた靖十郎も大人しく封魔の答えを待っていた。
問題の禪くんは私の斜め前で上品に、けれど結構なスピードで食事中。
流石というか何と言うか、イメージ通りすぎて苦笑が漏れたのはココだけの話しなのだけど。
封魔は少し何かを考えるようなそぶりを見せてからやる気のない声で、仲良くなった経緯を話してくれた。
「中学んとき、禪に投げ飛ばされた。くっそ、思い出しても屈辱的だ」
「はぁ?!封魔おま、なにいってんだ?!」
「なげ…っ?!え、えぇぇえ」
「それも一本背負いでだ。…中一の時だったんだけどよ、ちっと荒れてたんだわ、俺。御陰でここらじゃ割りと有名になってたもんよ。んでもって、その噂が噂を呼んで毎日喧嘩三昧。まァ、あの頃はちょっとキれやすかったし、学校はサボってばっかりだった」
うんうん、と頷きながらカツを頬張る平和すぎる姿からはちょっと想像できない。
だって不良って「懐かしいなァ」なんて目を細めながら言わないし、私たちの前に今現在いる封魔は誰が見ても穏やかだ。
荒れてたって彼は言うけれど、今の姿や表情を見る限りは想像もできない。
(うーん、今の若者も色々あるんだねぇ。不良って怖くて近寄らなかったっていうかそういう人とは無縁の生活してたからイマイチ想像力が働かないけども)
でも、過去に何があろうと私はソレを見たわけではないし体験したわけでもないから私にとって大事なのは今の姿。封魔は顔こそ怖いし、力も強いけどちゃんと相手を思いやった行動ができる優しい人間だ。
もぐもぐとデザートの饅頭を食べながら引き続き封魔の話に耳を傾ける。
「俺を投げ飛ばした後、コイツなんていったと思う?“丁度人手が足らなかったところだ。赤洞暇だな、手伝え”って不良として有名だった俺にいいやがったんだぞ?」
「さ、流石生徒会チョー様」
「何で手伝いなんか誰がするか…って食って掛ったらコイツしれっとした顔で“暇な人間を使って何が悪い”っていいやがったんだよ。いっそ清々しかったなァ……―――――――しかも、割り当てられたのは幼稚園のボランティアときた」
あれはなァ、マジで大変だったんだ。そう、宙を遠い目で見据える封魔の横顔には哀愁漂っていた。
ああ!と納得する私の隣にいた靖十郎は何かを察したらしく皿に乗っていた豚カツをそっと封魔の皿に移して気遣うような視線を浮かべる。
「泣かれたんだな」
「…おうよ。教室の戸開けた瞬間に同級のヤツ等は硬直しやがるし、ガキ共は大声で泣き喚くやら逃げ惑うやらで…阿鼻叫喚っつーのはこういうのをいうんだろうなって思ったぐれぇ、すごかったな…――――――そんなに恐いか、俺の顔」
ジッと靖十郎と私を見やる封魔に思わず顔が引きつった。
初対面の時に自分も多少たじろいだくらいだから、答えは言うまでもなくて。
曖昧な笑みを浮かべて封魔に告げる。靖十郎と声が重なったのはいうまでもなく。
「悪ィ…恐え」
「無理、恐い」
「………そ、そうか」
ガックリと可哀想なくらい落ち込んだ強面の彼を目撃して下手したらお化けより怖いよ!と心の声をうっかり声に出さなくてよかったと本気で思った。
で、余りにもかわいそうだったからどうにかフォローしようと頭の中をフル回転させて励ましの言葉をかける。
「いや、ほら…別に封魔自体が恐いんじゃなくて顔が恐いだけだから大丈夫だって!そりゃ初めてあった時にうっかり『どこの組の人ですか?』って聞きそうになったくらいだし、サングラスとか違和感ないくらい似合うだろうけど……話せばわかるよ、話せば!な、靖十郎!」
必死に笑顔を浮かべて力説した私は、ポンっと靖十郎に肩を叩かれた。
何かまずいこと言っただろうか、と首をかしげた私に靖十郎はそっと封魔を指さす。
そこにはフォローの甲斐なく緩やかに首を振って何かこう諦めに似た表情で本格的に落ち込み始めたらしいフォロー対象がいた。
彼の前には2人前分の親子丼が1口手をつけられた状態で残っている。
「優、それフォローになってない。逆に抉ってる」
「あー、話戻すぞ。んで―――――――…その後、ガキ共を黙らせる為に簡単な菓子作ったんだわ。手ぇ上げるわけにはいかねーしな、普通に。材料はあったからアレンジしてクッキーか何か作ってガキ共に食わせたんだけどよ、途端に面白れーくらいに目ぇ輝かせて“美味い”って笑いやがんの。さっきまで泣き喚いて逃げ回ってた俺にだぞ?」
「あ、だからパティシエ?」
「ああ。ガキ共そろって“おにいちゃん、これどうやって作ったの?”って聞きやがってよー…それ以来、ハマっちまって今じゃパティシエになるのが夢になってんだから人生なにがあるかわかったもんじゃねーよなァ」
だから、少しは感謝してんだ。
と、封魔は少し照れくさそうに笑みを浮かべた。
その顔は年相応で、彼が今満たされているということの証明でもあるように思える。
実は『満たされてる』自覚があることはとても良い事だなんだよね。
プラスの感情に満ち溢れてる人間ほど悪いモノの影響を受けにくいから。
私も靖十郎も解けた疑問と生まれた温かい気持ちに顔を見合わせ、特に何も言わず食事を再開した。
人と接すると色々な気持ちを共有できたり、学んだり出来るから…この仕事はやめられないんだ。
怖いこともあるし、辛いこともたくさんあるけどそれ以上に得られるものや与えられるものが多い。
ニヤニヤしながらデザートを食べ終わって、手を合わせてから食器を下げに行く為に立ち上がる。二人も食べ終わっていたので私に続くように席を立って、明日の授業の事とか他愛のない話をしながら返却口へ。ちなみに禪くんは少し前に席を立ってたから靖十郎は元気になってる。
食生活の世話をしてくれる女性の方々(気のよさそうな中年女性)に一声かけてから、3人で自分の部屋へ戻るべく、自分達の寮へ向かおうと食堂を出たんだけど…食堂の入口には禪くんがいた。
どうやら私のことを待っていてくれたらしい。
それに気づいた封魔と靖十郎はそそくさと私を置いて先に寮に戻っていく。
いや、別にいいんだけどさ…なんか淋しいよおねーさんは。
「えーと、ま、待った…よね。ごめん」
「気にするな。部屋に戻る途中の寮の案内を兼ねているだけだ」
「そ、そうなんだ。でもありがとう……ひとつ聞いてもいいかな」
なんだ、と無表情で私を見下ろす視線から逃れるように視線をそらす。
き、聞きにくい!聞かなくてもわかることだけど、なんか聞いておかないといけない気がする。
気まずさも手伝って口にするのを少し躊躇したものの思い切って聞いてみることにした。
「ど、どっちからきたんだっけ?」
「…………戻ったら携帯できる地図を渡す」
「えっとなんか、ごめん」
お腹いっぱいで後はシャワーに入って寝るだけ!だったらよかったのになー、なんて思いながら私は禪くんの後ろをついてまわる。
……数時間後には夜の学校へ潜入する『お仕事』が待ち構えていた。
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長文、読んで下さってありがとうございます。
あの、本当にうpが遅れてしまい申し訳ありませんでした。