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正し屋本舗へおいでなさい  作者: ちゅるぎ
棚から牡丹餅の、就職。
4/83

いいカモだなんていわないで

 書き終わった―!!と歓喜したのもつかの間、気づけばデータが消えていた罠(しかも2回連続で)




こ、これがしんれーげんしょーか!!(確実に違う

  生き返った!と歓喜するのは、私の胃か脳か。












 今の私は、今日一日の中で一番幸せだ。


空っぽになったお皿とティーカップを見て、ほぅっと息を吐いた。


 程よい甘みのチキンライスがふわトロの半熟卵に包まれて、仕上げにキノコと野菜の旨みがたっぷりのデミグラスソースがたっぷりかかった美味しいオムライス!

付け合せの大根サラダもシャキシャキしてて美味しかったしスープも野菜がゴロゴロ入ってほんとに美味しい。



 そして衝撃的だったのは、リンゴタルトと焼チーズケーキ!



どっちもタルトの生地はサクサク。


 チーズケーキの方は濃厚で舌触りは滑らか、甘いだけじゃなくてレモンと多分…柚子か何かだと思うんだけどその風味がこう、いい具合に口の中に広がって鼻に抜けてく。

 リンゴタルトはリンゴの煮詰め具合もさることながら甘さと酸味のバランスが文句なし。

でも、お気に入りはなんといってもカスタードクリーム!すっごい美味しかった!なんだあのカスタードクリーム!もう2~3切れ余裕で入っちゃうよ!


 二つともミルクティーによく合うし、私好みだし、是非ぜひテイクアウトしたい。






「すっごい、おいしかった……特にタルト!すごいですよこれ、絶対行列できますよ!」



「こんなに喜んでもらえるなら連れてきて甲斐がありますね。怪我もないようですし、安心しました。考え事をしながら歩くのは、やはりよくありませんね」



「わかります、わかります!私もよく、ぼーっとしながら歩いたり、半分寝ながら歩いたりすることがあるんですけど、そういう時に限って電柱やら看板にぶつかっちゃうんですよねー」



「よくあるかどうかは別としても、ああいう風に人にぶつかったのは初めてだったので、久々に驚きましたよ。不思議なえんもあるものですね」








 偶然といえば、これは偶然。


 でも偶然にしてはかなりの低確率だとおもう、お互いに考え事をしていて衝突するなんて。

 これが漫画だと「この人は私の運命の人なんだわ!」とかってなるんだろうけど、相手を見て、それから自分の顔を鏡で見るべきだ。





「(これがドラマか漫画なら間違いなく相手だけじゃなくて、ぶつかった側の人間も美人じゃなきゃダメなんだよ)」




 ふ、と思わず遠い目になった私は悪くない。

自分の容姿くらい把握してるからね、うん。

須川さんみたいな人の隣に立つには役不足すぎるし、そもそも同じとこに立てる気がしない。

なんていうか、次元が違う。






「江戸川さんは就職活動中、でしたね」



「はい。絶賛就活中です」



「もしよければ、ウチで働きませんか?」



「……え?」



「考え事をしていた、といいましたよね?実は、私の事務所で新しく人を雇おうと思っていたんです。商売柄、堂々と求人誌に乗せるわけにはいかないので、知人を訪ねていたところなんですよ」









 そういえば、須川さんって霊能力者なんだっけ。


 話をしていると忘れそうになるけど、改めて客観的に見てみると彼は確かに、どこか“特別”だ。

どこら辺が特別なのかって聞かれると答えに困るんだけど……不思議な感じがするんだよね。

美形のオーラだ!って言われちゃえばそれで納得できるんだけど。










「知名度もある程度ありますし、基盤はできたので人を入れるにはいい機会だと思いまして。仕事の内容は貴女の能力に合わせて調整しますし、少しずつ慣れていけば問題はありません。給料は勿論、諸々の手当や保障もしています。必要経費はこちらで持ちますし、悪い条件ではないと思うのですが……」



「悪いどころか好条件すぎて怖いんですけど……そ、それに!私なんかを雇うより、もっとこう、能力の高い人とかそこらへんゴロゴロしてますよ?そりゃ、雇って貰えると助かりますけど、生まれてこの方、一度もお化けとか幽霊とかそういうのみたことないし」



「能力が高いだけの人間なら探せばいくらでもいるでしょう。ですが、周囲に馴染みにくい場合が多いんです。正し屋は業界内ではおそらく、頂点といっても過言ではないほどの実力があります。ただし、これはあくまで我々の領域……つまり限定的なものなのでしかない」



「んと、つまり、普通の人にも気軽に足を運んでもらえるようなお店にしたいから、普通の人間がほしいってことですか?」



「ええ、一言で言ってしまえばそうなります。祭りのこともありますし、地域には馴染んでおかないと今後、かなりやりにくい。そこで、正し屋の周囲の方に親しみを持っていただけるような人材を探していたんです」








 な、なんだか過度の期待がかけられているような気がする!!

親しみやすい、っていうのは人によるだろうし、そういうのはやっぱり美人に任せるべきだと思うんだよね。いや、話しかけにくいのはわかるけど話してみたら意外と…みたいな展開がいいんじゃないか!



 黙り込んだ私に、彼は複数の紙を差し出した。

つ、次は何?もしかしてこの店の料理って物凄い高かったりした?!









「雇用の条件です。記載している給与は手取りなので毎月最低でもこの金額が口座に振り込まれます。休みは基本的に週休2日制ですが祝日がある場合は祝日分も休みとします。有給は1年で12日、といったところでしょうか」




「すいません、今日からよろしくお願いします!!」



「……他にも条件がいくつかあるんですが、見なくてもいいんですか?」



「百聞は一見にしかず、です!それに、なんとかなりそうな気もするし」







 白状すると、書面に書かれていた給与の金額を見た瞬間に決めました。

初任給でこれはない!これはないよ!!しかも手取りでこの金額とか破格すぎる。

こ、これなら奨学金だってあっという間に返せる気がする。


 べ、別にお金に目がくらんだんじゃないよ!

説得力はないけど、霊能力者の人がどんな仕事するのかも気になるし、普通とはちょっと違う職業って誰でも一度は憧れると思うんだよね。


 私もお化け屋敷とか大嫌いだけど、怖い話は好きだし、テレビの心霊特集とかもよく友達とみてた。

肝試しの経験はないし、コックリさんとかもやったことはないけど、興味はあった。

ありきたりだけど、霊能力とかがあれば、なんて想像して友達と盛り上がったこともあるし。








「では、この契約書に署名をお願いします。実印は持っていますか?」



「えーと、たしか鞄に……あ、みっけ!えーと、ここに押せばいいんですか?」



「はい―――――……これで契約成立、ですね」



「もうこれでハローワークと大学の就職課を往復しなくていいし、求人雑誌とにらめっこしなくてもいいんだ。それに動きにくいスーツも足痛くなるヒールともおさらばできるって、こんなに嬉しいことだったんですね」









 少し大げさじゃないですか?と苦笑する須川さんに、そんなことない!就活って凄く大変なんですよ!?と苦労談を力説した。

美形の苦労は私にはわからないけど、同様に美形は私たちの苦労なんて微塵もわからないのだ。







「なんだぁ?お前、こいつの下で働くのかよ」



「ついさっき、就職完了しました。これで私も堂々たる新社会人の仲間入りです」






 どうだ!と胸を張っていると頭をゴワシッと掴まれて、そのままぐるんと半回転させられる。

首がグキッていったよ!あだだだ、もげる!もげるって!!!

 須川さんに背を向ける形で、私は上半身を捻る羽目になった。

うわ、最近というか運動なんて殆どしてなかったからバキッていったよ。やばいな、これ。






「喜んでるとこ、水差すよーで悪ィが、コイツ、かなりアレな性格してんぞ」




「あ……アレ、ですか?」








 現実逃避をし始めた思考を現実に引き戻したのは、近くで聞こえる超重低音。

な、なんか、すごくエロまっちょりしてる!体の芯に響くっていうか、色々危険だよこの声!

頭にあった手がいつの間にか肩をつかんでいる。に、逃げられない!








「見た目に騙されんだよ、特に女はな。ちまっこいのにゃ、コイツの面ァはあんま好みじゃなかったみてぇだけどな」



「いや、好み以前に美人過ぎて怖いっていうか、あの、なんていうか世の中の不条理をうっかり覗いちゃった感じがします。隣に並んで歩けば、部下っていうより召使いかお手伝いさん見習いにしかみえません」



「よし!よく言った。ま、こんだけ図太けりゃ大丈夫だろ」








 

 ペイッと元の向きに戻された私の正面には、相変わらずキラキラした笑顔の須川さん。

後ろで大男さんの狼狽えたような声が聞こえるけど、なんでそんなに慌てる必要があるんだろう?なんて考えていると、頭に衝撃。


 正確に言えば頭を支えている首に大ダメージだ。










「あだだだだだ!!い、痛いっ!ち、縮む~~~ッ!!!」



「し、しっかしあれだな!中学生だか高校生だかは知らんが、最近のガキは随分しっかりしてらァ」



「雅。いい加減に叩くのをやめなさい。貴方のところの修行僧ならまだしも、女性なんですよ?」







「いや………あの、それより、私、成人して数年経過してるんで、ガキはちょっと」











「はァ?」 



「そういえば、この生年月日からいくと成人していますね」








 大男さんの反応にも傷つくけど、そういえばって須川さん……貴方もさりげなく酷いと思います。

会話がぴたりと止まって、音は店内に流れるBGMだけになった。

うわぁ、沈黙って重かったんだね!








「――――――……さて、随分長居をしてしまいましたね。江戸川さん、事務所には明日、ご案内いたします。引っ越しも同時にする予定なので家に帰り次第、荷造りをお願いします。家具やベッド、その他日用品で必要なものは新しく買い換えましょうか。もし思い入れのある家具などがあれば、引っ越し業者に言ってくださいね」



「え?ちょ、ちょっと待ってください!ひ、引っ越し?」



「ここに書いてあるでしょう。雇用条件の一つ、事務所での住み込み、と」



「ほ、ほんとだ」



「お前、読んでなかったのか?ふつー、目くらい通すだろ?!」



「いや、だって……就職する方が大事だったし」












 もし、雇用条件をしっかり読んで躊躇したら踏ん切りがつかなくなりそうだたんだもん。

条件の中に“頑張りようがない”条件があったりなんかしたら、サインはしなかっただろうし。

後でじっくり見ようと思ったんです、なんていっても大男さんは信じてくれなかった。

……たぶん私も、なんだかんだで見ない気がするんだけどさ。












「(引っ越し、かー……心機一転!って感じ。ちょっと不安だけど、何とかなる、筈)」



  





 自分にそう言い聞かせながら、テーブルの上で小さな水溜りを作っているコップを手に取る。


汗をかいたグラスは、ひやりと冷たくて、とんとん拍子で就職したことが嘘でも妄想でもないことの何よりの証明のように思えた。





「(うん、これも、きっと何かの縁だよね。応援してくれてた人に恥ずかしくないように、ちゃんと、がんばろう)」











氷が解けて、中に閉じ込められていたミントの葉がぷかりと浮かんだ水を煽る。

清涼感のあるミネラルウォーターが喉を滑るように落ちていった。
















 悔しくて不貞寝したので更新が遅れました。無念。


ここまで読んでくださってありがとうございました!

次もがんばるぞーい。

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