きっかけは夢の中?
夢なので短くサックリと。
いえ、あの、逃げじゃないです。ち、違いますよ!うん
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――――――…深い闇の中、誰かの声を聞いた。
その声は苦しそうで悲しそうで。
思わず耳を澄ませ、どの方向から聞えてくるのか探ってみたけど真っ暗で何も見えない。
夢の中だから真っ暗なのはわかるけど流石に真っ暗で意識があるのは飽きたんだけどなー、と思う。
どうせ意識があるなら楽しい夢の中であって欲しい。
闇の中で小さい声は、あっけなく闇の中に消えて音がない空間が完成する。
最近こういう夢を見ることはなくなってたから不意打ちもいいところ。
いつも夜は色付きの夢を見るか、眠っているという意識もないくらい爆睡してるかの二択なんだよね。
うーぬ、と頭を抱えていると闇の中で声が響いた。
… 助 け て …
蝋燭の炎みたいな、声だ。
ゆらゆら揺れて、今にも消えそうなのに確かに灯っている。
明かり自体は小さいのに目を引く存在感。
目には見えないけれど、確かにそれは助けを求めていた。
(若い、男の子。声変わりが終わって少しした……多分、高校生くらいの)
縋るようなそれは男の子とも男性ともつかない、どちらかと言うと若い男の声だ。
ぽつぽつと降り始めた雨のように訴えかけてくるそれは少しずつ、輪郭を持ち始める。
より大きく、より明確に、より感情を増して。
聞いたことのない声に戸惑いながら私は必死に何から助けて欲しいのか、と問う。
だけど向こうには届かないようでただ声だけが響いてくるだけ。
…もう嫌だ、辛い、悲しい、苦しい、寂しい…―――――
ざわざわと闇がざわめき始める。
見た目は変わらないから“そんな気がする”ってだけなんだけど。
反響して、反芻して広がっていく。
ちょっとまずいんじゃないだろうか、とイヤ~な予感を感じた。
でも、夢の中だから私はなす術もなくただ声を聞くしかない。
現実だったら声を発している人を突き止めて話を聞くこともできるんだけど、夢ではそう簡単にはいかない。自分の記憶とか思い出とか妄想とかが融合している場合ならなんとかなるんだけど、外部からの影響を受けていたら完全な受身もしくは傍観者になり果てる。
特に霊的なものが相手になった場合は、まさに手も足もない。
(このイヤ~な感じはまさしく、だね。BGMは確実にサメの映画で流れた奴だ)
手も足も出ない夢の場合、私にできることは少ない。
ただ、自我を保ったまま干渉が終わるか、体が目覚めるかを待つ。
で、夢をできるだけ詳細に報告できるように覚えておく努力をすること。
なんでも、私に関わろうとする霊体は何らかの意図を持って接触してくる場合が多いらしい。
残念すぎることにその意図は負の感情が大部分を占めてるから油断ならないんだよね。
自我を失えばあっという間に“あちら側”に引きずられて楽しい(?)幽霊ライフ!って寸法。
是非ともご勘弁願いたいです。
(早く目ぇ覚めないかなー……はぁ)
私の願いはきれいさっぱり無視された。
助けて、と繰り返す声はやがて暗い響きを滲ませていく。
それは白い半紙に黒い墨汁を垂らし、黒が白い紙にじわじわと滲み込んでいくみたいで不気味だった。
一気に変わるならまだ目を白黒させるだけで済むんだけど、そうじゃない。
…辛い、憎い、苦しい、憎い、悲シイ、憎イ、憎い、寂しい、ニクイ…っ!!!
それは、劇的な変化だった。
白いオセロが黒に変わるように、黒いオセロが白へ転じるようにあっという間のこと。
蝋燭みたいだった炎は家一軒を飲み込むくらい凶悪な炎の化け物へ姿を変えた。
溜まった鬱憤を周囲にまき散らすみたいな声にどうしようもない無力感を覚える。
(怖い、気持ちもあるけど……なんでだろ、凄く居た堪れないっていうか無力感がひしひしと押し寄せてくるっていうのは“正し屋”従業員としては良くない、のかも)
“正し屋本舗”は須川さんの方針と意向で成り立っている。
彼は、基本的に優しいし良心的だと思う。
依頼料をみてもその人の職業や年齢、収入を考慮した金額をもらっているし出来ないことはきちんと伝え、努力次第でできそうなものはそれを説明した上で依頼人に選択を委ねる方式。
基本的に、と前置きしたのはもう一つの一面があるから。
彼は“契約”を守らないものや排除すると決めたモノに対しては容赦がない。
それは一年間正し屋で働いていて分かった。
同業者と思われる依頼人から緊急の依頼が入ってそれを解決する為に動いたのはいいものの、依頼遂行の途中で依頼人が“契約違反”に該当する言動や行動をとった。
最初の一回はさらりと注意して終わったんだけど、依頼人はそれが気に入らなかったらしくこちらの仕事に支障をきたすようなことをしでかした。
御陰でというか、そーゆー依頼人だったから半端な仕事しかできなくって…依頼者である家族を危険に晒した。始末が悪いことに、その責任を正し屋に押し付けようとしたんだよね。
その時の須川さんは物凄く怖かった。
チュンとシロを抱えて、依頼者の家族と一緒に部屋の隅っこで震えたのは今でも忘れない。
あれは……どんな邪神さんでも悪霊でもしっぽ巻いて逃げ出すか平伏すね。
って、そう、話は剃れたけど“正し屋”で働く以上は覚悟が必要なんだ。
勿論その覚悟に見合うだけの実力も必要で……
(私、覚悟はしたつもりだけど実力はまだまだっていうか……ダメダメ、だし)
できることなんて動物霊をもふもふしまくったり一緒に散歩したりすることとか、神様の愚痴聞いたりお昼寝したりお茶飲んだりするくらいだもんね。
あ、パソコンはできるか!って、それは本業にもならないし。
はーぁ。
と深い深いため息をつく私はすっかり周りの状況を忘れていた。
…… ナンデ 、 アイツらは生きてるんだ ? どうして 、 あいつらばっかり ……
声に比例するように周りの闇は澱み、そして深くなる。
現実世界で誰にも届かなかった声はやがて恨み辛みに変わり、憎しみを育てていく。
うっかり無視してごめん、と思ったときには遅かった。
対応してても向こう側に聞こえてたとは思えないんだけど、すぐ思考がぽーんと飛ぶんだよね。
がっくりと肩を落として反省する私の耳に、物騒極まりない声が響いた。
復讐シテヤル ミンナ ミンナ 死ンデ シマエバイイ…!!!
闇が、その声に反応して大きく大きく鼓動する。
どくんどくんっとまるで心臓が動くみたいだ。
物々しい雰囲気に顔をしかめる私はこの闇の中では異質。
やがてその声に反応すしていくつもの思念が集まってくる。
まるで沢山の人間がいるかのような錯覚を起こしてしまうような、確かな存在感と膨れ上がる思念や声。
いろいろな所から聞えてくる声は、邪悪さと澱みを増してやがて……
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とりあえず、こんな夢は見たくない。