きっかけは低身長
クリスマスは、一人でケーキを食べるのだけが楽しみです。
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まさか成人してから自己紹介を沢山の若い男の子の前でするなんて思いもしなかったよ…。
がやがやと騒がしい教室の前で私の足は動かなくなった。
これがただの金縛りだったらどんなにいいだろうと考えられるようになったことに少し驚いて、須川さんのお仕置き(嫌がらせ)よりは酷くないことに気付く。
それに気づいてしまえば体の硬直はあっさり解けた。
ぶっちゃけ、須川さんのお仕置き程怖いものを私は知らない。
「(何がきついってじわじわくる苦痛が長時間続く上にキラキラした満面の笑顔で駄目出しし続けてくれることだよね……正座の状態で強制金縛りかけられて放置されたときはいろいろダメかと思った…トイレ先に済ませてほんとよかったね、うん)」
遠くも近くもない絶妙な思い出を振り返っていた私を呼び戻したのは、独特の音を立てたドアだった。
左にスライドしていく音は随分なめらかではあったけど、確かに開けた音。
ぬっと体を屈めて現れた大柄の男は、美味しいスイーツを出す喫茶店の店主・雅さんと似通っていた。
何がって背の高さとかガタイの良さが。
「(デカイ、怖い。やっぱり怖い……手にオヤツを持っている場合のみ特例で別になるけど)」
手にはオヤツのオの字すらみあたらない。
あるのは白いチョークだけだ。
「おら、さっさとはいれ。HRが終わらねぇだろ」
いや、私はただ2-3教室の前で待っているように言われたから来ただけです。
ついでに言ってしまえば入るタイミングが掴めなくて右往左往すること五分、内情を探ろうとドアに耳をつけて中の音を聞くべきかどうか迷って苦悩すること5分。
で、諦めて自分からノックをする勇気を振り絞る前に極度の緊張で動けなくなったのはついさっき。
「…それ、俺が悪いんですか…」
がっくりと項垂れた私の頭をポンポンとやや強めの力で叩いて、顎でしゃくる。
もー腹を括るしかないよね!半泣きになりそうなのをぐっとこらえて(涙って勝手に出てくるんだよ…目薬いらないからいいけどさ。肝心なときに出ないのに、ね)足を踏み出した。
教室の中は、意外に広く感じられて少しだけほっと息を吐く。
多分、男子校だから全てサイズが成長期の男の子もしくは成人男性にあわせて大きめに作られているのだろう。な、なんか天井も高い気がする。
私を見た周りの反応はざわざわ、がやがや…擬音として言い表したらこんな感じだった。
自己紹介の時に、ざわめきが突然消失しなければいいと思った。だってこの賑やかさなら緊張しなくて済むような気がするし!
必死に手足を動かしながら進む先は教団の横、つまり黒板の中央部分。
自己紹介の時に言う言葉を脳内で繰り返していた私は、今の自分がどれほど滑稽でお約束な行動をとっているのかわからなかった。
気がついたのは呆れと苦笑が入り混じった担任の山里先生が声をかけてくれたから。
「江戸川~、お前ベタだな…手と足同じ方でてるぞー」
「おぁう…っ!?あ、あはは…す、すいません…」
「ま、この生物が編入してきた江戸川だ。面白いからってあんまり苛めないように」
ほれ、自己紹介しろとニヤニヤ笑いながら私の頭を肘掛に使う姿は到底教師には見えない。
でも肘掛にされるのは慣れているので気にせずに、必死に考えた自己紹介をしようと口を開く。
不安でつい、学ランの裾を握りしめる。手汗がひどいし、物凄く目も泳いでると思う。
「えーと、江戸川 優です。家庭の事情とかで編入してきました…好きな物は甘いモノと楽しいこと、嫌いなのは辛いものと数学。よく迷子になるので迷ってたら助けてください―――宜しく」
肘掛になっている為、頭は下げられない。
だから、反射的に普段通りのへらっとした笑顔を浮かべてみる。
…多少のどよめきがあったのは、あえて聞かなかった振りだ。気にしてたら生きていけないんです。
いや、ほらバッシングとかって直に受け止めるのはきついんだ…大人になったって嫌われるのは好きじゃないんだ。
そんなことを考えながら、私を肘掛にしている先生をねめつける。
「そろそろ腕どけてください。背がこれ以上縮んだらどーしてくれるんですか」
「んじゃ、ありきたりだが質問はないかー。ねぇならこのまま授業に突入するぞ」
「っちょ、スルーされた?!」
仕方ないので自分で腕をよけようと悪戦苦闘していると、生徒側から焦ったような声と椅子がガタガタ動く音。なんだなんだ、と視線を向けるとそこには手をまっすぐに上げて慌てたように立ち上がった男子生徒がいた。
「げ、は、はいはい!!質問ある!」
「よし。じゃー、靖十郎」
手を上げているのは窓側から2番目の席に座った元気よさそうな子。
地の色なのか染めているのかは分からないけど、こげ茶色のぴょんぴょんと跳ねた髪に深い桑茶色の瞳の彼は今時の高校生からみるとかなり可愛らしい感じがした。今どきの高校生は大きくて怖い。
骨格は成長途中の男の子っぽいけど、背は低くて私と10センチくらいしか違わないようにみえる。
怖い感じもないし、話しやすそうだなとーなんて観察していると彼は妙にキラキラした目で私を見つめた。う、日頃見る機会のない純粋すぎる瞳がおねーさんには少しキツイです。自分の汚さが浮き彫りになる気がする…。
「江戸川っ、お前身長は?」
「・・・へ?」
「だから、身長何cm?」
身を乗り出して訊ねてくる彼に私はしどろもどろになりながら昨日保健室で計った身長を告げる。
いつの間にか山里先生の腕は頭から外されていて、先生自体も黒板の横にあるパイプ椅子に腰掛けていた。いつの間に。
「よっしゃー!江戸川…いいや、優!俺とお前はこれからコンビだ!何でも聞けよ!」
「あ、うん?えーと、宜しく」
よく分からないけれど、とりあえず友人は出来た…っぽい。
これだけノリがよければ学校の案内とかもしてくれそうだし、社交的っぽいから色々聞けるかな?
出だしは好調だ!とか思っている余裕もなく、授業開始を阻止する命?をかけた質問攻めに合う羽目になった。
いやー、流石に新しい苛めかとも思ったね!
でも、相手は胡散臭い笑顔を浮かべる上司ではなく純粋な青少年達だ。
頑張って答えられるものには答えたし、反応も悪くなかったのでこのクラスではやっていけそうな気がした。
…1つ言っておくけど自分の年齢を忘れたわけじゃないから恥ずかしさは変わらない。
そう、例え何の違和感もなく受け入れられても恥ずかしいものは恥ずかしいんだ。
(お、おわったぁぁあぁぁあ!うぅ、やっと座れた…ッ)
1時間目が終わる5分前に自分の席を知らされてヘロヘロしながらつっ伏す。
どうやら私の席は特等席ともいえる窓側の一番後ろらしい。
窓が近いから多少涼しいし、居眠りしてもばれないという…最高の席なんだけども。
「(でっかいです、周り全部)」
目の前は普通に背中。基本見えるのは背中。
唯一、目が合うのは靖十郎という身長を尋ねてきた彼のこと。
隣の席だから話しをする機会は多くなるとおもう。靖十郎は話しても面白そうだし、顔も広そうだからありがたい。潜入調査は情報収集が一番大事なんだって。
そんなこんなで一時間目は自己紹介と質問で終わったんだけど、二時間目は普通に授業だった。
でも、まだ私の教科書が届いてないという事を知った靖十郎は丁寧にも机をくっつけて、前回やったところを教えてくれた。ま、机やらノートやらに落書きやら筆談をしてた所為で先生に怒られたりもしたけれどそれなりに楽しかった。
なーんか、清十郎は妙に親しみやすいんだよね。年齢も性別も違うはずなんだけど…変なの。
午前の授業中、こしょこしょと二人で話してると…気がつけば4時間目終了のチャイムが鳴っていた。
「(あ、やば。授業なんにも聞いてなかった)もうご飯の時間かー…」
「よっしゃ!んじゃ、とっとと食堂行こうぜ!」
「え?ちょ、待った…!まだ机の上の授業道具片付けてな―――――――うわわわ」
「そんなの後でいいって!それよりさっさといかねーと席なくなっちまうんだ」
やや強引に私の手を握った彼は、生き生きとした様子で教室から飛び出す。
勿論私は手を握られたままなのでこう、つんのめりながら必死に顔面スライディングを免れようと必死に足を動かす。
いくら背が低めだとはいえ、体力も若さも性別も違うのだからこちらは必死だ。
途中色々な人間にぶつかって(その度に必死に謝って)どうにか食堂に着いたときには息は切れてるし身体はだるいし、汗はかくしそれはもう悲惨な事になっていた。
「…せ、せいじゅうろう…っ、たのむ、から…廊下…特に階段ではスピード、落として…っ…し、しぬかとおもった…」
「おぁ!?わ、悪い!大丈夫か?!」
ぜーぜーと食堂の入り口付近の壁に寄りかかりながら息も絶え絶えに言葉をつなげた私に清十郎が慌てて走りよってくる。
平気だ、と告げたかったのだが酸素を取り込むのに忙しい今の身体ではソレは叶わなくて、ひらひらと手を振ってみた。
靖十郎はわかってくれたみたいで、ほっと息をついて心配そうに私の横を歩く。
なんか、もの凄~く申し訳なさそうな顔は叱られた時のシロの顔とおんなじで思わず吹き出した。
いつも弄られて、誤ってばっかりだったから新鮮だ。
「――――――ふぅ…もう大丈夫。俺、体力ないし運動得意じゃないからああいうのはちょっと勘弁して」
「そっか…悪かったなー…んじゃ、詫びといっちゃなんだけど昼飯奢らせてくんね?ほら、編入記念日も兼ねてさ」
「え?いや、それはちょっと…あ、どうせなら飲み物の方が良いかな」
「わかった…んじゃ、まずは腹ごしらえしますか!」
私の提案に初めはきょとんとしていたが私の意志を尊重してくれたのかニカッと満面の笑みを浮かべて券売機へ。彼の背を追いながら、ふと授業中に考えていた事の答えが出る。
「そっか、犬っぽいのか」
「?何か言ったかー?」
「いや、別になーんにも?ほら、靖十郎早く買わないと!」
「だな~…んー…今日は大ラーメンと大盛り日替わり定食っつー気分だしこれでいっか」
真面目な顔で券売機のメニューを見た後、清十郎はなんのためらいも無く大盛りラーメンと日替わり定食(大)のボタンを押して券を取った後興味深そうに私がメニューを選ぶのを見ている。
視線がちょっと気になったけど、こういうのにはパンダ状態だった御陰で慣れた。
いや、ほんとすごかったんだよ…廊下からの視線が。
私みたいな編入生は初めてだったらしくて物珍しさから生徒が見に来る見に来る。
どっから湧いてきたんですかって位にひっきりなしに私を見て“小さい”と感想を漏らし去っていく。
うぅ、おねーさん悲しい。
「(それはそれとして、っと)んー、何にしよっかな」
じーっと券売機を一通り見つめて大好物を発見した。
すかさずエビフライ定食のボタンとデザートと書かれたボタンを押す。
デザートはすり減らされたMP回復のための必需品です!なれない環境で巨人かつ未知の生物・男子高校生と同じ空間にいるのって疲れるんだから。
ちなみにデザートは6枚ほど購入。
ついつい、うきうき飛び跳ねながら券売機の前から離れた私に清十郎は眉をしかめて私の手にある食券と私の顔をなんども見比べてついっと食券を指さした。
「あのカウンターで券渡して受け取ればいいんだよね……ってどうかした?」
「いや、お前まさか今それ全部食う、ってわけじゃないよな?授業の合間とかに…」
「やだなぁ、靖十郎 ――――― 全部この時間に食べるに決まってるじゃんか。甘味は鮮度命なんだから」
「鮮度って…魚かよ」
ガックリとうなだれた靖十郎をみて私は男の子ってやっぱり難しいと改めて思う。
いつか理解出来る日が来るんだろうか。
…って、ご飯食べたら色々噂とか聞いて回らないと!!危ない危ない。
……とりあえず、腹が減っては戦は出来ぬ!ってことでエビフライを食べようと思います。
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メリークリスマスでした。
ふ、なんだか時間かかった…後日読み直して気に入らなかったら書き直します。