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正し屋本舗へおいでなさい  作者: ちゅるぎ
潜入?!男子高校
31/83

きっかけは学ラン

 普段和服の人が洋服を着たら結構萌えるとおもうんです。

.









 人生の中で前半はただひたすら経験を積む為の時間なんだ、とお爺ちゃんは言っていた。












 目の前に広がる光景はどこか懐かしい雰囲気の建造物。


学校と呼ばれる教育施設には最短で9年間、最長で12年(大学は除く)お世話になる。

結構な時間を消費する御陰で、感動も感謝も楽しみ、後悔や反省だって沢山たくさん思い出として刻まれる重要な場所。

 大きな校舎から何かを守るように立っている校門には『市立栄辿高等学校しりつえいてんこうとうこうこう』と書かれている。

4階建ての建物と、左隣には体育館らしき屋根があって、反対側にはフェンスが見えるから多分グラウンドだろう。






「私の通ってた高校の倍はあるや……すっごーい」



「男子校ということで大きくしたんですよ。ここからは見えませんがプールと学生寮もあります」



「プールが学校にあるんですか?!ドラマとか漫画の中だけだと思ってた…私の通ってた学校は皆プールがなくて市民プールにいってましたもん」






 この暑い夏にプールに入れるなんて最高すぎる。

だって、夏にはかき氷とスイカとそうめんとプールでしょ!?

海は足に砂がつくし暑いから好きじゃないけど、プールなら至れり尽くせりだよ!日焼けが凄いけど。

じーっとプールがあるらしい後者の奥の方に視線を向けていると須川さんがさらっと私に釘をさす。





「分かっているとは思いますが、優君はプール授業には出られませんからね」



「わ、わかってますよ!流石の私でもこんな格好させられればそれくらい言われなくても……うぅ、この以来が終わったら絶対プールに行って思う存分泳いでやる」




「言葉使いに気を付けてくださいね?“私”はダメですよ。いいですね」




「ふみまへんれひた」





 みゅぎゅっと両方の頬っぺたを片手で掴まれて、あひる口になったままなんとか返事を返す。

須川さんの一人称は「私」だけど変じゃないからいいとして、こんな格好をしている今どきの高校生の一人称が「わたし」っていうのは無理があると私も思う。

 無難に俺、かな。

言いにくいってわけじゃないし、俺っていうように気をつけなきゃ。




 こんな格好、というのは日差しをがっつり吸収する黒い学ランのこと。


朝一番に学ランを渡された時には図太い私でも目眩がしたね。

私がまだ高校生だったら“たのしそー!”とかなんとかっていえたかもしれない。

でも、もう成人して一年しか経ってないとはいえ社会人になった今となっては羞恥プレイでしかないと思うんだ。

いくら背が低いからってこの仕打ちはないとおもうよ…。

 それに、この学ラン、かなりサイズが大きい。

体のラインを目立たなくする為だっていっても、暑いものは暑い。冬なら歓迎だけど、夏は喜べない。





「にしても、なんで男装…っ!せめて保健室のおねーさんとかしたかった」






 私が正し屋で働き始めて一年が経った。

始めの頃は視察に来るのは特に変わった事ではないし、今まで雑用や簡単な仕事が多かったんだよね。

でも、割と重要な仕事を任せてもらえるようになったのはすごく嬉しい。


ただ、やっぱり理解はしていても現在置かれている立場は不服だ。


右には高級スーツを着こなした須川さんが芸能人も真っ青なオーラを出して悠然と立っている。

うーぬ、和服も似合うがスーツも恐ろしく似合うらしい。

それはいい。

別にいいんだ。時々依頼受けてスーツとか着てるし。


―――――――――――……やっぱり問題は私の格好にもどるわけですよ。







「うぅう、やっぱり納得いかない…っ」



「納得は行かなくとも必要なことです。なんども言いますが教員枠の空きは1つしかないんです。私が教師をやるのは当然でしょう?貴方に教師役が務まるとはおもいませんし、保健医はもう既にいるそうですからね。問題は私が教師になった場合、生徒側で流れる噂が耳に入りにくくなることですが…」



「私が生徒の噂やら焦臭きなくさい話を聞いて報告すればいいっていうんですよね」




「ええ。流石に私が生徒として紛れ込むのは不可能というよりも不自然ですし、ここは高校生の中に入っても違和感がない優君がやるに越したことはありません。それに、何かあった時に生徒に対するのフォローや問題へのアプローチもしやすくなりますからね」



「わかってます、わかってますけど……でも…これでも成人してるのにこれは色々キツイですって。そもそも年齢以前に性別が真逆なんですよ?!絶対ばれちゃいますって!お風呂も寝るのも生徒に混じってしなきゃいけないんですよね?私のうっかり残念な具合だとすぐにバレちゃいますって」






 ぶっちゃけ、情けないやら恥ずかしいやらで中々踏ん切りがつかない。


私だって馬鹿じゃない(とおもう)から須川さんの言い分も理解できるし必要性だってわかってるつもりだ。でも、私にだってプライドというものがある。


 大体、この上司なら私が居なくても上手く生徒の操作も出来るだろうし、情報収集だって簡単だろうと思う。それじゃ私の修行にならないのはわかってるけど、ちょこちょこーっと情報収集できるようにしてくれればいいだけの話なんじゃないだろうか。



 でも、私の思いをどういう風に説得力のある言葉に変換して反論したらいいのかが全くわからない。



ぎゅっと少しサイズの大きい学ランの裾を両手で握り締めた。

悔しくて、歯がゆくって、体の中にモヤモヤしたものが溜まっていく。

 唇を噛み締めて俯いた私の頭に何かが乗った。

重さや大きさからして、須川さんの手であることが分かったけど反応しそうになるのをぐっとこらえて同じ姿勢を保つ。








「―――――…優君、顔を上げなさい」







 少しの間沈黙が降りて、ふぅ…と須川さんの溜め息が聞こえてくる。

怒られるのかな?それとも呆れられた?

どっちの対応も慣れているけれど、クビにされる事だけは避けたいなー…なんて、私にしては珍しく後ろ向きなことが頭の中でぐるぐる回り始めた。


 ここは新社会人らしくすっぱり謝ったほうがいいんだろうか、なんて思い始めた時に、真剣で、静かな須川さんの声が耳に入ってきたのだ。







「…や、です」





 だって、今絶対情けない顔してる!

うっかり涙腺のあたりが刺激されていることに気づいて益々顔を上げられなくなった。

なんでこんなことで泣きたくなるのかはわからない。

多分、今まで無意識に溜め込んできた不安や恐怖みたいなものが出て来ちゃったんだろう。

 初めて任された大事な仕事なのに、と思う気持ちと私なんかにできるんだろうかっていう不安がぐるぐるしている。






「……ではそのままでいいから聞きなさい」







 とりあえず、頷く。

それに反応したように頭に乗せられた手が二、三度頭を撫でて静かに下ろされる。

頭の上から消えた優しい感覚はひどく名残惜しく思えて、ぎゅっと目を閉じた。

自分で怒られるようなことをしていて、とても怖かった。

怒られるのは嫌いだ。怖いし、嫌われるのは――――当たり前だけど、イヤだから。

 ああ、でもこんな我侭わがままいって困らせたら怒るのも、嫌だと思うのも当たり前だ。










「いいですか、私は貴女を信頼しています」







 真剣だけれど何処か暖かい声と予想もしていなかった言葉にバッと顔を上げる。

視界に入ったのは、一年間で一度も見たことがないくらい優しくて柔らかい、微笑み。

まるで草木を、花を、景色を、いとおしむようなそれに私の思考は完全に停止した。

 思考が停止しても音を拾う耳の所為で、脳みそが盛大に混乱していくのが分かる。








「私は貴女を信頼すると共に期待もしています」




「……きた、い……?」





「えぇ…―――――貴女は私には出来ないことが出来る、と」








 なんだそれ、とまず思う。

だって本当に、分からなかったんだ。

須川さんの言葉は時々分からないけれど、これほど理解できない事はない。

 機械関係のこと以外ならほぼ完璧にこなせる須川さんに出来なくて、私に出来る事…?

そんなものがあるんだろうか。


 自分でもわかるくらい半人前(半半人前っていっても過言じゃないかも)な私に、何ができるっていうんだ。茶化すならもう少し元気なときにして欲しい。

 むっと、眉を顰めてねめつけた私に須川さんは困ったような笑顔を浮かべて「そんな顔をしないでください」と優しく私の頭を撫でた。

優しく、でも確かな安心感を与えてくれる掌にうっかり意識がむいた私に浴びせられる、言葉。





「優君の言葉には不思議な力があります。恐らく貴女が居るだけで救われ、そして新しい世界を見つけることができる存在も多い。現に、チュンやシロが貴方の傍に有り続けるのはそういった理由からですよ。私だってなんの期待もできないような人間を自分の傍に置こうとは想いません」



「で、でも…、そんなの気のせいかもしれないじゃないですか!チュンやシロだって成り行きで一緒にいてくれるだけかもしれないし」



「成り行きで、自分の使える神からただの人間へ従おうとするモノなどいませんよ。チュンにしても、本来なら人には懐かない妖怪です。私だって、使えもしない、期待もできない人間を一から育てる趣味はありません」







きっぱりといいきった彼は手をどけて真っ直ぐに私を見つめる。









「私は……貴方だからこそ、この仕事を任せたんです」









 そういって彼は綺麗に、綺麗に…笑った。


話は終わりだと言うように大きな手で頭をポンポンとたたいて、さっそうと校門を潜り、校舎に向けて歩みを進めていく。

 私の横を通り抜けていく時、彼が愛用している香水がふわりと鼻を掠めた。

少ししてじわじわと足元から頭のてっぺん、髪の先に至るまで広がっていくこの高揚感をなんて言ったらいいんだろう。

嬉しくて、じわじわと喜びが込み上げてきて、モヤモヤがなくなってく。





(我ながら単純だなぁっておもうけど……でも、うん。頑張れるし、頑張ろう…出来る限り、だけど)





 やる気がガッツリ体中に巡りきって、ずいぶん遠くなった須川さんに駆け寄るべく足に力をいれて地面を蹴った。綺麗に晴れた青い空と山に囲まれている御陰で澄んだ空気も手伝って、少しずつ須川さんとの距離を縮めていく。


須川さんの隣、この一年間で定位置になった左側にたどり着いた時には、前々から不思議と抱いていた不安や悔しさ……そういったいった感情も、妙なプライドもどうでも良くなっていた。



悩むのは性に合わないし持続することもないから頑張ってみよう!…って思えるようになった。

そもそも、悩む脳みそも持ち合わせてないしねー。















 お婆ちゃんは、人生が云々じゃなくて自分に出来る事を精一杯頑張ればいいって言ってた。

お爺ちゃん…ごめん…やっぱりお婆ちゃんの言ってた事の方がわかりやすいよー。











.

 校内にすら入っていないと言う罠。

えらいすんませんです、ハイ。

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