きっかけは依頼人
ずっと書きたかったある意味本編です。
前々から構想を練っていたのに進まなかったお話(爆
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――――――――…私はこの日お客様は時々、厄介な神様になるってことを学んだ
ワサビ事件を経て、お祭りの後片付けを終えた私と須川さんは店を締めようとしていた。
軒先に吊るされている札を裏返すために玄関へ出た私は、深刻そうな顔をしている中年男性と目があってしまった。とりあえず会釈したものの、オジサンは私と店を見比べて、慌てて携帯電話を取り出し誰かに電話し始める。
なんだか良くはわからないけど、お客さんだったら困るしなぁ…なんて躊躇している間にオジサンは小走りで歩み寄ってくる。どっしりした背の低いオジサンはハンカチで額に浮かんだ汗をぬぐってから人懐っこい笑みを浮かべてついっとお店を指さす。
「ちょっといいかな?ここは『正し屋本舗』という店かい?」
「はい。あの、でも今日はもうお店を閉めるように店主に言われているんですけど……緊急の依頼ですか?」
「実はそうなんだ。ここを見つけるのに時間が掛かってこんな時間になったんだが…頼む!なんとか、店主殿に話だけでも聞いてくれるかどうか聞いてもらえないだろうか?」
今まで歩き回っていたのかかなり疲れているみたいだけど、スーツはしっかりしたものだし、笑顔に胡散臭さも怪しさもなくて近所にいる親切なおじさんみたいな感じの人だ。
嫌な感じもしないし、話を聞くくらいなら大丈夫だろうと取り次ぐ為に玄関から事務所に向かって声を張り上げる。行儀は悪いかもしれないけど、急いでるならこっちのほうが早いもんね!
須川さんの許可を貰った頃、後ろから誰かが走ってきてオジサンが2人に増えたんだけど知り合いというより上司と部下っぽい関係みたいだったからそのまま通した。
ソファを勧めて、私は給湯室へ向かう。
「(夕方だけどまだ暑いし、冷たい飲み物でいっか。お茶菓子は抹茶とチョコのクッキーかな。美味しいんだよねー、これ。いろんな人に食べてもらうために作ったって言ってたし)」
お茶とお茶菓子を持って応接室へ戻ると、依頼人が依頼内容を話し始めるところだった。
お客様にお茶を出してから上司の前に置いたらお仕事は終了。
時々、私が相談の窓口にもなるけど基本的には須川さんが『正し屋本舗』の仕組みについて説明をして、それを依頼人が受け入れれば依頼内容を聞くっていう流れになってる。
ちなみに、依頼を受けるかどうかは依頼内容を聞いてから判断してるので断ることだってあるんだよね。断ることは滅多にないから大丈夫だと思う。よかったねー、おじさん!
お茶を出したことで満足して、衝立の向こうにある自分の事務机に戻ろうとしたら須川さんに呼び止められた。
言われるがまま隣に座った私に合流した気の弱そうなオジサンは訝しそうな表情。
それに気づいたらしい上司は普段通りの見目麗しい微笑を浮かべて私に手のひらを向ける。
「申し遅れました、コレは私の弟子です。今回の依頼には彼女も関わりますのでどうぞよろしくお願い致します。修業中ではありますが中々見込みはありますのでご安心ください。優君、挨拶を」
「へ?!あ、ええと、はい。江戸川 優といいます。一生懸命頑張るのでよろしくお願いいたします」
急に振らないで!と心の中で若手芸人みたいな想いを抱きつつ、姿勢を正した。
そういえば、私がこうしてきちんと須川さんと一緒に依頼人の話を聞くのは初めてだ。
いつもは衝立の向こう側で聞き流してたり、子守唄がわりにしてたりするんだけど……難しい話じゃなければいいなぁ。
◇◇
初夏独特の、爽やかな風と夕日の光が窓から室内を照らし出す。
縁町の夕日は綺麗な茜色でとても優しいと思う。
でも同時に“家”に帰らなきゃ、帰りたい、と思わせてくれるから少しだけ切なくもある。
窓の外から聞こえる騒がしくない賑やかな声に楽しそうだなぁ、と全力で現実逃避中。
「(はははは、カラスさん。私も茜空を全力で羽ばたいてこの依頼聞かなかったことにしたいなー!)」
「優君、現実逃避するのは結構ですが捕獲して引き摺ってでも連れていきますから」
「せめて俵担ぎにしてくださいッ!身長差を考えると引きずられる方は拷問もいいとこです!」
「あ、あの須川先生?私どもは問題さえ解決していただければ……」
「彼女にしかできないことがあるんですよ。さて、こちらからの条件は―――――――― ざっとこんな感じでしょうか。同意していただけるようでしたら之にサインをお願い致します」
サラサラと手帳のようにまとめられた和紙に万年筆を滑らせ、依頼人である男性に差し出した。
それに依頼者が署名しているのを見ながら、何故か自分が契約書にサインした時のことが脳裏をよぎる。
嫌な予感しかしないんだけど、明日から有給とか取れませんかね?
遠い目をしているうちに、全てが丸く収まったらしい。
気が付けば依頼人である高校の校長先生と教頭先生の見送りをしていた。
周りは少しずつ茜色から上紺色へ移り変わって、チラチラと星も見え始めている。
とりあえず、提灯をしまってから玄関の錠をかって台所から香る美味しそうな匂いに釣られ奥へ、奥へと進む。
今日の晩ご飯当番は須川さんだから美味しい和食が食べられるはずだ。
ウキウキしながら台所を除くと紺色のエプロンをした須川さんがてきぱきと調理をしていた。
あ、正し屋には竈もあるんだよ!
…炊飯器と土鍋くらいしか使ったことなかった私に御釜は衝撃的だった。
いや、すごく美味しいんだけどさー…。
「今日もやっぱりお手伝いさんフル活用なんですね…」
「腕を鈍らせない為にいいんですよ。こういったものは細かい霊力の調整や指示出しを必要としますからね。慣れれば便利ですし、日々霊力を使えばその分量も質もよくなっていきます。優君も一年前に比べて随分霊力が増えているんですが……気づいていないようですね」
「そういえば、チュンとかシロが元気になのってそのせいですか」
「ええ。彼らもずいぶん力を付けましたからそろそろ実践に移るべきでしょうね。とりあえず、今回の以来については食事をしながら説明します。まずは食器を運んで下さい、すぐにできますよ」
お行儀よく返事をして支持された食器や食具を運ぶ。
ご飯は基本的に二人なんだけど、シロやチュンも戻ってくるからそれなりに賑やか。
今日も美味しようなご飯に煮物、焼き物、香の物、汁物、旬の食材を使った副菜、氷菓がずらりと並ぶ。
品数にも驚くけど味も一級品。
高級料亭にも連れていってもらってるけどそこと同じくらい美味しい。
ま、味の好みで言えば須川さんのつくったご飯の方が好きなんだけどね。
「そーいえば、今回の依頼どうするんですか?死んでる人もいるんですよね?嫌な予感しかしないんですけど」
「原因を探して改善します。今回のは怪異が絡んでいることは間違いないですから、問題のものを除霊してしまえば終わりです。浄霊の方は死者が出ていることから考えても難しいでしょう」
「うぅ、人間だったらやだなぁ。動物とかだったらなんとかなるのに」
霊能力者と呼ばれる人間にも得手不得手があって、私は対人間(幽霊っぽいのとか、元が人であるもの)なのは苦手なんだけど、相手が動物令とか神様だとなんとか話し合うことができる。
神様や動物に好かれやすいんだって。
「依頼期間は一応3ヶ月間としましたが、早ければ早いほどいいでしょう。少なくとも1~2ヶ月で片を付けて欲しいところですね。長引けば長引くほどマスコミのいい餌食になってしまいますから」
「報道されるのは嫌ですよね…うー、胡散臭い霊能者として話題になっちゃうんだろうなぁ」
「そうですね、頑張ってください。今回は優君に一任します。私もサポートで入り指示をだしたりはしますが実際に動いたり情報を集めるのはあなたの仕事としますから」
「……え?」
「それから大っぴらに学校へ入って調査をするとマスコミに嗅ぎつけられる可能性が高いですからね…流石に内部まではマスコミも入って来られないので問題ないでしょう。学校自体全寮制で情報が漏れるとするなら外出ができる土日だけ……口外できるようなものでもないですし、ある程度は楽観視してもいいと想います」
食事の最後に食べる氷菓(冷たいお菓子。今日は夏蜜柑のシャーベットでした)を食べる手が止まった。ちょっと待って。ってことは、私たちは学校に先生として潜入するってこと?
慌てて質問すると彼は……“あの”キラキラしい笑顔を浮かべた。
「(い、嫌な予感しかしないんですけど)」
ごくり、と固唾を呑んで返事を待つ私に彼はさらりとまるでお使いを言い渡すように告げたのだ。
私にとっては斜め四十五度から巨大ハリセンで叩かれるような衝撃だった。
「教師として潜り込むというのは半分正解です。私は、臨時の教師として潜入しますから」
「じゃ、じゃあ私は?用務員さんとか?」
「一番情報を集められるのは教師にあらず、ですよ。優君には“生徒”として潜入していただきます。貴方の容姿で教師を務めるのはいささか無理がありますし、教師として聞ける情報は限られますから」
「……いやいやいや!!私、立派に成人してるんですよ?!大学だって出たし、今更高校生に戻るのは難しいと思うんです!心の底からっ」
「ああ、それから以来の期間は私も貴方も寮で生活することになります。学校側でも配慮はしてくれるようですが一人部屋は存在しないそうなので二人部屋になるでしょう……十分気を付けてくださいね」
「私の訴えはスルーですか…結構どころかかなり大事なんですけど」
資料は仕事机の上に置いてありますから目を通しておくように、と念を押して須川さんは食事を終え食器をもって台所へ消えた。
私も慌てて食器をまとめて台所へ向かうが、須川さんは先に入浴する旨を告げるなり暫く私の前には戻ってこなかった。
仕方ないから食器を洗って片付けを済ませたあと、仕事机に向かう。
資料を手にとって目を走らせていくうち、物凄い頭痛と目眩に襲われてそのままズルズルと床に上半身を投げ出した。きっと、だらしない土下座にもみえるだろう。
「生徒として潜入することは百歩譲って了承するとして、何で、何で男子校?!男子校で生徒として潜入ってことは私は“男の子”にならなきゃいけないってこと?!勘弁して…普通、初仕事ってもっと難易度低いのにするんじゃないの?こ、このまま溶けてしまいたい…!」
いやだぁぁぁ!とのたうち回っていると帰ってきたシロが私の顔を舐め、チュンが私の頬に体を寄せた。
慰めてくれてるの?と半泣きで尋ねると彼らは私に擦り寄って、元気出して!と一生懸命励ましてくれているようだ。
どうやら私は男装する上に寮暮らしをするらしいです。
…それも最長3ヶ月。
絶望的だ。
大体高校に通うとか私、これでも成人してるのになんでそんな事しなきゃならないんだ。
こんな会話をした3日後、私は悪霊怨霊の住まう男子校に潜入したのだった。
マジでご勘弁してください…ぐすん。
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もっと早くうpするはずだったのに、気づけば三分の二は手直ししてた罠。
明日はどうだろうなー…うぬぅ。