甘味につられた午後三時
大福とわらび餅、甲乙つけがたい美味しさですよね。
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もし、私が犬だったら“おあずけ”が物凄い鬼の所業にみえるんだろうなぁ……
ついさっき、よーやく資料のデータ入力を済ませた。
凝り固まった筋肉をほぐすべく、自分の手で肩を揉みながらオジサンくさい声を出す。
痛気持ちいいんだよねー…セルフマッサージって。
ぐにぐにと肩を揉みながら何気なく時計を見るとちょうど大好きな時間に突入するところだった。
一日で重要かつ楽しみすぎる癒やしの3時!良い子も悪い子も大好きなオヤツの時間です!
「ちょっと早いけど今日のオヤツは一福堂の豆大福だって須川さん言ってたし、お茶は玉露にしようかな」
お茶の淹れ方は、須川さんに叩き込まれたから一人でも美味しいお茶が入れられるようになりました。ちなみにうちの事務所にポットはない。理由は須川さんが触ったら壊れちゃうから断念。
ま、逐一お湯を沸かすっていうのも気分転換にはいいんだけどね。
ふんふふーん、と鼻歌を歌いながら給湯室に向かう。
給湯室は小さな和風のキッチンって感じ。
言うまでもなく色んなものが高級仕様で始めは湯呑やらカップに触るのも怖かったのは察して欲しい。ありとあらゆるものから高級感が漂ってくるっていろんな意味で怖いんだよ。
流石に一週間も事務所にいれば慣れてくるけど、ぞんざいな扱いはしてない。できない。
お湯を沸かしながらぼーっとしているとガラガラと玄関があく音がした。
須川さんとシロ、チュンが戻ってきたらしい。
私?私はここずーっと留守番です。仲間はずれ反対!と高らかに宣言できたらどんなにいいか…!
でもここはグッとこらえてコンロの火を消してから玄関に向かう。
出かけて帰ってくると毎回美味しい甘味を買ってきてくれるから条件反射で体が動くようになった。いや、あれだよ、私餌付けとかされてるわけじゃないからね!
「おかえりなさーい!須川さん、今日のお土産はなんですか?!」
「ただいま戻りました。今日は“甘味処つるや”のわらび餅ですが……開閉一番に土産のことを聞いたら、次はおあずけですからね」
「すいませんでしたもう二度といいません」
だからわらび餅ください!と頭を下げながら手を出せば物凄く疲れたようなため息が聞こえてきた。次いで、ぽんっと手に乗せられた重みは程よい触り心地の布地にはっと顔を上げると紫色の包が手の上に乗っている。
小躍りしそうになるのを抑えた。
お茶の用意をしてくることと豆大福とわらび餅を一緒に食べてもいか聞くと彼は少し何かを考える素振りを見せてキラキラした笑顔で「かまいませんよ」と頷いた。
……ちょっとゾクッとしたのはなんでだろ?
変なの、と首をかしげながらお茶の準備をして事務所兼応接室に戻ると須川さんがキラキラした笑顔で自分の正面のソファに腰掛けるよう手の平を向ける。
お茶を須川さんの前においてから、支持された場所に腰を下ろした。
ちらっと目の前にいる上司様の様子を伺うと彼は苦笑しながら「食べながらえいいので聞いてくださいね」と言いながら一口お茶を啜る。じゃあ遠慮なく、と私はさっそく大福を頬張る。
「うぅう、美味しい~!!甘くて柔らかくって中の餡子も丁度いい甘さで、豆の食感がなんとも…ッ!これなら何個でも食べられる。ご飯のかわりにしたい…うぅ、草餅とかもあるんですよね?!今度連れてってくださいねっ」
「はいはい。優君、任せていた仕事は終わらせてくれたみたいですね。お疲れ様です」
「あ、えっと、う、あ、ありがとうございます?」
「ここ最近、留守にしていましたがようやく片がついたので、私たちがしていたことを説明します。すみません、説明が遅くなってしまって…」
申し訳なさそうな顔をした美形の眼鏡上司を責められる人がいたら是非あってみたいと思う。
美形ってお得だなぁ、とうっかり遠い目になった私の前に須川さんが複数の封筒を置いた。
白だったり薄緑だったりする、大小様々な封筒には何も書かれていない。
「この封筒はなんですか?も、もしかして引越し費用とかの請求書?!」
「違います。まずは開けてみなさい」
「は、はぁ………あれ?お金が入ってる。えーと、これは手紙?」
一番上にあったの封筒を手に取って開けてみると中にはお札が何枚かと白い手紙みたいなものが入っていた。手紙には感謝の言葉がこれでもか!と書かれていたんだけど、何がなんだかさっぱりわからない。
感謝されるようなことをした覚えがまるでないんだよね。
手紙によると“探してたもの”がみつかったとか“もどってきた”とかそういう雰囲気なんだけど。
「須川さん、あのー……これっていったい?」
「わかりませんか?これは貴方が雲仙岳で回収した遺品を受け取ったご家族からですよ。あそこは警察でも安全な所しか見回りませんから、奥の方で亡くなってしまうと遺体はおろか遺品すら残りません。家や会社に残しているものはあっても、普通、思い入れのあるものは身に付けている場合が多いですからね…遺体は、残念ながら回収はできなさそうですが」
「そう、だったんだ……あの、やっぱりあの人たちは自殺しに樹海に入ったんですよね」
「ええ。遺書があった人間もそうでない者も借金を抱えていたり行き詰まっていたりしていたので恐らくは。仮に誰かに殺されたとしても、遺体を遺棄するなら自分たちの安全を考えるはずなので、そうそう奥深くまでは行きませんよ」
封筒の中身は、決して少なくない金額だった。
これが2000円くらいならお小遣いとしてありがたく頂戴するんだけど、万札が5枚も入っている。
他の封筒を見てみたけど、平均5万円の現金が封筒に手紙と共に入っていた。
手紙はすごく嬉しいんだよ?でもねー…、偶然の産物でしかないし。
「須川さん、あの、このお金受け取れないのでお家の人に返したいんですけど、どうしたらいいですか?」
「返してしまっていいんですか?偶然とはいえ、遺品を持ってきたというのは貴方が思っている以上に立派な働きだったと私も思いますが」
「いいんです。だって、お金に困っている家もあるんですよね?私は別にお金に困ってるわけじゃないし、手紙だけで十分嬉しかったし驚いたからいらないです。亡くなった人だって、遺品持ち帰った私にお金を使われるより、家族が少しでも美味しいもの食べたり服を買ったり生活したりするのにお金を使ってる方がいいですよね!」
「ふふふ、そうですね。わかりました、そのように伝えます」
須川さんに封筒の束を渡して、わらび餅に手を伸ばした私に今度は紺色の包を差し出される。
泣く泣くわらび餅ではなく、その包を受け取ったんだけどずっしりと重い。
首をかしげつつテーブルの上に置く。
大きさはA4くらいのサイズで何か厚みのあるものがくるまれているらしい。
上司の支持で無駄に触り心地が良くて高そうな風呂敷を開いていくと予想もしなかったものが現れる。
「硯と筆と…本」
「貴方には今日から毎日、符を作ってもらいます。効力を込めるのは難しいと思いますが練習あるのみです。午前中は今まで通り“正し屋の従業員”として雑務、午後からは修行をしていただきます」
「しゅ、しゅぎょう?」
「一般的に退魔師や祓い屋、拝み屋、最近では陰陽師もこれと同列で考えられるようになってきましたが、こういった能力を鍛えていきます。今のままで放っておけば、あまりいい方向には向かわないでしょう……霊障――――― 特に“良くないもの”の影響を受けやすいようですし、最低限でも自己防衛ができるようにしておかないとあちら側に引きずられますからね」
しれっとお茶で喉を潤している上司様に私は戦慄する。
今、なんだか聞き逃しちゃいけないようなことを言われた気がするんだけど…?
引きずられるとか怖い!しかも影響受けやすいってどういうこと!?
もしかしてアレか。
日常生活で裏・雲仙岳再来的なことになるっつーことですかい。
黒いのうようよ、怖い夢エブリディ、気づけばおっかないのと対面!みたいな。
「し、死ぬ気で頑張ります」
「そうしてください。まずは写経と読経、符を作る練習と使役のモノを呼び出す訓練から始めます。できるようになったら、術と言霊に力を込める方法を試して見ましょうか。あとはそこらにいる動物霊や妖怪がどの程度優君に興味を示して懐く、もしくは攻撃するのか実験しましょうね」
「はい!・・・・・・・って、あれ。実験とかって言いませんでした?」
「優君、お茶が冷めますよ。ああ、よければ私の分も食べますか?」
にっこり笑顔で差し出された大福とわらび餅のコンボに私は敗北した。
必要なことみたいだし、どーにかこーにか頑張らないと。
ぶっちゃけお給料も高いし流石に見合う仕事しないとボッタクリ通り越して詐欺になる。
私は、大福を食べた瞬間にこの時のことをさっぱり忘れてしまう。
後々「なんであの時頷いたの!大福とわらび餅に負けるなんて…!すごく美味しかったよこのやろう!」と自分の意志の弱さと能天気さに軽く絶望することになるなんて思いもしなかった。
昔から安請け合いと借金と浮気はするなって言われてたのにねー。
出来の悪い孫でごめん、天国のおじいちゃんおばあちゃん。
美味しいモノに釣られるなって、昔からよくいわれる理由を自覚した日。
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豆大福が食べたくてたまらないです。
わらび餅は夏に食べたくなるのはなんでだろう…?ぷにぷにだから?