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正し屋本舗へおいでなさい  作者: ちゅるぎ
九死に一生を得る、迷子
26/83

洒落れじゃなかった二泊三日

 大事なことを伝えられずに放置される新しいプレイです。

実際やられるとかなり堪えますが、慣れれば快感に変わる…はず?

.












 眩しさを覚えて目を開けると、整いすぎた容姿の男と目があった。









 起きがけ一発で拝むにはいささか刺激が強すぎたらしく思わず悲鳴がこぼれ落ちた。

きゃー!とかそういう女の子らしい可愛い声じゃなくて、うぎゃあああ!とかそういう、女としてはとてつもなく残念なものだったけどね。

いいんだ、もう。可愛さなんて生まれたときに忘れてきたんだよ、きっと。

 ぶつかった硬い何かに縋り付いてプルプルしつつ戦々恐々と天敵である美男子の動きを観察する。

急に動いて、しかも無駄に良すぎる声で何か言われた日には何かが終わってしまうかもしれないと寝惚けまくった脳みそが判断したらしい。






「……怯えられるようなことをした自覚はありますが、顔を見て悲鳴を上げるくらい私が嫌いですか」




「だ、誰だって寝起き一発でその無駄に綺麗な顔が目の前にあったら悲鳴くらい上げます!不公平!」



「私のことは嫌いではないんですか?」



「別に嫌いじゃないですけど……って、あれ?ここ、家の中?私、山の中にいたと思うんですけど」



「無事に戻ってきたので宿に運びました。この宿は我々のような人間の為に建てられているので、悪いモノが侵入してくることはまずありません。邪神なら可能性もありますが、清められているこの土地に好んで近づくことはまずないので安心して寛いでください。今日は一泊する予定でしたが二泊に伸ばしたので安心して体と心を休めるように」





 はーい、と元気な返事をしつつ、しがみついていた柱から離れた。

ホッと息をついたところで大事なことを思い出し、部屋に備え付けられている椅子に座って優雅にお茶を飲んでいる上司様の様子を伺い見る。

 濃い山鳩色やまばといろの着流しは鮮やかな髪色を引き立てているばかりか、彼がもつ気品みたいなものを強化してるように見えた。正直、羨む気持ちがないわけじゃないけど張り合えるような容姿でもないので気にしないことにした。近くに寄られて鳥肌が立ちそうなことを言わなければきっと無害だ。




「須川さん、あの、チュンとシロはどこですか?すっごくお腹好きました!お風呂にも入りたいです!」



「夜泣き雀と山神の眷属なら部屋の前に。食事は伝令を飛ばしましたから、あと数分もすれば部屋に届きます。入浴については話しと食事を終えてからにしてください」



「し、質問いいですか?あの、伝令って伝言みたいなものですよね?電話もしてないし、それっぽいことしてた記憶がまったくないんですけど」



「使いを飛ばしたんですよ。一般的には式と呼ばれていますね。その内貴方も使えるように……なるには難しそうですが、鍛錬次第でしょうか。まあ、食事についてはいつでも提供できるように準備をしておくよう指示をだしていただけのことですよ」





 すいません、色々ツッコミどころに満ち溢れてるんですけど!

ぐにぐにと米神の当たりを揉みながら、上司様の言葉を反芻して噛み砕き、解釈すると……つまり、あれだ。遠まわしに私もお化けを見たり幽霊と話したりできる霊能力者だと言っているわけだな。





「わ、私はただの一般人です!幽霊もオバケも見えないし触れませんっ!」



「散々この世のものではないものと接しておいて、今更それをいいますか?貴方が怖がっていた黒いモノは紛れもない“幽霊”や“おばけ”の部類ですよ」




口元を袖元から取り出した高そうなで

なんだか凄く可哀想な目で見られてる。え、なんですかその目。

引きつった顔で固まる私を華麗にスルーした彼は再びお茶で喉を潤し、口を開いた。




「今の貴方には探知能力に長けた“夜泣き雀”という妖怪と“犬神”が式として仕えています。非常に稀なケースではありますが、堕神になりかけたモノが無事に昇格したようですね。新米とはいえ、かなり力の強い犬神ですから躾はきちんとするように」



「は、はぁ……」




 何を言ってるんだろう、この上司様は。


ぽかーんと口を開けたままの私に何を言っても無駄だと思ったのか溜息を付いて、すっと長い指を私の背後に向ける。

反射的にその指を追って振り向けば、いつの間にか美味しそうな豪華料理が高そうな卓に並んでいた。

美味しそうな匂いがするので本物っぽいのはわかるんだけど……非常に信じがたい光景だ。


 だって、誰かが入ってきた気配どころか、料理が乗ったお皿を卓に置く音すらしなかったんだよ?!


慌てて目をこすった私に、須川さんはすかさず「本物です。安心なさい」と一言告げて二つある高そうな座椅子に腰を下ろした。

 すごく高そうな料理ばっかり並んでいるのに、須川さんが席に座ると普通の食事に見える。

これが私だったら一ヶ月分の食費を奮発orボーナス全部使い切った豪華なご飯だよ!の図に見えるに違いない。

気品?そんな食べられないものいりません、とか思ってた私はきっと一般庶民代表ですね。




「………」




ほかほかと湯気を立て、非常に食欲をそそるかぐわしい香りに思わずヨダレが口の端からこぼれ落ちそうになった。咄嗟に拭って恐る恐る須川さんの対面側にある座椅子ににじり寄る。

 普通に近づけばいいのはわかってるんだけどね、やっぱり豪華すぎる食卓と内装と雰囲気は私に合わなさすぎるんだ。

だからつい、へっぴり腰。

ふ、ふんだ!小市民だと嘲笑うがいいさ!


 どうにか何事も、何も壊さず汚さずに目的の座椅子に到着した私はビクビクしながら座椅子に腰を下ろして……ものすごく、驚いた。





「な、なにこれ。座椅子の癖に座り心地がソファちっく!?こ、これもオバケの仕業ですね!」



「違います。それより早く食べないと冷めてしまいますよ?苦手なものがあれば言ってください、直ぐに別のものを持ってこさせますから」



「………おかねもち、こあい」



「?何かいいましたか。すみません、聞き取れなかったんですが…」



「イイエ、ドウゾ気ニシナイデヤッテクダサイ。えー、じゃあお言葉に甘えて……いただきまーす」




 感じたことのない緊張を覚えているらしく手がプルプルしてるのがみえる。

とりあえず、自分の目の前にあった椀を手にとって開けてみた。


 ほわぁん、と青柚子のいい香りとはまぐりの香りが鼻から頭に突き抜けてここぞとばかりに空腹中枢をピンポンダッシュして回っているみたいだ。


 生唾を飲み込んでからそっと椀のふちに口を付けて、中の汁を一口口に含む。

まずはじめに、青柚子の香りが広がって次に濃厚で上品な潮の香りが口に広がる。

貝の旨味が存分に引き出されて、物凄く美味しい。

 飲み混んだ後は二つの香りが綺麗に合わさって消えていった。




「………おいしー………」





 思わず溢れた本音に驚いていると、何か生暖かいものが頬を伝っていることに気付く。

不思議に思って椀を置いてから違和感を感じる所に指を這わせる。

指先から伝わってくるのは、微温湯ぬるまゆに触れた時と非常に似通った感触。





「あ、あれ……?」




 それが涙だってことに気づくまで少しだけ、時間が掛かった。

ぐしぐし、と袖で濡れているであろうところを擦ると優しくたしなめる声がかけられる。

視線だけ向けると今まで見た中でも、一番暖かくて優しい微笑を浮かべた上司様が少し身を乗り出して私に手を伸ばしていた。

 伸ばされている綺麗な手は顔を擦っていた私の手を優しく掴んでよける。

この時点で崩壊寸前だった涙腺はピタッと働くことを放棄していた。





「温かいものを口にしたことで今まで張り詰めていたものが緩んだんでしょう。死の残骸や人間が持つ負の部分を見ることはこの仕事をする上で必要なことではあります……ですが、少しばかり早急にコトを進めすぎました。すみません、怖かったでしょう」





 須川さんは、片手で私の頬っぺたを包み込んだ。

ひんやりした少し低い温度の肌に骨張った手は間違いなく人間の男の人のモノで、緊張がゆるゆる解けていくのがわかる。

 目を閉じた私に優しい声が降り注ぐ。




「実は、今まで部下というものを持ったことがないんです。アルバイトも雇ったことがありませんし、正し屋を開くまでは占師のようなことをしていました。他にも色々しましたが基本的に自分以外の“誰か”と一つのことを成すのは好きではなかったんですよ……自分でやってしまった方が早く方が付きますし、予定にズレもしょうじにくい」




 慰めるように親指の腹で涙のあとを拭われる。

正直、こんな風にされたことがないから凄く居た堪れないけど、頬から伝わってくる少し低い体温は気持ちいいと天邪鬼気味な私でも素直に思えた。

…ち、ちょっとくすぐったいけどね。

にまにま笑っていると、小さく吹き出すような音が聞こえた。



(………む?)



 閉じていた目を開けると私の頬に触れたまま、顔を背け、空いている手で扇子を持ち私から器用に顔を隠している須川さんの姿が見える。

彼は背も高いし手足も私より確実に長いからか、食事が並んだ卓を挟んでも障害にはならないらしい。

 小さく肩を震わせてクツクツと喉を震わせて笑いを噛み締めているような音に思わず眉間にシワが寄る。こ、こっちは色々とシリアスチックな気持ちだったっていうのに!





「し、失礼……ッふふ、優君は本当に、面白い…っ」



「れでぃーの泣き顔を笑うなんて酷いとおもいます。そ、そりゃ盛大にみったくなーい顔してる自覚はありますけど!折角ひんやりしてて気持ちいい手だな~って見直してたのに!む、無効にしてやるんですからねっ……とにかくっ、ご飯食べるんでどけてくださ……あだだだだ!ちょ、はにふるんへふか!」



「すみません、柔らかそうだったのでつい。ふむ、随分伸びますねぇ」





 むにむにぐにぐにと頬っぺたを引っ張られたり押されたりしているうちに、すまし汁は大好きな熱々からぐいっと飲めるような温度になってしまった。無念。

 食事を再開した私に時々ちょっかいをかけてくる美形上司様には手を焼かされたけど、デザートの冷たくて美味しい葛きりをくれたから許してあげようとおもう。私は心の広い大人だからね!



 食事を終えた後は、お風呂に入って、チュンやシロと戯れて過ごした。

二日目も同じようにぐーたら過ごし、気付いたら須川さんに肩を揺すられて「着きましたよ」という言葉で我に帰った始末だ。

 収穫と言えば、美味しくて簡単にできる葛きりの作り方を覚えたことだろう。

帰り際に宿の人がレシピを書いてくれていたんですよ。実に素晴らしい。

 満足感いっぱいで正し屋の鍵を開け、先に入っていた須川さんの後を追う。





「ああ、そうそう―――――― おかえりなさい、優君」



「!はいっ、江戸川 優、無事に帰還いたしました!須川さんもおかえりなさーい」



「ふふ、ただいまかえりました。さ、疲れもとれたようですし、明日からは雑用と修行をしっかりこなしていただきますから覚悟してくださいね」






 すこしほっこりした途端に聞こえてきた不穏な言葉と、実に“いい”笑顔の上司様。

ああ、私は一体これからどうなるんだろう……ぜ、前途多難すぎる。

ずるずる引きずられながら、明日の自分の不幸を思う。










こうして、私は試用試験(入社試験みたいなものの代わりだったらしい)に無事合格し『正し屋本舗』の雑用兼霊能力者見習いとなったのであります。たはー…









.


そのうち書き直すかもしれませんが、一応これで洒落にならないシリーズは完結です。


 ここまで読んでくださってありがとうございました。

もしよろしければ、今後もお付き合いくださいませ。

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