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正し屋本舗へおいでなさい  作者: ちゅるぎ
九死に一生を得る、迷子
25/83

洒落にならない体験(後)

 時々自分の小説がゲームになったら…という妄想をします。


結果として必ずもふもふENDにたどり着くのはどうしてなんでしょうか?

あれかな、主人公に色気がないからかな…(遠い目

.








小さな体で、逃げて怯えていた相手から私を護ろうとしてくれる掛け替えのない命。










 荒れ狂う心臓と洗濯機に押しつぶされているような足の痛みが私の意識をつないでいた。


倒れてた時ぐるっと世界が反転し、気づけば温度のない黒い床(?)に気づけば熱くなっていた体が接している。

ひやりとした心地いい温度にもういっそ寝てしまおうかともおもったのはココだけの話だけど、でも、それくらい体と心が限界に近かった……らしい。

 この時の私にはそんなことを考える余裕の“よ”の字もなくて、全て終わってから気づいたのだ。


 




「し、ろ…ッ!」





 逃げなさい、と怒鳴りたくなるけれどそこまでの力は残っていなかった。

歯ぎしりできそうなくらい悔しくてもどかしい想いを抱えつつ、どうにか体を捻って背後から迫るナニカと対峙しようとしている白いもふもふを視界に入れる。


 体毛を逆立たせて、いつでも飛び出せるような姿勢をとっているシロを見て彼が私を本気で護ろうと体を張っているのが分かった。

もしかしたら自分を護るためなのかもしれないと考えたりもしたけど、それなら私を残してこの場から離れればいい。

この場から離れれば少なくとも彼だけは生き残ったかもしれないし、賢い彼なら私の言葉の意味とそこに込めた想いを理解してくれていたはずだ。





「も、いいって。もう、十分だから行って!なんか、おっかないのがくるんだよ?!シロ、今はちっちゃいのわかってる?ぱくってやられちゃうかもしれないんだよ?!」




「わふっ!わうぅ、ぐるるるるる」




「ご、ごめん……なにいってるのかさっぱりわけわかんない。でも、何かかっこいいこと言ってくれたのはわかるし、こうやって護ろうとしてくれてるのは凄く嬉しいよ?だけど、ここにいたら駄目だよ、シロ」





 今度、もし犬語講座があったら受講しようと心に決め、荒い息を無理やり整えてから説得すべく声をかける。

こうしている間にも悪臭は強くなり、ナニカが近づいてきている気配がひしひしと闇の向こうからするのだ。不気味なのは近づいてきているのはわかるのに、肉眼では何も見えないこと。

どんなに目を凝らしても、どんなに目をこすってみても、なにも見えなかった。

 


 じっとりと全身から吹き出す汗は暗闇から感じる、異様な圧力が原因だろうな、と思う。



ただ不気味で、臭くて、得体がしれないだけじゃないことに気づいてしまったのだ。

言いようのない圧倒的な存在感と今にも掻き消えてしまいそうな希薄さが面白いぐらいに溶け合って、なんとも言えない闇を形成しているように感じた。

 一番不可解なのは、闇の向こうにいるであろうモノを睨みつけるもしくは意識を向けると、シロに触れた時の感覚をふっと思い出すこと。

アレとシロは明らかに違うものであるはずなのに、なんだか、似ている気がする。


 例えるなら大粒の苺が入ったいちご大福と、うっすら苺の味がするマフィンを食べたような感じ?



考え込みながら、動くようになった手でずるずると這うようにシロの傍へ体を寄せて、できるだけゆっくりシロの体を抱きしめる。

 手を伸ばした瞬間ものすごく驚いたように私を見たシロがなんだかとても人間じみていて、こんな状況にも関わらず苦笑が漏れた。






「説得が通じなさそうだから開き直るよ。戦うなら、一緒のほうがいいでしょ?私はなんにもできないかもしれない。でも、盾になるくらいならできるはずだから!最近の不摂生で太ったかもしれないし、そー簡単には貫通しないと思うんだよね。流石に犬のシロみたいに立派な牙はないけど、思いっきり噛み付いて驚かせることくらいできるしさ」



「くぅん…きゅーん」



「ちょ、今かお舐めたらしょっぱいって!すごい汗かいてるんだから!」




きゅん?と首をかしげたシロに私はグリグリと顔を押し付けてやった。

少しくすぐったそうに身を捩ったシロを見て――――― 私は、腹をくくる。



 シロと一緒にいた時間は2日にも満たないくらい短い時間しかない。

黒いお化けと死体と、獣の唸り声のする自殺の名所で出会った自分以外の生き物。

チュンと同様……ううん、チュンよりも酷い怪我をしていたシロを全裸で(いや、服を汚さない為に自分で脱いだんだけどさ)背負って、川で体を洗い、治療とは言えないオマジナイ的な処置をした。

安全そうなところに寝かせて傍らに捕った魚を置いておいて、そのまま進んだ私のあとをいつからか追ってきていたシロ。

 白く見事な毛に覆われた体をそっと撫でた時、凄くすごく嬉しそうにしていた。

寂しかったのか、怖かったのか、それともただ単に人にそうされることが好きだったのかはわからない。

でも、千切れんばかりに振られた尻尾とひどく気持ちよさそうに目を閉じて体を擦り寄せる姿がポンっと浮かんで口元がだらしなくゆるんだ。




「(あんな姿みちゃったら、護りたいって思うの当たり前だよね)」




 本当に、嬉しそうに私のそばにいてくれたんだ。


シロに出会った時……私はただ目の前に怪我をしている動物がいたから助けただけ。

助けた見返りだとかそういうのは全く期待もしてなかったし、そんなことを考える余裕もなかった。

 後ろから付いてきていたシロに気づいてべろべろ顔を舐められてからは私の近くで道案内をする観光ガイドの如く、着いてきてくれた。

チュンはいたけど、小さいし安心感は多少あったと入ってもやっぱり不安で、怖くて。

そんな状況下にいた私にとって大きなシロの存在はとっても有難かった。


 遠慮なく触れられて、抱きしめられて、ちょうどいい距離を保ちながら傍にいようとしてくれることがこんなにもありがたくて嬉しいことだなんて思わなかった。

目が合えば遠慮なく全力で喜びを表して、歩きにくい道を先導して歩きやすい道まで案内し終えたら褒めて欲しいと言うように尻尾を振りながら“お座り”をして、名前を呼べばキラキラした黒いつぶらな瞳で見上げる。

 ここまでされて、何も感じないなんて余程の猫好きか動物嫌いか犬アレルギーの人だろう。






『  ぬ 、我  族を  った代 は   い わか  の所 で   な ? 』







 突然真っ黒な空間に響きわたった、地震のような声にだらけきった顔をあげる。


周囲を見回しても変化はない―――――――― ようにみえた。

目の前にぎょろりと現れた大きな赤く綺麗なものが現れるまでは。





「・・・・・・・え?」





 闇の中に突如浮かび上がったのは犬の石像がある場所で見た綺麗な赤いナニカだ。

両手を広げても足りないくらいに大きいけど、こんなに綺麗なものを見間違う筈がない。

ぽかん、と口を開けて事態についていくことができてない私の腕の中から、シロが怖々とした様子で這い出し、直ぐにひれ伏した。

…人間だったら土下座している感じで、こう『すいやせん、おやびん!どうぞ御慈悲を~!』とか叫びそうだ。いや、うん、ここまでおちゃらけてはいないんだけど、粛々と処分を待っています!って感じなのは間違いない。






『 許さぬぞ、我が一族を裏切った代償は軽くないとわかっての所業であろうな? 』




「で……でっかい」



太鼓の傍にいるような音の衝撃はまるで地震が話しているみたいだった。

 体が震えてるのか、心が震えてるのかわからないけど目の前に居る紅い目の主はきっと、大きい存在なんだろう。




『 ヒトの子、ソレを渡せ。我が膝下まで無事にたどり着いたよしみで見逃してやろうぞ 』



「くぅん」



大きなモノの声を受けて、腕の中で震えるシロが私の顔に鼻先を擦り付ける。

何かをねだるような媚び感じなくて潔い決意が込められているような行動に嫌な予感がした。



「し、白吉…?」



震えた声で名を呼ばれた暖かい生き物は、とても嬉しそうに目を細めた。

ぺろりと顔を舐められて反射的に目を閉じた私の腕から――――暖かい存在がすり抜けていく。

 慌てて目を開けると視界の端を白い何かが通り抜けていく。



「―――――……ッダメだってば!!早く戻っ」



振り向いて呼び止めるためにお腹の底から出した声は、途中で音にならなかった。

 目の前には私を守るように立ちふさがる、白銀の波。

さっきまで腕の中にいたとは思えない大きさになったシロに言葉が出ない。



「シロ、私、守られても嬉しくない」



背中が教えてくれる。

必死に私を守ろうと立ちふさがる姿は    のようで、ぐらっと世界が揺れる。

脳裏をよぎるのは冷たくて暖かい何かに守られる恐怖。



「嬉しくないよっ!!お願いだから、どけてってば!!シロが食べられるのヤだ!!」



 無駄だと分かっても私は目の前にある毛皮に張り付いて必死にどかそうと奮闘した。

全力で走ったせいで全身に力が入らない。

押しても引いてもびくともしない白い巨体は決意の表れみたいで、情けなくって申し訳なくって、悔しくって涙がでてきた。



「おねがい、だから…どいてよ…。シロばっかり怖い思いするのって不公平だ…ッ!!今まで苦しかったんでしょ?!だったら、私なんて守らなくてもいいんだよっ」



 シロは何も答えずに、一度だけ振り返って私を見た。

黒い目を細めて綺麗な尻尾で私の体を器用に包んで――――――――…天に向かって遠吠えを轟かせる。

自分を奮い立たせるような声は私を揺さぶって、そして呆気なく離れていった。


 すぐ横を駆けていった風は目の前にそびえ立っている山と同じくらいの大きさなんじゃないかって位に巨大なシロにとっての“敵”はたった一度の咆哮でいともたやすくシロを吹き飛ばす。

悲痛な声を上げて白銀の毛を赤く染めて私から数百メートルは離れた場所で必死に立ち上がろうと四肢に力をいれている。




「し、ろ……?」




離れていても、シロが立ち上がれるような状態にないことは直ぐに分かった。

足が本来あるべき方向とはまるで違う方向へ投げ出されて、白かった毛並みはあっという間に赤く薄汚れている。


 ただ、唯一


黒く大きな瞳が金色が帯びて真っ直ぐな意志をたたえていた。

 荒い息をしながら懸命に護ろうとする姿に、私の気持ちも徐々に変化していくのを感じる。

狭くなる視界と言いようのない熱が体中を駆け巡るこの感覚は久しく抱いていなかった“怒り”そのものだ。

ふつふつと水がお湯に、お湯が熱湯に変わるように沸き上がる熱。




「私は…ッ」



『 ―――――…? 』



「シロの事情もアンタの事情もぜんっぜん知らないしわからないけどッ!!でも、シロは寂しかったときに傍にいて、守ってくれたんだから!!あの黒くて気持ち悪いおっかないのだって私がのんきに寝こけてる間にやっつけてくれて、その怪我して……」



 私の身長は軽く超す、紅の双眸が細められる。


徐々に重たくなる霊力と威圧感に満ちた空間は、とてつもなく体に負担をかけているんだろう。

爆発しそうな風船ポンプみたいに殆ど機能していない心臓と震える体。

 息苦しいし、気持ち悪いしグラグラするけどグッとお腹に力を込めて気力と根性だけで今私は立っている。

負けえるもんか!と綺麗な紅を睨みつけると、それは面白い生き物を見るように細くなった。





「シロは私の恩人。オチガミだかオリガミだか知んないけどっ、私にとっての守り神はシロ!!あんたが神様だろーと総理大臣だろうと絶対シロはあげない!!これ以上……これ以上シロを虐めるなら…」



『 ただのヒトの子が、我に何ができると? 』




 何処か面白そうな色をにじませた声に私の中の熱は更に上がっていく。

何もできないことくらい言われなくても重々承知してますとも!

それでもできるだけ足掻かなきゃいけない時だってある。


ぐっと歯をかみしめて下腹部に力を込め、顎を引く。


震えてへたりこみそうになる足腰に激を飛ばして一歩踏み出せば案外、体は動いてくれた。

後ろからシロの必死に止めようとする抗議の声が聞こえてくるけど歩を止める気なんてさらさらない。

だって、私が必死に止めた時も止まってくれなかったもんね。


 見た目だけなら巨大な宝石そのものの、紅い目に近づく。

多分、臭気はまだするんだろう。

極度の緊張もしくはどこかの神経が切れたのか麻痺しているのかはわからないけど何も感じない。

 体も心も逃げないように、ふらふらしながらも確実に足を踏み出す。




「私はなんにもできない一般人で、生まれてこの方お化けなんて見たことなかったしちょこっとしか見てみたいと思わなかったけど――――……腹は括ったからね」



『 一つ、聞こう。ヒトの子よ、我が何者かわかっておるのか 』



「はっきりはわからないけどシロの上司かなにかでしょ?私の上司も怖いもん」




どうだ!と鼻息荒く言い切った。

根拠はないんだけどなんとなく自信があるんだよね。

口にした途端に細められた紅を目にして、条件反射的にごめんなさいとその場に土下座したくなるけどぐっと我慢だ。

いくら私でも空気くらい読むよ!

いつでもかかってこい!と形ばかりのファイティングポーズをとりながら、私にできる最善の行動および脅し文句を続けて口にする。




「と、とにかく!!あんまり酷いことばっかりすると神様より怖い私の上司が静かに怒りに来るんだからっ!」



『 ……ヒトの子 』



「う、うぅうう。ほ、本当に怖いんだからね!すっごくすっごく怖いんだからね!!いくら綺麗な目ぇしてても容赦ないんだから!でも今すぐにシロと私を須川さんの所に戻すんなら私が全力で説得してあげないこともないよ。私の気が変わらないうちにさっさとシロと私を下の場所に戻してください!」





 今思うと、これはひどい。

でもこの時の私は完全に怒りが脳細胞を破壊してたんだ。

自分でも何を口走ってるのか正直分かってなかった。

わかってるのは上司が怖いってことと此処からシロと脱出したいってことだけ。

 最後の方何かもう完全に“泣き”が入ってて願望要望がポロっと顔を出してる。

はっと気づいたところで前言撤回なんてできずに、とりあえず体裁を整えるべく改めてファイティングポーズをとった。




『 我は、ソレが仕えていた山神じゃ。この森はヒトどもによってずいぶん穢されておる。小娘もみたであろう、あの忌々しく浅ましい念の塊を 』



「念の塊……って、もしかしてあの黒い人型をした?」



『 そうゆうておろうに。あれらは同類を勝手に呼び込み、増殖して我が山を侵食していきおる。その対策に当たるようソレに任せたが、未熟さ故ここまで侵食されたのじゃ 』



「神様がシロにあの怖いのを退治する仕事を任せたってこと、ですよね?侵食っていうのは…?」



『 ぬしが引きずり込まれたこの場所が、なによりの証拠じゃ。夜な夜な穢れた思念を貪り喰い、神聖なる力を欲で塗りつぶし、禍々しき力を浄化しきれんくなったのはソレが油断したのが原因。我は十二分に対抗する力を与えておった 』





 ビリビリと肌を通して染み入るような怒りにびくっと体が反応する。

でも直ぐに背後でかわいそうなくらいに動揺して怯えている気配を感じて胸を張り、少しでも恐怖を和らげられるように立ちふさがる。

全長の小さな私じゃ盾どころかドミノ倒しのドミノにもなりゃしないだろうけど無いよりはましだろう。


 回転が普段よりかなり鈍くなっている頭を必死に働かせて、自分なりに解釈を試みる。

つまり、シロは神様に仕事を任せられて失敗しちゃっただけじゃなくて怪我もしたから怒られている、ということか!

で、失敗の原因はシロが油断してたからで……あれ?これって、




「須川さんがいってた堕神おちがみっていうのになりかけてた原因?」



『 ヒトの世ではそのように呼ばれておるようじゃな。“出来損ない”になれば、神よりヒトに近しきものになり穢れにまみれ、やがて朽ちていく……時折、こやつのような“出来損ない”になるモノがいるがそれらは、眷属の長や管轄している神が裁きを下し排除することになっておる 』



「でも須川さんみたいな人達が倒しちゃうこともあるんですよね?」



『 稀に、ヒトの子らに排除されることがあるが…そうなれば正真正銘の出来損ないであろう。神の眷属に名を連ねていたことも帳消し、また力の一部を託した神にも微々たるものとはいえ影響が出る。まこと、目障りな存在よ 』




 じり、と圧力が加わったようでシロが見えない力で黒い地面に押し付けられた。

それでも一言も声を発さない。

発せない、だけなのかもしれないけどシロはただ平伏した体制を保っている。

それは意地のようにも見えた。




「シロ…!ど、どうしよう……っ」



『 ふむ……そなた、コレを助けたいか 』



「た、助けてくれるんですか?!」



『 考えてやらんこともないのぉ……混沌と化しておったあの森の中を充分とは言えぬ備えで、正気のまま抜けきれたのじゃ。ヒトの子が無事に我が膝元ひざもとまでたどり着いたのは、数十年で5人しかおらぬ。それも、そなたの様なモノは長きに渡って人の世を見てきた我でも相見あいまみえたことはないぞよ 』





 神様の口から聞くと、裏仙雲岳を突っ切るのは本当に危なかったらしいことがわかる。

ありがたいけど知らないでいたかったよ…なんか私まで須川さんみたいな特殊な人になったみたいな感じがしちゃうし。見てる分にはいいけど実際に霊能者になんかなったら大変だと思う。

 今回体験したみたいな怖い経験を半強制的にしなきゃいけないんだろうからね。

そんなの御免被りたいもん。


 盛大に引きつった顔をしていたらしい私をみていたらしい神様は愉しそうに笑った。

それを機に真っ黒かった周りの景色が、薄れていく。







『  そなた、名をなんと申す 』



「江戸川 優です。あ、あのっ!山神様、シロ―――― 白吉はどうなるんでしょうか?」




『 我が直々に裁きを下そうと思っておったが、気が変わった。我の一族から追放し、優に仕え年に一度供物を届けに参れ。その時には必ず優をつれてくるのだぞ。われが直々に迎えてやろうぞ 』



「ホントの本当にシロを助けてくれるんですか?!」



『 そう云うておろうに。お前の持つ匂いや力は我らにとってひどく心地よいのだ。またくるとよい、歓迎するぞよ。その際には酒とツマミを持って参れ。それを対価とし、今回の失敗には目を瞑り後始末もしておいてやろう―――――― ソレはもう、どのように扱っても構わぬ。元々朽ちる運命だったのじゃからの 』




 黒かった景色が柔らかい乳白色に変化して、私の体をふわふわした毛皮が包み込む。

それが山神様の尻尾であることに気づいて固まっているとべろん、と生暖かくて湿った強大な舌がつま先から頭の先までを舐め上げた。

咄嗟に漏れそうになった悲鳴をこらえた私は偉かったと思うんだ。うん。




「山神様っ、シロを助けてくださって本当にありがとうございます!私、美味しいお酒とおつまみ持って来ますから楽しみにしててくださーい!!」



『 愉しみに待っておるぞ、優よ 』




 包み込むような力強く優しい声に私は体の力を抜いた。

真っ黒だった空間が白くなっていくにつれて体が重くなり、目蓋が下がっていく。

滲みゆく意識の中で私は山神様がシロに何かを告げている光景が見えたけど、もう何を言っているのかは聞き取れなかった。




遠ざかっていく意識の中で最後に見たのは、大きな赤い瞳とそれに見合った大きな大きな口、荘厳で威厳溢れる威風堂々とした風貌の山神様の顔だった。











◇◇◇









 久方振りに、面白いヒトの子を見たと満足そうに消えゆく主の姿を見る山神にシロはホッと胸をなでおろした。



自分がこうして存在していられることよりも、ヒトの子である優が無事に……それどころか仕えていた山神から加護まで授かって人の世へ戻った事への強い安堵感だった。

有難うございますと深く深く頭を垂れながら、シロはただただ感謝の意を示す。




『 一族からの追放はしたが、優に関連することがらは報告するのじゃぞ。あのヒトの子は善い、稀にみる面白き生き物よ。見たところ、一番先に目を付けたのは我じゃな……他のものが知ったらさぞ悔しがろうて。我がソナタにさずけし力は、めいがなければ使つこうてはならん、ゆめゆめ忘れるでないぞ 』




心得ております、と告げると山神は満足げに一度頷いてスッと驚くほどあっけなくその空間から消えた。


 残されたシロは、ぐるりと自分の周囲を見回して神がいた場所へ深々と一度礼をした後、山神に続くように掻き消える。

残されたのは、清い静寂と真白い平穏。












――――――… 護り、護られて生き物は生きている。ヒトなるものは、みな弱いのだから。











.

 お、おわたー!!!(歓喜


後は、閉話をかいて『洒落にならない』シリーズは終了です。

読んでくださってありがとございました!

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