洒落にならない体験(前)
フクロウとか見てるとほっくりします。
某魔法少年に出てくるフクロウ達が可愛くて仕方ない。
話は最初の方は楽しかったですけど、やっぱりフクロウに目が行く罠。
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どうやら私は、まだ普通に生きているらしい。
怨霊とやらになりかけている巨大な犬型の生き物に向かって押し出された可哀想な私。
押し出した張本人に苦情のひとつでも言ってやろうと振り向いたけど、この数日で見慣れた真っ暗闇。
地面らしきところに立っている実感はあるし、夢や森の夜みたいに怖くないから大丈夫だろうと肩の力を抜いた。
周りを見渡してみるけど、シロの姿はない。
ついでといわんばかりに音もないので、思わずため息が漏れた。
「(静かなのは嫌いじゃないんだけど、静かにも限度ってものがあるとおもうんだよね。静寂とかじゃなくって無音だよ、これは)」
昔から、しーんと物音一つしない空間が嫌いだった。
特に音が無くて、寒くて、狭くて、暗いところは苦手。
でも、上の条件が全部揃わなければなんの問題もないんだよね、これが。
寒くて暗くて狭くても、音があれば大丈夫だし、寒くて音が無くて暗くても狭くなければ大丈夫。
ってことでこの空間は暗くて音がないけど、寒くないし狭くもないからなんともない。
お腹空いてて疲れてて、お風呂入りたいしベッドにダイブしたいけど、ここまで来たらシロを枕にして寝てやる。ちょっとでも心配させる方が悪いんだっ!嫌がったらやめるけどさ…、かわいそうだし。
「シロー!シロー、どこー?美味しいご飯、迷惑料代わりに食べさせてもらうよー!あと、天然の露天風呂もあるみたいだから一緒にはいるよー!ご飯にお肉出してもらうから隠れてないで出ておいでー!おっかないのも、もうでないって須川さんが言ってたし」
恥を忍んで、大声を出してみたものの返事どころか気配すらない。
叫んだのはいいけど物凄く恥ずかしくなってきて思わず顔を覆って、しゃがみこんだ。
う、うう。なんなのこの辱しめ!学芸会で台詞を噛んだ主役並みに恥ずかしいよ!
「確かに突撃したはずなんだけど……白昼夢?いや、ないな。うん。目開けたまま半分寝ることはできるけど、流石にない」
ブツブツと暗闇でひとり、推察を繰り広げてみるけれど聞いてくれてる人も、反応してくれるものも何もない。
ため息と共にごろん、と地面の感触がするのを確かめて少し、休むことにした。
少しだけひんやりした真っ黒でのっぺりとした地面(地面っていうか床っぽい?)に大の字になって大きく伸びをしてみたり、無意味に転がってみたりしたんだけど……やっぱり変化はない。
「白吉、人間って放っておくと拗ねるって知ってる?」
思わず半目になってつぶやいた言葉は私の本音ではあったけど、これで何らかの変化が起こるなんて夢にも思わなかった。
つぶやいた瞬間、何かが遠くから走ってくる音が響く。
とたたたたっと二足歩行の生き物では到底出せないような足音は、昔近所の犬が全力疾走で私に突っ込んできた時の音に似ていた。
慌てて体を起こした私は音の聞こえてくる方向を見ると白い、小さなものがこちらに向かってくるのが分かった。
どんどん、どんどん大きくなってくる、白い塊は紛れも無く『白吉』と勝手に命名し「シロ」と呼んでいた真っ白な犬だった。
ただ、気になるのは…
「サイズ、縮んでるようにみえるんですけど。もふころしてるのは大歓迎だけど大型犬から小型犬と中型犬の中間位になってないですか?」
この縮み具合は絶対に洗濯機で洗濯しちゃダメなセーターを洗濯した結果、みたい。
大人サイズから子供と大人の中間(若干子供より)に戻っちゃった感じなんですけども。
ええー、と小さな混乱を巻き起こしている私を全く意に解した様子もなく突撃してくる白い犬は、一心不乱に私に向かってきている。
このままいけば確実に痛い目を見る。
ぶつかる時に減速とかそういう便利かつ必要な機能は犬に備わっていないんだ。
知ってるよ、何度も経験したからね!だって、痛かった。
「でも、受け止める姿勢とっちゃうんだよねー……痛いの好きじゃないんだけどな、……あ?」
おいでーと、腰を落として衝撃に耐えられるような体制をとったあと、軽く両手を広げた私はふと、白い塊の後ろに“なにか別のもの”が存在していることに気づいた。
多分、色は黒一色だ。
見られているという自覚は、現在進行系であった。
目があるわけじゃないのに感じる“視線”に似たもの。
重苦しい威圧感に耐えかねて闇から意識を白い塊へ向けて、ようやく気付く。
「(会えたのを喜んでるんじゃない……必死に逃げてるんだ)」
背後を振り返ることなく一心不乱に四肢を動かすシロらしき白い獣は、脇目も振らず駆けている。
余裕がないのは一目瞭然で、このままだと私も危ないのだろう。
わかるのは、たった一つのこと。
このまま、この場所に留まれば確実に“飲まれる”ってことだけだ。
何でそういうふうに感じたのかはわからないけど、確実に何かがなくなる。
「って、ちょ、シロ!?前足!前足大変なことになってる!!」
近くなったせいで分かった、白い左前足の赤い染み。
ぶらんぶらんと揺れているように見えるのが気のせいだといいな、なんて現実逃避を図ったところで事実は変わらない。
行けるか?と脳裏をよぎる言葉。
手を差しのべるなら、最後まで逃げ切る覚悟と万が一捕まった時のことを考えて覚悟をしないといけない。中途半端で投げ出すのは簡単だし、よくそうなってしまうけどこういう場面で―――― 少なくとも、自分以外の命に関わるような時に投げ出すのだけはしたくない。絶対に。
あいつらと同じにはならないし、成り下がる気もないから。
「おいで、シロ!」
真っ直ぐに走ってくる獣の名を大声で喚ぶと、ようやく彼は私と目を合わせてくれた。
いまいちシロだって言い切る自信がなかったんだけど目があった瞬間に、自分の勘は間違ってなかったんだと知る。
犬の見分けはつかないけど、でも、シロだってことはわかった。
声をかけた瞬間に揺れたように見えた黒い目に私は精一杯の強がりと根拠のない自信を駆使して笑顔をつくる。私が不安がっていたらシロだって不安になっちゃうはず!
「大丈夫だから、おいで、シロ!」
さあ、と全身で受け止める姿勢が取れていることを示すとシロは決意したように私の腕の中に飛び込んできた。
大型犬サイズなら抱きしめるのが難しかったかもしれない。
でも、今は小型と中型の間をとったくらいの大きさだから受け止められた。
しっかり落とさないように抱きかかえた私は目に見えない“ナニカ”から逃走を謀る。
追いついてみろ!なんて強気なことは言えないし言う予定もない。
お願いだから追いつかないでくださいと土下座して許してくれるなら即土下座してるくらいのビビリ具合だからね!
「(は!そ、そういえば私ってあんまり走るの得意じゃなかったんだ!しかも長距離とか……う、馬鹿なことしたかも)で、でも一生懸命走るからね!い、命懸けのダイエットだと思えばきっと…ッ」
「く、くぅん」
ものすごく不安そうな視線を腕の中から頂戴した。なんでだろーね。
くだらないことを話していられたのも、ほんの僅かな間だけだった。
追われるという恐怖と疲労で10分も立たないうちに速度がズルズル落ちてくる。
わかってるさ、運動不足ってことくらい!
ぜひゅー、ぜひゅーと荒い息を吐きながら、今にも止まりそうな足腰に鞭打って必死に動かす。
流れ落ちる汗を拭う余裕がない位に必死だった。
走って、走って、肺と喉が焼け付くような痛みを訴えて呼吸がままならなくなり始める。
足はまだ維持と根性で動いてはいるけど、限界は近い。
日頃の運動不足に加えて二泊三日の山登り(不法投棄発、途中恐怖&死体の歓迎、最終はサバイバル着)をしていたことを思うとよく走れてるなぁ、とつくづく思う。
走って、走って、ちらっと背後を見る。
相変わらず広がる暗闇と、知らぬ間に発生していたらしい強烈な悪臭。
夏場に動物系の生ものを放置して、金魚鉢とか水槽の腐った水を加えたような見事な臭気にうっかり意識が飛びかけた。
よろけながらもどうにか、ガクブルな足腰に力をいれて進む。
あんなのに捕まってたまるかー!と半泣きで足を動かす。
どうしてここに来たのかとか、なんでこんなところにいるのかとか、そういった根本的な疑問は綺麗にすっ飛んだ。
そんなの考えてたら確実に終わりだから!嫌すぎる!
「だぁあああ!もー!本気でなんなん?あれ、なんてやばいもの?!っていうか視線感じるのに姿見えないまま半ば強制的な鬼ごっことか洒落にならんから!むしろ洒落にしてたまるか!!」
理不尽すぎるこの状況にブッチンと盛大にキレた何かをそのまま怒りにして叫ぶ。
いいんだ、誰もいないんだし!
口が悪い?今更だ!
文句の一つや二つや三つ叫んでもばちは当たらないと思うんだよ。だって、やっとついたと思ったらドンッて背中押されて明らかに危ないところへレッツゴーだよ!?
心の準備くらいさせてくれてもいいとおもうのですけどもぉおぉおお!!
がむしゃらに足を動かしながら先も未来も過去すらも見えないような暗闇を走る。
腕の中にいるシロはぺろぺろと私の頬や額を流れ落ちる汗を舐めとって、走りやすいように配慮してくれているのかできるだけ動かないようにしてくれているようだ。いい子すぎて時間と余裕と安全さえ確保されてれば、泣いてたね。某有名な忠犬にだって勝てる。
「っう、わあ?!」
拍子抜けするほど、あっけない終わりがきた。
膝の力と腰の力が同時に抜けて、まさしく膝カックンにあったような脱力感と共に前方へ倒れ込む。
咄嗟に怪我をしているシロに衝撃がいかない体制をとれたことは花丸ものだと思った。
スローモーションのようにゆっくりと流れていく光景の中でシロをどうやって逃がすか、それだけを考える。
きっと私はもう駄目だ。
調子に乗って考えることもなく特攻した結果だから自業自得。
だからこそ、シロだけは巻き込みたくない。
いや、元々はシロが巻き込まれていたことなんだけどね?
「ッ…シロ!足痛いかもしれないけど走って私から離れて!できるだけ遠くに!どうなってるのかはわかんないけど、もしかしたら私ひとり食べたらよくわかんないのも満足するかもしれないし」
地面に叩きつけられる衝撃で息をのんだけど、そうそう悠長なことも泣き言もいってられない。
腕の中にいたシロを開放して、大声で叫ぶ。
怯えて逃げ出してくれればいい。
私の言ったことを理解しなくても、迫る不穏すぎるナニカから逃げてくれるならそれでいい。
それで、よかったのに……白は、自然に倒れ込んだ私の頬をぺろりと舐めて、望む方向とは別の―――― 私の背後を睨みつけて低く、低く唸り威嚇している。
その唸り声には、覚えがあった。
だって、森や夢で聞いた獣の唸り声そのものだったから ―――――――――――
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お、終わらない!終わらない…ッなんでだ!
つ、次ぎこそは本当に終わらせます。た、たぶん…(汗
ここまで読んでくださってありがとうございました。
拙い表現や文章が多く見られるかとは思いますが、お付き合いいただければと思います。