食いしん坊といわないで
個人的に実際に出会って一番困るタイプ=美形。
絶対にいたたまれない。穴掘って隠れたい。
結論から言おう。
ぶつかったのは人間だった。
思わずヒクリと口元がひきつる。
あっけなく地面と仲良くなった私の目の前にあったのは、電柱でも看板でもなかった。
アスファルト越しに伝わってくる熱と尻餅をついた時にぶつけたらしいお尻が、残念ながらこれが現実であることを教えてくれている。
ぶっちゃけ、有難迷惑だったりするんだけどね!
「(顔、あげるんじゃなかった……!!)」
後悔しても後の祭りだってことは、さすがの私でもわかったよ。
だって、相手がわざわざ屈んでるんだもんね!
……あの私なんて路肩の石ころだとでも思って、華麗にスルーしてくれると非常に助かるんですけど。
これが言えたらどんなにいいことか。
ちらっと差し出された手から周囲に視線を向けると、速足に歩いていたはずの人たちが好奇心丸出しで私に注目してる。
足を止めてるのは女性が多いのは、たぶん私がぶつかった人の所為だ。
どーしてくれる、こっ恥ずかしいよ!
眩暈に似た症状を覚えて、とりあえず頭をぶんぶん振ってみた。
少しすっきりしたけど、やっぱり注目されるのって好きじゃないなー……なんか変な汗が凄いよ。
とりあえず、いつまでも座っている訳にはいかない。
それにさっきから目が合ってるような気がするんだよねー。
逆光で見えないんだけど、眼鏡がキラめいてるし、空気も心なしかキラめいてる。
たぶん、これが美形オーラってやつだ。だって自慢の女友達もこんなキラキラしたオーラまとってるもん!
……これで、心の奥底にあった「もしかしたら、強面のおじさんかもしれない」という怖すぎる脳内候補は消された。むむむ、美人のお姉さんだったらいいんだけど、シルエットからして男の人だしなぁ。
「すみません、大丈夫でしたか?」
頭は一応働いてたけど、間抜けにも口をあけたまま固まっている私に何かが差し出される。
とりあえず、ティッシュじゃないことだけは確かだ。
「どこか怪我でもしましたか?でしたら、病院へ…――――――――」
「だ、だだだ大丈夫です!なんのっ、なんっの問題もないです!」
差し出されたのはティッシュなんかじゃなくって、綺麗な手だった。
一瞬、この人は手のモデルでもやってるんだろうかと思ったけれど、そうではなさそうだ。
声や物腰の柔らかさからして……お、おじさんのほうが良かったかもしれないなぁ!!
ごくり、と思わず生唾を飲んで身構えた私の脳裏によぎる一抹の不安。
「(ま、まずいよね、これ!じ、事務所の人とかファンの人に殺されるんじゃないだろうか)」
個人的に期待するのは、キラキラオーラは持ってるけど顔は普通の好青年だよ!みたいなオチ。
大概は、そうなってる筈だ。
街中に美形がゴロゴロしてる筈がない。女の子やら女の人は美人さんとか可愛い子率は高いけど、男の人ってそんなにレベル高い人いないって相場は決まってる らしい。
「―――――――――…そう、ですか。では、ここは人目がありますし、ぶつかったお詫びをするなら落ち着いて話せる場所の方がいいでしょう。荷物はこれだけですか?」
「荷物はそのバッグだけですけど……え?!こ、この近くに食べ物屋さんあるんですか!?」
「喫茶店ならありますよ。見つけにくいところにあるので、普通に歩いているだけではたどり着けない筈です。随分、歩いたみたいですね」
差し出された手をひっこめてもらって、私は自分で立ち上がった。
知らない、しかもキラキラオーラをまとった男の人の手を握って立ち上がれる度胸なんて微塵もない。
後で握手料とか請求されても困るし。
目の前の人は、落ちていた鞄を拾って服をたたいている私に差し出してくれた。
ついでに、握りしめた所為でよれよれになった求人雑誌も、渡してくれたんだけど……その時に私は初めて相手の顔をしっかりとみた。
「(うん、見なきゃよかったな!アンタいる場所間違ってるよ!スタジオへ戻れ!ハウスっ!)」
もちろん、口になんてだせやしない。
出した瞬間に私はこの世に命を受けたことを後悔する羽目になると思ったから。
首謀者?そんなのファンの人たちに決まってんじゃないですか。
だれだよ、こんな眼鏡美人連れてきたの!!
街中に不釣り合いなとんでも美形連れてこないでよ神様!凄くいたたまれないよ!
生まれての方、普通くらいの容姿で生きてきた私にはかなりひどい仕打ちすぎる。
私はこの人がテレビやら雑誌やらに出てても驚きはしないね、うん。
「そ、そうなんです!結構歩いて疲れちゃったのでもう家に帰ろうかなーって思ってたところなんですよ。だから、お詫びとか全力で大丈夫なので、どうぞお気になさらず目的を果たしてください。こちらこそ、その、本当に失礼しました。今度から車と電柱と自転車、ついでに道行く人には気を付けます」
「そうですね、配慮に欠けていました。歩き通しでは疲れていて当然です。丁度、タクシーが来たのでこれで移動しましょうか」
そりゃないぜ、神様。
運よく?通りかかったタクシーを捕まえた彼はキラキラした笑顔を浮かべて、どうぞ、と私をタクシーへ誘導した。
つまり、もう逃亡は不可能だ。
逃走経路は完全に断たれて、状況は色々と絶望的。勘弁してほしい。
るーるーるるー、と思わず遠い目になってタクシーの窓から空を見上げるけど、少しだけ視界が霞んでいた。
ぐすん。これは心の汗なんだ、きっと。
隣に座った彼は運転手さん相手に、これでもかといわんばかりの気品と優雅さ、ついでに金持ち感をばらまきながら行く先を指示している。
運転手さん、運転手さん、驚いてるのはわかるけど、口は閉じないとそのうち、涎でてくるよー。
「喫茶店には、5分程度で到着する予定です。飲み物だけではなく、軽食もあるのでそこで何か食べましょうか。オムライスや自家製パンのフレンチトーストが評判だと聞いています。デザート類も美味しいですよ」
「と、特に人気なのは?」
「アップルタルトと焼チーズタルトですね。どちらも何度か雑誌に載っていますよ」
隣の座席に座っている美形さんが言った言葉に思わずガッツポーズ。
私は、甘いものが大好きだ。
愛してるし、奴らはもはや主食であると日頃から声高らかに主張している。
ある種の極限状態にいた私にとって甘いもの ―――― しかも、美味しいときた! ―――― にありつけるというのだからガッツポーズだってうっかりしてしまうと思う。
「甘いものがお好きなんですね」
「好きじゃないです、愛してます。四六時中いっしょにいて、できればお墓の中までお供願いたいと心から思っています」
「これまで多種多様な方々を相手にしてきましたが、甘いものに対して愛を囁く人は初めてです」
背筋がむず痒くなる様な綺麗すぎる笑顔と、なんだか珍生物を見るような視線を頂戴した。
不本意とはいってもこの手の視線には慣れているので、きれいさっぱり受け流す。
脳内を占めているのは、果てしなく甘美なスイーツたちの調べ。
うああ、どんな味がするんだろう!携帯電話と甘味との運命的な出会いを記録するノートを持ってきててよかった!!
テンションがぐぐぐーんと頂点に近い位置まで上り詰めていた私は、タクシーが止まると同時に財布に手をかける。
さっさと料金を払って甘味のもとへ行かねば!
「タクシーを止めたのは私ですから、私に払わせてくださいね」
「いやいや、相乗りって基本的に割り勘ルールが発動しますから!」
「わかりました、次からは考慮させていただきます」
さ、どうぞ。と、いつの間にかタクシーから降りた彼は、私が下りるべきドアの前にいた。
瞬間移動か!と戦慄した私は気づけば手を取られ、ついでに荷物も確保され、あれよあれよという間にビルの中へ。
どこからどう見ても、普通のビルだ。
地下へ降りる階段を下りて、どこの迷路だと悪態の一つや二つや三つつきたくなるような道を歩く。
初めは一生懸命、道を覚えようとしたけど5回ほど左や右に曲がった時点で諦めた。地図があっても迷う。
「隠れ家的なお店ですねー。だけど、こんな立地条件の悪いところにあってお店やっていけるのかなぁ」
「それについても、お話ししますよ。まずは中に入りましょうか………お腹も空いているようですし、ね?」
「自己主張が激しいお腹の住人でごめんなさい」
「これだけ期待されれば店主も料理も嬉しいと思いますよ」
美味しい匂いに触発されたらしい腹の虫という名の住人が歓喜の悲鳴を上げた。
うぅ、少しは状況を考えて鳴って欲しい。
とっさにお腹を押さえたものの、過ぎたものはどうしようもない。
楽しそうな声に少しの居た堪れなさを覚えたけど、ソロソロと彼のあとを追うようにアンティーク調の扉をくぐった。
少しだけ気になったのは、窓枠の中心に鏡がはめられていたこと。
店に入る前に身だしなみをチェックしろってことかなぁ。
スーツ着てるし、…追い出されたり、はしないよね……?
最後まで読んでくださってありがとうございます!
次も最後まで読んでもらえるように頑張ります!えいえいおー!