洒落にならない肉体労働
鳥肉が好きです。
焼肉はホルモンとかタン元が好きです。ぷまい。
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遠くの方で聞こえる可愛らしい囀りと不釣合すぎる鉄臭さに目を開けた。
ムッとするわけじゃないけど、確かに鼻につくそれに爽やかさとは真逆を行く目覚めを体験した、私はかなり不機嫌だ。
むっすりとふてくされた顔をして、かなり可愛くない顔をしている自覚はあった。
でも、だーれも見てないから不細工な顔しててもいいと思うんだ、うん。
寝癖でボサボサの髪をなんとなく手櫛で整えつつ、大きな欠伸をしてから、ペットボトルの水を一口飲んでようやく目が覚めた。
口に何か入れないと目が覚めないのは中々不便だけど仕方ない。
ぼんやりしたまま、周りを見渡していると苔まみれの犬の像が乗っていた土台が目に入った。
そういえば昨日の夜はここで寝たんだったなーなんて考えていると、ものすごく近いところからチュンの声が聞こえてきた。
まだ半分は確実に眠っている頭で辺りを見回してみたけど、チュンの姿は見えない。
「チュン~?」
「ちゅんちゅん!」
「相変わらずいい返事なんだけど、どこにいるのかさっぱりわかんないんです」
「ちちちちちっ!ちゅん…っ!」
「うっひゃあ?!って、あー……そういえば、昨日ここに避難したんだっけ?」
そうだよ!と言わんばかりにドヤ顔をしているチュンに苦笑して、胸の間にすっぽり体を埋めているチュンを取り出す。
私が片手で“むぎゅ”ってやらないことを分かっているのか抵抗はせずに静かに身を任せて、おとなしくしている。
なんか、暖かい塊のチュンを取り出した御陰でちょっと風を冷たく感じた。
冬には湯たんぽ代わりにいいかもしれないけど夏の暑い日にはオススメできなさそう。
…絶対蒸れる。チュンも暑いだろうしね。
「いよぉし、さっぱりする為に川にいくぞー!ついでに水浴びと魚の有無を確認して、今日の夜には旅館でおいしいおいしいご飯を食べてやるー!」
「ちっちっちっ、ちちちちちっ!」
「え、チュンは行きたくないの?」
「ちゅんちゅん!!」
ブンブンばさばさ、と首を横に降ったあと猛烈に羽ばたく彼(彼女?)に慌てた私はとりあえず落ち着けと必死に……雀相手に説得を試みていました。うぅ、人間が恋しくなってきた。異文化(?)コミュニケーション難しい。ぼでぃーらんげーじは辛うじて通じる程度です。
暫く人間と鳥のコミュニケーション(互いにほとんど一方通行)をすること数分、先にしびれを切らしたのはチュンだった。
ふふん、雀よりは忍耐力があるってことだよね!私。
「ちちちちちっ!」
こっちだと言わんばかりに目の前で飛んでみせるチュンの片翼には昨日巻いた包帯がまかれている。
飛べるなら外してもよさそうだなぁ、なんて考えながらおとなしくチュンへ視線を固定させた。
少しの間、飛ぶ自分の姿を私が目で追っているかどうか確認したらしいチュンはパタパタと軽やかに宙を舞う。
地面からおよそ30cmくらいの高さで羽ばたきを繰り返し、やがて私の死角に静かに着地する。
勿論私も、ぐるりと体をその方向に向けて座り直した。
「…………もしかして、結構前から居た?」
「ちゅん」
呆れたような雀の視線を受けながら、私はようやく自分とチュン以外の生き物に気づきました。
私の目の前にいるのは灰色の毛色をした、大型犬……のように見える生き物。
目は閉じられていて、呼吸は静かだったけどお腹の部分が上下しているので生きてはいるらしい。
ここまでならただ眠っているようにも見えるんだけど、そーは問屋が下ろさない。
『いや、あのもうお腹いっぱいです』と言いたくなるような自体が次々に起こってくれるんだ、この森は。間違いなくこの森は手加減というものをしらないね!
簡単に言うと、このワンコが私が先程まで不快極まりない目覚めを体験した原因でした。
腹部のあたり ―――――― 人でいうなら、横腹っぽいところ ――――――― から、赤黒い液体が流れ出ていました。それも、結構豪快に。
幸い、乾いてはいるみたいだったけどかなり出血したのは間違いないだろう。
どうするのが一番いいのか、緊急事態に動き出した脳みそを活用して考えてみた。
1.川まで背負っていく
2.川まで横抱きにしていく
3.川まで引きずっていく
とりあえず、3は却下だ。引きずられる犬が可哀想すぎる。
1か2で迷ったけど、リュックは前にして犬は背中に乗せていくことにした。
川に連れていった後は患部やついでに全身を洗える範囲内で洗って汚れを落とさないことには、なーんにも始まらない。
綺麗にしたら救急セットを使って、ケガの手当を簡単にする。
勿論、薬はチュンの片翼の治療に使った薬草だ。
あの薬草は水辺の近くにしか生えないみたいなので川に運ぶ方がいろいろと便利なんだよね~。
「でも、血がつくのはちょっとアレだなー……って、そうか!どうせ私も水浴びするんだし服に血がつかないようにはじめっから脱いでいけばいいんだ。蚊もいないみたいだし、かぶれそうな植物はなかったから大丈夫でしょ」
私の中で、この犬を放って先に進むという選択肢は何故か浮かばなかった。
別に特別親切な訳でもないし、優しいわけでもないことくらいは分かっているつもり。
どこかで見たり聴いたりしたゲームやら漫画やらに出てくる心優しいお姫様やら薄幸そうな美女もしくは美少女なんかを目指しているわけでもないし、なりたいとも思わない。
そりゃー、困っていて“私”に助けを求めてくれた人なら、求めてきた相手が好きか嫌いかを判断した上で手を貸すし、一般的に手を差し伸べたほうがいいと判断できるような状況だったら迷わず手を貸すくらいの人間味はあるとおもう。
とりあえずは善良な一般市民である私がだーれも見ていないこの裏・雲仙岳(とても有名な自殺の名所っていうオプションが付いてるよ!)で犬っぽいモノを助けようと思ったのは、先祖代々私の家はモフモフ好きだったからだ。
育ての親である祖父母曰く、江戸川家の血筋や江戸川家に嫁や婿にくる人間は代々、甘党でもふもふした動物が好きらしい。
あ、もふもふしてない動物も嫌いじゃないよ!
私にとっての天敵はゴキブリにあらず。
ミミズ類や芋虫毛虫の類、後は蝶々と蛾だけだ。
カエルは素手で未だにつかめるし、蜘蛛だってあまり大きすぎなければ手で捕まえてポイっと外に放り投げられる。バッタとかコオロギは勿論素手で捕獲が可能だ。
…どじょうは最近掴んでないから微妙なラインだけど、コツさえ思い出せば問題なく捕獲可能ですよ?
ぽぽぽーいっと服を脱いでリュックの中にしまい、寝袋や出していた荷物を収納し終えたらそれを前で背負う感じで準備は完了だ。
いよっしゃ!いっちょ気合入れていきますかッ!
「ふんっ!……ふんぬぬぬぬぬ~~っ!!よっこいしょぉ!!」
犬の前足を肩に乗っけて、ぐいっと犬の体の下に自分をねじ込む形で立ち上がる。
一応怪我しているから慎重に…でも素早く、犬のお尻の当たりを手で支え、なんとか犬を背負うことができた。
うーん、昔話で薪を取りにいったおじいさんの気持ちがわかる気がする。
重さで軽い前傾姿勢になるんですね、だから腰が曲がるんですね。わかります、わかりますとも。
えいさほいさと歩く私の頭にチュンが乗る。
実際に重みはほとんど感じないけど、何となく重くなった気がするのはなんでだろう。…自意識過剰?
この森は、少し一般的な…私が知っている森とは違う。
はじめの一日と二日目の最初の方は腐葉土とかいろんな人がパッとイメージする森(凄く暗くて不気味だったけど)に似ていたけど、今は苔のように地面全体がモシャモシャしたもので覆われているところが多くなった。
眠っていた場所は、珍しく背丈の短い芝生のような草が生い茂ってて寝やすかったんだけどね。
川へ近づくほど、大きな岩や小石が多くなっていく。
かなり歩きにくいけど、こーなりゃもう意地と根性でたどり着くしかないだろう。
一歩一歩確実に足を踏み出しながら、昨日罠を仕掛けた場所に近いところにワンコを下ろそうかとも思ったけど……、よく考えたら今素っ裸だし犬も背負ったままだからこのまま川の中に突っ込んだほうが早いよねぇ。
「そーなると、リュック下ろしてこのまま川に入ればいいか。チュンは自分で水浴びしてね」
「ちゅんっ!」
嬉しそうに鳴いて頭の上から飛んだチュンが川の中にある大きな岩に降り立った。
きょろきょろと周囲を見渡したかと思えば、一度大きく鳴いて、嬉しそうに川へ体を突っ込んだ。
なんだったのかはわからないけど、チュンなりに警戒していたのかもしれない。
それを見ながら、足だけでどうにか靴を脱ぐ。
「(昨日、怖い思いしたばっかりだっけ……いくら人懐っこい鳥でも警戒するよねぇ。ふつーに考えてあれはない。あの黒いのがびっちりいたと思うだけでゾッとするを通り越してウゾッとする)」
いくら単純な私の脳みそでも、忘れられないものはある。
これまで生きてきた中でもTOP5に入るくらい嫌な思い出として記憶されちゃってそうだ。
死体の衝撃を上回るね、あれは。
「でも、寝てたのが犬でよかった。熊だったら流石にどーしよーもなかったもん……あれは絶対担いで川まで引きずってくるのは無理、ってその前に食べられてるかー……ちゅん~、あんまりそっちに行くと溺れちゃうよー」
「ちちちちっ!」
気持ちよさそうにしていたチュンに声をかけて私は冷たいと思われる川に入る心構えを終了させた。
ふっ、さっさと洗って魚の有無を確認しないとお腹すいて倒れちゃうもんね!
足先が川の水に触れて、ヒヤッとした感覚が駆け抜けた。
思わずブルブルってなったけど背負ったワンコは落とさなかったし、上出来と言えば上出来だ。
昨日から冷や汗とか脂汗とかかいてるはずだし、今日は今日で目覚めてすぐに肉体労働したから絶対、汚れてる。ふ、人がいなくてよかった…女以前に人としてダメになるところだった。
川があるんだから水浴びくらいしないと何かがダメになる気がするんだよね。
「(全裸で大型犬背負って山道歩いてる時点で女なんて捨ててるけどさ。いーんだ、誰も見てないしこれは緊急事態だから。普段はもうちょっと慎ましい…筈だといいな)」
始めは上半身だけにするつもりだったんだけど、結構血がつく範囲が広そうだから脱いだんだよね。
あ、靴は履いてるよ!
この森で、生きてる人と出会わなくってよかったとこれほど思ったことはない。
いや…流石にパンツもはいてない状態で人に見られて樹海に住む得体のしれない生き物だとは思われたくないし。
ちょっと前に見たビブリ映画のワンコに育てられた少女でも姫でもなんでもないからね!
後ろから見たら毛皮背負った何かに見えるかもしれないけど!
川の温度に少しずつ慣れていった私はチュンがいる岩へ近づく。あそこは一番深いところから少し離れているけど、私の胸の下くらいまでは水位があるはずだ。
じゃっぱじゃっぱと川の中を進む。
藻が生えているらしい川底の石たちは注意しないと滑るけど、気を付けてさえいれば問題ない。
背中に背負っている犬は相変わらず大人しくしていてくれるのでバランスもなんとか保てている。
急に暴れたりしないか一応は気を付けつつ、流れの穏やかな川をわたっていく。
「ちゅん!」
「とーちゃく!さてと、…こっからどーするかなー……」
「……ちゅん」
とりあえず、背中にいる気を失った大型犬をどうやって岩に乗せるかが問題だ。
体力?そんなもの残ってたらとっくにひょいっと乗せてますよ。
冬のイベントは、基本的にケーキを食べるためにあります。
クリスマス?そんなの財布が寒々するだけさ!!
……大人になったなぁー……実に色んな意味で。