ホラーの館 其の弐 *グロ描写注意
夜は好きですか?
夜は嫌いですか?
そんなどうでもいいことを真面目に答える人はあまりいない。しかしどうだろう。もしあなたのその一言が、生死の分かれ道になるとしたら・・・。
それでも適当に答えますか・・・?
高校3年生、三村レイ。彼女は内気で物静かな女性だ。友達も少なく、少し孤独な生活を送っていた。
「レイ、お買い物行ってきてちょうだい」
冬休みの天気の良い日の午後、リビングで何気なくテレビを見ていると母に頼まれた。最近ニュースでは謎の白骨死体が多いと言っていた。何が謎かと言うと、つい昨日まで元気に走り回っていたような子が翌日白骨化しているのだと言う。しかしレイは素直に返事をすると、早速出かけた。
スーパーで買い物を終え、家に帰ろうと思ったレイだったが、数少ない友人の一人に出くわし長々と話をしてしまった。これと言った楽しみの無いレイにとって至福の時だった。
ようやく家に帰ろうと思い別れた時には18時を回ってしまっていた。恐らく夕飯の材料を頼まれたのだろうからレイは焦った。
しかし母は温厚な性格だ。あまり怒ることもないし、夕飯も既に何か別の物で作っているだろう。勝手にそう思い込み、レイはゆっくり帰ることにした。冬の18時ではもう辺りは真っ暗だ。
帰り道、行きにはいなかったが路上で一人の占い師を見つけた。全身を黒い布で包まれた限りなく怪しい格好だったが、声をかけられた。この道には人は殆ど通らない。
「お嬢さん」
ちょっと、と言いながら細かく手招きした。見ると看板には「無料」の文字があったため、少しドキドキしたが無視するのも可哀想に思い行ってみた。
「座って」
目の前の椅子を、あり得ないほどに長い爪が指さした。人間かと疑うほどだった。
「お嬢さんは優しい子なんだねぇ」
嗄れた老婆のような声でそう言った。レイはどんなリアクションをすればいいか分からず、少し俯いてしまった。
「アタシはお嬢さんみたいな人が好きだよ。だから良いことを教えよう」
きっと布の下は不気味に弧を描いているだろう。人差し指を一本立てて、「いいかい?」と話し出した。
「誰にでも好き嫌いはあるだろう?好みが合うと親近感が湧いたり、あまりにも趣味が合わないと嫌いになったりするねぇ。しかもそんな事が分かるのも会話の中だね。何気ない会話で相手が分かってくる。それが危ないよ・・・お嬢さんは」
え?と初めて声を出した。「それのどこが危ないの?ごく当たり前なことじゃない」と思ったが、占い師は続けた。
「お嬢さんは素直過ぎる・・・。相手の事をよく観察して答えることだ。‘見えなければ’、時と場合に応じて慎重に答えるんだよ。・・・今から12時間の間は」
また「え?」と言葉が出てしまった。しかし、つまりは12時間の間だけ、相手に合わせた対応をしろってことね、と理解した。
「お嬢さんの答えが‘合っていれば’、‘無事’に過ごしていけるだろうねぇ・・・」
・・・何だか怖い。今更だが、この人は怖い・・・。言っていること全てが意味深だ。
「じゃぁ、ここは無料だから、もういいよ。アタシの言いたいことは言ったからねぇ。何か聞きたければ答えるけど・・・」
レイは迷った。・・・けれど、これ以上この人とは関わらないほうがいいと思い、席を立った。取り敢えず、お礼を言って・・・。占い師は小さく手を振った。
少し心音が速かった。こういうのを胸騒ぎと言うのだろうか・・・。足早だった足が小走りに、そして‘何か’から逃げるように走り出した。
家には無事にたどり着いた。母はやはり怒らず、「遅かったじゃなーい」と笑って出迎えてくれた。こういう時には笑顔が一番落ち着く・・・。
その日の夜中、自室で本を読んでいたレイだが、いきなり停電になった。不意にさっきの占い師が脳裏を過ぎり怖くなった。レイはきっとリビングにいるであろう母の元へ行こうとしたが、呼吸と共に体がピタリと止まった。それは一人だった部屋では決して聞こえるはずのない声が聞こえたからだ。
「答えろ」
低く響く男の声・・・。何も見えないのが良いのか悪いのか・・・。
「夜は好きか?」
一瞬、自分のそのままの意見を言ってしまう所だった。しかし占い師が言っていた事を思い出した。
――相手の事をよく観察して答えることだ。‘見えなければ’、時と場合に応じて慎重に答えるんだよ――
インチキ占い師と疑っていたが、違ったのかも知れない。いや、それ以上かもしれない。そんな事を思いつつ、慎重に言葉を選んだ。
この人はきっと夜が好きだろう・・・。「嫌い」だなんて言ったら怒って殺されるかもしれない・・・。
「・・・はい」
小さく答えたが闇にはよく響いた。
「何故だ」
男はすぐに返事をした。レイはまた考えた。・・・しかし、本当は夜は嫌いだ。納得のいく答えが出せるかは分らない。
「夜は暗くて静かで落ち着くから・・・」
そう答えた。これ以外に好きな理由など思いつかなかった。数秒、沈黙が続いた・・・。レイはビクビクしていた。
「・・・そうか」
短い声が聞こえると、男は微かに笑った。・・・次の瞬間
グサッ・・・!
「!!!!!!!!!!」
何が起こったのか分らない。ただ右目が鋭い痛みを訴えている。痛みを押さえようと右目を覆うと、ねっとりとした生暖かいものが絡みついた。
「お前の答えの先は『闇』だ。・・・お前は『暗く』『静か』が好きなんだろう?」
月光に照らされ、ほんの少し見えたのは、黒っぽい液体がついた鋭く光るナイフだった。
――――お嬢さんの答えが‘合っていれば’、‘無事’に過ごしていけるだろうねぇ・・・――――
「?!・・・私の・・・目を・・・?!!」
―――‘間違った’・・・―――
・・・刺されたのだ。そうと分かると痛みが増してきた。あまりの痛みに悲痛な叫びが響く。しかし男が近寄って来るのが分かった。逃げようとドアを必死に開けようとするが全く開かない。
ふと、男が後ろに立っているのが分かった。
グサッ
「嫌ぁぁあああ!!!!」
絶叫した。今度は右耳を切られた。レイの叫び声は止むことはなく、今度は全く関係のない太ももを一突きにされた。
「落ち着く為にはじっとするのがいい・・・」
なぜこんなことになったのかは分らない。突然の悲劇だった。逃げることも出来ず、避けることも出来ず、・・・どうすることも出来ない。
レイは叫びながら訴えた。
「もうやめてェエ!!!何でこんな事するの?!私に何の恨みがあるって言うのよォ!!!」
男はそのままレイに詰め寄り、顔をぐっと寄せてニヤリと笑った。
「出来事はいつも偶然で必然で気まぐれだ・・・。お前はそんな気まぐれに遭ってしまっただけのこと。理由などないだろう?」
暗くて男の顔など見えないが、声音から笑っている事がわかる。更に、「あぁそうそう・・・」と付け足した。
「俺は楽しいねぇ。理由をつけるとしたらそれくらいだぁ・・・」
楽しい?!いかれてるわ!そう思ったが恐怖で言えなかった。直後、もう片方の足の太ももも刺された。また絶叫した。
・・・そして死を覚悟した。ここから逃れられる術などありはしない。やめてと懇願するしか出来ない。泣くことしか出来はしない。
絶叫するたび、男は楽しんでいた。涙をナイフで拭われ、つぅっとまた新たな赤が流れ出た。
また刺され、また刺され、新しい赤で体中が染まっていく。しかしこれまでにない激痛が襲った。
「ヒィッ――――!!!!??」
深くえぐられた最初の太ももと同じ所を刺されたのだ。更にグリグリと動かしてくる。
「嫌ぁあ!!!!痛い!!やだぁ!」
泣き叫べば叫ぶほど、男は喜んでいた。そして一度刺した所ばかりを刺してきた。
・・・もう、痛みで意識は飛びかけていた。それを見た男はナイフをレイの肩に刺し、そのままにして立ち上がった。
「・・・もう終わりか。では、使った‘オモチャ’は片付けなければな」
そんな事を言うと、一度口いっぱいに笑い、信じられない光景に運悪くも飛びかけていた意識が戻ってしまった。
男は笑ったかと思うと、一気に口が裂けるように扉ほど開き、よだれの滴る尋常でない大きさの口をレイに近づけてきた。
「・・・い・・・いや・・・!・・やめて・・・!!・・・それ以上・・・・!!!」
首を横に振りながら最後の抵抗の意を見せるが、ある程度の距離まで近づくと・・・
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!!!――――――――・・・・・・・・」
バキゴキ!!グチャ!
・・・レイは男の口に消えたのだった。
「・・・ゲップ・・」
そして、キレイに骨だけを吐き出し、最後に自分のナイフを吐き出した。
男はそのまま部屋を出て、次の気まぐれ先を探しに出かけた・・・。
*
「・・・あぁあ・・・。折角忠告したのにねぇ・・・。」
長い爪で唇を撫でる占い師。
「まぁ・・・ヒントを与えても、答えは自分で出すものだ・・・」
一寸先は、闇にも光にもなり得る・・・。
―――END―――